2006.02.21
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読みを通して豊かな心を育てる 世田谷区立八幡小学校

1月20日、世田谷区立八幡小学校にて、研究発表会が行われた。 創立123年という長い歴史を持つ同校は、平成16・17年度世田谷区教育委員会研究奨励校、平成17・18年度文部科学省国語力向上モデル事業校に指定されている。子どもたちの国語力低下が叫ばれる中、「文学作品の読み」を中心に授業を展開しているという同校の実践とはどのようなものなのだろうか。

 

活字ばなれ、読み書き能力の低下、コミュニケーション力の低下、など、子どもたちの国語力の低下が著しい。これに危機感を感じた文部科学省の諮問を受け、文化審議会(国語分科会)が、平成14年に「学校や家庭・社会における国語教育」、「読書活動推進」についての提言を発表。平成17年7月には、文字・活字文化振興法が施行された。振興法の中では、文字・活字文化の振興に国や地方自治体の後押しが必要、学校教育においては、「読む力、書く力並びにこれらの力を基礎とする言語に関する能力」(「言語力」)をはぐくむことが必要、と強調されている。

これらの流れの中で、文部科学省は、平成15年度より、児童生徒の国語力向上のために総合的に取り組む「国語力向上モデル事業」を実施。
今回取材した、世田谷区立八幡小学校は平成17・18年度モデル校に選ばれ「読みを通して豊かな心を育てる」を研究主題に、実践活動を行っている。1月20日、その研究発表会を取材した。

 


作者の宮沢賢治について調べたことが掲示されている
文学作品をコピーし冊子にしたものが教材。書き込みができるよう余白が広くとってある。色分けによって本文を分析
●授業における取り組み

八幡小学校では、「文学作品」を教材に、登場人物の心情を読んだり作者の思いを読み取ったりすることによって「他者(友だち)の考えも認め尊重する気持ち」を育て、「豊かな心」の育成へとつなげることを目標としている。

5年生の教室をのぞいてみた。
児童たちは、宮沢賢治の『雪わたり』について学習している。教材は、原作をコピーしたものを綴じて冊子にしたものだが、ページの下半分が余白になっていて、そこには鉛筆で書き込みができるようになっている。本文は何色かのカラーペンでラインが引かれている。
これは「色分けによる分析」で、登場人物の行動(オレンジ)、気持ち(ピンク)、情景(青)、説明(黄)、会話(緑)、と作品を塗り分けることで、作品の理解をより深めようというものである。

子どもたちは、登場人物の「きつね」からきびだんごをもらった「四郎」と「かん子」が、きびだんごを食べるかどうか、ということについて、「食べる派」「食べない派」に分かれ、文中の表現を根拠に、互いに意見を言い合うという活動を行っていた。

これは、「読みの交流」を目的としたもので、これまでの時間で各自「個の読み」を深めてきたものを、友だちの「読み」と比べ交流することによって、さらに読みを深め、また他人の意見を尊重することをも学んでいくことがねらいである。

 
●指導の工夫

他のクラスでも、「色分けによる分析」「個の読み」「読みの交流」によって文学作品の読みを深める授業を行っていた。

もうひとつ、特徴としては、導入にさまざまな工夫が凝らされていたことである。
たとえば、ペープサートを作って登場人物の動きや場面展開を体感したり、登場人物の心情を短冊に書き出し、その移り変わりを「心情曲線」で表現したり、本文から読み取ったことを手がかりに物語の舞台となった場所の地図を描くなど、さまざまな試みが行われていた


『スイミー』のペープサートで
登場人物の動きを体感

『大きなかぶ』の挿絵を拡大し、興味を引く

『5月になれば』に出てくる「あの場所」を絵地図で再現
 

『大造じいさんとがん』の大造じいさんの気持ちの変化を心情曲線で表す
  ●日常的な活動

日常的には、朝読書の時間を年間35回以上実施、保護者や地域の方々による読み聞かせ、校内の掲示板に「言葉」に関するクイズを掲示する、教員や児童が友だちにすすめる本を紹介するカードの掲示スペースを設ける、親子読書、読書ラリーなどイベントを設けるなどの取り組みがされている。

掲示板には、子どもたちが「漢字」や「言葉」「表現」に関心が持てるようなクイズを掲示

 

●プリント学習

廊下の角などのスペースに、「プリント学習ボックス」が設置されていた。八幡小学校では、子ども一人ひとりの学習意欲の喚起、確かな基礎基本学力の定着を目指して、プリント学習に取り組んでいるという。

プリント学習ボックスの中を見ると、学年ごとに各70種類用意された算数プリント、国語プリントが収納されていた。八幡小学校で取り組んでいるプリント学習の特徴は、自分の課題に合ったプリント、自分の学力に合ったプリントを選択し、自分のペースで学習を進める点にある。特に、児童の実態、必要に応じて前学年のプリントに戻って学習ができるため、つまずき対策に多いに効果があるそうだ。ちなみに、プリントは、市販されている「計算学習ワークシート」「国語学習ワークシート」を印刷し、活用しているとのことであった。

 

 


●公共施設並みの充実した図書室

図書室は大変充実していて、文学作品が中心の「宝島」、理科、社会などの学習に使う図書が中心の「エジソン」、絵本を中心の「アンデルセン」の3つの部屋がある。「アンデルセン」にはすわったり寝転んで本が読める大きなソファがあり、公共図書館並みの施設である。

授業だけでなく、こうした日常的な活動によって、子どもたちは、読書に親しみ、読みを深める、ということが主体的にできるようになる。そして、次のステップでは、読んだことをもとに、自分の感じたことや考えたことを表現し他人に伝えることができるようになる。それが、八幡小学校の目指す児童像なのである。

 


文学作品中心の「宝島」

絵本中心の「アンデルセン」
 

学習に使う図書中心の「エジソン」


横浜Fマリノス監督・
元サッカー日本代表監督
岡田武史氏

 

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

●「教える」ということ「育てる」ということ

研究授業の後、八幡小学校の滝井章先生をコーディネーターに、横浜Fマリノス監督・元サッカー日本代表監督の岡田武史氏、京都大学工学博士の吉田武氏によるシンポジウムが開催された。

教えるとは、
・感動を教えること、
・志、すなわち生き方が美しいかどうかを教えること。

子どもが育つためには、
・自分がこうなりたい、という強い思い=内発性がなければならないこと、
・すぐに結果を出そうとせずにときには遠回りして考えることも大切だ、ということ。

教師には、
・尊厳が必要である、
・それを支えるのは、強いポリシーと本当の愛情であるということ。

教育の本質とは、
・愛と厳しさとのバランスであるということ。

など、岡田氏の監督哲学にも触れながら、大変興味深いお話をお聞きすることができた。

(取材・文:学びの場.com 高篠栄子)

◆プロフィール

岡田武史氏
横浜Fマリノス監督・元日本代表監督

日本を初めてW杯に導き、全国民を熱狂の渦に巻き込んで今日の日本サッカーの基礎を築かれた業績は未だ記憶に新しい。大変な読書家であり、情熱と冷静さを兼ね備えた「真の言葉を持つ指揮官」として、続く指導者層にも大きな影響を与えている。
著書:「勝利のチームメーク」日本経済新聞社
   「蹴球日記」講談社

吉田武氏

京都大学工学博士

 数学・物理学を軸に据え、人類文化の全体を全方位的に見渡して、それぞれの境界にとらわれない学習の在り方を模索する研究家である。特に論理的な文章の読み書き能力が、あらゆる教育の基礎になることを強調されており、国語問題にも関心が深い。
著書:「はじめまして数学」幻冬舎
   「大人のための「数学・物理」入門」幻冬舎
   「私の速見御舟」東海大学出版会  他多数


滝井章(シンポジウムコーディネータ)

八幡小学校教諭

 算数の授業を中心に、人間形成を実現していく公立小学校における学校教育、授業の在り方を、全国へ発信している。NHK教育テレビ「わくわく授業(教育フォーカス)」「わかる算数4年生」「わかる算数5年生」「わかる算数6年生」にも出演。
著書:「クラスを育てる算数授業」東洋館出版社
   「オープンエンドの問題を使った楽しい算数 
   教育プラン」日本標準社

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

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