教育トレンド

教育インタビュー

2022.01.05
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

千々布 敏弥 「主体的・対話的で深い学び」を実現する教師のリフレクションとは

教師の主体的な学び合いを促す学力上位県の施策

千々布敏弥氏は、国立教育政策研究所の総括研究官として授業研究を通じた学校の組織開発支援に取り組んでいます。その千々布氏が今回、上梓したのが『先生たちのリフレクション』(教育開発研究所)。
指導書などのマニュアルに頼らずに「主体的・対話的で深い学び」を実現する授業改善の戦略として「リフレクション(省察)」を提案し、教師がどのように取り組めばよいかを解説しています。リフレクションによって教師はどう変わるのか? 教師のリフレクションを促す教育委員会や学校のあり方とは? 千々布氏がみてきた世界の研究や全国各地の実践も踏まえて、お話を伺いました。

授業研究から目指す学校の組織開発

学びの場.com

千々布先生が取り組まれている研究について教えてください。

千々布 敏弥

2003年に在外研究の機会を得てアメリカに赴く際、日本の授業研究について教えてほしいと依頼されたことを機に、それまで研究していた教員研修の中から授業研究に焦点化して取り組むようになりました。

授業研究には、授業そのものの改善を図るための授業研究と、学校全体で共同体構築を図るための授業研究の、大きく2つの流派があります。私が目指すのは後者の組織開発で、その第一人者である教育学者の佐藤学氏や他の研究者の理論を調べ、自分なりの授業研究のやり方を明確にしてきました。それとともに、学校の授業研究支援に取り組んだり、自治体の学力向上施策の相談に応じたりしています。

学びの場.com

授業研究の支援は、どのように行っているのですか?

千々布 敏弥

研究授業を拝見すると、教師の個人技と、事前の他教員との練上げの影響が見て取れます。研究授業前にも、学校全体を見せてもらい、この学年が弱いとか、この教科は教師たちの連携が強いといった見通しを立てます。その上で授業研究の協議会に参加し、背後にある学校の体制・教師集団の文化をよりよくするようにアプローチしていきます。

学びの場.com

何度も訪問して、それを繰り返すうちに学校全体が変化していくのですね。

千々布 敏弥

ところが、同じようにアプローチをしても、うまくいく場合もあれば、いかない場合もあります。研究指定校として成果を出すことが目的で、学校側は変わることを望んでいない場合もありますが、それだけではないようです。その原因を探るべく、全国学力調査で高学力を示している秋田、福井の両県に足を運び、最近4~5年で学力を急上昇させた大分県や沖縄県についても調べました。そうした取り組みの中で出てきた考えをまとめたのが拙書『先生たちのリフレクション』です。

教師の信念を変える「リフレクション」とは?

学びの場.com

この本では、「主体的・対話的で深い学びの実現を阻害するような信念にとらわれている教師が多い」と指摘されています。どういうことでしょうか?

千々布 敏弥

ご存知のように、新しい学習指導要領では教師ではなく子どもを主語とした「主体的・対話的で深い学び」の視点での授業改善を求めています。しかし、実際には知識伝達的、マニュアル主義的な教師中心の信念に凝り固まっている教師が少なくありません。

ある学校で、教師の負担感を軽くするために指導案を簡略化し、授業の目的だけを書くようにしてはどうかと提案したところ、「そうすると教科書の指導書を丸写しする教師がいるので反対です」と言われたことがあります。なんとその学校では、指導案の目的の部分を教科書の指導書からコピーすることを認め、その後の授業の流れだけを検討していたというのです。そして、それに何の疑問も抱いていない。これが信念に縛られた教師の姿です。

教科書の指導書はあくまでも参考例であって正解ではありませんし、その通りにやろうとしてもなかなかうまくいきません。ですから、ある程度の力量のある教師は、学習指導要領と教科書を主体に教材研究をして、指導書は最後に参考程度に目を通します。ところが、時間数も含め指導書通りにやれば効率的に知識を伝達でき、よい授業になると思い込んでいる教師が相当数いるのです。

学びの場.com

そのような教師の信念を変えることはできるのでしょうか?

千々布 敏弥

異なる信念をもつベテラン教師との出会いや、自分のクラスが学級崩壊に陥ったことをきっかけに、教師の信念は変わります。次年度に別の教師がそのクラスの担任になって、荒れた子ども達が落ち着くのを見たら、自分の教え方に原因があると思わざるを得ないでしょう。他の教師のやり方を参考に授業をして手応えを感じ、その実践を主体的に振り返って「リフレクション(省察)」することで、子ども中心の信念へと転換が起こるのです。

クラークとホリングワースの信念転換モデル

『先生たちのリフレクション』 p.27 図1を転載(秋田喜代美(2009)教師教育から教師の学習過程研究への展開, 矢野ほか編『変貌する教育学』所収より引用)

学びの場.com

そうした外的要因がないと、教師がリフレクションに至るのは難しいですか?

千々布 敏弥

校長がリーダーシップを発揮して教師にリフレクションを促すと、どんな教師もガラリと変わり、学校全体が変わっていきます。教師への働きかけ方は校長によって様々ですが、共通しているのは、子どもや教師1人ひとりをきちんと把握していること。そして、高圧的にならずに優しくフィードバックを返すことですね。

校長の働きかけ以上に効果があるのは同僚教師のサポートですが、互いにサポートし合えるような教師集団を作るには、やはり校長のリーダーシップが求められます。教師の人間関係を考慮して学年や校務分掌の小グループを作り、それがうまく回るようになれば、校長の仕事は半分終わったと言えるほどです。

また、授業研究を通じて先輩教師がリフレクションを促すことも効果があります。教科教育法に焦点を当てた授業研究では、先輩教師が指導案に赤を入れて、その通りに授業をするよう求めることがよくありますが、そうではなく、授業をする教師が自ら考えるように促していくことが重要です。

授業改善におけるリフレクションの3段階

学びの場.com

授業改善におけるリフレクションには、技術的リフレクション、実践的リフレクション、批判的リフレクションの3段階があるとのこと。具体的に教えていただけますか?

千々布 敏弥

技術的リフレクションは、既存の知識やマニュアルを実践に適用すること。先輩教師が赤を入れた通りに指導案を書き直したりしてその通りの授業を求めるのは、これにあたります。実践的リフレクションは、教室で起きる事実に従い、その問題解決方法を自分で考えること。学級崩壊などを機に、どういう授業をすればよいのかを考えるのは、この段階です。

批判的リフレクションは、自らの実践の背景にある思想を把握し、それを見直すこと。その典型例は筑波大学附属小学校などの研究校に見られます。その教科や単元、授業でこれを身に付けさせるという目的を決め、それを達成するための学習活動を考えるという、目的から演繹的に考える体系ができており、教師は同じ教科の教師たちと議論することで自らの教材解釈を高め、それを指導案に反映させています。

学びの場.com

技術的リフレクションから徐々にステップアップしていけばよいのでしょうか?

千々布 敏弥

そうです。まずは技術的リフレクションを実践的リフレクションに転換させ、そこからできる範囲で批判的リフレクションに取り組んでいくとよいでしょう。

ただし、エージェンシーなくしてリフレクションは起こりません。エージェンシーとは、既存の社会的文脈の中で主体的に問題解決に取り組む姿勢のことで、日本語では主体性と訳されています。教師にリフレクションを促すにあたっては、このエージェンシーを高めることが必要なのです。

教師のエージェンシーを尊重する国内外の施策

学びの場.com

『先生たちのリフレクション』によると、これからの教育が目指すのは児童・生徒のエージェンシーを育むことであり、そのためには学校と教師のエージェンシーを尊重することが必要だという考え方は、世界の潮流となっているのですね。

千々布 敏弥

アンディ・ハーグリーブスという教育学者が、国際学力調査で好成績をおさめているフィンランドやシンガポールなどの施策を調べたところ、「教師がどう教えるか」より「子どもがどう学ぶか」に焦点をあて、学校や教師のエージェンシーを尊重する施策に取り組んでいることがわかりました。彼はこのような教育改革を「フォースウェイ(第四の道)」と呼び、その必要性を説いています。

学びの場.com

そうした国々では、学校や教師のエージェンシーを高めるためにどのような施策を行っているのですか?

千々布 敏弥

例えば、フィンランドでは学力テストの問題は、子どもにどうフィードバックするかを前提に学校ごとに教師が考えるため、子どもも教師も学力調査の成績で他校と比較されたりすることがありません。受け持ち授業数が少ないので、放課後に同僚の教師とゆっくり議論することもできます。学校に与えられる裁量も大きいです。

学びの場.com

日本ではどうですか?

千々布 敏弥

日本も学校の裁量を増やす方向にあり、特に秋田県を代表とする高学力県の教育委員会は、学校と教師のエージェンシーを尊重する姿勢をより強く示しています。

秋田県の学校教育の指針には、秋田式探究型授業という手法が示されています。ただし、これは各学校が授業研究を重ねた末に辿り着き、定着したもので、教育委員会が絶対的な方針として押し付けたものではありません。多くの自治体が秋田式探究型授業を取り入れれば学力が高まると考えていますが、型をなぞるだけの技術的リフレクションの段階にとどまっていては、学力が目覚ましく上がることはないでしょう。教師の実践的リフレクションを促すことで、そこから脱却し、それぞれの学校のやり方で授業を変えていく必要があります。秋田県に学んだ沖縄県や大分県の施策には、それが見てとれます。

学びの場.com

秋田県から学ぶべきことは授業の型ではないのですね。

千々布 敏弥

その通りです。例えば、教育委員会の指導主事が学校を訪問する制度をとっている都道府県は多いですが、数年に1回しか訪問しない都道府県や、市区町村に任せている都道府県も多い中、秋田県の指導主事は年に複数回訪問して学校のリフレクションを促しています。

都道府県の指導主事が学校訪問を行っている都道府県は学力調査の平均点が高い傾向にあるものの、年1回程度の訪問では状況確認だけで終わってしまうことがほとんどで、あまり効果が見込めません。一方、秋田県は年に複数回訪問するだけでなく、前回の訪問からの変化も見ています。訪問の際も上から目線で指導するのではなく、「どのように学校を変えていきたいのか」「そのために支援してほしいことは何か」といったコーチング的姿勢で働きかけ、校長の力量をも引き上げています。沖縄県や大分県では人員を増強して秋田県と同じような学校訪問を行い、県全体を活性化することに成功しています。指導主事の配置にも適正規模というものがあるようで、1~2名の体制で効果的な指導を行うのは難しく、10名以上が集まり、5教科揃っていると、力を発揮しやすいようです。

「子どもをどう育てたいか」という目的から考える

学びの場.com

これから批判的リフレクションに取り組む先生方が、まずすべきことは何でしょう?

千々布 敏弥

授業展開を考える前に、子どもをどのように育てたいか、それには教科、単元、授業でどのような力を身につけるべきか、という目的を考えることです。一人ひとりが意識するだけでも授業は変わります。実は、このような批判的リフレクションの視点の多くは、授業研究における指導案の項目に見ることができます。指導案は批判的リフレクションを促す絶好のフォームと言えるのです。

教師は指導案を作る際、「間違えていないだろうか」と技術的リフレクションに縛られがちですが、先輩教師から間違っていると言われても構いませんから、自分で考えたことを書くようにしましょう。子どもには「間違えてもいいから自分の考えを書きなさい」と言いますよね。教師も同じようにすればよいのです。

学びの場.com

そのためには、教育委員会や校長にも、学校や教師のエージェンシーを尊重し、リフレクションを促す姿勢が求められるということですね。

千々布 敏弥

そういうことです。なかには学校のエージェンシーを尊重するために何も口出ししません、という都道府県もありますが、それでは学校は変わりません。押し付けるのではなく、かといって放任するでもなく、学校が自分たちで頑張るようにもっていく。そうすれば、授業を改善し、学力を上げることは難しくないはずです。

記者の目

学校や教師のエージェンシーを尊重し、教師のリフレクションを促すことで、教師の信念が変わり、授業が変わり、学校が変わり、ひいては学力が向上していく。千々布氏が『先生たちのリフレクション』で示した戦略は非常にシンプルだが、粘り強く取り組みさえすれば、その場限りではない大きな実りを手にすることができる。マニュアルに頼りがちな先生方や教育現場にとっては、いささか耳が痛い指摘もあるものの、だからこそ手にとってほしい1冊と感じた。

千々布 敏弥(ちちぶ としや)

国立教育政策研究所 研究企画開発部 総括研究官
1961年、長崎県生まれ。九州大学大学院博士課程中退、文部省(当時)入省。その後、私立大学教員を経て、1998年から国立教育研究所(現・国立教育政策研究所)の研究官として、複数の都道府県・市町村の学力向上施策の相談に応じている。
2000年、内閣内政審議室教育改革国民会議担当室併任。2003年、米国ウィスコンシン州立大学へ在外研究。2013年、カザフスタン・ナザルバイエフ・インテレクチュアル・スクールにて授業研究アドバイザー。学校評価の推進に関する調査研究協力者会議をはじめ多数の文部科学省関係委員を歴任。
主な著書に『結果が出る 小中OJT実践プラン20+9』『若手教師がぐんぐん育つ学力上位県のひみつ』『学力がぐんぐん上がる急上昇県のひみつ』(教育開発研究所)ほか多数。

取材・構成・文:学びの場.com 写真:教育開発研究所

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

ご意見・ご要望、お待ちしています!

この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)

pagetop