2017.02.08
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

『サバイバルファミリー』 電気が全く使えない世界を描いたパニック映画

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は、東京に暮らす平凡な家族が、電気が全く使えない世界で、どう生きていくかを描いた『サバイバルファミリー』です。

人間が楽を求めてきた結果が電気を使う生活だった

パニック映画というジャンルがある。いわゆる想定外の出来事が起こり、なんとかその中で生き残ろうともがく人達の姿を追った映画だ。

『サバイバルファミリー』もまさしくそういったジャンルの作品。この映画で起こる想定外の出来事は“ある日、急に電気が使えなくなる”ということ。

昔から言われる家庭の三種の神器、テレビ、冷蔵庫、洗濯機はもちろんのことだが、最近は電話にも電気は使われているし、今や誰もが手放せなくなっているスマホ、パソコンなども、電気が使えなくなったら動かなくなってしまう。特に『サバイバルファミリー』では電池すらも使えなくなる設定だから、頼れるものはロウソクやたき火などに限られてしまう。

この映画を見てまず恐ろしかったのは、生きていくために現在必要とされる道具の中で、むしろ電気を使ってない道具の方が少ないという現実だ。

生活の中でどれだけ電気製品が入り込んでいるのか。正直、エレベーターが動かないと‍か自動ドアが開かないとかは想像がつくが、都市ガスも、メーターに電気が使われているという理由で動かなくなるとか、マンションだとボンプが水を引き上げられなくなるから、 水道も止まってしまうという事実にはハッとさせられた。クルマですら、今やガソリンだけで動いているわけではないから、電気が使えなくなったらエンジンすらかからなくなるのだ。

なるほど、人間が楽を求めてきた結果が電気を使う生活だったのかと改めて教えられたし、この豊かな生活は電気を豊富に使うことで守られてきたのだと痛感させられた。半面、それは本来の人間らしい生活を奪うことにもなっていたのかもしれない。という‍のも、登場人物の描写を見ているとそうとしか‍思えないのだ。

本作の主人公・鈴木家は、父親はサラリー‍マン、母親は専業主婦、大学生の息子、高校生の娘と4人構成の家族だ。しかし父親は帰ってくればテレビを見るばかりで家族とろくに会話もしない。息子はいつもヘッドホン姿で「ただいま」の挨拶もせず、好きなコンビニ飯を適当に買ってきて自室にこもってパソコ‍ンとスマホ三昧。娘はひたすらスマホでラインばかり。この3人の描写だけで、家族が電‍気製品に魅せられていること。そのためにすでに家族関係が崩壊しかかっていることが見てとれる。

一方これは電気とは直接は関係ない話だが、母親は母親で、九州に住む父親から新鮮な野‍菜や丸ごと1匹の魚などを送られてくるが、残念ながら魚をおろすことができない。娘にも「気持ち悪い。こんなの食べないからね」と言われる始末。筆者も魚をおろせないクチだが、スーパーマーケットなどでおろした魚を買うのが当たり前になっていると、東京では魚をさばけない人の方が多いのではなかろうか。これも便利な生活を求めた結果であろう。

そんな雄々しさのカケラもない家族が電気のない生活=原始に戻る生活を強いられるのだから、とんでもなくエライことになっていく。飲み水や食糧の確保など‍様々な危機が家族に訪れる。最初はピクニック気分で1日くらいロウソクを立てての夕食を楽しめても、3日も経てば不安の方が自然と勝っていく。どう選択すべきか、どう生きたら良いのか。大人ですらどうするのがベストなのか結論の出ない状況の中を、自分達で決めて生きていくしかない。

いつか自分の身に起こるかもしれない他人事ではない話

面白かったのは電気が使えなくなり、ラジオすら使えず、世間がどうなっているのか情報が全くない中でも、父親はとりあえず会社に行き、子ども達は学校に行くという点。そこに日本人の勤勉さや真面目さ、悪く言えば判断力のない国民性がよく出ている。この手のパニック映画は『ゾンビ』などを筆頭にアメリカ映画の得意とする所だが、まずアメリカならこの状況で懸命に会社や学校に行く……という選択をする人はほぼいないだろう。ほとんどの人が家族と共にいることを選択するはずだ。と指摘すると、日本人なら「だっていつ電気が点くかわからないし、それで上司に怒られても嫌だし」と口を尖らせる人がいるだろう。電車も動かないような状況で、パソコンが動かせるわけもなければ、仕事ができるはずもない。‍こういう時こそ、自ら考えることが大切であり、情報収集力、思考力、判断力が問われるはずだ。

果たして、イマドキの日本人の中に、‍そのようなしっかりした判断力が備わっている人がどのくらいいると言うのだろうか? 自分で決断することができずに流される……と‍いうタイプは日本にはとても多い。そんなことでは生き残れない。鈴木家も他人の意見に惑わされ、彼らの行動に押されるようにしてサバイバル方法を選んでいく。自転車を手に入れるにも即決では決められず、東京を出る決断も遅い。そういう姿を見ていると自分自身も、いざという時にちゃんと行動できるのか? リーダーシップを発揮して、家族‍をちゃんと導けるのか? 鈴木家を通して、そんな疑念が沸き上がってきた。

中でも、観客を不安な気分にさせる演出が素晴らしかった。かつてトム・クルーズが主役を務めた『宇宙戦争』という侵略SF映画があった。この作品はトムの家族の視点からしか状況を見せないのがポイントだった。巨大な宇宙船が街中を動き回り、逃げ惑う人々を消滅(宇宙船の攻撃に当たると、人間は文字通り衣服だけ残して姿が消える)させていく状況下、宇宙船の目的や宇宙人の姿をはじめ、他の都市も攻撃されているのか、安全な場所はあるのか、主人公と観客にはよくわからない。その視点が、観客に主人公達と一緒に逃げているような感覚を味わわせること‍になっていた。『サバイバルファミリー』 もまさしく『宇宙戦争』方式。鈴木家の視点にひたすら寄り添いながら、状況がどうなっている‍のか、電気が通っている場所はあるのか、何もかもわからないまま突き進む。だからこそ鈴木家が直面する問題が鈴木家と同じレベルで胸に突き刺さるし、自分ならどうする? と問われている気分になる。彼らのサバイバ‍ルに共感しつつ、笑わされつつ、じゃ自分は例えば3.11で得た経験や教訓をちゃんと活かせているのかと問われている気分になる。

監督は『ウォーターボーイズ』や『スウィ‍ングガールズ』の矢口史靖。実は監督がこの‍物語の原点を思いついたのは『ウォーターボ‍ーイズ』公開の2001年頃。監督自身がモバイル機器やパソコンに音痴な所があり、いっそ全部使えなくなってしまえばいいと感じたことによるという。その後、2003年に北米で大停電が起こり、不自由な生活を強いられた人々の姿を見て、監督はこの企画は絶対にイケると確信したのだとか。そして監督はこの企画を始動するに当たって、実際に非常食(保存食)を食べ、バッテリー補充液を飲みながら東京から鹿児島への移動を敢行。登場人物と同じ体験をすることで、どんな心境の変化が起こるかなどを体験したという。

また水道局や防災関連のイベントに参加したり、サバイバル専門家に取材したりして、脚本などを練り上げていった。「ドキュメンタリー映画のようにしたい」という思いが強かったそうだが、まさしくこの映画はそんなリアリティを持ち、「いつか自分の身に起こるかもしれない他人事ではない話」としてズーンと胸に響く。是非、この作品を観て家族で、教室で、対話していただきたい。そして本当の生活とは何なのか、贅沢しすぎて失っている「何か」につい考えていただきたい。

Movie Data

原案・脚本・監督:矢口史靖/出演:小日向文世、泉澤祐希、葵わかな、深津絵里ほか
(C)2017 フジテレビジョン 東宝 電通 アルタミラピクチャーズ

Story

東京に暮らす平凡な一家・鈴木家。さえないお父さん、天然なお母さん、無口な息子、‍スマホがすべての娘。一緒にいるのになんだかバラバラな、ありふれた家族だ。だがある日、電気を必要とするものがすべてストップ。底をつく食料、一本2500円まで高騰する水。果たしてサバイバル能力ゼロな一家が、電‍気がない世界で生き残ることができるのか!?

文:横森文 

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

子どもに見せたいオススメ映画

『シング』

人生を変えたい、けれど自信がない人にオススメ!

このアニメーションは、観ている人に勇気‍とやる気を起こさせてくれる作品だ。登場するのは動物達だが、その世界観は人間とそっくり。『ズーランダー』のような映画と言えばわかりやすいだろう。

劇場の持つ魔法のような特別な魅力に魅せられて、劇場経営に乗り出したコアラのバスター。が、今や赤字まみれで銀行に渡る寸前。 ‍そこでバスターは一計を案じ、劇場の再起をかけた歌のオーディションを開催。何かのミスで賞‍金がバカ高く掲載されたこともあり、オーディションには次々と応募者が現れるが……。

ステキなのはこのオーディションに応募する面々。実は全員がそれぞれの人生を何かしら変えたいと思っている動物達ばかり。例えば25匹の子豚の世話に追われる主婦のロジータは何か生きがいを見つけようとしている。ヤマアラシのロッカー、アッシュも成功する夢を求めてばく進中だ。親がギャングなので強引に手伝いをさせられているゴリラのジョニーも歌手になりたいが言い出せずにいる。‍中でも注目は最高の歌声を持ちながら自信がないばかりに一歩を踏み出せない象のミーナ。誰だって何かしらの才能はある。でもそれを生かすも殺すも自分次第。ミーナを見ているとついついガンバレと応援したくなるのだ。

誰もが自分のやりたいことに自信がなかったり、進み始めたもののダメかもと迷ったりすることはある。でもダメにしているのは自分に少し‍勇気が足りないだけかもしれない。そんなことを65曲のヒットソング(ちなみにその中には、きゃりーぱみゅぱみゅの歌も)に乗せつつ ‍感じさせてくれる本作は、未来のことを本気であれこれ考え始める小学校高学年以上の人‍なら誰にでも観ていただきたい傑作アニメー ‍ション。今自信を失っている人には特にオススメの一本だ。

脚本・監督:ガース・ジェニングス/声の出演:マシュー・マコノヒー、リース・ウィザースプー‍ン、セス・マクファーレン、スカーレット・ヨハンソンほか‍
(C)Universal Studios.

文:横森文  ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

pagetop