教育トレンド

教育インタビュー

2020.06.22
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橋本 康弘 主権者教育の一丁目一番地
新科目「公共」の授業をつくる(後編)

授業づくりの実践方法

2022年より主権者教育を柱とする新科目「公共」が必修化される。前編では、「公共」が新科目になった経緯や、「公共」の意義や狙いなどについて、福井大学学術研究院教育・人文社会系部門教授の橋本康弘氏に話を伺った。後編では、生徒たちが主体的に学べる「公共」の授業づくりのポイントを紹介する。

生徒が切実性を感じられるような社会問題を取り扱うことが大事

学びの場.com「公共」の授業をつくっていく時、生徒が主体的に学習に取り組む態度をどのように引き出せばよいのでしょうか。

橋本康弘(敬称略 以下、橋本) 教科書の事例をそのまま使えばいいというわけではなく、生徒が切実性を感じられるような社会問題を取り扱うことが大事です。いままで社会問題は生徒にとって遠い存在であったため、切実性をつくるのが難しいとされていました。

ですが、コロナ禍以降は、いろいろな問題において生徒にとっての切実性が増しています。たとえば、10万円の特別定額給付金が支給されたことよって、将来多額の借金を抱えるのではないかと多くの生徒が不安を抱いています。新型コロナウイルスは、ある意味では生徒の政治への関心を引き出したといえるでしょう。

また、ある程度見通しが立てやすい社会問題を取り扱うことも大事です。福井県では以前、効率性という概念への理解を深める教材として「雪かきの順番を決める」というテーマを選択。除雪の予算や病院の場所などのデータをもとに、どこを優先的に除雪していけばいいのかを問いました。社会問題だと取り組みにくいけれど、雪かきの順番決めだったら取り組みやすいという子もいるので、目の前の子どもの実態に合うような教材をつくっていくことが求められます。

外部の専門家と連携を図りながら教材をつくっていく

学びの場.com現在進行系で起きている問題を取り扱うとなると、教材の準備がネックになりそうです。

橋本社会科では、地理歴史が専門で、公民は不得意という先生が少なくありません。そのため、弁護士や税理士、社会保険労務士などの外部の専門家や関係機関など、リアルな社会問題を知っている人たちに協力してもらうことで、質の高い、深い学びにつながります。

とはいえ、外部の専門家が毎回授業を行うのは現実的に不可能でしょう。できれば、外部の専門家と共同で教材をつくり、それを「教材バンク」のようなかたちで広く先生方に提供していくのが理想です。なお、教材はリアルな状況に合わせてつねに更新していくことが求められます。

学びの場.com「公共」の教材バンクはすでに存在していますか。

橋本法教育における教材バンクはいくつか存在しますが、「公共」とうたっている教材バンクはまだありません。教材環境の整備は「公共」における目下の課題です。

特別活動との接続を意識する

学びの場.com 新学習指導要領では、外部の専門家のほか、他教科や学校全体とも連携していくことが重視されていますね。

橋本「公共」は「主権者教育の一丁目一番地」として新設された科目です。しかし、主権者としての態度を身につけるには週2時間の「公共」の授業だけでは不十分です。「総合的な学習」の時間や、ホームルーム活動、生徒会活動などを含む「特別活動」といった他の時間と関連させながら進めていく必要があるでしょう。


なかでも、「特別活動」は主権者教育と相性がいいと思います。最近では学園祭の準備などに割かれる傾向にありますが、本来特別活動は「民主的な学習空間の形成」を狙いとしていました。学級活動や生徒会の役割なども形骸化していると言われる昨今、本来の役割に戻ることで、特別活動が「学校の民主化」に寄与できるのではないでしょうか。

新型コロナウイルス対策を題材とした授業づくりの実践例

学びの場.com具体的な授業実践のためのヒントとして、新型コロナウイルス対策」を題材にとるとしたらどんな授業づくりが想定できますか。

橋本保証なき自粛要請や、一律10万円支給の是非など、いろいろな問題を取り上げることができると思います。いずれにしても、取り上げた問題に対してなんらかの価値判断をすることが重要です。

たとえば「一斉休校措置」を取り上げるとしましょう。このトピックにおいてはまず、一斉休校措置が「学ぶ権利」を保証できているかどうかが重要な問題になります。オンライン授業をやるにしても、地域格差や収入格差によって、そもそもオンライン授業を受けられる人と受けられない人が出てくる。教える側のスキルの問題もある。そういう現実に起こっているさまざまな課題の中で、「学ぶ権利」をどのように保証していけばいいのかを考えてみる。

一方で、全員がオンライン授業を受けられるなら、ずっと休校でもいいのかという問いかけもあるでしょう。たとえば、「学ぶ権利」にはコミュニケーション力や他者との関係性培う力は含まれるのか。オンライン授業でそういう力を養えるのか、という疑問は当然出てくる。対面であれば得ることができたはずの学びを、オンライン授業でどう担保するのかという問いです。

このように、一斉休校措置という身近でリアルな社会問題について考える際に、「学ぶ権利」という抽象概念を理解させるとともに、その概念を使って論点を洗い出し、情報を整理したうえで、価値判断するという授業が想定できるのではないでしょうか。

学びの場.com 授業で扱いやすい素材や、活用する際の注意点を教えてください。

橋本各種新聞のオピニオン欄は授業で扱いやすく、活用する方法もバリエーションがあると思います。たとえば、今回の「一斉休校措置」に関する賛成、反対の意見が掲載されたオピニオン面などは、自分の考えをつくっていく上でベースになるでしょう。また、行政やシンクタンク等が公表している各種統計も生きた教材になります。ただし、データものを取り扱うなら、データそのものをまず疑うという視点も必要です。

たとえば、死刑制度に対する意識調査を取り上げたとして、死刑制度に対して、「賛成」「反対」「わからない」の3択のうち、「賛成」が一番多いと示されているデータがある。このデータを見て、「国民の多くが死刑制度に賛成しているのだから、自分も死刑制度に賛成だ」という意見をつくる生徒は多いでしょう。しかし、よく見てみると、このデータには「現状では賛成だが、日本にも仮釈放の無い完全な終身刑を導入して、死刑を廃止すべき」など、単純に死刑制度に賛成か反対かだけではない、さまざまな選択肢が示されていません。そういった選択肢についても十分考えなければ、公正な判断のしようがないと気づくことが大事です。

学びの場.comたしかにそうですね。データを疑う力を養うにはどうすればいいのでしょうか。

橋本データを疑うには、死刑制度の是非について判断するときにどんなデータが必要なのかがわかっている必要があります。おすすめなのは、先生がいくつものデータを用意し、その中から必要なデータを生徒自身で選ぶことです。事前にデータを集めるだけで膨大な努力が必要になるため、先生の負担が大きい方法ではありますが、批判的思考力の育成には大いに役立つと思います。

学びの場.com最後に、「公共」の授業を担っていく先生方にメッセージをお願いします。

橋本「公共」はこれまでの知識注入型の教育とは異なるので、取り組みにくかったり、苦手意識をもつ先生もいるかと思います。ですが、世の中をよくするための教育として、「公共」はとても意義のある科目です。また、新型コロナウイルスによる問題が多発している現代において、「公共」は時期を捉えた科目だともいえます。

教材環境も今後整っていくと思いますが、それまではご自分で教材を用意しなければならない場面があるでしょう。ぜひ、目の前の生徒の実態に合わせながら教材をつくり直し、主権者としての成長を見届けていただければと思います。

橋本 康弘(はしもと やすひろ)

平成7年に広島大学大学院教育学研究科博士課程前期修了後、広島市立大手町商業高校教諭、広島大学附属福山中・高等学校教諭などを経て、平成14年に兵庫教育大学学校教育学部助手、平成16年に福井大学教育地域科学部助教授に就任。平成22年には、文部科学省初等中等教育局教育課程課教科調査官を務める。現在は、福井大学学術研究院教育・人文社会系部門教授。

主な編著書に、『“公共”の授業を創る』、『“法”を教える 身近な題材で基礎基本を授業する』、『教室が白熱する“身近な問題の法学習”15選―法的にはどうなの? 子どもの疑問と悩みに答える授業』(以上、明治図書)などがある。

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