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教育インタビュー

2022.09.26
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太田 洋 小中接続を意識してさらに効果的な英語教育を(後編)

小学校での学びを中学校で活かす

2021年度から中学校の新学習指導要領がスタートし、単語数や文法、学習範囲が増加するなど、さまざまな変化が起きている。長年中学校で英語科の教員を務め、現在は英語教育の研究者として小中高の先生方にアドバイスしたり、NHKラジオ高校講座の講師も務める太田洋さんに、中学校での英語の授業づくりのポイントや、小中連携のあり方について話を伺った。

概要や要点をつかむ「読み」で、情報を取捨選択する

学びの場.com

新学習指導要領がスタートした2021年度以降、中学校の英語教育ではどのような変化が起きたと捉えていますか。

太田

大きく変わった点は2つあると考えています。1つが、聞く・話す・読む・書くの4技能のうち、「話すこと」が「やり取り」と「発表」に分かれた点です。とくに発表の領域では、“即興で”話すという、いままで一部の先生しかやってこなかったことが求められるようになりました。

もう1つは、「読むこと」で概要や要点をつかむような読み方が求められるようになった点です。いままでの英語教育では、英語の文章を最初から最後まで一律に読み、内容を理解させようとしていました。ですが私たちは日本語の文章を読むとき、一言一句を読むのではく、必要な情報を取捨選択しています。たとえば、あるスポーツ選手が入賞したという新聞記事を読むとき、賞を獲った選手はどんな人で、何位に入って、なぜ入賞できたのかといった情報をつかみながら読んでいます。

新学習指導要領が目指す「読み」もこれと同じです。今後は、大量の英文からできるだけ短時間で必要な情報や概要、要点をとらえていく「読み」が求められます。その他の項目に比べ、「読み」の変化は意外と目立っていませんが、画期的な変化だと思います。

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概要や要点をつかむ「読み」を教えるコツはありますか。

太田

私がよく先生方におすすめするのは、そのページや文章にタイトルをつけるやり方です。タイトルをつけるには、その文章で一番言いたいことをつかんで、キーとなる単語を理解している必要があるからです。

また、5W1Hがつかめるような質問を投げかけるのも効果的です。先生が狙いを定めて質問することで、生徒の読む力は深まっていきます。

小学校の教科書を見れば、小学校で何を学んだのかが分かる

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新学習指導要領の施行にあたり、中学校の先生方は主にどんなことで悩んでいますか。

太田

研修会などで先生方からよく聞くのが、「教科書の分量や単語量が大幅に増えてしまい、教えきれない」という悩みです。たしかに教科書が新しくなり、扱う単語や文法は増えました。しかし大切なのは、その単元で何を教え、何を本当に学ばせたいのかという視点です。「読むこと」で概要や要点をつかむような読み方が求められるようになったように、教える上でも「概要を捉えられるようになればいい」という発想に立つ必要があります。

単語についても、小学校と同様、受容語彙と発信語彙を区別することが大切です。たとえば中学2年生の後半になると、教科書で扱うトピックに環境問題や人権、平和といった社会的な話題が増え、単語も難しくなります。とはいえ、社会的な話題の中で扱う単語の多くは受容語彙だという発想に立てば、「読んで聞いて分かればいいから、書けるようにする必要はない」と判断できます。

もうひとつ大切なのが、「小学校での学びを活かす」という視点を持つことです。新学習指導要領で学習範囲が広くなったのは、小学校で学んできたという前提があるからです。しかし、小中接続にはまだ課題が多いと感じています。

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小中接続にはどのような課題があるのでしょうか。

太田

単純にまず、お互いがやっていることを把握できていない印象があります。小学校の先生は中学校で何を学ぶのかを知らず、中学校の先生は小学校で何を学んできたのかを知らないというケースを多々見てきました。

私はよく、中学校の先生方から新入生に対して「聞く力はあり、簡単なことは話せる、だけど書けない」という感想を聞きますが、それは当然です。小学校では、書くことは次の3つをゴールとしており、スペリングは覚えさせていません。

  1. アルファベットの大文字と小文字を身に付ける
  2. 音で慣れ親しんだ文を写すことができる
  3. 音で慣れ親しんだ文の単語を入れ換えて写すことができる

また、「新しい教科書では、1つのユニットに“Are you〜?”“Do you〜?” “Can you〜?”といった表現が3つも入っているので混乱する」といった悩みを聞きます。ですがこれは、小学校で学んだ内容の復習にすぎません。小学校の教科書では文法ではなく、場面の中でかたまりとして習います。したがって、中学校のユニットの中で“Are you〜?”や“Do you〜?”といった異なる文法として登場します。

中学校1年生の教科書では、最初の3つ程度のユニットで、小学校で習った内容の復習を行います。“I want to〜”なども復習です。しかし、小学校での学びを知らない中学校の先生からすると、「1つのユニットに3つも新しい文法が入っている! to不定詞も教えなくては」と混乱してしまうようです。

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小中の先生方が連携するには、交流を持ったり、一緒に研修会を行ったりすれば良いのでしょうか。

太田

それができれば理想的ですが、先生方も忙しいでしょう。そこで私がおすすめしているのが、小学校の教科書を見ることです。時間がなければ、教科書の目次だけでもかまいません。目次を読めば、どんなトピックでどんな単語と出会っているのかが大体分かります。さらに時間があれば、教科書の後ろに載っている索引を見ていただくと、どんな単語や表現を習ったのかが分かります。さらに余裕があれば、各ユニットの最後に載っている単元末の活動を見ることをおすすめします。

教科書を確認したうえで、ぜひ生徒たちに「この表現は小学校で習っているけれど、覚えている?」と聞いてみてください。そうすれば、習ったことが生徒たちの間にどれだけ残っているかが分かります。思い出した生徒は喜んで、他の生徒に教えるでしょう。

小学校での英語授業のおかげで、ある程度の英語力はすでに培われています。聞く力はその最たるものです。もちろん習ったことをすべて身に付けているとは限りません。とはいえゼロではないわけです。これは、グラスに水が半分しか入っていないと捉えるか、半分も入っていると捉えるかという話に似ています。ぜひ、あるものを活かすという発想を持ち、小学校での学びを中学校でも活かしていってほしいなと思います。

デジタル教科書を使った学びを生徒に預ける

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近年ではデジタルツールによる学びが推進され、自治体にもよりますが、1人1台端末での学びが一般化しました。また、英語は他の教科に先駆けて、2022年より小学校5年生から中学校3年生にデジタル教科書の配布を開始しました。デジタル教科書の活用方法について悩んでいる先生方に向けて、なにか提言はありますか。

太田

私はよく中学校の先生方に「生徒に学びを預けましょう」とアドバイスしています。具体的には「この単元の大まかな内容をつかみましょう」などと目標だけ伝え、好きなところを好きなように聞く自由時間を3~5分程度授業内で設けるようにします。その間生徒は分からない部分や重点的に聞きたい部分を聞いたり、デジタル教科書のアニメ映像をヒントにしたりするなど、自分に合った学び方で学習を進めていきます。また、内容がつかめた子には、「キーワードだと思う単語をノートに書く」「シャドーイングする」といったメニューを出しておけば、その子に合ったレベルの学びを自分で選択することができます。

いままで先生のコントロール下にあった時間を生徒に預けるのは不安かもしれません。ですが、自主学習の必要性や有用性を説いて理解させることも、先生の大切な仕事です。ぜひ生徒を信じて学びを預けてみてください。

学びの場.com

最後に、中学校の先生方にメッセージをお願いします。

太田

いま中学英語は変革期にあり、先生方も大変な思いをされているでしょう。とはいえ、いきなりすべてを変える必要はありません。先生方がいままで苦労してやってきたことは、今後必ず役に立つと思います。いままでやってきたことを活かしながら、小学校での学びを活かすという視点に立つ。そのうえで、目指す方向に向かって一歩一歩進んでいると実感できたなら、充分ではないでしょうか。

学びの場.com

ありがとうございました。

太田 洋(おおた ひろし)

1960年東京都生まれ。2002年東京学芸大学大学院教育研究科英語教育専攻修了。東京都の中学校、東京学芸大学附属世田谷中学校教諭、駒沢女子大学教授を経て、現在、東京家政大学で副学長を務める。光村図書発行の中学校英語教科書(文部科学省検定済)『Here We Go! English Course』の代表著者。その他の著書に『英語を教える50のポイント』(光村図書)、「英語力はどのように伸びてゆくか』(大修館書店、共著)、『“英語で会話”を楽しむ中学生』(明治図書、共著)、『コーパスからはじめる単語使いこなし英会話』(旺文社、共著)、『英語が使える中学生、新しい語彙指導のカタチ』(明治図書、共著)、『2文型と100語でこんなに話せる!英会話』(旺文社、共著)、『日々の英語授業にひと工夫』(大修館書店、共著)、『英語授業は集中!―中学英語「633システム」の試み―』(東京学芸大学出版会、共著)などがある。

取材・文・写真:学びの場.com編集部

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