教育トレンド

教育インタビュー

2015.03.17
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安西 祐一郎 これからの日本の教育を語る。

未来に生きる子ども達のために

安西祐一郎氏は第7期中央教育審議会会長として、これからの日本の教育について委員と共に議論を重ねてきました。昨年11月には、2020年度に導入される学習指導要領の改訂について、文部科学大臣から中央教育審議会に諮問がなされました。グローバル化の進む変化の激しい社会の中で、本当に必要な力とは何か? また、その力を身につけるための教育とは? 今期で委員を終えた安西氏に任期中、お考えを伺いました。

子どもの主体的な学びのため、先生は我慢して見守る

学びの場.com現在、中央教育審議会(以下、中教審)で議論されている新学習指導要領改訂のポイントには、アクティブ・ラーニングなど、知識詰め込み型ではない学び方が含まれるようですが、これはなぜでしょう。

安西 祐一郎今、中教審では「児童生徒が知識だけでなく、その知識を活用した主体的な学び方を習得する」という内容を新学習指導要領に入れようとしています。今の子ども達が大人になる頃には、自分の人生を築いていくために、知識と技能の習得はもちろんのこと、それらを活用するための思考力・判断力・表現力を身につけなければいけない時代になっていくでしょう。そのためにも学校で主体的な学び方を身につける必要があると考えます。

学びの場.com「子どもが主体的に学ぶ」とは、具体的にどのようなことでしょうか。

安西 祐一郎「主体的に学ぶ」とは、自分で自分の目標を見つけて、その目標の達成に向けて自分で実践していくことです。
恐らく、「自分の目標を見つけなさい」とは学校現場でもよく言われることだと思います。確かに、自分の目標を見つけることは主体的に学ぶためには大切なのですが、子どもの多くは「早く目標を見つけなさい」と言われ続けることで、焦ったり悩んだりしているように思います。目標を見つけたい、と思い続けることは大事ですが、誰もがすぐに見つかるとは限りません。
私は中学・高校生を対象とした講演の際には「今すぐ目標を見つけられなくても大丈夫ですよ」と伝えるようにしています。「見つけられなくて当たり前。そん なときは、毎日の生活の中で勉強をする、本を読む、人と出会う、色々な経験を積むといった活動を一生懸命やっていれば、目標は自然と向こうからやってくる ものです」と伝え、私自身の経歴も紹介します。
私は、学生時代にはなかなか目標を見つけられず、何度も専攻を変えました。私はよく、工学の専門家だからばりばりの理系と思われることが多いのですが、そうでもないのです。学部時代は化学専攻で、大学院の修士課程では情報科学、博士課程で管理工学、その傍ら、独自に心理学を学び、専門である認知科学が目標だと見えてきたのはアメリカの大学の研究員になった30歳の頃でした。中・高校生に「あなた方はまだ15歳。あと15年は迷っても大丈夫」と話すと、皆安心したような表情をします。その後送られてくる感想文の中には「目標がすぐ見つけられなくても大丈夫というお話にほっとした」というものがよくあります。「ゆっくりやればいいのだよ」と言ってくれる大人が今、ほとんどいないのでしょう。

学びの場.comでは、児童生徒学生が主体的に学ぶためには、先生はどうすればよいでしょうか。

安西 祐一郎以前、ある先生から同じ質問をされて、私は「先生が我慢することです」と答えました。つまり、子どもが何かに迷ったり悩んだりしているときに「こうしなさい」とすぐ答えを教えてしまうのではなく、ぐっと我慢して見守る。すると子どもは自分で考え抜いて、何とか答えを見つけようとします。この体験が、自分で目標を見つけ、達成に向けて実践していく訓練になります。
私が理事長を務めるフューチャー・スキルズ・プロジェクト研究会(「社会で活躍できる人材をどのように育成すべきか」をテーマに、企業人と大学人が問題を共有し、主体性と応用力を持った学生を育てるための研究・実践をしている)では、入学したての大学1年生を対象に講座を開いています。これは、7、8人を1チームとして企業から出された課題の解決方法を7週間かけて考える、という授業です。実は授業の中で出される課題は、企業にとって未解決なものばかりです。例えば、ある証券会社からは「社会貢献のための投資計画を立てなさい」という課題が出されました。当然、高校を卒業したばかりの学生の皆さんは戸惑うばかり。しかも中間発表の際には、企業担当者から「そんなことで、社会でやっていけると思いますか?」とやり直しを命じられる。遅刻してくる学生は「うちの社員なら、もう明日から来なくていいと言いますよ」と厳しく注意される。そのような中、学生達は頭を抱えながら皆で相談し、悩んで、悩んで、悩み抜きます。しかし、この課題にはそもそも答えはありません。大学教員や企業担当者の方々は思うことがあっても、ぐっと我慢して見守るしかありません。こうして両者共に我慢してやっていくと、学生は何かをつかんでくる。見違えるように成長する。そして、「やっぱり自分で勉強しないとだめだ。これで社会に出たら大変なことになる」と、自分で気がつくようになります。これが主体性です。自分自身で気がつくと、これから何を勉強し、社会に出てからどういう仕事に就くべきかが見えてきて、実際に行動を起こすようになるのです。

高大接続改革は社会変革の土台になる

学びの場.comつまり、子ども達は主体的に学ぶことによって、自らの課題や目標を発見し、それを解決するために、これまで身につけた知識や技能を活用する力を養うことになるわけですね。

安西 祐一郎こうした力は「確かな学力」となります。小・中学校ではすでにそれに対応した実践が重ねられ、成果が現われてきています。この成果を高校、大学まで一貫した形でつなぎ、さらに発展させることが理想です。ところが、現状の高校教育、大学入試、大学教育は知識の暗記・再生に偏りがちで、「確かな学力」を十分に育成・評価するまでに至っていません。そこで、高大接続改革が必要となるのです。

学びの場.com昨年12月に出された高大接続答申には、高校教育、大学入試、大学教育の一体的改革が必要だとされています。

安西 祐一郎義務教育までの成果を確実につなぎ、発展させるためには、高校・大学教育の質の転換や向上を図らなければなりません。そして、高校と大学、両者をつなぐものとして大学入試の在り方も変えなければなりません。具体的な提言として、高校教育は課題発見と解決に向けた主体的・協働的な学び方であるアクティブ・ラーニングを充実させる。また、生徒の学習改善に役立てるための「高等学校基礎学力テスト(仮称)」を2019年度より導入する。大学教育は主体性を持って多様な人々と協力して学ぶアクティブ・ラーニングへ転換する。大学入試は現行の大学入試センター試験を廃止し、「思考力・判断力・表現力」を中心に評価する新テスト「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」を2020年度から導入する等です。
新テストのうち「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」は、知識・技能を活用して自ら課題を発見し、その解決に向けて必要な「思考力・判断力・表現力」を中心に評価するものです。「高等学校基礎学力テスト(仮称)」は、「知識・技能」の確実な習得を重視します。この結果は高校での指導改善に生かすだけでなく、進学・就職時に基礎学力の証明として用いられるようにします。このように、両テストには目的や性格の違いがありますが、高校から大学への円滑な接続を図るため、難易度や出題範囲をできるだけ連続的にする必要があります。
新テストには、採点に人手や予算がかかるなどの批判もありますが、どうすれば可能かというビジョンはあります。また、今度こそ、この一体改革をやらなければ子ども達、そして我が国の未来は危ういのではないか、それくらいの危機感を私は持っています。これからの時代、今の子ども達が夢を描き、その夢を花開かせ、幸福な人生を送れるようにするにはどうしたらよいかを最優先で考えると、「主体的な学び方が身につくようにする」ことにいきつきます。改革によって、小中高の教育内容も変わるでしょうし、大学自体の教育内容も変わるでしょう。さらに、企業の採用、つまり現在の新卒一括採用のみに偏っている採用の形も変化させられるのではないか、そして社会の大変革の土台になるのではないかと、私は考えています。

グローバル社会を生き抜くために必要なこととは

学びの場.comこれからの教育を考える上で、グローバル化という潮流は避けて通れないと思います。安西さんはグローバル社会のことを、人、もの、資金、情報が自由に行き交う社会と定義されています。こうしたグローバル社会の中で生きていく際に必要なこととは何でしょうか。

安西 祐一郎私は、次の五つが必要だと考えます。

  1. 主体的に生きる。
  2. 多様な人々と生きる。私達は社会的背景や文化の違う人々と暮らしていますが、今後はそれがより当たり前の社会になっていくでしょう。
  3. 協力して生きる。社会は一人では生きられません。他者と協力し合って生きていくものです。そのためには人の心を感じられる人間になることがとても大事です。社会に出ると、相性が合わない人とも一緒にチームを組んで仕事をしていくことがあります。そんなときこそ、人の心を感じなくてはなりません。それができて初めて多様な人々と共に生きていくことができると思います。
  4. 感謝して生きる。今自分が生きているのは、自分一人の力ではなく、何も言わずに支えてくれる人がいるから。それを感じて生きることが大切です。
  5. 誇りにして生きる。他者から支えられているのと同時に、自分も誰かを支えていることを忘れずに、それを誇りにして生きることが大事だと思います。
以上の5点は、私達がグローバル社会の中で多様な人々と協働しながら、生きる喜びや糧を得るためには必要なことでしょう。

学びの場.com安西さんご自身、これまで各国で開催される様々な国際会議やシンポジウムなどで座長をされていらっしゃいます。まさにグローバルな活躍をされていますが、その中で特に大事だと思われたことは何ですか。

安西 祐一郎先程の(3)に含まれる「気配り」、要するに「人の心を感じる」ことです。以前、世界各国の学術振興機関の長が参加する、ある会議の座長をしたことがありました。国によって文化も社会背景も異なりますから当然、意見も様々。出席者全員が納得できるよう、座長はとにかく出された意見から相手の気持ちを察し、尊重しつつ、それらをまとめて規約を作る。これは大変な作業でした。
このようにグローバル社会では、先程の(2)、(3)である、多様な人達の意見を認めながら、(1)の主体的に生きる力、つまり自分の目標達成に向けて調整していく力が特に求められるでしょう。このような社会を生きていく子ども達のために、今教育現場でできることは、例えば担任の先生はこちらの児童生徒の意見を聞きながら、他の児童生徒の表情も見て、それぞれの心を同時にわかろうと努力しつつ、議論をまとめていく、そうした実際の姿を子ども達に見せることだと思います。
私自身は、これからの日本、これからの時代を生きていく子ども達が、本当に幸せになるための教育はどうあるべきかを考え、そして微力ではありますが、その教育の実現に少しでも貢献できればと思っています。

安西 祐一郎(あんざい ゆういちろう)

独立行政法人日本学術振興会理事長。慶應義塾大学大学院工学研究科博士課程修了。専門は認知科学・情報科学。カーネギーメロン大学客員助教授、北海道大学文学部助教授等を経て、1988年慶應義塾大学理工学部教授。1993年 同 理工学部長。2001年~09年慶應義塾長。2009年~慶應義塾学事顧問。2014年2月~2015年2月まで第7期中央教育審議会会長。著書に『心と脳―認知科学入門』(岩波書店)、『問題解決の心理学』(中央公論社)、『教育が日本をひらく―グローバル世紀への提言』(慶應義塾大学出版会)など多数。

構成:学びの場.com/インタビュー:菅原然子/写真:言美 歩

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