2019.07.04
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新学習指導要領における教育の情報化の推進 New Education Expo 2019 現地ルポvol.7(最終回)

中央教育審議会で新学習指導要領の審議に携わった東北大学大学院教授・堀田龍也氏。今回の講演では、日本が目指す未来との関係性を理解した上で、学校におけるICT環境整備がどのようなものであるべきかを述べた。その他、教育の情報化についての最新の動きや課題も交え、講演の様子をお伝えする。

新学習指導要領における教育の情報化の推進

東北大学大学院 情報科学研究科 教授……堀田 龍也氏

新学習指導要領で養うべき力

New Education Expoで毎年人気を博している堀田氏の講演。新学習指導要領の全面実施を翌年に控えた今年は、教育現場のICT化についての緊急度が増し、課題感も浮き彫りとなっているのではないだろうか。会場は教職員や教育委員会の担当者など、関係各所からの参加者が400名以上も集まり、満席となった。

見方・考え方が重視されるコンピテンシーベースの教育へ

東北大学大学院 情報科学研究科 教授 堀田 龍也氏

まずは、新学習指導要領の確認からスタートした。新学習指導要領では、学力という言葉ではなく、「資質・能力」という広義的な言葉に改められたことが大きな特徴だといえる。覚える、解くといった勉強に向かう姿勢や態度も「資質・能力」に含まれるのだ。また、資質・能力は以下、「三つの柱」により支えられていると提示した。

<資質・能力の「三つの柱」>
①生きて働く「知識・技能」の習得
②未知の状況にも対応できる「思考力・判断力・表現力等」の育成
③学びを人生や社会に生かそうとする「学びに向かう力・人間性等」の涵養

①の習得したものを活かすという点は現行の学習指導要領から引き継ぐものであり、そこに②にある、未知なるものに対応する問題解決能力や、③の社会に貢献する態度を身につけさせることが「三つの柱」として据えられている。また、これらは「主体的・対話的で深い学び」の実現により身につけられるものであり、授業内で培った見方や考え方を日常生活の中で活かせるような汎用性も求められるようになる。

以上のような問題に向かう姿勢や見方、態度を重視した新学習指導要領のキーワードとして、堀田氏はさらに「コンピテンシー」について触れた。

「今回の学習指導要領は、コンテンツベースからコンピテンシーベースになったと言われています。各教科の内容(コンテンツ)を教えますが、大事なのはコンピテンシー(見方・考え方)として様々な場面で用いることができること。先生が教えて終わりではなく、先生が教えたことをどのように用いて、話し合って、人に説明して問題を解決に導くのかということが重要になります」

情報があふれる時代、すでにコンテンツを学ぶだけであれば動画教材を見れば事足りる。今後は先達の資料やインターネットなど、あらゆる手段を用いることも含めて対話的に問題解決できる、そういった「コンピテンシー」が求められているのだ。

「クラウド」が大前提となるICT環境の整備

すでに教育現場では“指導者用”デジタル教科書が普及しつつある。板書で説明するよりも短い時間で効率的に授業を運び、余った時間は学んだことの活用のために時間を割くことができるようになった。そして新学習指導要領の時代は、“学習者用”デジタル教科書が動き出す。堀田氏は「まだ指導者用のデジタル教科書が使用できていないということであれば“周回遅れ”になってしまいます」と、あえて強い言葉で訴えた。さらに、ただデジタル教科書を使用する、タブレット端末を配布するだけではなく、それが十分にネットワークにつながり、情報を収集できる「クラウド※」が前提となっている。(※クラウド・コンピューティングの略称。ユーザーがサーバやソフトウェアを所有しなくても、インターネットなどのネットワークを通じてサービスを利用できる形態のこと)クラウドや高速ネットワークが整備されていない環境では、端末を多機能なものにせざるを得ず、それがかえって高コストで扱いにくいものにしてしまっているという。ネットワークを強化して、端末を軽くする(ソフトのダウンロードをしない、余計な機能を足さないことで、扱いやすい端末とする)ことがコストバランスとしても望ましいのだ。

しかし、公立の学校は特に、ICT環境の整備についてはまだ不十分な学校が多いのが現状だろう。住んでいる自治体の違いが、子どもたちの学習環境の格差につながることのないよう、早急な環境整備が求められている。

また、児童生徒一人ひとりにタブレット端末が導入されることで、学習環境も大きく変わる。今まではコンピュータ教室でしかICT機器に触れることはなかったが、今後は普通教室で行われるようになり、各教師のICT活用指導力が試される。今後教師は、児童生徒に「何をさせれば学習として成立するのか」「どういったものを課題として提示すれば授業として進行できるのか」を模索し、ICT活用指導力を高めることが求められている。

人とテクノロジーが共存する社会「Society5.0」を目指して

日本が目指すべき未来社会として提唱された「Society5.0」という言葉をご存知だろうか。この言葉が前提となって、社会や産業構造が変化しており、それは新学習指導要領も例外ではない。堀田氏はこれからの教育のあり方を考える視点として、政府広報から発信されている「Society5.0」の動画を用いた。教員の方にはぜひ子どもたちと一緒にご覧頂きたい。

時間ぴったりに届くドローン配達、AI家電とのやりとり、病院に行かなくてもオンラインで受診が可能な遠隔診療、過疎地で活躍する無人農業ロボット、会計クラウドの充実、無人走行バスによる送迎……動画では、人がテクノロジーと共に快適に暮らしている日本の未来が描かれている。ものによっては法律や制度を整えればスタートできる段階にまできており、そう遠くない未来であることが実感できる。

堀田氏は、こうした未来が描かれる背景には、世界的な人口爆発による食糧問題や、また一方で日本国内における人口減少による労働力不足などがあると提示し、「学校が忙しくなったのは、働き手が減ったことにあります。ただし子どもの数は減っており、教員だけ増やすということも現実的ではありません」と教育現場の課題に触れた。今後は学校でも色々な勤務形態の人が増えていき、足りないものや効率化できるものはテクノロジーで解決する時代がさらに加速するのだ。

今や企業では、チャットでのメッセージのやりとり、クラウドでの情報共有システムを駆使しての業務効率化が当たり前の時代であるのに対し、学校のICTの環境は非常に乏しい。「今後は介護分野などロボットに支援され、共存し、より良い社会をつくる時代です。ですが、子どもたちがテクノロジーを“ブラックボックス”と見ているようでは、新しい産業は生まれないでしょうし、人がロボットに使われることにもなりかねません」と堀田氏は懸念を表明した。学校のICTやネットワーク環境を整え、教員と児童生徒のコンピュータ・リテラシーを上げることが課題だ。

情報活用能力の「位置づけ」と「育成」

言語活動と同じく、情報活用能力は資質・能力の基盤になる

堀田氏はここまで日本の描く「Society5.0」の未来図と新学習指導要領という大きな枠組みを解説した上で、さらに新学習指導要領にある“情報活用能力”について次のように言及した。

「今回の学習指導要領では“情報活用能力”の位置づけが大きく変わりました。情報活用能力は、言語活動や、問題発見・解決能力などと同じように学習の基盤となる資質・能力と定義されました」

つまりコンピュータを使い、あらゆる情報にアクセスし、共有、プレゼンできるといった能力は、言葉が豊かになるのと同様、個の学習や協働での学習に役立つものと位置づけられたのだ。そしてそういった情報活用能力を前提として小学校低学年から高校にかけての教科等の学習が進められていく。小学校では、文字入力などの基本的な操作の習得も前提とされ、中高の授業もその流れの上で成立する。

堀田氏はここで、客観的なデータとして2015年PISA調査の結果を提示した。日本の生徒の得点は常に上位にあり、点数だけ見ればその状況は変わらない。しかし、読解力に焦点を当てると明らかに点数が下がっていた。

その要因はPISAの学習比較調査がCBT(Computer Based Testing)というコンピュータ調査によって行われ、2画面にまたがる「表」と「文章」の情報を整理し突き合わせることが出来なかったことが要因と考えられている。これに対し堀田氏は、「複数のものを組み合わせて判断できないことは、かなり致命的」と警鐘を鳴らした。事実、世界と比較して2009年のPISA調査(デジタル読解力調査)では国語の授業でコンピュータを使用することはほぼ皆無と言える状況であり、2015年のPISA調査(ICT活用調査)では他の生徒と共同作業をするためにコンピュータを使うこともほぼないという結果だった。PISAの学力調査のスコアは高くても、コンピテンシーを育むといった視点では、日本はかなり遅れをとっているのかもしれない。コンピュータ上での読解力の低さは、「コンテンツはどんどん更新されても、日本人は新しい情報をアップデートできない」という国家的な危機感を抱くこととなった。

情報活用能力の育成

こうして情報活用能力が「学習の基盤となる資質・能力」として位置づけられたことで、文部科学省ではIE-School(情報教育推進校)とICT-School(ICT活用推進校)の2つの研究拠点を作り、情報活用能力の体系表例をまとめた。これは文部科学省の指定校にて先立って実践された研究により、経験的・帰納的につくられたものだ。小学校から高校まで学ぶべき要素と具体的な学習内容が明記されているので、参考になるだろう。

現在、東京都や大阪府、神奈川県などでは個人スマホを授業で使用することを開始し、文部科学省としても小中学校でのスマホ「原則禁止」の通知の見直しを検討中だ。端末の数よりもネットワークの数を優先する方向はこれからの時代の流れに一致している。今後はセキュリティの規制緩和や見直しが課題となるが、各自治体が工夫しながらICT環境を整えることを急務に感じている現れのようだ。

小学校におけるプログラミング教育

情報活用能力の一つとして、来年から本格的に実施されるのがプログラミング教育だ。堀田氏は小学校におけるプログラミング教育に焦点を当て、今一度新学習指導要領の確認をした。

「情報活用能力のためのICT操作の習得には『児童がプログラミングを体験しながら』と明記してあり、プログラミングを体験することが目標となっていて、プログラミングをさせなくても論理的思考力があればいい、というのは誤りです」と堀田氏は言い切った。プログラミング体験を通して養われる論理的思考とは、“コンピュータに意図した処理を行わせる”ために必要な論理的思考であり、コンピュータを使ったプログラミングの経験なしに身につけさせることはできないという。

例えば夏の暑い日に、涼しくなるよううちわで扇ぎ、汗が引いてきたら止める。こうした人がやっていてはとても大変な動作を、自動的に行なっているのがエアコンであり、コンピュータだ。これがどんな仕組みで動いているのかをプログラミング体験を通して知ることで、世の中の課題に応用できる見方が身につくのだ。

しかし現在、小学校児童が実際に有しているスキルと期待されるICTスキルとの間に乖離があるという。キーボード入力やファイル操作といったICTの基本スキル、つまり情報活用能力の基礎がおぼつかないために、プログラミングの授業が今一歩進まない。堀田氏は「プログラミング教育を始めると同時に、情報活用能力をしっかりと身に付けることが喫緊の課題です」と呼びかけた。

またこういった状況から、文部科学省は2019年9月を「プログラミング教育推進月間」とし、各教育委員会からの“申し込み”があれば民間企業を派遣するなど、国の音頭で進めている。ICT環境の設置者である各自治体がアンテナを高く張り、こういった情報にすばやく反応することもプログラミング教育では非常に大切なことだ。

急速なICT環境整備施策

堀田氏は、ICT環境の整備の緊急性について説明するため、今年の4月18日に行われた全国学力・学習状況調査にて、中学3年生を対象として初実施された英語の「話すこと」調査が、約500校(全体の約5%)で実施されなかったことを挙げた。今や英検などの各種試験もコンピュータを使用したCBTで実施され、在宅でも受けられる時代。しかし、学校ではネットワークやコンピュータを使う試験の設備環境が整っていなかった。堀田氏は「予備調査でも環境整備が不十分であることはわかっていたが、それでも国が学力調査をCBTで行おうとした意味をぜひ考えてほしい。学校現場のICT環境が不十分だったために先生たちがUSBメモリでファイル管理をする羽目になったことは、学校における働き方改革の観点からも大きな課題だ」と会場に投げかけた。

そもそも、新しい学習指導要領には前提にあるICT環境について「必要な環境を整え」という言葉で記してある。整備せず学力が上がっていないのであれば、設置者である自治体の責任が問われることになる。地方交付金も増額されているが、学校への割り当ては自治体に委ねられており、地方間格差の話題は尽きない。その他にも、高速回線の導入、セキュリティの緩和などあらゆる課題が検討され、クラウドを前提としたネットワーク環境の整備が進められている。

今後は日常のあらゆるテストがCBTなどのコンピュータで行われることが主流となり、コンピュータ試験を受けたことがない人は不利な状況に立たされるだろう。国もパソコンやタブレット端末の「一人一台体制」を早期に実現する方向で動いている。地方に浸透するにはまだまだ時間はかかるが、「待ったなしの時代に入っている」と言い添え、堀田氏の講演は終了した。

取材・文:学びの場.com編集部/写真提供:New Education Expo実行委員会事務局

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