2012.08.07
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『桐島、部活やめるってよ』 リーダー格の人間のささいな言動が、人々に与える影響力

今回は、一人の男子生徒が部活をやめるという出来事を発端に、多くの人々が翻弄されていく『桐島、部活やめるってよ』です。

親友にも恋人にも何一つ言わず、突然姿を消したバレー部のキャプテン

学校というと私の場合、思い浮かんでくるのは中学~高校時代のこととなる。中学~高校と一貫教育の学校に通っていた私は、思えば高校受験がなかった分、とてものんびりした学校生活を送っていた気がする。でもそんな伸びやかな学校生活でも悩んでいることはたくさんあって、イッパシに「大人はわかってくれない」と思い込み、悩みを大人に相談することなく、友人らに打ち明けたりして、わいわい言いながら解決していたものだ

特に高校になると、一気に大学受験という現実が迫ってきた。文化系と理数系に分かれたり、誰もが否が応でも将来を見据えざるを得なくなった。本当にやりたい事とは何か? それが見つからずに悩む友人もいた。高校時代は希望に満ちた未来を想像しつつも、そろそろ自分の欠点や限界など現実が見えてきて、様々な落胆を味わう時期でもあり、一方でどこかまだまだ呑気な一面もあり、なかなか複雑な毎日を過ごしていたなと、大人になった今は思う。『桐島、部活やめるってよ』は、まさにそんな自分の高校時代を思い出させられた作品だ。いや、私だけではない。この映画を観た人のほとんどは、高校時代のことを自然と思い出すだろう。

この作品で描かれるのは、ごく普通の高校生たちの日常だ。タイトルにも登場する桐島はバレーボール部に所属しており、学校内では“スター”的な存在だ。その桐島が部活をやめるという話が生徒たちの間に広がる。バレーボール部の面々はそれぞれがショックを受ける。一緒に頑張ってバレー部を強くしたいと思っていたキャプテンは桐島の突然の行動に怒りを隠せないし、部員たちも動揺する。桐島の彼女でありながら、何も知らされず、メールなどもスルーされて連絡が途絶えてしまう梨紗も動揺しっぱなしだ。さらに桐島の帰りをいつもバスケをしながら待っていた帰宅部の生徒3名、特にその中の元野球部で大親友でもある菊池は、桐島が部活をやめることを自分に何一つ相談してくれなかったことにショックを受ける。

直接の関係者以外にも、様々な波紋を広げていく

桐島が部活をやめることによる衝撃は、直接関わっている彼らだけでなく、様々な生徒たちに波紋を広げていく。例えばバレーボール部で桐島の代わりにレギュラー入りした風助。背は低いがずっとバレーが好きでコツコツと練習し、誰よりもマジメに取り組んできた男。リベロ(守備専門の選手)としてレギュラー入りした彼だが、残念ながら桐島との力の差は歴然。桐島不在にイライラしたキャプテンにこっぴどくしごかれることになってしまう。もっと動けと叫ぶキャプテンに向かって、「一生懸命やってもこれが限界なんだ」と、自分の実力を認めてしまう風助。皆さんは運動部などに入り、上を目指して必死に練習に練習を重ねてみたが、どうやってもこれ以上は上達しないと気づいた経験はないだろうか? そんな人には、このシーンはたまらなく胸に突き刺さるはずだ。

風助のこの心の叫びは、別の人間にも新たな波を起こしてしまう。それがバドミントン部の宮部実果。彼女は桐島の彼女・梨紗とも仲良しの4人組女子(しかもイケてる女4人)の一人でもある。彼女はバドミントンの実力者だったが亡くなった姉と同様、バドミントン部に入ったものの、姉のようには上達しないことに絶望を感じ始めている。そして同じ女4人組の一人であり、バドミントン部でもある東原かすみに対しコンプレックスを抱いている。そんな実果は以前から部活で黙々と頑張っている風助に自分と同じ匂いを感じたのか、彼のことをとても気にかけていて、今回の風助の限界発言に共感を覚え、実果自身も自分の生き方を深く見つめるようになる。

桐島の親友・菊池の落ち込みもまたいろんな人に波紋を呼ぶことになる。菊池と一緒にバスケをしながら桐島を待っていた友弘と竜汰という二人の友人に、菊池は「桐島がいないならバスケをして待つ意味がない」とバスケをやめる発言をする。実はこのバスケを結構楽しみにしていた友弘は言い様のない寂しさを感じる。

さらに、菊池のことが大好きで、彼のバスケしている姿を見るために屋上でサックスの練習をする吹奏楽部の沢島亜矢にも大きな影響を与える。彼の姿を見ることができなくなるからだ。それでもどうしても菊池の姿を目で追っていたい彼女は、菊池が付き合っている彼女・沙奈と待ち合わせをした場所がわかれば、あえてその近くでサックスの練習を行うようになる。人は誰かを好きになると、自然と目でその人のことを追ってしまうものだが、亜矢の場合はそれがかなりエスカレート。そんなストーカー的な行為をしていてはいけないことも、自分が吹奏楽部の部長としてしっかりしなければいけないことも十分、亜矢にはわかっている。なんとか菊池への思いに踏ん切りをつけたいと思ってはいるのだ。それでも体が勝手に動いてしまう自分自身に狼狽しているのである。

そして、亜矢が勝手にあちらこちら演奏の場所を変えることで、さらなる波紋が巻き起こる。それは映画部・前田が現在打ち込んでいるゾンビ映画の撮影に対してだ。顧問の先生から反対されつつも、自分が撮りたいものを撮るのだとゾンビ映画の自主制作に取り組む彼は、撮影の行く先々で亜矢と出会い、彼女に撮影場所を譲ってほしいと懇願することになる。しかしもともと気弱で、他人とコミュニケーションを取るのがヘタな前田にとって、その交渉自体がとても大変なことなのだ。しかし、そうやって苦手な交渉に取り組むうちに、またいろんな出来事(例えば、前から気になっていたバドミントン部の東原かすみと、コアな映画を上演していた映画館で偶然出会ったことなど)を体験していくうちに、ただ自分の主張を押し通すだけでなく相手の気持ちを汲み取る大切さや優しさなど、コミュニケーションの取り方を覚え、ついには亜矢に場所を譲るようにまでなっていく。

たった一人のささいな言動が世の中を動かす怖さ

といった具合に、一人の男子生徒が部活をやめるという出来事を発端に、ちょっとした心のスレ違いや共感、同情、反発、疑心暗鬼といった日常に潜在していた感情が噴出し、さざ波を立て、最後には大きなうねりになっていくのだ。その様が実に面白く描かれていく。この物語は金曜日から火曜日までのわずか5日間の話なのだが、その中で最初の金曜日だけ視点と時間を微妙にズラしながら、それぞれのキャラクターの紹介も兼ねて4回に分けて描いている。つまり同時刻に起きたそれぞれの出来事を見せられた観客は、一体その裏に何が起きていたのか、まるでミステリーの謎解きのようにそれぞれのキャラクターが抱える事情を把握していくことになるのだ。

こうして観客はそれぞれの登場人物をよく理解し、次第に広がっていく波紋の先々で起こる出来事を目のあたりにしていくから、よりこの物語がどうなっていくのか、桐島がいなくなった世界(彼は結局、全員と連絡を断ち、なおかつ学校も月曜日は休んでしまう)で何が起きるのか、気になって仕方なくなってしまうというわけ。しかも肝心の桐島は姿を最後まで現さないのだ。知り得ることができるのは、登場人物皆の会話から出てくる桐島の断片的な印象だけ。なんだかよくわからない桐島という人物に、観客は自分も翻弄されていくような錯覚に陥る。

そんな中から感じるのは人間の心の弱さ。一人の男子生徒のささいな行動が、これほどの大きな波紋を呼んでしまう怖さも感じる。人は他者に様々な影響を与え、同時に他者から影響を受けながら暮らしているのは誰もが承知だ。しかし、たった一人の、だがとても影響力のある生徒の行動が、ここまで影響を与える様をリアルな世界観で具体的に見せられるとドキッとする。そして見ているうちに舞台は高校だけれど、それがこの世界の縮図でもあり、つまり世界とはそんなたった一人の言動でも崩れてしまうほど、実は脆いものであることを自然と自覚させられる。

また、誰もが生きていく上で必ず悩みを持ち、将来に対しての不安も抱く(もちろんそれは年齢に応じていろいろと変わっていくけれど)。高校生が主人公だけに将来に対する不安感はより顕著に表れてはいるが、人はいくつになってもなんらかの不安は抱えているものだ。

だからこそ、己を強く持たなければと思う。たとえカリスマ的な存在感を持つ桐島が部活をやめると言っても、飲み込まれない自分=自分の頭で考えて行動できる自分、が大事であることを、この映画は示し出す。他人に影響を受けるのは当然。でもそんな中でどう己のアイデンティティを確立していくか。その大切さをこの映画は訴えかけてくるのだ。

桐島だってきっと誰にも知られてはいなかったが、密かにいろいろ悩んでいたのだろう。リーダー格となる人間は、存在感を消して暮らすことはできない。常に何をしても目立ってしまうからだ。だから、桐島は突然に部活をやめ、なおかつ誰とも連絡をせずに引きこもる方法を選んだのかもしれない。自分の存在を消すことで、逆に自分だけのアイデンティティを確立したかったのかもしれない。

この作品は、観る人によってはただの高校生の青春話と思えるかもしれない。ストーリーも実はここでピックアップしたのは一部であり、もっともっと様々な人間模様が描かれており、色々な捉え方ができる作品だ。しかし、私は決して微笑ましいだけの物語ではないと感じた。もしも明日誰か影響力のでかい、リーダー格の人間が「戦争を始めますよ」と言い出したとしたら? そして世界が大きな動揺の中に包まれ、そのリーダーの意見に皆が傾いたとしたら、あなただけが戦争反対を叫べるのか? 周りに影響されずに自分の考えをしっかりと叫ぶことができるのか? 懐かしい高校時代を振りかえさせられつつ、そんな問題意識を突きつけられる秀作だ。

Movie Data
監督・脚本:吉田大八
脚本:喜安浩平
原作:朝井リョウ
出演:神木隆之介、橋本愛、東出昌大、清水くるみ、山本美月、松岡菜優、岩井秀人、奥村知史、太賀、大後寿々花ほか
(c)2012「桐島」映画部 (c)朝井リョウ/集英社
Story
ありふれた時間が校舎に流れる「金曜日の放課後」。だが一つだけ違ったのは、学校内の誰もが認める“スター”桐島が、バレーボール部をやめるというニュースが校内を駆け巡ったこと。そのニュースが桐島と同様に学内ヒエラルキーの上に属する生徒たちはもちろん、様々な人間に影響を与えていくことになるのだが……。

文:横森文

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

子どもに見せたいオススメ映画
『メリダとおそろしの森』 過ちを認める勇気を、子どもたちに伝えられる作品
『メリダとおそろしの森』は、中世のスコットランドを舞台に、王族の血を引きながら自由奔放に生きようとするメリダと、伝統や格式を重んじるメリダの母・エリノア王妃の確執と母娘ならではの絆を描いたピクサーの作品だ。もともと本作はピクサーの初女性監督になるはずだったブレンダ・チャップマンが練り上げた企画だった。独立心旺盛な自分の娘と自分との関係に着想を得たのだという。だからメリダとエリノアとの会話には、同性だからこそのぶつかり合いやエリノアがついヒステリックになる様など、非常に興味深い描写がいくつかある。女親だからこそ描ける娘の一面がキチンと描かれているのだ。
ところがブレンダは最終的にストーリーで大きな壁にぶちあたって降板。その後をピクサーのストーリー部門でずっと活躍してきた男性のマーク・アンドリュースが、初の長編監督として引き継ぐことになった。 「具体的になぜブレンダが降板したのか、どういう壁にぶちあたったのかは僕も知らないんだ。ただ関わった時は、とにかくアイディアが詰め込まれ過ぎていて複雑なストーリーになっていた。どのアイディアも興味あるものだったけれど、それをメリダの旅に必要なもの、彼女の物語に大事な筋道を1本残すために、どんどん枝葉部分を削ってシンプルなものにしていくのが、まずは僕の役目だったんだ」。

しかもこれはピクサーが手がける初のプリンセスものでもあった。もちろん女性が主人公なのもこれが初。普通プリンセスものというと、ディズニーの『白雪姫』や『シンデレラ』、『眠りの森の美女』などがそうであったように、イケメンな王子とのラブストーリーが絡むのが普通だ。しかし本作ではそういったラブストーリーは全く登場しない。
「ほかと同じことをやっても仕方ないと思ったからね。つまりメリダが求めるのは通常のプリンセスが求めるハッピーエンドではないんだよ。あくまでも自由なんだ。ただそこで彼女は安易に魔法を使ってしまう」
そうなのだ。自分の運命を変えたいと思ったメリダは魔法の力を借りるが、そのせいでエレノアは熊と化す。自由を求めることは悪いことではない。だが自由に生きることは他者に迷惑をかけてはならず、自分で責任を持つことが大事。その心構えの大切さをこの映画は母親を熊にさせる娘のトンデモ暴走話の中に盛り込む。

「本作の原題は『BLAVE』(=勇気)です。でもここで描かれるのは過ちを認める勇気ということなんです」
と監督も語っていたが、まさにこの作品はそんな自己責任を背負うことの大切さを子どもにもわかりやすく示したのがミソ。幼稚園生からも楽しめるが、特に小学生あたりに見せて、いろいろ意見交換をするのに面白い作品だと言えるだろう。

監督:マーク・アンドリュース、ブレンダ・チャップマン
原案:ブレンダ・チャップマン
声の出演:ケリー・マクドナルド、ビリー・コノリー、エマ・トンプソン、ケビン・マクキッド、クレイグ・ファーガソンほか
(C) Disney / Pixar.All Rights Reserves.

文:横森文 ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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