2021.01.04
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対話型作品鑑賞を通して「生きる力」をはぐくむ(前編) 〜東京都写真美術館スクールプログラム〜 東村山市立南台小学校

観察力、洞察力、想像力、傾聴力、発言力、語彙力、コミュニケーション能力、表現力、論理的思考力などの様々な力をはぐくむ充実した言語活動が行える効果的な手法として、アートの「対話型鑑賞」を取り入れた授業が、近年、学校教育の現場で用いられている。

今回は、東村山市立南台小学校で行われた「東京都写真美術館スクールプログラム」をリポートする。あえて作品について教えず、子どもが作品から受け取ったことを自由に発言できる授業づくりを進めている同館の鑑賞プログラムに対し、子どもたちはどのような姿勢で挑んだのだろうか。今後、美術館のスクールプログラムや対話型鑑賞を授業に取り入れていきたいと考える先生方は、授業づくりの実践としてぜひ参考にしていただきたい。

授業を拝見!

写真とは、世界のある瞬間を切り取ったもの

学年・教科:小学校5年生 図画工作
単元:作品や写真を鑑賞して話し合う
ねらい:対話による作品鑑賞を通して、観察力、洞察力、想像力、発言力、傾聴力、語彙力などを育てる。
指導者:河野 路 主任教諭(東村山市立南台小学校)、武内 厚子 学芸員(東京都写真美術館)
使用教材:「色と形と言葉のゲーム」、作品の画像データ、プロジェクター、スクリーン

2014年より、写真の対話型鑑賞を取り入れている東京都写真美術館。ここでは、鑑賞プログラムを主導する同館学芸員の武内厚子さんを授業者とする訪問授業の模様をリポートする。

授業の冒頭、武内さんは子どもたちに「写真って、なあに?」と問いかけ、次のように語った。

「写真の最大の特徴は、他の美術と違い、世界を切り取ってるところにあります。たとえば絵画なら、見えないものでも想像して描くことができます。しかし、写真は何もないところからつくることはできません。あくまで身の回りにあるものを切り取り、作品にしているのが写真です。

とはいえ、写真に写っているのは、見えている世界とは逆さであったり、光と影が反転していたりする世界です。写真は漢字で『真』を『写す』と書きますが、本当に写真に『真』は写っているのでしょうか?

もしかしたら、写真を撮った人があらわしたかったものは、ただ眺めているだけでは見えてこないのかもしれません。今日は、皆さんと話し合いながら2枚の写真をじっくり見ることで、何が写し出されているのかを一緒に考えたいと思います」

鑑賞前のゲームによって、発言・傾聴を促す

同館の鑑賞プログラムでは、作品鑑賞を行う前のウォーミングアップとして、武内さんが開発したカードゲーム「色と形と言葉のゲーム」を行っている。

このゲームで使用するカードは、さまざまな色や形をした「色と形のカード」と、全部で80枚ある「言葉のカード」の2種類。

最初に行ったのは、一枚の「言葉のカード」に子どもたちそれぞれがぴったりだと思うイメージの「色と形のカード」を見つける「色と形探しゲーム」。

武内さんの「『おいしい』に一番ぴったりくるカードを選んでください」という指示に対し、子どもたちは「色と形のカード」を1枚ずつ選び、一斉に指をさす。

「なぜそのカードを選んだの?」と武内さんが尋ねると、子どもたちはそれぞれ自分が選んだカードについて「(黄色のカードが)クリームパンに見えたから」「フーセンガムをふくらましたかたちに見えたから」などと感じたことを語った。

次に行ったのは、一枚の「色と形のカード」にぴったりだと思うイメージの「言葉のカード」を見つける「言葉さがしゲーム」。

武内さんが選んだ「色と形のカード」に対し、子どもたちは「からい」「つめたい」などの「言葉のカード」を選択。印象的だったのは、自分の思いをなかなか言葉にできない子どもも、武内さんの「なぜそう思ったの?」「カードが尖っていなかったら、『からい』を選ばなかった?」といった問いかけによって発言の量がどんどん増えていったことだ。他の子どもが選んだカードにも興味津々な様子で、ゲーム活動を通して自然と発言力・傾聴力が鍛えられているのだと感じた。

「同じ形や言葉を見ているのに、皆違うカードを選んでいましたね。このあとの作品鑑賞でも、同じ作品に対して皆違う感じ方をすると思います」

ひとつの作品とじっくり向き合い、「深く」見る

導入からゲーム終了までにかかった時間は約30分。残りの時間では、作品鑑賞の題材として選ばれた東京都写真美術館所蔵の2作品について、それぞれ30分程度鑑賞する時間が設けられた。

1作目は、ロベール・ドアノーの『ピカソのパン』。1分間各自で黙ってじっくりと作品を観察した後、子どもたちが気づいたこと発表していった。

最初に手を上げた子どもが「写真に写っている人物が驚いた表情をしている」と発言すると、武内さんは以下の問いかけによって子どもたちの対話を深めていった。

武内さん「真ん中に写っている人の表情を見て、びっくりしているように見えるんだね。何を見ているんだろう?」

子ども「窓の外」

武内さん「どこを見て窓があると思ったの?」

子ども「(テーブルの上の)コップに影があるから」

そこから次々と他の子どもが影についての考察をはじめた後に、話題は「指」に移っていく。

子ども「指ではなくパンだと思う」

武内さん「パンだと思ったのはどこから?」

子ども「あんなに太い指はないから」「指だとすると1本足りないから」「テーブルの下に1本(指が)隠れているように装っているのでは?」

その後もテーブルの上にある物や背景に写っている物など、さまざまな話題が展開され、1作目の作品鑑賞が終了。武内さんの問いかけや、他の子どもの発言から得た気づきを通して、対話がどんどん進んでいく姿が印象的だった。

2作目は、マーティン・パーの『マーゲイト』。1作目と同様、1分間各自で黙ってじっくりと作品を観察した後、子どもたちが気づいたこと発表していった。

この写真を見た多くの人は、どこで撮られたのかが気になるだろう。最初に手を上げた子どもが「地面が砂浜で遠くの風景が水色なので、海だと思う」と発言したことから、多くの子どもが納得した様子で、そこから舞台が海であることを前提に対話が進んでいった。

その後、写真に写っている人物の関係性や、後ろに写っている建物の話題などが展開された。

最後に、武内さんは、以下の問いかけをした。

「この写真は、何を撮ろうとしたんだと思いますか?」

子どもたちは「海に来た様子を撮っている」「犬を撮ろうとした」などと回答。なかには「間違い探し用の写真なのでは?」というユニークな意見もあった。

ここで2作品目の作品鑑賞も終了。最後まで武内さんが子どもたちに答えや正解らしきものを示すことはなかった。

授業の最後に武内さんはこう述べた。

「いままで、こんなに長い時間、一枚の写真を見た経験はないと思います。でも、見ても見ても見尽くした感覚はないのではないでしょうか。それくらい、写真には不思議なものがたくさん写っているということです」

子どもたちが得たもの

子どもたちが感想用紙をビッシリ埋めるほどに熱く感想を書いてきたことに、河野主任教諭も驚かされたという。

「色と形と言葉のゲーム」については、
「みんながそれぞれ違う形や言葉を選んで発表していたので、みんなの個性を少し知ることができた。」
「家族とやってみたい。」など、

作品鑑賞については、
「写真は、いつもは撮りたいものだけを見ていたけれど、写ったものをよく見ていろいろ見つけるとおかしなところやおもしろいところが見つかった。」
「1枚の写真から、『その周りに何があるのか』『この人物は何を考えているのか』『それは本当にそれなのか』といういろいろな考え方ができて、みんなの考えも聞けて楽しかった。」など、

交流授業全体については、
「写真とは『真を写す』『世界を切り取ったもの』という言葉が心に残った。」
「私はこの授業を受けて、『真実』を写すことは難しいことなんじゃないかと思った。1枚の写真から『真実』はわからないかもしれないけれど、考え方や感じたことは映し出せるんじゃないかと思った。」などの声があった。

後編では、同校の図画工作専科である河野路主任教諭と、授業者の武内厚子さんに、外部と連携して授業を行うメリットや、スクールプログラムを取り入れた授業づくりについてのインタビューを掲載する。

取材・構成・文・写真:学びの場.com編集部

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