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教育インタビュー

2018.11.21
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前田 鎌利 書道で身につく、社会で求められる力とは?

アートな「書」とビジネスの「プレゼン」の共通点“自分の念(おも)いを伝える力”は、これからを楽しく生きるヒントに。

全国15箇所で書道教室を運営しつつ、書家として世界で活躍されている前田鎌利氏。一方ビジネスの世界では、プレゼンテーションのスペシャリストでもあり、孫正義氏がソフトバンクの社長を勤めていた際にプレゼン資料を作成していたという経歴もあるそう。一見、「書」と「プレゼンテーション」は対局にあるように見えますが、その2つには、今の社会を楽しく生きる力が身につくという共通点があるようです。

アート的な「書」と、ビジネス的な「プレゼンテーション」。 相反するように見える2つの共通点とは

学びの場.com書道を始めたきっかけを教えていただけますか?

前田 鎌利5歳の頃、両親に勧められて書道をはじめました。両親と言うのも、実の両親は私が幼い頃に亡くなり、育ててくれたのは祖父母。大正生まれの二人は読み書きの出来ない文盲で、仕事をするにとても苦労していていたそうです。ですから、私にはその苦労をかけたくないと書道を習わせてくれていました。大学も教育学部の書道科に進んだので、卒業当初は教員になるつもりでいましたね。

学びの場.comそこからプレゼンをお仕事にされた経緯とは?

前田 鎌利大学4年生のときに阪神淡路大震災が起こり、関西の友人に連絡が取れなくなりました。そのときに携帯などのデバイスがもっと普及して、誰かと「つながる」ことの重要性を感じていたんです。大学卒業後は教員になることを目指していましたが、なかなか空きができず、通信事業を手がける企業に就職することにしました。それから17年間はIT業界を中心に、最終的にはソフトバンクに勤めました。当時社長だった孫正義氏の後継者育成機関ソフトバンクアカデミアの第1期生に選考されたり、直接社長に新規事業のプレゼンをして、実際に承認を得るという経験もして。それまでの社会人経験と、相手の感情を動かす書道のアーティスティックな感性も活かされて、最後には社長のプレゼン資料作成も担当することになりました。 そして次のステップとして2014年に独立し、ビジネスマン向けにプレゼンの研修や講演をする事業と、自分のベースとなっていた書や教育を軸とした事業の両軸を開始しました。

学びの場.com書とプレゼンは、全く違うもののように見えますが、共通点はあるのでしょうか?

前田 鎌利プレゼンは、ビジネスで使われることの多いツールで、企業の中において自分のやりたいことを提案するとか、課題に対してそれを解決する手段を限られた時間の中で伝えるツール。一方、書は自分が書きたいものを表現するツール。実際に企業から書の依頼があった場合には、なにかしら伝えたいトップの念(おも)いなどがベースにあって、それを理解した上で表現します。ツールはデジタルとアナログで対照的なものですが、どちらにも「念いを伝える」という共通点があります。

学びの場.com書となるとアート的な要素も入ってくると思うのですが…。

前田 鎌利アートというのも共通点です。よくプレゼンの企業研修などでは、「ビジネスをやっている方はアーティストですよ」ということをお伝えしています。書もプレゼンも見る人を意識して作っているんですよね。プレゼン資料は、言いたいことを文字でたくさん並べたら相手が理解できるわけではなく、文字の配置なども考えて、どうシンプルに伝えたら相手と相互理解ができるのかを考えます。
書も、例えば「龍」という字を天に昇るように書くのか、どっしりと横たわった文字にするのかで相手の印象は変わります。「相手にどんな感情を抱かせるか」「どうしたらこちらの念いを伝えられるのか」と考えて作るのは、どちらもアート的な考え方ですよね。

社会には、“やりたいこと”を自分から伝えないと、“やらされる”仕事ばかり

学びの場.comなぜ「念いを伝える」ことを軸にされているのですか?

前田 鎌利社会に出ると“やらされる仕事”がほとんどだと思います。「与えられた仕事だから、やらなきゃいけない」とうような。私が企業に勤めていたときもそうでした。でも人は、やりたいことがあるからその仕事に就いているはずです。やらされる仕事よりも、自分でやりたいと念って取り組んだ仕事なら、多少辛くてもやりきれることもあるでしょう。「やらされてるんじゃなくてやっている」という主体性を持つためには、周りに対して「こういうことをやりたい」と自ら発信していくこと、つまり念いを伝える力が重要になってきます。
ですが、今はデバイスが普及して、スタンプ1つでコミュニケーションがとれて、自分が本当は何を考えているのか、何をしたいのか、向き合う時間がなくなっています。僕らが小さい頃は、誰かにメッセージを送るというと手紙を書くことでした。相手の事を考えながら、書いては消してを繰り返して、知らないうちに自分は何を伝えたいのかと考える時間があったんですよね。ですから私は、書道という「書く」行為によって自分と向き合い、伝えたい念いを考える時間を持つことを大事にしてほしいと思っているのです。

学びの場.com世の中が便利になることで、考える時間がいつの間にか搾取されているのですね。

前田 鎌利そうですね、デバイスがどんどん進化して、書くという行為が世の中から無くなりつつあります。筆を持って書くというのは、伝統文化みたいなものです。
友人と食事にいったりして、他者と向き合うのは得意でも、自分と向き合う時間を取るのは苦手な人もいますよね。ひと昔前は日記を書いていたと思いますが、今はSNSにログを残す人がほとんどで。けれどSNSは、本当の意味で、自分の念っていることを書けないと思うのです。

学びの場.com生まれてからデジタルなもので溢れている現代の子どもにとっては、自分と向き合う時間は特に少ないでしょうね。

前田 鎌利これからの教育現場では、さらに自分から話す、伝える能力を求められていきますが、「どうやって伝えるのか」を考える前に、「何を伝えたいのか」に向き合う時間を持たせることにも気を配りたいですね。例えばせっかく子どもが「どうしようか」と考えているときに、「こうしたいんでしょ」と親が誘導してしまうと、そこでも自分と向き合おうとする自主性はなくなってしまいます。必ずしも書道の時間だけではなく、日常のいろいろな場面で自分と向き合う姿勢は培っていけるものではないでしょうか。

学校現場でもできる!自分と向き合う、念いを伝える練習「書交」

学びの場.com前田さんは、念いを伝える力を身につけるために、実際にどのようなことをされているのですか?

前田 鎌利書交活動というものをやっています。何をするのかというと、二人組になってお互いに自分のことを話し、相手に贈りたい漢字一文字を色紙に書いてプレゼントするのです。例えば、「僕は将来サッカー選手になりたい」と言えば、相手は「応援したい」というイメージで「蹴」や「球」と書くかもしれません。プレゼントするという形をとれば、自然と相手を念う、相手の立場に立つ練習ができます。それに、字が上手いか下手かという価値ではないことにも気づきます。

学びの場.comもらった方もとても嬉しいでしょうね。

前田 鎌利世界に1つしかない贈り物ですし、「ありがとう」ってみんな感謝しますよね。自己紹介のときには、たいていの場合、ポジティブなことしかいいませんし、書く方もポジティブな漢字を当てますし。
それに、書きたい漢字が思い出せないと自分で調べるという行為にも繋がりますし、「こういう気持ちってどういう漢字を使えば表現できるんだろう?」とまた新しい学びもスタートします。そうやって語彙も増えていく。人を代えて何回もできるので、やった分だけ相手に伝えたい気持ちを考えることが出来ますし、学びも増えます。学期が終わる頃までにクラスの全員と交換できるようにしようとか、とういった取り組みがあってもいいと思います。
大人が相手でも同じようなワークショップをしますが、会社員の場合だと、年始に自分の今年の目標を表した漢字を書いたりもしますよね。そうして書いたものは、書いたら終わりではなくて、みんなが朝通るような通路に飾るといいです。そうすると、毎朝初心に帰ることができます。ネガティブなことを書く人はいないですし、字からパワーも得られます。日本の文字は英語とは違って意味があるので、その意味を感じ取れるというのはすごくいいですよ。

学びの場.com学校で行う、お正月にする書き初めも、そういったものにしてもいいですよね。

前田 鎌利いいと思います。現在の教育現場で行われている書道の授業では、お手本を真似する書写なので、書いた本人も上手い下手で判断する場合が多く、書道があまり好きではない子も少なくないと思います。ですが、自分の念いを書く場合には、今まで下手だから嫌と思っていた子でも書くようになります。上手い下手とかじゃなく、書きたい気持ちが芽生えるんです。そこから字を書く、手紙を書くというきっかけにも繋がります。

さらに「書道」で身につく、多様性を受け入れる力

学びの場.com「書く」という行為は、相手に念いを伝える力が身につくとお話しいただきましたが、さらに「書道」に注目すると、他にどんな力が身につくとお考えですか?

前田 鎌利さきほども少しお話しましたが、現在の学校で教えられている書道というのは、みんな上手にきれいな文字が書けるようになりましょうという、書写教育です。お手本があって、観察して、筆の使い方を学び、集中力がつくと考えられていますね。それは1つの型として良いと思っています。でも書道の魅力はそれだけではなくて、実はいろんな文字や表現があるということがわかると、多様性を受け入れる力も身につくと思います。

学びの場.com書道で多様性が身につくのですか?

前田 鎌利絵画を例に上げるとわかりやすいですが、ゴッホやシャガール、モネ、ピカソはどれも画風が違って、どれも正解。たくさん見ていくうちに「答えはないんだな」とわかりますが、どうしても学校で見る書は、バリエーションが少ないです。絵画のようにもっとたくさんの書を見せてあげると、書にも答えがないとわかり、多様性を受け入れられるようになります。さらには、その中でも好きな書風を見つけ、「自分の好きなものはこれだ」と自分の価値観を導き出すこともできるでしょう。
私の場合は高校生の時に訪れた個展で、書にもいろいろな書風があると気が付いて、お師匠さんの字を手本に書くことから抜け出したときに、世界が変わりました。ものによっては子どもが書いたようなものもありますが、実は古典的な文字に忠実に書くとそういう字になったりします。すごく多様な書風が存在しているので、ぜひ子どもたちにも自分の好きな書を見つけて、自分の好きな書風で書くということをしてほしいですね。

学びの場.com大人は、色々な書を子どもに見せる機会を作れば良いのですね。

前田 鎌利多様性を受け入れて、字は上手い下手じゃないとわかることで、結果「書く」という行為に前向きに取り組むきっかけになりますから、念いを伝えることにも繋がっていきます。大人は子どもの書いた字を赤で直すのではなく、頑張って墨をすって書いたその子に、「よく書けたね」の一言をかけてあげてください。そうすれば、本人はもっと授業に積極的に学ぼうという姿勢も身につくでしょう。
今は、大手企業でも倒産する時代ですし、大手ではなくても給料が高い企業もたくさんあり、働きたいと思えばそういう企業で働くことができます。やりがいを求めてベンチャー企業に就職することも、独立することもできる時代です。いろいろな選択肢があって、いろんな道がありますから、何かに固執することもなくなりましたよね。正解が一つしかない教え方ではなく、これからは子どもたち一人ひとりが自分の価値観を発見できる教育が必要になると思います。大人に「ちがう」と直されるよりも、「よくできた」と認めてもらうことで、子どもは多様化する社会を楽しめる人に成長できるのではないでしょうか。

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前田 鎌利(まえだ かまり)

5歳より書道を始め、東京学芸大学教育学部書道教員育成過程を卒業後、独立書家を経て17年に渡り、通信事業などのITの業界に従事。2010年、ソフトバンクアカデミア第1期生に選考され初年度第1位を獲得。当時のソフトバンク社長・孫正義氏のプレゼンテーション資料作成を担当し、当時のスキルを元にした著書『社内プレゼンの資料作成術』(ダイヤモンド社)を始めとしたシリーズ3冊は、世界で翻訳され、累計18万部を売り上げるプレゼンのバイブルとなっている。2014年に独立起業し、書道塾「継未-TUGUMI-」を設立。2016年に企業向けにプレゼンテーションの研修などを行う株式会社固を設立。書家としてもプレゼンテーションクリエイターとしても、国内外問わず、活躍の幅を広げている。

構成・文・写真:学びの場.com編集部

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