2003.04.08
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小学校・図書館・公民館一体の複合施設 志木小学校

埼玉県志木市に、小学校、公民館、図書館が融合した複合施設が誕生した。教室棟と生涯学習棟の2つの棟からなり、教室棟には志木市立志木小学校が、生涯学習棟には、いろは遊学館(公民館)、いろは遊学図書館が入居している。両棟は広いピロティや渡り廊下でつながっていて、行き来は自由。研修室やホール、体育館など児童と市民が共有できる施設も多い。学校の危機管理が注目される中、このような施設がなぜ可能になったのか、その経緯を大滝孝久校長先生にうかがった。



 
 
土曜日、希望者を募り、建設中のパネルに、親子で自由にペインティング
 
 

樹齢80年以上と言われる志木小のシンボルの桜。細心の注意を払って移植した
 
 

壁のない職員室。誰でも気軽に立寄れる
 
壁のない教室。高さ120cmの可動の棚が廊下との仕切り
 
広い廊下兼フリースペース。休み時間に研究のまとめをする児童たち
 
 

チャレンジコーナー。教室棟の各フロアにあり、ちょっとした調べものなどができる
 
 
 
 
 
 
屋上のビオトープ。安全に外遊びができる環境を再現したかったと大滝校長
 
屋上にある風力発電機。毎日2kwの電気を作り出す
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
大滝孝久校長先生

 門をくぐり、階段を上ると最初に目につくのが、広いピロティを覆う巨大なガラスの天井。ボタン一つで閉開でき、雨の日でもぬれずに遊べるスペースになっている。ピロティの向かって左側が教室棟、右側が生涯学習棟だ。中空には、両棟をつなぐ渡り廊下が浮かんでいて、ちょっとした探検気分が味わえそうだ。両棟とも全面ガラス張り。しかも教室には壁がないので、通りすがりの市民も気軽に授業の様子を見ることができる。

●地域を学校の中に!

 志木小学校は、明治7年に開校し約130年の歴史がある伝統校。昭和29年に県内初の鉄筋コンクリート校舎に改築。その後、児童数の増加に伴い、増築を繰り返してきたが、老朽化が激しく建て替えが決定。同じ頃、もともとすぐ近くにあった公民館と図書館も老朽化のため建て替えが決まっていた。

 「志木小学校は、『地域とはぐくむ学社融合の小学校づくり』を研究テーマに掲げていました。しかし、『地域融合』と言ってもせいぜい地域の人をゲスト講師に招くぐらい。それも年間115時間もある総合学習の中のほんのわずかの時間です。それでは本当の地域融合ではない」

 そこで、大滝校長先生は、大胆な発想の転換をする。

 「では、学校の中に地域を持ってくればいいのではないか。そうすることで、日常的に、地域と接点が持てるのではないかと思ったのです。たとえば、市の図書館には司書がいて市民にさまざまなサービスを提供する。学校では図書委員が司書と同じような役割をする。図書館を共有することによって、子どもたちは本物の司書といっしょに仕事を経験できるのです。大人の市民に子どもが本を貸し出すこともあるでしょう。大人とのやりとりの中で、子どもは自然に、大人との接し方、言葉使いを学ぶことができます。また、公民館では何十もの講座が毎日開かれています。調理でも、工芸でも、市民の人から日常的にアドバイスをもらえることができるのです」

 この発想が、複合施設の具体化への足がかりとなった。平成11年度に、学校関係者、保護者、地域の人たち、文字通り市民一体となった委員会が設けられ、どんな施設を目指すのか2年半がかりで話し合ってきた。最初は、「学校を複合施設に」という発想が、なかなか受け入れられなかったが、大滝先生の根気強い説得で、少しずつ賛同者が増えていったという。そして、平成14年12月に教室棟が完成し、引越しが完了。15年4月には生涯学習棟も完成、一斉オープンとなった。

●人を変えるために、物理的環境を変える

 「建物は新しいうちはいいが、古くなると魅力も半減していきます。斬新でありつづけるには、中にいる人の意識を変えなければなりません。そのために、常に新しい風を入れざるを得ないような空間を作った。文化を変えるには物理的環境を変える必要があると思ったのです」と大滝校長先生は振り返る。

 たとえば、職員室。壁はなく、高さ1mくらいの棚が廊下と職員室を仕切るのみ。場所も敢えて教室棟ではなく、生涯学習棟の最も人の出入りの多い場所、図書館やコミュニティースペースと同じフロアにおいた。

 「今まで職員室は、人を寄せ付けない雰囲気があった。でも、これなら子ども達も気軽に来られるし、保護者も何かのついでにちょっと立寄ることができる。教師と市民、子どもとの接点もできやすいと思ったのです」

 効果はすぐに現れた。先生の側でも、いつ、だれが訪ねてきても歓迎するような雰囲気ができてきたというのである。

 教室にも壁はない。大きな廊下兼フリースペースで各教室がつながっている。

 「従来教室は、閉じられた先生だけの世界だった。教師は客観的な評価にさらされることがなかったのです。でも、新校舎では、外からも授業の様子がすべて見えますから、常に切磋琢磨せざるを得ないのです」

 児童のほうは、壁がない教室で落ち着いて授業を受けることができるのだろうか。試しにあるクラスに一歩足を踏み入れてみた。壁は、教室の前と後ろだけ。他クラスからは、小学生らしい歓声や笑い声が聞こえている。しかし、前後の壁だけでかなり音は吸収されることがわかる。さらに、教卓の前の先生や黒板に意識を集中していると、いつのまにか隣の物音がはるか遠くのざわめきくらいにしか感じられなくなる。

 同じフロアには、敢えて、1年と6年、3年と5年、というように異学年の教室を配置している。こうすることで、年齢を超えた交流が生まれるのである。

 ところで、ふと、志木小学校には、チャイムがないことに気づいた。

「チャイムが鳴ったから動く、というのではなく、小さな子どもであっても、『時間を管理する』という意識を持って欲しいのです。また、この施設の中は小さな地域。静かに本を読んでいる一般市民の方々もいるのにチャイムが鳴るのでは困るでしょう」

 1年生だけは、時計の指導をしてからのスタートだったが、授業に遅れる子どもはほとんどいない。時間を忘れて遊んでいて遅刻したら困るのは自分だ。チャイムなしの生活は自主性を育てるにも役立つ。こんなところでも、「文化を変えるために物理的環境を変える」という工夫に気がつく。

● 「開かれた学校」は守りたい

 施設のコンセプトについて、市民たちと議論を繰り返す中で、問題となったのは、やはりセキュリティ。教室棟の入り口には一応「学校関係者以外の立ち入りを禁じます」と小さく書かれているが、生涯学習棟とは廊下でつながっているし、学校と市民で共用する場も多い。

 「厳重な警備をしようと思ったら、高い塀をつくり、施錠し、警備員をたくさん配置すればいい。でも、そんな学校にだれが行きたいですか? そこで子どもたちは何を学べますか? 人間への不信感を学ぶだけではないでしょうか。『開かれた学校』はなんとしても守るつもりです」

 ただし、あからさまに見えないだけで、2重3重の対策は講じている。監視カメラは各所に設置しているし、教師は全員PHSを携帯し、緊急時に備えている。来場者は必ず受付を通り名札をつけることを義務付けられている。高齢者の中からボランティアを募り、施設内巡回をお願いすることも検討中だという。もちろん、日常的に地域の人が気軽に出入りすることで、児童たちと互いに顔見知りになっていることも十分なセキュリティになっているだろう。

 「学校は地域のもの。自分たちの学校なのだから、地域みんなで守るという意識が大切なのです」

●失われた地域を取り戻すのは「学校」しかない

 「今の子どもは、家と学校、家と塾の往復しかない。社会との接点がほとんどありません。社会の面白さ、複雑さ、そして怖さ、それらを知らないまま大人になっているのです。失われた社会との接点をとりもどすには、学校が中心になってやるしかないと思っています」

 気がかりなのは、校長や今の教師たちが異動したあとも、思いを受け継いでくれるか、ということ。

 「学校には常にその不安がつきまとう。しかし私は、地域の人たちが受け継いでくれると思っています」

 大滝校長の思いが地域に根付く時、地域と学校の本当の融合が始まる。

(取材・構成:学びの場.com)

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