当時の資料から、戦争について多面的・多角的に考察を深める(後編) より良い社会をつくるために、他者に対する寛容性を育む

前編では、愛知県立大府高等学校で2025年10月17日に行われた歴史総合の2つの授業をリポートした。後編では、授業者の野々山新教諭に、授業のねらいや工夫した点について伺った。
戦争は他人事ではなく、誰もが当事者になる可能性がある

―今日の授業のねらいを教えてください。
野々山教諭(以下、野々山) 今の子どもたちにとって、戦争の歴史は「他人事」になっています。しかし本当は、戦争は他人事ではなく、誰もが当事者になる可能性があります。歴史総合の授業を通して、私たちは歴史の大きな一コマの中に存在していることを自覚してほしいと思い、この単元を構想しました。
きっかけは、2024年の「沖縄慰霊の日」の式典での高校生のスピーチです。「祖父母が戦後生まれで、身近な人から戦争体験を聞くような機会はなく、沖縄戦はずっと昔のことで、他人事のように感じていた。しかし、最近になって、ウクライナやパレスチナのガザ地区など、平和を祈り続けた人々の思いを踏みにじるような行為が、いまだに世界にはあるんだと知り、湧き起こってきた怒りの感情が、自分の目を沖縄戦に向けさせた」という内容は、自分に突き刺さるものでした。高校生の言葉なので、生徒にも刺さりやすいだろうと思いました。
単元のまとめの最終授業では、SEKAI NO OWARIの「Dragon Night」の歌詞の一節「僕の正義がきっと彼を傷付けていたんだね」を紹介し、他者に対する寛容性を育みたいと考えています。
普通科では感情を喚起できる一次資料を選定

―普通科と生活文化科では別の資料を配布されていました。どのように資料を選んでいるのですか。
野々山 普通科では、基礎知識は、小中学校段階の学習ですでに頭に入っています。ですから今回の授業では、知識ではなく、生徒たちの情意に触れる、感情を喚起できる一次資料を選定しました。
当時の人が、なぜその感情になったのか。生徒の一人ひとりが、対話を通して考察できることを重要視しました。当時の風刺画や写真、動画などを通し、当時の人が戦争に対してどんな感情を抱いていたか。そんな「歴史的共感」を感じ、本校の生徒の心に「刺さる」よう工夫しました。
戦争の是非は、答えが出ない問題です。だからこそ、悩んでほしい。生徒に考えさせるだけではなく、先生である私自身もその答えに困っていることを伝え、考察に加わることも意識しました。
戦争は、生徒にとって実感のないものです。ですから、どうしてもゲーム感覚で捉えてしまう。しかし、戦争に関わった人には、それぞれに名前があり、感情があります。授業を通し、そういった気持ちを少しでも喚起できているといいなと思います。
もちろん、授業が響かない生徒もいます。しかし、この授業は生徒を同じ意識に染めることが目的ではありません。違いに気付き、疑問を持ち、吟味し、検討する。それが探究につながります。対話を通して戦争に対する意識を深め、選択することが大切です。
生活文化科では「見た目のインパクト」を重視
―生活文化科ではどのような工夫をされましたか。
野々山 大学入学共通テストを受ける生徒はほとんどいないクラスとなりますが、まずは「見た目のインパクト」で授業に魅力を見出すことが必要と考え、戦争の時代における衣食住にスポットを当て、資料の選択に時間をかけました。同時に、ファッションの歴史を知ることを入口に、座学の意味、必要性を感じてほしいという意図もありました。
生活文化科は、9月上旬に行われた文化祭で、ファッションショーを開催しました。生徒はそのショーで、自然と洋服やドレスを選んでいました。その価値観はどこからきたのか?「昔(戦前)は和服が主流だった」という、現代との違いに驚き、そこから得られる「どうして?」という疑問が、学びの姿勢につながることを目指しました。
終戦後、戦勝国であるアメリカの文化が大量に日本に流入し、その後の日本の文化に大きな影響を与えました。こういったアメリカ文化の流入が、戦争の結果によるなら、私たちの未来も、今後起きるかもしれない戦争などの大きな出来事によって変わるかもしれない。そんなメッセージを込めました。
また、普通科では多用しなかった「板書」も積極的に活用しました。簡潔な文字や地図を大きく板書することで、理解度も高まると考えています。資料点数は普通科より少なくし、考察の時間を長めに確保しています。年度当初に比べ、根拠に基づいて歴史の叙述ができるようになり、成長していると感じます。
歴史総合の授業づくり

―歴史総合の授業づくりについて教えてください。
野々山 今までは、日本史、世界史を分けて教えていて、事実上、分断されていました。しかし歴史は、日本も世界も、相互に関連して動いています。歴史総合の授業では、日本史、世界史の枠を超えて、双方向に学んでいることが大きな違いです。授業のやり方も、生徒が授業の中で考察する場面が増え、議論することを通して知識も獲得されていく展開をより意識するようになりました。
テーマを設定し、仲間同士やグループ同士で対話する時間を設けています。それぞれ、価値観の違いがあるので、さまざまな意見が飛び交います。その議論から、考察がさらに深まっているようです。
歴史総合は、中学校で学ぶ歴史の授業内容を前提とし、歴史をただの知識ではなく、より広い概念として捉えていけるよう、授業を行っています。イメージとしては、「点」が「面」となっていくような歴史の学び方だと思っています。
もちろん、中学校段階の知識が頭に入っていない生徒もいます。その場合は「ミニマムエッセンシャル」としての再学習を心掛けています。
―どのようなことを意識して、単元を貫く問いを設定していますか。
野々山 授業で学ぶ歴史が、他人事ではなく、いかに自分に関係していると感じさせ、主体性を持って考察できるか、という点を重視して問いを工夫しています。
今回の戦争の事例では、今後、国際連合や、ウクライナやガザ地区といった今起こっている戦争のことも扱います。現在に生きる人間の眼差しから、過去の戦争を意識することで、「歴史の連続性」を感じてほしい。そのためにも、生徒の「感情に訴えかける」資料選びを工夫しています。
授業では、あえて固定観念上の常識と、実態の乖離についても話します。「戦争っていけないことじゃないの?なんでいまだにあるの?」と問われると、誰にも答えられません。なので、一人ひとりにそのことについて考えてもらっています。
―資料を読み取るスキルの育成について教えてください。
野々山 歴史総合の授業で重要なのは、問いを立てて、資料の探究をし、それを継続させることにあります。複数の資料で異なる角度から歴史を見ることにより、学びが深まると思っています。
ただ、資料を読み取るスキルは一度授業で扱えば育成できるという性質のものではないと思います。例えば今回の授業では、当時の絵ハガキを資料に用意しました。まず絵ハガキに関心を持ってもらい、そこから、誰がどんな目的で作ったのかを、考察してもらいました。情報を読み取るための着眼点は、連続性がないと定着しません。歴史総合の1年間をかけて育成しています。
―野々山先生のご専門は世界史とお聞きしました。歴史総合の授業について、日本史専門の先生とどのように協力されていますか。
野々山 今年度の歴史総合の授業は、自分がすべて担当しています。歴史総合が始まった3年前は、日本史の先生に資料について助言いただき、助かりました。先生方それぞれの専門性があり、それを架橋することに意義を感じました。
―歴史総合が必修になって4年目になりますが、課題もありますか。
野々山 歴史総合の授業では、知識だけではなく、思考や議論を通した判断も重要視されます。後者は、何が正しく、何が間違っているかという単一の正解がありません。ですから評価方法、特にマークシートのようなペーパーテストとの親和性が高くないと感じます。学び、指導実態、評価方法が必ずしも一致していないので、その点は改善すべきです。
また、授業を作るノウハウを共有できる場が欲しいですね。私は参加している教員の研究会で、教材の共有サイトがあり、作成したワークシートをそこに投稿したり、意見交換をしたりしています。
大学と連携した授業について

―今まで「タイの多文化共生」や「日本と中国の鉄道史」などの大学連携授業を行っていますよね。どのようにテーマを設定されているのですか。
野々山 「タイの多文化共生」は、2月に実施されたユネスコアジア文化センターの教員派遣プログラムで、私自身が「多文化共生を学びたい」と、タイに行ってきた経験から着想しました。タイは仏教のイメージですが、イスラーム教徒が多い地域や、移民労働者が多い地域もあり、多宗教・多文化共生の国です。
タイの多文化共生を学ぶことで、日本の多文化共生の文化を作る一人が、自分自身なのだと感じてもらえていればと思い、大学との連携先を模索しました。幸い、私が所属している「愛知県世界史教育研究会」に参加している愛知大学の先生つながりで、合同授業として実現しました。大学との共同授業は、高校の学びが大学にも、ひいてはその先の人生にも続いていくことに気づき、生徒が主体者に成長していく機会になったのではないでしょうか。今後、生活文化科でもタイの高校と本校をオンラインで結び、交流を広げたいと考えています。
「日本と中国の鉄道史」も、同様に名古屋市立大学の先生のご紹介を受けて、日中の合同授業に至りました。国境を越えた学びは、それぞれの歴史観があることを認識するとともに、何より同じ高校生であることに気付けたようです。
―連携先はどのように見つけているのですか。
野々山 連携先は、教員ネットワークからです。私は、教員のいろいろな学会や研究会に訪問・参加し、その中で信頼関係を作り上げています。教員ネットワークは「訪問してなんぼ」です。そこで得られる刺激も大きいです。
―今後、挑戦してみたいことなどを教えてください。
野々山 他校との連携を考えています。先日、防災・減災に関心がある生徒たちを連れて、神戸を訪問しました。そこで、本校と、福島高校、あすパ・ユース震災語り部隊(中心は灘高校の先生)、宇和島東高校、神戸大学附属中等教育学校の有志が集まり、対話やフィールドワークをしました。
他校と協力した学びは、生徒への大きな刺激になります。その経験を歴史総合の授業づくりにも活かしていきたいです。
記者の目
現在のさまざまな問題や課題は、近現代の歴史から生まれたものだ。その近現代の歴史を主体的に考察し、理解できるようになること。それが、日本の将来を担う生徒の主体性や視野の広がりにつながる。授業では、野々山先生が作成した資料をもとに、生徒間でさまざまなディスカッションが交わされた。その風景を見ていて、授業の成否は、中華料理ではないが「仕込みが9割」なのだと思った。いかに興味をひかせるか、いかに議論しやすい題材か。資料の選定や授業の進行方法など、ワークシートの作成には相当な時間を費やしたと思われる。教材共有サイトで意見交換しているというお話があったが、質の高いワークシートは、部分的でも共有化すれば、歴史総合を担当する他校の先生の労力も削減できるのではと感じた。また、野々山先生自身も「答えはない、自分も迷っている」と入り込むことで、生徒にとって、課題がより身近になったのではないか。
取材・文・写真:学びの場.com編集部
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