2017.07.10
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教科での探究(数学) 学んだことを活用することで基礎を定着させる!

立命館宇治中学校・高等学校 数学科教諭(高校3年学年主任・研究主任) 酒井 淳平

探究の大切さ

学習指導要領改訂の方向性として、コンテンツベース(内容中心)
の学びだけでなく、コンピテンシーベース(資質・能力中心)の
学びの重要性が示されています。学校現場ではどうしても
「何を学ぶのか」という「コンテンツ」を重視しがちですが、
「どのように学ぶのか」「何ができるようになるのか」も重要です。
答えのない問いに挑戦する、変化の激しい時代を力強く生きる、
こうしたことが求められる時代だからこそ、ますます「どのように
学ぶのか」「(学んだことから)何ができるようになるのか」が
大切なのでしょう。

また「理解は与えられた問いに短い答えで返せることではなく、
ある事柄についてその周辺事項と関連づけて説明できることだ」
という知識観は次期学習指導要領を貫いているものです。
教師が知識を構造化して生徒に提供する「わかりやすい授業」
も大切ですが、その授業の欠点は、(生徒でなく)教師の理解が
深まることです。これから大切なのは、(教師でなく)生徒が
知識を構造化することです。その構造化をするにあたって
探究のプロセスが効果的でしょう。
自分なりの問題意識を持ち、集めた情報を整理・分析して
自分なりにまとめるプロセスこそが知識を構造化します
(教材研究のプロセスを考えれば、教員にはこのことは
実体験として理解できるのではないでしょうか)。

ここに書いたことは考え方は納得しやすいですが、実践と
なるとそんなに容易ではありません。そもそも決まった内容を
教えるのが精一杯の現状の中で、探究をする時間は確保
できるのでしょうか。時間が確保できたとして、どんな実践が
できるのでしょうか。そしてその実践によって生徒は本当に
力をつけるのでしょうか。このような問いがどうしても頭から
離れないという先生も多いことでしょう。

これらは答えのない問いかもしれませんし、
私自身日々悩んでいることです。ただ昨年度の実践の中で
探究プロセスの大切さ、それによって生徒が知識を構造化していく
プロセスを感じた瞬間がありました。
今回はそのことについて書きたいと思います。

本校の実践~学んだことを活用した探究~

本校の高3数学(理系・内部進学者)は11月中旬には教科書の
内容をすべて終え、その後は生徒の進路に対応したことを
学習します。理工学部に進学するなど、大学でも多くの場面で
数学を直接使う生徒は「数学Ⅲ演習」を、文系学部や
生命科学部・薬学部に進む生徒は「統計」を学びます。

昨年度同僚の稲葉先生と2人で「統計」の実践を行いました。
統計では数学Bの統計分野である「確率分布」「統計的な推測」
に加えて「検定」を扱うと決まっていますが、知識の定着や
問題演習ではなく、生徒が自分たちで集めたデータを加工・分析し
何らかの結論を出せることをゴールとして授業を組み立てました。

統計に使える時間は39コマ(1コマ=50分)。
約半分で基本的な知識の定着をねらった授業を行い(教科書を
使った授業)、残りを探究・レポート作成の時間としました。
探究では与えられたデータを読みとる時間も確保し、レポート作成
では(最後の完成したレポートのプレゼンだけではなく)テーマ設定
を重視し、自らのテーマをプレゼンして修正するということも授業
の中で行いました。

レポート課題の概要は以下の通りです。

①総務省統計局が公開しているデータを分析し、
何らかの結論を導け。その際、必ず2つ以上の集団で比較し、
その相関を調べること。

②自分でデータを40個以上計測,観測または収集し、
集めたデータが正規分布に従うものとして,そのデータから
母平均または母比率を信頼度95%で推定しなさい。
もし母平均や母比率が既知である場合,または公表値が
知れる場合には,標本から得られた値について有意差が
あるかどうか有意水準5%で検定しなさい。


生徒たちが設定したテーマ例は以下の通りです。
①人口密度と乗用車の保有率の関係、
人口と住宅地価の関係、
TV保有率と国民一人あたりの国民総所得の関係、
降雨量と読書数の関係

②チョコ菓子Aに顔のある比率の推定、
1週間のTV番組のバラエティー番組の割合の推定、
スーパーのエコバッグ持参率の推定、
チョコ菓子Bの中のピンク色の割合

活用することで学んだことが定着する生徒たち

生徒がレポートに取り組む中でわかったことがあります。
それは「レポート作成の過程で生徒たちは統計の基本的な
知識を定着させていった」ということです。
生徒たちは教科書を何度も繰り返し見直しながらレポートに
取り組んでいました。質問内容も「持っているデータを有意差
があるかどうかを検定することの意味」「そもそも相関係数とは?」
などが多く、いわゆる深い学びに到達していることがわかる
ものでした。これは教科書を使いながら基礎を定着させる
授業中にはなかなか見ることのできない光景でした。
こうした学びの結果基礎も定着し、その後の定期考査でも
基礎知識を問う部分の正答率は高いものでした。

もちろん「レポート課題が基本的な知識を活用するものであった」
など課題設定の仕方も重要なことは言うまでもありません。
ただ定型の演習問題を解くものとは違う,試行錯誤しながら
問題解決の糸口を探り,様々な方法で自分なりの主張を裏付ける
活動を生徒がアクティブかつ主体的に行う様子を見ることが
できたということは大きなことだったと思います。
そして担当者としても「何を学ぶのか(この場合は統計)」
だけでなく、「どのように学ぶのか」「何ができるようになるのか」
ということについて、イメージがより鮮明になったのも大きな成果です。  

社会の大きな変化は日本に限ったことではありません。
実際に世界各国が「キーコンピテンシー」や「21世紀型スキル」
といった資質・能力の教育を始めています。
21世紀型スキルの中の「コラボレーション」スキルが
PISA2015、2018にも反映されています。
日本の教育は水準が高いと言われますが、このような流れの
中でも高い水準のものができるのか、それはこれからの教育
実践が決めるのでしょう。

最近、従来のテストでは測れなかった力を測定しようというテスト
が開発されはじめています。たとえば「GPS-Academic(ベネッセ)」
「学びみらいPASS(河合塾)」などがそれにあたります。
知識・理解についてはテストも含めて日本はかなり高いレベル
のものがそろっていると感じます
(高いレベルのものがそろいすぎている弊害もあるとは思いますが)。
では「資質・能力」のような測りにくい力を育てること、その力を
測定し見とること、こうしたことはこれからどうなっていくのでしょうか。
こうしたことがこれから特に注目されるところだと思います。
そして、このような力は特定の教科や取り組みだけで育つ
ものではありません。学校全体でこうした力を育てることを
マネジメントすることができるかどうか、これこそが
カリキュラムマネジメントでしょう。
教員としてのこれからの自分を考えたときに、これらはまさに
自分ごととなる課題です。
いろいろ学びながら実践していきたいと思います。

お読みいただきありがとうございました。
次回も、もう一度数学のことについて書きたいと思います。
引き続きよろしくお願いします。

*今回紹介した統計の実践は「探究を取り入れた統計の授業」
として、ベネッセが発行している小冊子
「未来を拓く探究~アクティブラーナーを育てるために~ 実践編」
にも掲載していただきました。
今回の原稿の記述もこの小冊子から一部引用しています。


*統計の授業については
「第13 回 統計教育の方法論ワークショップ学会発表」で
発表しました。タイトルなどは以下の通りです。

「高等学校における「データの分析」その後の統計教育実践の一事例」
―データを活用する力の育成の観点から―(中間報告)
酒井淳平・稲葉芳成

 

参考資料
  • 「資質・能力」国立教育政策研究所編 東洋館出版社
  • 「未来を拓く探究~アクティブラーナーを育てるために~ 実践編」 Benesse
  • 統計教育実践研究(第9巻) 統計数理研究所

酒井 淳平(さかい じゅんぺい)

立命館宇治中学校・高等学校 数学科教諭(高校3年学年主任・研究主任)
文科省から研究開発学校とWWLの指定を受けて、探究のカリキュラム作りに取り組んでいます。
キャリア教育と探究を核にしたカリキュラム作りに挑戦中です。

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