教育トレンド

教育インタビュー

2016.08.24
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児美川 孝一郎 キャリア教育を語る。

夢を追わせるだけではダメ。何が起こるかわからない人生への準備をさせてください。

法政大学に「キャリアデザイン学部」という、あまり耳慣れない学部が誕生したのは2003年のことでした。政府が「若者自立・挑戦プラン」を発表し、日本 のキャリア教育が始動した、まさにその年です。学部設立から教壇に立つ児美川孝一郎氏は、青年期の教育を研究してきたキャリア教育研究の先がけ。日本の キャリア教育は、就労意識の醸成と、その基礎としての「夢追い型教育」に偏っていると指摘します。子ども達に夢を追わせるだけでいいのか? 転換期を迎え たキャリア教育に求められるポイントを伺いました。

日本のキャリア教育はフリーター対策から生まれた

学びの場.com日本のキャリア教育は2000年代から始まりましたが、そこにはどんな背景があったのでしょうか。

児美川 孝一郎日本は1990年代に大きな転換点を迎えています。90年代以前は、学校のシステムと雇用システムの接続は、スムーズに機能していました。ほとんどの学生が新卒採用枠で就職し、就職後は企業内教育、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)を受けて、一人前の職業人、社会人に育っていくことができました。多少の差はあれ基本的に給料は上がり、結婚することができ、家庭を持つこともできました。 それがほころんできたのが、バブル崩壊後の90年代以降です。新卒採用の枠に全員が入ることができなくなりました。主な理由は、新卒採用数の激減です。大学進学率が伸びたこともあり、構造的に2割から3割の学生があぶれてしまう。フリーターが増加し、後にニートと呼ばれることになる若者の存在が社会問題化します。一方、就職しても、以前のように企業内教育が盤石ではないこともあり、就業が続かない若者が続出します。大卒でも3年で3割が離職するという教育界にとっても、産業界にとってもショッキングな数字が問題視されるようになりました。 これに危機感を抱いて、キャリア教育を提言したのが、1999年の中央教育審議会の答申です。その後2003年、政府が「若者自立・教育プラン」を策定し、若年就労支援策を打ち出しました。このプランによると、若者の就職難や早期離職の原因は、「将来の目標が立てられない、目標実現のための実行力が不足する若年者が増加」したためと分析されています。そこで、子どものうちからしっかり就労観を持たせ、仕事意識を高めることが重要だとしてキャリア教育が導入されたわけです。日本のキャリア教育の出発点は、端的に言って「フリーター対策」だったのです。

「夢追い型キャリア教育」の問題とは?

学びの場.com児美川先生は現在のキャリア教育が「職業探し」に偏っていると指摘されています。問題点を整理していただけますか。

児美川 孝一郎これまでの所、キャリア教育の主要ジャンルといえば、世の中にどんな仕事があるのか調べる「職業理解」、自分の仕事適性を知る「自己理解」、将来のなりたい自分に向けて計画を立てる「キャリアプランの作成」です。 僕の立場から見ると、これらの問題点は大きく分けて二つ。一つはご質問の通り、職業や就労に偏っていること。出発点がフリーター対策であったことを考えれば、当然の帰結とは言えますけれど。 もう一つの問題は、仕事探し重視になるあまり「夢追い型キャリア教育」になりがちであることです。「夢追い型」というのは、例えば、小学校でも教師は子ども達に「将来なりたい職業は?」「10年後のなりたい自分は?」と問いかけますね。そこから夢を実現するためにはどうしたらいいかというキャリアプランを書かせます。夢を持たせ、夢を追わせる。

学びの場.com小学生のなりたい職業には、男子はスポーツ選手や警察官、女子はケーキ屋さん、保育士といった職業が並びます。

児美川 孝一郎そこでちょっと考えてほしいのです。夢は何? 将来なりたい職業は? と聞かれても、そもそも子ども達はどれだけ世の中の仕事について知っているでしょうか? 親の仕事、知り合いの仕事、ドラマやアニメで見た仕事と、かなり限定的ではないでしょうか。十分な情報、知識のないところで夢を語らせることは、それだけ将来への視野を狭くする危険をはらみます。 逆に高校生になると、「夢なんてありません」と言う子が増えてきます。現実が見えてくるからです。事実、世の中の大人の大多数は会社員になっているわけです。将来なりたい職業は? と聞かれて、「会社員」とか「公務員」と答える子はいません。夢は? と聞かれて出てくる答えは専門職だけです。スポーツ選手、芸能人、学校の先生、医者などです。現実には、ほとんどの人がサラリーマンになるにも関わらず。おかしいと思いませんか? また当然のことながら、いくら夢を持たせても、皆が自分の夢を実現するわけではないですよね。小学生だった頃の夢の仕事に就ける人は1割もいないという調査結果があります。今も昔も、夢が実現しない人の方が圧倒的多数です。では、夢が実現しなかった時、どうするか? 夢がかなわなくてもくじけずに生きていくには? 僕はそちらの方が重要だと思います。

学びの場.com夢を持つのは良いことだと思いますが、「夢を持て」だけでは不十分であると。

児美川 孝一郎ええ。僕の知っている高校の先生がこんな話をしてくれました。1年生の担任を持った当初、クラス全体に落ち着きがなく、授業への取り組み方も悪かったそうです。そこで先生は積極的にキャリア教育を取り入れました。夢を持たせ、キャリアプランを書かせた。3年生になるまでには、クラスの雰囲気は落ち着き、成績も上がったそうです。「夢を追うこと」が功を奏したのです。ところが、その前年にリーマンショックがあり、高校に届いた求人票は惨憺たる有様だった。その時、生徒から言われた言葉が「だまされた」だったと。もちろん先生は一生懸命やったのです。しかしキャリアプランも10年後の自分像も、外部環境がちょっと変わっただけで崩れてしまうわけです。学校も教師も責任を負えないですよね。 夢を持つことは挫折するリスクを伴います。だからこそ、そのリスクを教えることが肝心です。夢を持て、なりたい自分を目指せ! とあおるだけでは危ういのです。

自分の根っこ=キャリアアンカーを見つけることが大事

学びの場.com本来、キャリア教育とは何を目指した教育なのでしょうか?

児美川 孝一郎僕はキャリア教育とは「人生への準備教育」であると考えています。大学を卒業したら就職して、結婚して家庭を作ってと、一昔前には標準的モデルコースがありました。これからの若者は標準コースが存在しない時代を生きていかなくてはなりません。一生結婚できない(しない)かもしれないし、給料は上がらないかもしれないし、非正規雇用になるかもしれない。災害のリスクも増しています。何が起こるかわからない人生です。その中でたとえ失敗や挫折をしても、また起き上がって生きていく力を身につけることが、本来のキャリア教育の意義だと思います。

学びの場.com先生は「キャリアアンカー」を見つけさせるべきだとおっしゃっていますが、キャリアアンカーとは何でしょうか。

児美川 孝一郎キャリアアンカーとは、個人の職業生活の「錨」のようなものです。たとえ転職していくつもの仕事に就くにしても、共通して持てる価値観のようなもの。自分の根っこです。なりたい職業が「サッカー選手」とか「看護師」ではピンポイント過ぎるのですね。先述した通り、9割の人は子どもの頃の夢を実現できません。ピンポイントの夢は、将来の選択肢を狭めることになりかねない。でも、キャリアアンカーを見つけておけば、職業の選択肢は大きく広がりますよね。

学びの場.comキャリアアンカーの見つけ方が、また難しいと思うのですが。

児美川 孝一郎例えば子どもの頃からプラモデルや組み立てブロックを作るのが大好きな子のアンカーは、多分、ものづくりです。製造業、建築業、料理を作るのも、ものづくりですよね。そのどこかに引っかかれば、恐らくその子の職業人生は、幸せなんじゃないかと思うんです。同じように、人と関わり、人を助けることに充実感を感じる子には、対人支援というアンカーがあります。そういう子はNPOに興味を持つかもしれないし、教師に向いているかもしれない。中学生、高校生のうちは、それくらいザックリした方向性が見つかればいいのではないでしょうか。 学校教育にはアンカーを見つけさせる機会が色々あります。例えば文化祭や体育祭では様々な係があり、あなたはどの係をやりたい? と、自分に向いていると思う係を考えさせる。まさにキャリアアンカーを見つけさせるチャンスです。

社会にどう参加するのか? 「社会軸」を持たせてほしい

学びの場.com今後、本来のキャリア教育に向けて、学校の現場で何をどのように変えていけばいいでしょうか。先生方へのアドバイスをお願いします。

児美川 孝一郎キャリア教育が導入されて10年少々。振り返って点検すべき時期に来ていると思います。ポイントは,大きくは2点あります。 一つは、これまで述べてきた通り、就労に偏りすぎていた所の修正です。ワークキャリアからライフキャリアへのシフトです。子ども達に、どんな仕事をしたいのか考えさせる前に、どんな人生を送りたいのかを考えてもらう。その人生の中で仕事をどこに位置づけるのかを考えさせる。その順番が筋です。 もう一つは、自分のやりたいことを中心に考える「個人軸」に、「社会軸」を加えてほしいということです。どんな風に生きていきたいかを考えた時、そもそも個人一人で幸せになるのは無理です。社会とどう関わりながら生きていきたいのか。仕事探しにも、自分は社会の中でどんな役割を果たすのかという観点を持たせてほしい。重要なことは、役割分担の観点です。

学びの場.com社会的役割について考えるということですか。

児美川 孝一郎そうですね。現代の日本人全体に言えることだと思いますが、「仕事とは役割である」という観点がスッポリ抜けているのですよね。いつの頃からでしょうか、何のために仕事するのかを問うと、「1に報酬のため。2に自己実現のため。以上、終わり」になってしまった。社会参加とか社会貢献という観点がない。もちろんお金は大事だし、自分が輝くことも大切です。けれども同時に社会は分業で成り立っているのです。色んな役割を誰かが引き受けてくれているからこんなに便利に回っているのであり、あなたも今日まで生きてこられたのでしょうと。で、あなたはどの役をやってくれるの? という話なのですが、そこが抜けています。 社会的役割の意識が薄いこと、これが今、日本社会の抱える様々な問題の根っこにあるように思います。今の若者の問題ではありません、僕らの世代、僕らより上の世代を含め、日本人の圧倒的マジョリティが、自分が豊かになればいいと思って生きてきた結果ではないかと。そこは謙虚に省みるべきだし、子ども達に社会的役割をどう教えていくのか、日本人全体の生き方が問われていると思います。その意味で、教師には「キャリア教育が新しい日本の社会づくりを担う」くらいの心構えが求められています。そうでないと、この先、この社会は、もたないですよ。人口が減少し、経済成長が望めない中、どんな社会にしていきたいのかを若い人が本気で考えられるようなキャリア教育を構想する。それが僕達の役目だと思います。

児美川 孝一郎(こみかわ こういちろう)

法政大学 キャリアデザイン学部教授
1963年生まれ。東京大学教育学部、同大学院教育学研究科博士課程を経て、2003年よりキャリアデザイン学部助教授、2007年より教授。専攻は教育学(青年期教育、キャリア教育)。日本教育学会理事。日本キャリアデザイン学会副会長。主な著書に『キャリア教育のウソ』(筑摩書房、2013年)、『まず教育論から変えよう』(太郎次郎社エディタス、2015年)、『夢があふれる社会に希望はあるか』(KKベストセラーズ、2016年)。

インタビュー・文:佐藤恵菜/写真:赤石 仁

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