2021.01.04
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

対話型作品鑑賞を通して「生きる力」をはぐくむ(後編) 〜東京都写真美術館スクールプログラム〜 東村山市立南台小学校

写真や映像を学び、楽しむための活動として、鑑賞プログラムをはじめとする多数のスクールプログラムを実施している東京都写真美術館。

前編では、同館が行った東村山市立南台小学校での訪問授業をリポートした。後編では、同校の図画工作専科である河野路主任教諭と、授業者の武内厚子さんに、外部と連携して授業を行うメリットや、スクールプログラムを取り入れた授業づくりのポイントなどについて伺った。

写真とは、世界のある瞬間を切り取ったもの

外部と連携して授業づくりを行ったことで、対話がより深まった

東村山市立南台小学校 図画工作専科 河野路主任教諭

――今回のスクールプログラム実施の半年ほど前から、青写真やピンホールカメラを制作する授業を行ってきたそうですね。なぜ図画工作の授業で「写真」をテーマとして取り上げたのでしょうか。

河野路(敬称略 以下、河野) 私が写真を授業で取り上げるようになったのは、10数年前に東京都写真美術館のスクールプログラムに出会ったのがきっかけです。以来、折にふれて写真を題材とした授業づくりを度々行ってきました。

写真の良さって、一瞬の特別な瞬間を焼き付けられる点にあると思います。子どもたちにも写真ならではの良さを実感してもらいたいと思い、青写真やピンホールカメラを制作したり、今日のように作家の作品にスポットをあてたりする体験活動を組んできました。

――東京都写真美術館には制作系の活動をはじめとするさまざまなスクールプログラムがあります。その中で、あえて対話型鑑賞のプログラムを選んだのはなぜですか。

河野 今年はコロナ禍の影響で、人と触れ合う機会が減っています。子どもたちも、休校中に人との接触が減っており、学校に戻ってきた時は友だちとの関係ですらぎくしゃくしていた時期がありました。そんな中、対話型鑑賞を行うことで、自分の感じたことを言葉にするとともに、他人の視点にも触れてほしいと思い、対話型鑑賞のプログラムを選びました。

――本日の授業を終えてみていかがでしたか。 

河野 武内さんという外部の方が来てくださったおかげで、対話がより深まったと思います。普段子ども同士の会話だと、互いに気心が知れていることもあり、多少言葉を端折ってもコミュニケーションが通じてしまいます。しかし、外部の方だとそうはいきません。子どもたちも、どうやったら自分の感じたことを武内さんに伝えられるのか、普段は口にしない言葉を口に出そうと意識しているのが伝わってきました。私自身も、外部と連携して作品鑑賞をする意義をあらためて感じられる機会となりました。

武内厚子(敬称略 以下、武内) スクールプログラムを実施していると、普段の授業で先生が子どもたちとどのように接しているのかが分かります。たとえば、普段の授業で「余計なことは話さないように」と言われている子どもは、対話の授業でも黙っていることが多いです。今日のクラスでは、思ったことを素直に発言できている子が多かったので、河野先生が普段から子どもたちとの対話を大事にしている様子が伝わってきました。

ゲームを通して、作品から受け取った印象を言語化する能力を養ってほしい

東京都写真美術館 学芸員 武内厚子さん

――「色と形と言葉のゲーム」はどのような経緯で開発されたのでしょうか?

武内 以前別の美術館で勤務していた時、「作品を見てどう思った?」と聞いても、感じたことをなかなか言葉で表せない子どもが大勢いました。そこで、作品から受け取った印象を言語化する手助けが必要だと思い、作品鑑賞を行う前のウォーミングアップになるようなゲームとして「色と形と言葉のゲーム」を開発しました。

――ゲーム中、武内さんの問いかけによって子どもたちの発言が促される姿が印象的でした。子どもたちに問いかける際に、どんなことを意識していますか?

武内 子どもが感じたことを言葉にできる手助けになるような質問をすることを意識しています。たとえば、「色と形探しゲーム」で「おいしい」という言葉にぴったりなカードとして、水色のカードを選んだ子がいました。理由は「フーセンガムに見えたから」だと言います。そこから、「なぜフーセンガムに見えたのか」「同じ形でも水色以外だったら、そうは見えなかった?」など、そのカードを選んだ理由を深堀りしていくことで、子どもの発言はどんどん促されていきます。

――作品鑑賞中の対話があれほど活発に進んだのは、ゲームの力も大きかったのでしょうね。

河野 そうだと思います。ゲームでは一人ずつ話す機会があったので、普段あまり話せない子どもでも、色や形について言葉で表現するコツをつかんだのだと思います。

――「色と形と言葉のゲーム」には、他にどのような特長がありますか?

武内 第一に、様々な⼒を呼び覚まします。美術作品鑑賞が様々な能⼒を育むように、このゲームでも、①形や⾊をじっくり⾒ることによる観察⼒、②その形が表しているものを考えて、⾔葉と結びつける想像⼒・発想⼒、③⾃分の感じたことを⾔葉にする発⾔⼒・語彙⼒、④⼈の話を聞く傾聴⼒、⑤逆から考えてみる逆転の発想の⼒など⽣きる上で様々な場⾯で役⽴つ⼒を呼び覚まします。

第二に、正解は⼀つではなく、答えには優劣がないということです。形や⾊から何を想像してもすべてはその⼈⾃⾝が思ったことであり、本⼈にとってその答えは正解です。また、誰の意⾒が優れているなどもなく、全ては等価値です。

第三に、他⼈と同じことを感じなくてもよいということです。このゲーム内ではそれぞれの感じたことが同じであったり、他⼈の考えに共感(情動的共感)する必要はありません。

たとえば学校では相⼿の⼼情を感じ取ることを学ぶ場⾯は多いですが、相⼿の⾔わんとしていることは理解するけれど、⾃分は違う考えを持っている(認知的共感)ということを良しとする場⾯はあまりありません。学校の授業のほとんどは答えが⼀つであり、算数のように正しい解き⽅をすればみんなが同じ答えになるはずということが多くあります。しかし、社会に出れば答えが⼀つしかないことのほうが少なく、いろいろなやり⽅考え⽅があります。それをこのゲームで知ることができます。

学校の授業の中でそれを学べるのは美術の授業であり、美術は答えが複数あっても許される数少ない教科のひとつです。また、⼤⼈でも⾃分だけが違う意⾒であることを不安になる⼈も多く、相⼿の考えが理解できれば必ずしも共感しなくてもよいことに気づいていない⼈もたくさんいます。

どんなスクールプログラムを行いたいのか、主体的に考えることが大事

日頃から親交が深いという河野主任教諭と武内さん(撮影時のみマスクを外しています)

――学校教育において、図画工作はどのような位置づけだとお考えですか。

河野 図画工作は、人との関わり合いで成り立っている教科だと思います。なぜなら、人は自分が表現したものを誰かと共有したり、あるいは人がつくったものに関心を持って見たりしたいという欲求を持っているからです。他の教科と比べても自然と対話が生まれやすい教科だからこそ、作品をつくって終わりではなく、互いの作品を見て、語り合えるような場や空間を普段からなるべく設けるようにしています。

――図画工作の専科教諭として、普段の授業づくりではどんなことを意識していますか。

河野 図画工作こそ、新学習指導要領が示す「主体的・対話的で深い学び」を一番ストレートに実践できる教科だという思いで日々授業づくりと向き合っています。私の役割は、子どもが主体的・対話的で深い学びを得られるような舞台を仕立て上げることです。そのためにも、子どもたちにどのような姿に育ってほしいのかを考えたうえで、その学校、その学年の子たちの力や雰囲気に合った授業づくりを計画することを心がけています。


――最後に、今後スクールプログラムを実践したいと考える先生方に向けてメッセージをお願いします。

河野 東京都写真美術館にかぎらず、スクールプログラムを行っている美術館はたくさんあります。しかし、既存のスクールプログラムをただ取り入れるだけではもったいないと思います。大事なのは、目の前にいる子どもたちにはどんな活動やつながりが必要なのか、また前後の授業とどのようにつなげていくのかといったことを考えることです。そのうえで、どんなスクールプログラムを取り入れたいのか、自分なりの意見を持つことをおすすめします。図工専科だからこそ6年間を通じた子どもの育ちと、その段階で出会ってほしいものごとを想定して、各学年の連携先と内容を決めています。

武内 当館としては、学校の先生方にもっと美術館を活用してほしいと思っています。多くの学校は、美術館へ行くことを一大イベントとして捉えていると思います。しかし、非日常の一大イベントは一過性のものになりやすくて、その時はワクワクしても、その後、記憶として残りづらいことも多いものです。実際、美術館に来てくれた子どもに「去年も来たよね?」と聞くと、覚えていないということが往々にしてあります。

だからこそ、一大イベントとしてではなく、日常の授業の一部として、自然に美術館を使ってもらえれば、子どもたちの記憶にも残りやすいのではないかと思います。河野先生が仰ったように、当館でも基本的にはこちらから内容を提案するのではなく、先生の希望を受けた上で一緒に相談しながらプログラムをつくっています。ぜひ、多くの先生方と一緒にスクールプログラムをつくっていければ幸いです。

ーーありがとうございました。

取材・構成・文・写真:学びの場.com編集部

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

ご意見・ご要望、お待ちしています!

この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)

pagetop