2019.06.17
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起死回生の学校改革 〜いかにして急回復したのか。 改革のトップリーダーに聞くビジョンの効果〜 New Education Expo 2019 現地ルポvol.2

わずか1年で入学者数を倍増させた札幌新陽高等学校。開学2年目の定員割れから大学ランキング(学長からの評価)5位に成長した共愛学園前橋国際大学。その回復は、それぞれが教育機関としての存在意義を深く追求し、ビジョンの実現に向けて学校や取り巻く環境を再構築したことにあった。改革の中心を担った荒井校長と大森学長のセミナーの内容を紹介する。

起死回生の学校改革
〜いかにして急回復したのか。改革のトップリーダーに聞くビジョンの効果〜

共愛学園前橋国際大学 学長……大森 昭生氏
札幌新陽高等学校 校長……荒井 優氏

ビジョンを、形だけにしない“覚悟”

「偏差値」という指標を疑った

荒井優校長は、リクルート社、ソフトバンク社長室を経て、そのグループ企業の取締役、東日本大震災復興支援財団の専務理事などを歴任してきた。教育者としては異色の経歴といえる。そんな荒井氏が、祖父が開学した札幌新陽高等学校(旧: 札幌慈恵女子高等学校)の学校経営を立て直すため、校長に着任したのは2016年のことだ。当時、札幌市内でも偏差値の低い底辺校というイメージが先行していたこともあり、定員充足率は55%。3年後には破産するというほど追い込まれていた。
これまで教職経験がなかった荒井氏は、「本気で挑戦する人の母校」というスローガンを掲げ、教員や生徒の意識改革に乗り出した。荒井氏の意識改革とは、形骸化された教育をとことん疑い、本来の目的に向かって“本気で挑戦する”ことだった。たとえば、荒井氏は「偏差値」という指標も疑った。偏差値が低いゆえに、札幌新陽高等学校は「不良高校」というレッテルを貼られていた。しかし、民間企業での経験上、活躍する人材と偏差値の高い(高かった)人が必ずしもイコールではないと感じていた。
その印象を確信に変えたひとつのファクトとして、ある動画が紹介された。同校はプロバスケットボールチームと提携し、部活動のコーチを依頼するのと引き換えに、生徒たちは大会運営のボランティアを行っている。そして、2年間のボランティア活動の節目に、観客5,000人が詰めかけた大会のアリーナ会場で、生徒代表が挨拶を行った。映し出された動画は、そのときの模様だった。
観客の反応を感じつつ、堂々とスピーチする生徒。その姿は17歳の高校生には見えなかった。驚くことに、その内容はすべて生徒に任せ、教員はノータッチだったという。「彼は、ボランティア活動を通じて成長した。この動画を見せると、多くの経営者が彼を採用したいと言う。つまり、社会で活躍する人材に、年齢も、“偏差値”も関係ないということ」と荒井氏。日本の教育制度が、偏差値で生徒を輪切りにし、ランク付けされた進路に押し込んでいくことに疑問を呈したのだ。

鍵は、“失敗を許容するカルチャー”

では、どんな教育が生徒を育てていくのか。荒井氏は、失敗を許容するカルチャーを育むことだと考えている。それは、“本気で挑戦する”ことと表裏一体。「失敗のなかに、学びがある。これがラーニング・オーガニゼーションだと思う」と荒井氏。本気の失敗=学びを生むため、同校の生徒は実社会の中で本物に挑戦する機会が数多く設けられている。2018年には、実社会の課題やリソースから各教科を横断的に学ぶ「探究コース」も設置した。セミナーでは、探究コースの取り組みとして、国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」に関する映像コンテスト「SDGsクリエイティブアワード」に参加したことが挙げられた。特筆すべきは、制作環境としてプロ仕様の動画編集ソフトを導入したこと。「高校1年生には使いこなせない」という反対意見もあったという。しかし、荒井氏は「むしろ、こういうすごいものを使うプロはすごいと知ることが重要」と考えた。使いこなせない=失敗=学びにつながるという発想だ。

その狙いは見事に的中した。授業は2週間の4コマしかなかったが、生徒は不足分を自らネットなどで調べ、見事な動画を完成。札幌市長賞も受賞した。なお、この制作は、「国語」の授業の一環として実施された。高度な思考を論理的に表現し、コミュニケーションする力を育てるという点に、「国語」という教育の根本を見出したためである。

今やこのような生徒の活動が地元に広く知られ、札幌新陽高等学校の人気は高まった。現在は、全国から荒井氏の学校経営について視察も訪れるという。しかし、その際に多く質問されるのは、「何をやったか」というカリキュラムやマネジメントに関してばかりだったとのこと。「安易にそのまま行ったとして、潰れるだけ」と荒井氏は強く否定する。「大事なのは、先ほど述べた“失敗を許容するカルチャー”。私も1年目に大小40もの施策を行ったが、失敗もたくさんあった。それを引き受ける覚悟があるからこそできたこと」と荒井氏。それは、自分のチャレンジだけではなく、教職員はもちろん、生徒自身のチャレンジも含め、すべて引き受けるということ。トップの“覚悟”がいかに重要であるかを、荒井氏は説いた。

実体と乖離したビジョンと、気づかない現場

一方、現場の教職員から立て直していったのが、大森昭生氏が学長を務める共愛学園前橋国際大学である。20年前、短期大学から四年制大学へと改組。ビジョンに「ちょっと大変だけど実力がつく大学です」「GLOCAL」「地域と共に」を掲げ、当時、日本初となる国際社会学部を設置した。開学当初は、日本各地から学生が集まると楽観していたという。しかし、実際は開学2年目で定員割れし、ひどいときは定員の64%ということも。クチコミサイトでは、「前橋で、国際ってww」と書き込まれる始末だった。

現場は危機感を募らせ、教職員同士で何度も話し合ったという。そのとき、教職員の一人が「地元の子が来てくれないのに、全国から集まるわけがないよね」とポツリと漏らした。「目から鱗のような一言だった」と大森氏は語る。「地域からお預かりして、地域にお返しする。ここがブレたら必要のない大学になる。むしろ、群馬のために群馬の子を育てる大学はほかにない」と考え、同学は群馬県にマーケットを絞るという“覚悟”を固めたという。今では入学者の約9割が群馬県出身、就職先も7~8割が群馬県内となり、それに伴って高い倍率を誇る志願者が集まるようになったという。

そこから翻って、掲げていた3つのビジョンを検証すると、実体と乖離していたことを痛感した。まず、「ちょっと大変だけど実力がつく大学です」は、その当時の学生にアンケートを実施すると「大学で力がついたと思う」という回答は3割程度にとどまった。また「GLOCAL」を掲げて、“国際的な視野を持つ人材をローカルへ”と言いつつも、“世界へ羽ばたく”とも言っていた。「地域と共に」を目指しつつも、全国から学生を集めようとしたり、東京の企業に就職させようとしたりするなど、地域連携が何もできていなかったという。

すべての施策を、ビジョンに立ち返らせた

そこで、3つのビジョンを改めて設置し直し、実体を伴ったものへと変化させていった。「ちょっと大変だけど実力がつく大学です」は、名実ともにそうあるために、アクティブラーニング専門の校舎を建設し、学生たちが日々自学自習できる環境を整備。さらに、「KYOAI CAREER GATE(KCG)」という4年間の学びと活動の一つ一つを蓄積したeポートフォリオを用意。さらに、公開履歴書として社会へ発信し、キャリアへと結びつけている。

「GLOCAL」は、“飛び立たないグローバル人材”を育成するという目標に。その実現に向け、すべての学生が受けられる「Global Career Training 副専攻」を設けた。グローバルであっても地元の企業や教育委員会との連携で、さまざまな留学研修プログラムを用意。なかには、地元企業の海外現地法人の社長から出されたビジネスミッションを、1日かけて取り組むといった「ミッションコンプリート研修」というものもある。オフィスがないので公園でプレゼン資料を作成する、ショッピングモールのアンケート調査のミッションで警備員に注意されるなど、学生は想定外の事態に遭遇し、自分たちで課題解決を図っていくという。「ミッションはコンプリートしないこともある。でも、それが次につながる」と大森氏。もちろん海外大学等との連携による海外留学プログラムも多い。このような、海外経験を現在は5割の学生が経験。その学生を含む8割が群馬県内に就職している。まさに、GLOCALを具現化していると言える。

最後は「地学一体」。これは、学外での学びを、地域の人たちと一緒につくっていくというビジョンである。同学は、自治体と大学の双方に地域コーディネーターを置き、日常的に連携してさまざまなプログラムを組んでいる。また、「めぶく。プラットフォーム 前橋」という産学官連携基盤を設置。市民、企業・団体、行政と、財源・人材・物的資源を共有し、地域人材の育成と定着に向けた学びや支援を提供している。「大学だけでは、指導者も資金も足りない。地域と共有することで、さまざまな学びの機会を提供できる」と大森氏は語る。

象徴的な取組は、「サービスラーニングターム」という半年間の地域留学を実施していることである。その間、大学に通う代わりに自治体や企業でのインターンや、山間地域の限界集落での生活体験などを実施。学生は地域の問題を自らの経験として焼きつけることができる。「実践と理論を行き来してこそ、学生は成長する。大学に囲い込んではダメ。地域には無数に実践の先生がいる」と大森氏は言う。

地方であることは、強みになる

これらの取り組みは、地元の方々が“学生を育てている”という意識も生んだ。地域活動にのめり込み、「大学を退学して、事業を起こしたい」という学生に、「君の通う大学は、卒業まで学ぶに値しないのか?」と留めてくれる商店街の方、ミッションコンプリート研修での失敗経験を生かしてほしいと応援する地元企業のトップなども現れているという。その期待に呼応するように、「卒業後、地元で起業し、群馬の人を笑顔にしたい。だからこの大学で学びたい」という学生も出てきた。

これらの活動を踏まえ、今、共愛学園前橋国際大学は、「地域の未来は私がつくる」というキャッチフレーズを掲げている。会場では、そのプロモーションビデオが流された。これは卒業生が地元企業に就職して制作したもの。夜明け前のような熱を帯びたトーンでまとめられた映像は、今、学生が感じる同学の姿。そして、その大学をつくっているのも自分たちだという圧倒的な当事者意識が表れていた。教員、地元、そして学生までも大学づくりのパートナーに巻き込んだ同学の成果を象徴するビデオとなっていた。最後に大森氏は、「地方小規模大学は制約ではなく、強みになる」と、改めてメッセージを発信し、セッションを締めくくった。

取材・文:学びの場.com編集部/写真提供:New Education Expo実行委員会事務局

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