子どもには敢えて苦労をさせたい
小学校三年生の社会に「昔の人々の暮らし」という単元があります。
今回、私のクラスでは「昔の炊事」と「洗濯」の体験をしました。
そういった活動の中で私が感じたことは「本来、子どもが体験すべき苦労などを親や教師が無くしてしまっているのでは・・」ということです。
時間や手間が掛かっても子どもに体験させておいた方が良いことがあるのではないかと改めて思いました。
帝京平成大学現代ライフ学部児童学科 講師 鈴木 邦明
体験することの意義
今回、具体的に取り組んだことは「七輪を使ってお餅を焼いて食べる」「洗濯板を使って洗濯をする」ということです。
昔の人と同じ体験をして「大変さを体感しよう」というのがねらいです。
ねらいが「大変さを体感しよう」ということだったので、私は可能な限り手伝うことなく、見守っているようにしました。
授業の進度も順調で、ある程度余裕があったので、じっくりと時間を取って、子どもに苦労を体験してもらおうと考えました。
炊事体験
しばらく前から家の人(特にお年寄り)に七輪の使い方や炭を使った火の起こし方などを教わるように伝えてありました。
始めるまでは「結構簡単にできてしまうのでは・・・」と子ども達は思っていたようです。
ルールは「マッチは班の人数の倍まで使うことができる」ということにしました。
4人グループでは8本まで、5人グループでは10本までということです。
しかし、始めに渡された分(4本または5本)のマッチをあっという間に使い果たした頃から表情が少しずつ変わってきました。
「追加のマッチを下さい」と言いに来た子どもには「再度、しっかりと作戦を練り直すように」「周りの班の失敗や成功を参考にすうように」などのアドバイスをしました。
追加分のマッチ(2本)を使う頃には、様々な工夫(炭と新聞の置き方、炭を小さく砕く、新聞紙を小さく切る、団扇での扇ぎ方を変えるなど)をする班が増えました。
しかし、炭に火が付くところまではいきませんでした。
この時点で約1時間が経っていました。
あるグループの最後の一本のマッチを擦る様子を眺めていました。
一人の男児が皆の期待の声を受けて、気合を入れてマッチを擦っていました。
数秒後「あっ」という声と共に火が消えてしまいました。
他の子が「扇げば、大丈夫かも」と言い、数人で必死に扇いでいました。
しかし、1分位経過したら、そのグループから全く声も音も聞こえなくなってしまいました。
扇いでいた子どもは疲れと失望で固まり、周りの子どもは不安そうな目でその様子を見つめています。
ちょうどその様子を写真で撮りました。
悲しそうな背中と不安そうな眼が印象的な写真です。
この一年間たくさんの写真を撮ってきましたが、その中でも印象的な一枚です。
こういったことを私が言う場合は本当にそうするのを子ども達はこの一年間で既に知っています。
だから、最後のマッチが消えた時には、声も出なかったのだと思います。
さすがにそれでは可哀そうだったので、周辺のゴミ拾いをしてもらい、そのお礼として私が準備しておいた燃えた炭を分けました。
火を起こすことの大変さ、食事を作ることの大変さを身をもって体験していました。
火起こしに慣れていない子ども達は、朝ご飯を用意しようとしても、それが昼ご飯になってしまいそうです。
結局、3時間(45分×3)を使って、何とか食べることができました。
焦げていたり、少し固かったりしていたようですが、皆が「おいしい、おいしい」と言って食べていました。
苦労した分、美味しさも増したのだと思います。
洗濯体験
洗濯板を使って、それぞれが持ってきたもの(靴下やハンカチなど)を洗いました。
最低気温が2度位のとても寒い日でした。
しかし、靴下一足を洗うのにかなりの時間を要していました。
洗うのも大変ですし、濯ぐのも大変そうでした。
現在の洗濯機の便利さを身をもって体感していました。
活動の本来のめあては何なのか
時間に余裕がなければ、限られた時間で効率よく活動が取り組めるようにします。
関わる教員の数を増やしたり、着火剤を使ったり、ライターを使ったりということです。
そうすることで、子どもがトラブルを起こす可能性を減らすことができます。
しかし、それでは今回の授業の目的である「大変さを体感しよう」ということは達成できなくなります。
非常に難しいところです。
今回、私のクラスでは授業の進度の関係から、時間に余裕がある状態でした。
その上、ある程度クラスの状況も落ち着いており、子ども達の自主性に任せても大丈夫だと思える状態でした。
そういったことから、子ども達に徹底的に苦労を体験してもらいました。
時数も限られていますし、すべき内容も多岐に渡るからです。
子どもが苦労し、悩みながら学びを得ていくような形では時間が足りなくなってしまいます。
そこで、学校では、教師が事前に様々な準備をして、活動がスムーズにいくようにすることが多いです。
しかし、それでは子どもが本来学んでおいた方が良いことも無くしてしまっていることもあるのだと思います。
先ほど書いたように学校は限られた時間で行われています。
何でも体験すれば良いというものではありませんが、様々な体験からの学びが重要であるということを教師が理解しておくことは大切なのだと思います。
親が良かれと思って行っていることが、実は子どもの育ちの機会を無くしてしまっているということは十分有り得ます。
その際にポイントとなるのは「バランス」だと思います。
様々なバランスを考えながら、その時その時でその子どもにとって望ましいと思われることをさせていく必要があるのでしょう。
私が子どもだった頃よりも社会が少し複雑になっています。
できる限り多くの子どもが幸せな日々を送って欲しいと心から願います。

鈴木 邦明(すずき くにあき)
帝京平成大学現代ライフ学部児童学科 講師
神奈川県、埼玉県において公立小学校の教員を22年間務め、2017年4月から小田原短大保育学科特任講師、2018年4月から現職。子どもの心と体の健康をテーマに研究を進めている。
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