教育トレンド

教育インタビュー

2013.11.19
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五味 太郎 言葉の面白さを語る。

新作『かんじのぼうけん』は部首に着目し、漢字の面白さを再発見する絵本なんだ。

絵本作家・五味太郎氏は『きんぎょがにげた』『たべたのだあれ』等、これまでに400冊以上もの作品を発表されてきました。その豊かな作品世界は、子どもから大人まで支持され、海外でも大変人気を呼んでいます。新作『かんじのぼうけん』は「にんべん」「さんずい」「きへん」「てへん」という部首ごとに漢字を紹介し、五味氏のイラストと一緒に漢字の形を楽しみながら学べる絵本。五味氏はどんな思いでこの本を作られたのか、創作の原動力は? そして言葉の魅力、教育の在り方についてまで語っていただきました。

「漢字」の面白さとは?

学びの場.com五味さんはこれまでも、ひらがなやカタカナ、熟語やことわざなど、「言葉」をテーマにした絵本を数多く出版されてきましたが、今回、漢字の部首に着目された絵本『かんじのぼうけん』を作られた理由は何だったのですか?

五味 太郎オレは「言葉って面白い!」とずっと思ってきた。特に、漢字は面白い側面がたくさんある。熟語や同音異義語とか、日本で作られた漢字とか。中でも「へんとつくり」は面白いなと思ったんだ。
漢字は、様々な意味を表す部首を組み合わせてできている。本や絵本は、文字や言葉から成り立っているから、文字が本の“素材”だとすれば、漢字の部首は、 さらに“素材の素材”。その素材である「へんとつくり」に着目して、膨大な漢字の世界を冒険し、漢字の面白さを再発見してみたい。組み合わせの面白さを考 えてみたい。そう思って作ったのが『かんじのぼうけん』なんだ。

この本を作っていて、「漢字を作った人は面白かっただろうなぁ!」とうらやましくなったよ。例えば、「泳」という漢字。“水”に“永く”いるには、泳いでいるのが一番。だから「泳」なんだ。「鯨」は哺乳類なのに、うおへん。海にいるんだから魚の仲間だと、この漢字を作った人は考えたんだろうな。結構いい加減なもんだよ(笑)。
日本で今使われている漢字は、中国から入ってきた漢字だけでなく、入ってくる時に意味が変わったり、日本で新たに作ったりした漢字や熟語もある。これがまた面白い。例えば、「五月の蝿」と書いて「五月蝿い(うるさい)」とか。「煙」の「草」と書いて「煙草(たばこ)」とか。「訣別」は、もともとは「袂(たもと)」を「別つ」から「訣別」と表記していたんだけど、ある人が「決別」と表記するようになって、それが広まった。「別れ」を「決める」という強い語感が面白いと思ったんだろうな。
こういう余地というか、自由な所が漢字にはある。そこが面白い。オレも漢字を作ってみたい! と思ったよ。言葉は生き物だから、どんどん変わるし、新しい使い方も生まれてくる。「激安」とか「真逆」なんて言葉も、最近生まれたものだよね。でも実際は、国語の漢字テストでは点が一つ足りなくても間違いになる。漢字は日本の文化だから、間違えずに正しく使わなくてはならない。
そんな堅苦しい半面、「泊」って漢字は、昔に誰かさんが「晒」という漢字と取り違えたという説があるんだよ。よくよく考えてみると、さんずいに白で「泊まる」っておかしいよな。でも、「水」に「白」で「泊す(さらす)」と読むならピンと来る。同じように、「日」が「西」に沈んで「晒る(とまる)」なら、しっくりくる。本当の話かどうかわからないけどね。
こんなふうに、漢字はいつも揺れている。揺れているから面白い。使う時のルールはあるけど、それが永遠に固定されているわけではないんだ。

学びの場.com少しお話を伺っただけでも、漢字の面白さがわかってきました。

五味 太郎子どもの頃から、言葉が大好きだったからね。気が休まる暇がないくらい、言葉が気になってしょうがなかった。
例えば運動会の挨拶で、校長先生が「雲一つない晴天に恵まれ……」とお決まりのセリフを言うと、空をキョロキョロ見渡して「何言ってんだ、あそこに雲があるじゃないか」と考えちゃう子どもだった。今でも、道に「渡るな」という標識が立っていたら、「これは警察が誰に対して言っているんだ? 子どもにか? 高齢者にか? そもそも言っているのは警察なのか? 誰なんだ!」と考えちゃう。
言葉はツールだから、一つの言葉でも色々な解釈ができる。気にすればするほど、解釈は広がっていく。もしかしたら「気にする」という行為は、子どもならではの特権かもしれないね。「気にする」ことを止め、「そういうもんだから」とあきらめたら、君たち(注:学びの場.comスタッフに対して)みたいな大人になっちゃうんだよ(笑)。

子どもに「本を読め」なんて余計なお世話だよ

学びの場.com五味さんは400冊以上も絵本を作られ、それらは日本だけでなく海外の子どもたちにも親しまれてきました。なぜこれほど子どもたちの心をつかむのでしょう?

五味 太郎よく聞かれるんだけど、オレは子どもに向けて絵本を作ってないんだよ。子どもに受けようとか、子どもにこんなことを伝えたいとか、全く考えてない。単純に、自分の興味で作っているだけ。絵本的表現が好きだから、何百冊も絵本を書いてきただけ。「子どもにこれを教えたい、伝えたい」という大人の意識が前に出過ぎると、二流になってしまう。子どもも、大人のそういう押し付けにうんざりしているんじゃないかな。

学びの場.com子どもを意識していないというのは意外でした。

五味 太郎大人が一生懸命作っている熱気が、子どもにも伝わるんじゃないかな。例えば、人形焼き屋さんが店頭でせっせと焼いているのを、子どもは夢中になって見ているでしょ。あれと同じ。大人の一生懸命な熱意は、子どもにちゃんと伝わる。逆に言えば、大人がいい加減にやっていると、子どもは見抜くよ。
子ども向けには作っていないけど、どうやれば面白くなるか、知恵を絞って考えている。子どもはシビアな読者だ。つまらなければ手に取ってくれないし、たとえ読み始めても途中で止めたり、捨てたりするからね。絶対に最後まで読ませてやる! と思って作っている。

学びの場.com最近は絵本の読み聞かせが盛んで、絵本に親しむ子どもも増えていますね。

五味 太郎あれはおかしな話だな。大人が子どもに「本を読め」と強制するなんて、どうかしている。本が好きな子もいれば、本が嫌いな子だっている。それが当然でしょう。強制されれば、子どもは嫌がるんだ。「本って嫌だな」と先入観を持ってしまう。これはとても不幸なことだよ。
大人の「読み聞かせ」なんて、子どもからすれば余計なお世話だよ。そもそも、大人は「本=良いもの」と何の疑いもなく決めつけているけど、そんなことはない。そりゃ良い本もあるけど、中には良くない本もたくさんあるだろう。
オレが本の面白さに気づいたのは、中学生になってから。それまで全く本は読んでいなかったし、絵本なんて興味もなかった。オレが子どもの頃はのんびりした時代で、大人から「本を読め」とあんまり言われなかったしな。それが急に本が楽しくなってきて、色んな本を読みあさった。オレにとって自分で本を選んで読む行為は、「自分でもがいて生きて行く」という人生初のハッピーな形だったと思う。自分の力でページを開き、自分の意思で読み進む。自分でもがいて生きていくことはとても楽しかった。
だから本を読みたいと思った子が、読みたい本を読めばいいんだ。子どもは、教科書のような本を嫌う。「教えてやろう」という大人の姿勢を感じ取り、敬遠する。そういう子どもたちが、オレの本に興味を持って読んでいるのかもね。オレは子どもに「何かを教えよう」なんて全く考えずに絵本を作っているからね(笑)。本が好きだから、思いついたアイデアを本にしているだけ。こんな本を思いついて作ってみたんですけど、どうですか? と。

「興味本位」は素晴らしい

学びの場.com自分の興味に正直でいることが、五味さんの表現活動の根源にあるのですね。

五味 太郎自分が何に興味があるのかを自覚することは、とても大事だ。「興味本位」という言葉は悪いイメージを持たれがちだけど、実はとても素晴らしいこと。今は、「子どもに興味を持ってほしい」ものを大人が選別して、与えようとしている。本来は、「こんなに面白い世界があったんだ!」と、子どもが自分で発見するべきなんだ。
例えば、オレは50代後半でオペラの面白さに目覚めた。それまで興味もなかったのに、たまたまニューヨークの街を歩いていた時、あまりの寒さに目の前にあったオペラハウスに飛び込んだのがきっかけ。それ以来、オペラにはまったよ。
「偶然の出会い」って素晴らしいね。偶然の出会いをたくさん重ねる中で、自分なりに興味を持っていく。そして「あ、自分はこういうのが好きなんだ」と自覚して、のめり込んでいく。その「出会い」を大人が用意しようとしているのが、今の教育じゃないかな。
こんなことを続けていると、子どもは「自分が本当に興味あるものは何か」わからなくなる。何でも一通り知ってはいるようでいて、実は何も知らないような子どもになっちゃう。一人ひとりが持つ個性と、その個性が醸し出すその子なりの興味を認めてあげないとな。

学びの場.com社会が子どもに対して、過保護すぎるのでしょうか?

五味 太郎子どもを取り巻く社会が、箱庭化しているんだよ。大人が準備した箱庭の中に、子どもを押し込めているように見える。でも実際は、箱庭には入りきらない色々な世界があり、色々な人生がある。それをもっと子どもに伝えるべきじゃないかな。
教育熱心な親の多くは、責任を持って大事に育てているように見えるけど、あれは一種の責任逃れかもしれない。周りがこんな教育をしているから、自分もそうする。絵本の読み聞かせが流行っているから、自分の子どもにも読み聞かせる。その根底にあるのは、「普通の子に育ってほしい」「学校についていける子になってほしい」という大人の都合じゃないか? そのくせ子どもには、パイロットとか野球選手とか、「子どもらしい夢を持ってほしい」と要求するんだから、おかしな話だよ。
親は無意識のうちに「親のせいで、子どもの人生が失敗した」と言われるのを回避したがっていないか。「こんな子どもに育てよう」などと押し付けずに、子どもが自分で育つのをサポートすればいい。もちろん衣食住は責任を持って提供し、生命の安全と心身の健康は守ってやらなきゃいけないけど。子どもの内面には立ち入るべきではない。親子と言えど、他人。他人の人格に干渉するのは失礼だよ。
こんなことを言うと「放任主義だ」と批判されるかもしれないけど、今は「こう発言したら、こう批判されるかも」と恐れ、自主規制が強すぎる時代。だから子育ても周りに合わせてしまうのだろう。親も教師も腹をくくって、覚悟を決めようよ。
今は皆、トラブルやら失敗やら挫折やらを回避したがる時代だ。でも、トラブルや失敗があってこそ人生。どんな明日かわからないこそ、面白いんじゃないか。

関連情報

『かんじのぼうけん』(1)にんべん、(2)さんずい、(3)きへん、(4)てへん
著者:五味太郎/漢字監修:高橋久子・谷部弘子(東京学芸大学教授)/発行:旺文社/定価:各882円(税込)
小学生を対象に、「部首」ごとに漢字をまとめた本のシリーズ。見開き2ページで1漢字を取り上げ、五味さんのカラーイラストと共に、画数、読み、意味、熟語、なりたちを掲載し、漢字の形を楽しみながら学べる。全国学校図書館協議会選定図書。

五味 太郎(ごみ たろう)

1945年、東京生まれ。桑沢デザイン研究所ID科卒業。絵本を中心とした創作活動を続け、『きんぎょがにげた』(福音館書店)、『ざる・るるる』(絵本館)など、その著作は400冊以上にのぼる。海外でも多くの作品が翻訳出版されている。サンケイ児童出版文化賞、ボローニャ国際絵本原画賞、路傍の石文学賞など、多くの賞を受賞している。

インタビュー・文:長井 寛/写真:言美 歩

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