2019.02.06
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日本型教育の海外展開(第1回) 日本型教育とは

「日本型教育」と聞いて、どのようなことを思い浮かべますか?

教科教育の内容、授業の方法、さらには「掃除当番」や「給食当番」といった日本独自の仕組みが近年海外から注目されているようです。
日本にいるとあまりどういうところが日本「独自」なのか、意識することは少ないかもしれません。どういうものが日本独自といわれ注目されているのか、またその強みや弱みはどういうところにあるのか、2016年より始まった「日本型教育の海外展開推進事業(EDU-Portニッポン)」を切り口に、これから3回にわたって考えてみたいと思います。

新学習指導要領、高大接続改革、Society5.0に向けた人材育成と、今まさに教育は大きな変革期にあります。これから子どもたちが生きていく未来の社会において、未だ創出されていない仕事や技術、現時点では予期できないような問題に対応できるよう、子どもたちを育てていくことが教育に求められているからです。
その一方で、これまで日本で行われてきた教育の仕組みが、近年、世界から注目されており、特に新興国には日本型の教育制度を取り入れたいというニーズがあるようです。
そこで文部科学省が中心となり経済産業省や外務省等の関係省庁やJICA(国際協力機構)、JETRO(日本貿易振興機構)等の政府系機関、地方公共団体、学校法人、NPO法人、民間企業等とともに「日本型教育の官民協働プラットフォーム」が立ち上げられ、「日本型教育の海外展開推進事業(EDU-Portニッポン)」が2016年より開始されました。これまでも、個別に協力や支援は行われてきましたが、「より層の厚い海外展開」を目指し、さまざまな組織が連携し、オールジャパンで情報を共有しながら事業を推進していこうとしているのです。

◆日本型教育と諸外国からのニーズ

ところで、「日本型教育」とはどういうものを指しているのでしょうか。日本型教育を紹介するツールとしてEDU-Portニッポンのwebサイトに以下のようなパンフレットや動画が公開されています。
パンフレット「Basic Education in Japan -知(chi)・徳(toku)・体(tai)」p2~5より

全体的な特徴として、確かな学力、豊かな人間性、健康・体力を総合的に育む統一されたカリキュラム、カリキュラムに基づき作成され、無料で提供される教科書、高い高等学校への進学率などが挙げられています。
また主に小学校を例に、音楽や体育、図画工作を含む各教科の内容、教室の雑務や給食の配膳を当番制で行うこと、掃除も自分たちで分担して行うこと、総合的な学習の時間(地域の防災マップを作ったり、平和や人権について修学旅行などで学んだりする)、特別活動として学級活動、児童会活動、クラブ活動や運動会などのイベントなどが紹介されています。
教員は、教科の内容だけを教えているのではなく、これら全ての活動を支えています。教員の指導力を高めるための重要な方法として、教員同士が授業を観察し合い、授業計画とその結果について話し合い、改善していく授業研究(Lesson Study)も紹介されています。また地域社会が果たす役割も重要とされ、登校時の見守りや地域のことについて学ぶ総合的な学習の時間は、地域社会の協力により支えられています。

また、諸外国からのニーズとして、下の図のようなニーズ例が挙げられています。

◆OECDによる国際的な学力調査と教育政策レビュー

では、その「日本型教育」は、世界からはどのように見られているのでしょう。国際的な学力調査の結果をみると、日本の15歳の生徒の科学的リテラシー、数学的リテラシー、読解力は参加したOECD加盟35か国の中で、それぞれ1位、1位、6位と上位に位置しています(2015年PISA調査)。
日本の成人(16歳以上65歳以下)の読解力と数的思考力の平均得点は参加24か国・地域の中で1位、習熟度レベルが最低レベルの割合や、上位5%と下位5%の得点差は参加国中最小でした。しかしITを活用した問題解決能力の分野ではOECD平均並み、また調査自体をコンピュータ調査ではなく紙での調査を受けた割合が36.8%とOECD平均の24.4%を大きく上回っており、コンピュータの活用においては課題があるようです(OECD国際成人力調査(PIAAC))。

PISA調査の結果

(「OECD生徒の学習到達度調査 ~PISA2015年調査国際結果の要約~」より作成)

※それぞれの分野において最初に中心分野であった実施年のOECD加盟国の生徒の平均点が500点、2/3の生徒が400点から600点の間に入るように得点化されている。数学的リテラシー、科学的リテラシーは経年比較可能な(最初に中心分野として設定し重点的に調査した)調査実施年以降の結果を掲載。

OECDが2018年に発表した「OECD教育政策レビュー」によると、日本の教育が成果を上げている理由として、日本独特の教育システムがあるとされています。重要な特徴として、EDU-Portニッポンのパンフレット同様に、教員が子どもたちを総体的に教育し、地域社会も教育を支援していることが挙げられています。教員が教科の内容だけを教えるのではなく、清掃活動や給食当番、学級活動、部活動を通して子どもたちを総体的にケアし、社会性や感情面の成長も含め支えてきたことが評価されているのです。さらには保護者が教育を重視し学習塾等の学校外の教育に支出していること、子どもたちも協力的な姿勢で学習に向かっていることも重要な特徴であるとされています。

最近この特徴が教員に長時間の労働と重い責任を課しており、教員への負担が大きいことが問題になっています。新学習指導要領において「資質・能⼒の三つの柱」(知識・技能、思考⼒・判断⼒・表現⼒等、学びに向かう⼒・⼈間性等)で⼦どもの育成を⽬指していることに対しても、OECDは高く評価していますが、その理念を実際に教室で実現することや、総体的な教育を持続していくことは容易なことではないとも指摘しています。
また、保護者が教育を重視し教育に支出していることが特徴の一つに挙げられていますが、このことは裏返せば家庭の経済状況によって教育の機会に格差が生まれることを意味しています。OECDインディケータによると、初等・中等教育段階では90%以上が公財政支出ですが、高等教育段階では68%が私的に賄われており(OECD平均は30%)、その3/4以上が家計による直接負担とあります。日本の子ども1人当たりの教育支出はすべての教育段階でOECD加盟国平均を上回っており、家計への負担は他の国に比べ大きいことがわかります。
国際成人力調査の結果、読解力と数的思考力は高いレベルにあることがわかりましたが、成人の学ぶ意欲(生涯学習への参加率)が低いことも指摘されています。
学力調査の結果は優秀だが、それを支える教員や家庭への負担が大きいこと、生涯学び続ける意識や環境に課題があることは、これからの日本の教育を考えるにあたりとても重要な指摘といえるでしょう。

一方で、教員の負担を減らし、授業の質を高めるための研修や児童生徒と向き合う時間を確保しようとするさまざまな改革も、学習指導要領の改訂と並行して進められています。「『次世代の学校・地域』創生プラン」では、教員以外の専門スタッフの参画や学校のマネジメント機能強化等、「チームとしての学校」という学校組織のあり方の改革や、地域と学校が連携・協働して、地域全体で未来を担う子供たちの成長を支え、地域を創生する「地域学校協働活動」の推進の実現に向けた取り組みの方針等が提言されています。さらには学校における働き方改革の取り組みも具体的に始まろうとしています。これまでの日本型教育の強みやいいところは活かしつつ、学校・教員が担う業務の役割分担を見直し、家庭・地域との連携強化や先端技術を最大限活用することで、改革を実現していこうとしていることがうかがえます。

「日本型教育」とはなにか、日本がアピールしようとしている内容と、客観的な評価としてOECDによる評価について取り上げました。OECDによる評価も、日本の教育をとらえるひとつの側面でしかありませんが、「日本型教育」を海外展開していこうという動きは、あらためて日本の教育について振り返り、強みと弱み、進もうとしている方向性について、冷静にまた国際的な視点から見つめ直すきっかけを与えてくれているのかもしれません。

第2回は、「日本型教育」を海外に展開しようとする取り組み「日本型教育の海外展開推進事業(EDU-Portニッポン)」の全体像と、教育における海外協力、海外展開についてご紹介します。

構成・文:内田洋行教育総合研究所 研究員 井上暁代

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