2019.07.01
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子どもたちが活躍する未来のために!「ルビィのぼうけん」著者のリンダ・リウカス氏とプログラミング教育を考える New Education Expo 2019 現地ルポvol.6

2015年にフィンランドやアメリカで出版されてから、現在までに世界28カ国で翻訳されているという『ルビィのぼうけん』シリーズ。プログラミング教育のバイブルとして全世界で読まれ、新学習指導要領全面実施を来年度に控えた日本でも注目の的となっている。先日開催された「New Education Expo 2019」では、著者のリンダ・リウカス氏が、コンピュータサイエンスの観点からプログラミング教育のあるべき姿を語った。また、東京都北区立西ヶ原小学校と荒川区立第二日暮里小学校で研究されているプログラミング教育の事例も紹介された。当セミナーで語られた、プログラミング教育やその授業づくりに大切な視座や授業事例などをレポートする。

子どもたちが活躍する未来のために!
〜世界28カ国で刊行される「ルビィのぼうけん」の著者とプログラミング教育を考える〜

Hello Ruby 設立者、Rail Girls 共同設立者……リンダ・リウカス氏
【進行】宮城教育大学 教育学部 教授……安藤 明伸氏

東京都北区立西ヶ原小学校……畔柳 信之校長、田中 美希教諭
東京都荒川区立第二日暮里小学校……川上 晋校長、桑島 有子教諭

世の中を豊かにするためのプログラミング教育を

“コンピュータと共に課題を解決できる人”を育てる教育が必要

「ルビィのぼうけん」著者リンダ・リウカス氏

『ルビィのぼうけん』は、好奇心旺盛な女の子・ルビィが自分の身の回りで起こるあらゆる不思議な出来事や課題に対して疑問を投げかけ、ときには失敗もしながら仲間と共に解決していくというストーリー。タブレットやPCなどのIT機器を一切使わず、アンプラグドな状況でプログラミング的思考を身につけられる仕掛けが盛り込まれている。著者であるリンダ・リウカス氏は、実社会で活躍するプログラマーの一人として、コンピュータサイエンスとは何か、そしてそれを支えるプログラミング的思考はどうあるべきかを語った。

現在、第3弾まで出版されている、『ルビィのぼうけん』シリーズ(翔泳社刊)。
1冊目の『こんにちは!プログラミング』は「プログラマー的思考方法」、2冊目の『コンピュータの国のルビィ』は「コンピュータの仕組み」、3冊目の『インターネット探検隊』は「どうやってコンピュータどうしが会話をするのか?」がテーマになっています。

「コンピュータサイエンスは、プログラムを書く手法(コーディング)だけではありません。コンピュータサイエンスは、問題解決、そして自己表現の方法です。プログラムを書くためには、ストーリーが不可欠ですが、今のプログラミング教育にはストーリーを学ぶことが欠けていると感じています。ストーリーこそが、世界に意味を与え、自分自身を位置づけ、他の人たちを理解する、その助けになるものです」

「我々は、物理学は物理を研究するもの、生物学は生物を研究するもの、コンピュータサイエンスはコンピュータを学ぶものだと考えがちですが、それは間違いです」

「コンピュータサイエンスは、本来、社会的課題の解決手段を考える人が学ぶものです。例えば、エネルギー、教育、医療、健康など、多岐にわたる社会的課題を解決したい人こそが、コンピュータサイエンスを学び、コンピュータを用いて解決できるよう教育することが、今の社会に求められていることです」

リウカス氏は、こういった感性を磨くために、コンピュータサイエンスの世界を4つに分けて(4冊目の『AI/ロボット』を現在執筆中)絵本で表現したのだ。人間とコンピュータのそれぞれの特性を学び、コンピュータの振る舞いを理解し、プログラミングを含めたコンピュータサイエンスの世界を魅力的に捉えて欲しいという思いが込められているという。
プログラミングと耳にすると、コードを書くことやIT知識が先行しがちだが、それ以前にプログラミングは、世界が抱える’課題’を解決する考え方であることを強調した。

好奇心や恐れない気持ちが課題を解決に導く

また、今後直面する問題にプログラミング的思考を利用し、解決に導く上で欠かせない素養が好奇心や想像力。その例として、日本で長年に渡り放送されているTV番組『はじめてのおつかい』(日本テレビ)をあげた。

「世界中でこのTV番組を見せると、みなさん非常に驚かれます。どうしてこれほど大きな都市で、小さな子どもがクリエイティビティを持って、好奇心旺盛に課題に取り組むことができるのでしょうか。それを可能にするのは、両親が“子どもたちには問題を解決する力がある”と信じていることにあると思っています」

恐れない気持ちや好奇心、創造性といったクリエイティブな姿勢が、課題解決を一歩先へ進める。コンピュータサイエンスを活かし、世の中を豊かにするためには、プログラミング的思考と一人ひとりの“クリエイティビティ”が必要なのだ。

プログラミング的思考を学校現場で育むために

本セミナー進行の宮城教育大学 教育学部 教授、安藤 明伸氏

宮城教育大学教育学部教授であり、文部科学省IE-School(情報教育推進校)事業の企画検証委員主査を務める安藤氏は、リウカス氏の話を受けて、小学校教育現場の立場から捉えたプログラミング的思考など、セミナーの視点を述べた。

「新学習指導要領では、情報活用能力の中の1つの力としてプログラミング的思考が位置づけられています。それをある1つの授業の中だけではなくて、6年間でバランスよく育てていきましょうと。では、すべての学習活動の中で、教科のねらいを達成するだけではなく、その授業で期待される情報活用能力とは何か。それをトータルで見ていかなければ、『コンピュータのことだけをやればいい』といったような状況に陥ってしまうのではないかという懸念があります」

各学習活動の場面で養うべき情報活用能力とは何か、そしてそれをどう授業に組み込むのかといった、現場で起こりうる不安、課題感に触れた。そこで、安藤氏はIE-School事業で作成された『情報活用能力の体系表例』を掲示した。これは、情報活用能力の育成をどのような順序で進めていけばよいのかを4つのステップで示した目安である。この表をもとに児童生徒たちの情報活用能力の実態を把握し、授業計画に役立てることができる。

プログラミング教育授業事例① 東京都北区立西ヶ原小学校

教員研修を充実させ、プログラミング教育指導力の底上げをはかる

東京都北区立西ヶ原小学校の畔柳 信之校長、田中 美希教諭

西ヶ原小学校は、昨年度(平成30年度)より東京都教育委員会プログラミング教育推進校に指定され、プログラミング教育の研究をはじめてようやく1年が経ったところだ。畔柳校長は以下のことから取り掛かったという。

「まず行ったことは、教員研修。指導主事や全校研究に取り組まれている先生を講師にお招きして、プログラミング教育の捉え方や授業づくりについて教えていただきました。また、コンピュータを使用したプログラミングの実技研修も行いました」

当時、同校にはコンピュータを使ったプログラミング的思考の授業づくりの経験がある教師はおらず、研修を設けたことは効果的だったようだ。昨年度は外部講師による『ルビィのぼうけん』のアクティビティの紹介や、ビジュアルプログラミング・フィジカルプログラミングの実技研修などを行い、今年度も新しい研修プログラムが予定されている。

以下、具体的な授業事例として、第3学年の総合的な学習の時間を使った「仕事の順番を考えよう」について紹介する。

第3学年 総合的な学習の時間「仕事の順番を考えよう」

この単元の目標は「日常生活を振り返り、ある一連の行動について小さな手順に分解したり、再構成したりする活動を通して、よりよい生活を送るためのプログラミング的思考を育む」こと。『ルビィのぼうけん』を題材としたアンプラグド・プログラミングを通して、仕事の順番を考えるという内容だ。

まずは学校生活の中でも身近な給食当番の手順について考えることからスタート。グループごとで考えた手順を黒板に掲示し発表したところ、手順や工程の数が様々であったことから、子どもたちの課題に対する探究心が高まったようだ。セミナー中、動画で紹介された第3時の授業では、『ルビィのぼうけん』の読み聞かせと絵本の中に出てくるアクティビティを実践しながら子どもたちと手順を考えていく様子が紹介された。子どもたちは、命令を1つでも間違えるとゴールにたどり着けないこと、順番が大切であることなどを学んだようだ。

プログラミング教育の成果を実践につなげるには

授業事例紹介を終えた西ヶ原小学校の先生方へ、安藤氏は「プログラミング教育を最近はじめたということですが、子どもたちに変化はありますか?」と問いかけた。それに対して田中教諭は、上記の『ルビィのぼうけん』を使ったアンプラグドな授業を行った際に、授業の最初と後で同じ質問をしたところ、全く異なった答えが返ってきたと答えた。

質問は『もし校庭で1年生が転んでいたら、あなたはどうしますか?』というもの。当初は『1年生を助ける』という回答のみだったが、授業後には
『①1年生のところへ行く。
 ②「大丈夫?」と声をかける。
 ③1年生が大丈夫であれば、そのまま「お大事に」と言って帰る。
  怪我をしていれば保健室へ連れて行く』
と、順序立てて条件分岐まで考えるようになったと語った。

これに対し安藤氏は、怪我をしているなどの緊急性を要する場面では、段取りや合理的な判断が役に立ち、プログラミング的思考と相性が良い事例としてこのような変化が現れたのだろうとコメント。また、アンプラグドの授業の中で行っている活動や考え方が日常生活やプラグドのプログラミングの場面で、どのように役に立つのか、どのようなメリットがあるのかを、教師がどう紐づけていくのかが、プログラミング教育の重要な鍵になるのではと述べた。

プログラミング教育授業事例② 東京都荒川区立第二日暮里小学校

全ての教員が取り組めるよう、独自のワークシートや評価規準を作成

東京都荒川区立第二日暮里小学校の川上 晋校長、桑島 有子教諭

平成25年度よりタブレットPCを一人一台導入、平成29年度より東京都情報教育推進校に指定され、本格的にプログラミング教育を研究してきた第二日暮里小学校。3年生から6年生まで総合的な学習の時間を使い、プログラミング教育の授業を多数行っている。

川上校長はプログラミング教育にあたり、「プログラミングの体験を伴った問題解決と論理的思考に研究主題をおいています」と述べ、数々の事例を紹介した。特に注目すべき学校独自の創意工夫を以下に紹介する。

学校独自のワークシートの作成

どの授業でも使われているのは学校独自のワークシート。ブロックを用いたプログラミング教材レゴ®WeDo2.0など、タブレット上で操作ができるものでも、一度紙の上でプログラミングを書き、手順を考えることを重視している。根拠を持って思考錯誤するためにもまずは紙に書かせて仮説を立てるのだ。どのワークシートも授業のたびにブラッシュアップされ、細かい説明を入れずにシンプルで使いやすい形に改良されていた。

教育のねらいを見失わない授業計画

授業計画では、すべての単元の第1時で「プログラムって何だろう」と題したアンプラグドの授業から入り、最後もアンプラグドの学習で終わるように設計。プログラミング教育がコーディングといった技術に終わることなく、日常生活との結びつきを考えるために設けられているという。

教員全員がプログラミング教育を実施できる共有資料の作成

新任教員であっても授業を行えるよう、指導案や授業の進め方をまとめ、共有することにも積極的に取り組んでいる。板書計画や授業の手順をフローチャートにし、教師がどの場面で何を行うのか、机の上の準備まで詳細に指示した資料が教員のタブレットの中に入っている。学校全体で研究するという意識の徹底ぶりがうかがえる。

評価規準の作成

一番苦労したのが評価規準だという。プログラミング教育は教科の中で行うため、プログラミングだけを評価することはない。そこで、理解度、思考力、学びに向かう力など10の観点からの評価規準を設けた「プログラミング教育の視点」を作成した。

校内環境の充実

桑島教諭からは、図画工作で取り組んだプログラミング教育事例が発表された。この他にも、学校図書館の掲示板で『ルビィのぼうけん』に登場するゲームを紹介したり、プログラミングに関する図書のコーナーの脇にパソコンを置き、本を見ながらScratchでプログラミングを体験することができるようにしたりといった工夫をしている。校長室の前にはロボット教材も配置しており、生徒が放課後や休み時間を使って大作に挑戦する姿も見受けられるという。

ここに挙げた研究の成果やワークシートなどは第二日暮里小学校の公式HPに掲載されているので、ぜひ参考にしていただきたい。

日本のプログラミング教育への期待と展望

プログラミング教育への期待を述べるリンダ・リウカス氏

研究を進める2校のクリエイティブな授業を聞き、称賛を送ったリウカス氏。世界のコンピュータ、テクノロジーといった教育の考え方を例にとり、現在考えるべき課題と期待を述べた。

「コンピュータのカリキュラムを考えるときには、将来子どもたちにどうなってほしいのか、どんな価値観を持った子に育ってほしいのかを考えなければなりません。また、わたしたち人間とは何かということも。そこに生きる人々、国によってプログラミング教育の方法は様々でしょう。そこで重要なことは、先生方自身が問題を解決するために、いかにクリエイティブになれるのかということです。子どもたちにとって、意味のある体験、心に残る記憶を残せるかどうかは、先生方に掛かっているからです。もはや、テクノロジーは、科学者といったテクノロジストだけのものではありません。みなさんのような先生方がコンピュータサイエンスの意識を変える一翼を担っていくのだと思います」

以上を持って、本セミナーは幕を閉じた。今までの指導とは違い、自由度の高いプログラミング教育は、現在教員たちの悩みの種の一つかもしれない。だが、数年先の未来を豊かなものするために、教育という現場が大切な役割を担っていることを再認識できた時間だったのではないだろうか。

取材・文:学びの場.com編集部/写真提供:New Education Expo実行委員会事務局

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