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教育インタビュー

2022.09.26
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太田 洋 小中接続を意識してさらに効果的な英語教育を(前編)

小学校の英語教科化による変化と授業づくりのポイント

いま日本の英語教育が過渡期にある。2020年度より小学校で英語が教科化されたのを皮切りに、小中高を通じた英語教育の抜本的な変革が求められている。

前編では、長年中学校で英語科の教員を務め、現在は英語教育の研究者として小中高の先生方にアドバイスしたり、NHKラジオ高校講座の講師も務める、東京家政大学 副学長の太田洋さんに、小学校の英語教育における課題や授業づくりのポイントを伺った。

学びの場.com

2020年度より小学校で新学習指導要領が施行され、外国語活動の対象が「5〜6年生」から「3〜4年生」へと前倒しされました。英語教育の早期化について、どのように捉えていますか。

太田洋(敬称略 以下、太田)

小学校で英語を学ぶ一番のメリットは、「聞く力」を育てられる点にあると思います。中学校の先生に話を聞くと、小学校で英語を学んできた子たちは一様に「耳がいい」「聞く力」があるといいます。

また、年齢が低ければ低いほど、英語を正しく聞き取れなかったり、間違ったりすることへの心理的なハードルは下がります。だからこそ小学校の児童たちは、ALTに対しても「なんとなくこんなことを言っているのかな?」「習ったことを使って言ってみよう」と分からないなりにコミュニケーションをとろうとします。英語でコミュニケーションを取ることへのハードルが下がったことも、早期英語教育の成果のひとつだと捉えています。

学びの場.com

新学習指導要領により、5〜6年生は教科化された英語を学ぶことになりました。英語の教科化についてはどのように捉えていますか。

太田

まず、教科書に沿って英語を体系的に学べるようになって良かったと思っています。英語が教科化される前は、机がない教室で、床に座って英語のゲームなどをする光景がよく見られました。いまでは教科書を見ながら机に座って授業を受けるのが当たり前になっており、私はそれでいいと思っています。

一方で、教科化されたことで「身に付けさせなければならない」という先生方の焦りが強まってしまった部分もあると思います。言語の学びで忘れてはならないのは、“Teaching is not learning.(教える=「身に付く」ではない)”という原則です。言語の学びは教えてから身に付くまでに時間がかかるものであり、それが普通です。ですが、「身に付けさせなければならない」と変に力が入ってしまうと、覚えさせるために何度も繰り返し言わせるといった教え方をするようになります。たしかに同じフレーズや単語をたくさん繰り返させれば、短期的には記憶に入るでしょう。ただし、長期記憶として残るかというと話は別です。

短期記憶が長期記憶として残るには、さまざまな要素が必要です。機械的に「10回繰り返してみよう」と量をこなすのではなく、「このフレーズ、単語はこの場面で使う」といったことを意識した質をともなう活動の方が、長期記憶には残りやすいと思います。

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新学習指導要領では、目標のひとつに「600語~700語の習得」が掲げられていますね。単語の習得も、先生方が焦ってしまう理由のひとつなのでしょうか。

太田

単語の習得は、新学習指導要領の中でも一番誤解されている部分だと思います。先生方が焦ってしまうのは、600〜700語の単語をすべて同じレベルまで身に付けさせなければならないと考えてしまうからでしょう。しかし実際のところ、単語といっても「聞いて分かればいい単語」と「実際に自分が使うことができる単語」は違います。前者を「受容語彙」、後者を「発信語彙」といいます。大切なのは、先生方が受容語彙と発信語彙を区別し、すべての単語を一律で覚えさせようとしないことです。

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受容語彙と発信語彙は、どのように区別すればいいのでしょうか。

太田

発信語彙には、すべての児童にとって必要な汎用的な語彙と、個々に必要な語彙の2種類があります。後者の語彙は、その子の身の回りにあったり、縁が深かったりするような単語を指します。たとえば、遊園地のある地域に住んでいる児童が、自分の街を紹介するときに遊園地のことに触れたいと思ったら、“amusement park”はその子にとっての発信語彙となります。一方で遊園地がない地域に住んでいる児童にとっては、“amusement park”は聞いて分かればいい受容語彙かもしれません。

600〜700語といっても、聞いて分かればいい単語が含まれていると考えれば、先生方のハードルも下がると思います。また、導入段階で定着させるという発想に立たないことも大切です。単語は1回の授業で定着するものではありません。児童はさまざまな場面で同じフレーズや単語に出会い、「この単語は聞いたことがあるけれど、忘れているな」といったことを繰り返しながら、少しずつ習得していきます。ぜひ、受容語彙と発信語彙を冷静に区別しながら、長い目で児童の成長を見ていってほしいと思います。

ネイティブスピーカーを育てる必要はない

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英語の教科化にあたり、英語を専門としない先生の負担が増えた部分もあるかと思います。自身の英語力や指導力に不安を抱いている先生に対し、なにかアドバイスはありますか。

太田

英語教育の前提として、私はネイティブスピーカーを育成する必要はないと私は思っています。それよりも、将来子どもたちが世界の共通言語としての英語を使って、色々な民族の人とコミュニケーションが取れるようになることのほうが大切ではないでしょうか。

「いろいろな文化を持った人々と共生するために英語を使う」という前提に立つなら、多少正確性に欠けていたとしても、英語でコミュニケーションが取れればいいわけです。児童たちに英語でのコミュニケーションを促したいなら、たとえ英語に苦手意識があっても、まずは先生方が自分の持っている英語で一生懸命話したり、コミュニケーションを取ったりする姿を見せていってください。

耳を育成する観点から、教員の発音の正確性を問う声もあるかもしれません。しかし、私は先生が英語のネイティブスピーカーのように話せなければならないとも思いません。なぜなら、ネイティブ以外は、それぞれの言語のなまりや方言を交えて話すからです。

また、今はICTの時代なので、デジタル教材で音を学ぶことはいくらでもできます。ACTの先生も活用できます。担任の先生が良い発音で話さなかったら、耳が育たないという道理はありません。「良い発音はACTやICTに任せる」と考えるのはどうでしょうか。

学びの場.com

小学校の先生方にメッセージをお願いします。

太田

小学校の先生の授業づくりを見させていただくと、先生方は児童の「知りたい」「言いたい」「聞きたい」といった「〜たい」を大切にされている印象があります。多くの先生が「うちの子たちなら、こういう場面や目的を設定すれば『〜たい』のある授業になる」という風に、児童たちの興味に即した授業づくりを行っており、すばらしいと思っています。

教科化されたからといって、教科書の単元活動をそのまま使わなければならないわけではありません。ぜひ、「can を使うなら、こういう場面設定がいいな」といった工夫を加えながら、「〜たい」のある授業をこのまま続けていってほしいと願っています。

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後編では、中学校での授業づくりのポイントを伺います。

太田 洋(おおた ひろし)

1960年東京都生まれ。2002年東京学芸大学大学院教育研究科英語教育専攻修了。東京都の中学校、東京学芸大学附属世田谷中学校教諭、駒沢女子大学教授を経て、現在、東京家政大学で副学長を務める。光村図書発行の小学校英語教科書(文部科学省検定済)『Here We Go! 』の著者。その他の著書に『英語を教える50のポイント』(光村図書)、「英語力はどのように伸びてゆくか』(大修館書店、共著)、『“英語で会話”を楽しむ中学生』(明治図書、共著)、『コーパスからはじめる単語使いこなし英会話』(旺文社、共著)、『英語が使える中学生、新しい語彙指導のカタチ』(明治図書、共著)、『2文型と100語でこんなに話せる!英会話』(旺文社、共著)、『日々の英語授業にひと工夫』(大修館書店、共著)、『英語授業は集中!―中学英語「633システム」の試み―』(東京学芸大学出版会、共著)などがある。

取材・文・写真:学びの場.com編集部

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