映画と教育:『インビクタス/負けざる者たち』……スポーツによる意識改革で国を統一したマンデラの偉業
日本ではバブル時代、南アでは時代錯誤な人種差別政策南アフリカ共和国には、かつてアパルトヘイトと呼ばれる人種隔離政策があった。この政策のもと、レストラン、ホテル、列車、バス、公園、そして公衆トイレまで公共施設はすべて白人用と白人以外に区別されていた。もちろん人種ごとに住む地域まで決められ、完全に白人優位な社会ができあがっていた。 ![]() 正直、筆者がこのアパルトヘイトという言葉を知ったのは『サン・シティ』というシングル。これは1985年、英米のロック・ソウル・ジャズ等のスター約50名による「アパルトヘイトに反対するアーティストたち(Artists United Against Apartheid)」が出したもの。サン・シティとは黒人居住区域にあった白人専用多目的施設のこと。このシングル作成に参加したアーティストたちは「サン・シティなんかで演奏するものか」と声高らかに歌った。 そこで筆者は初めて南アに手ひどい政策が行われていることを知り、非常に驚いた。こんな20世紀も末な時に、時代錯誤な行為が法として認められているなんて、とてもじゃないけど信じられなかった。85年といえば25年前の話。10代~20代の若者にとっては遠い昔でも、30代後半~40代ならばそんなに昔のことには感じないだろう。映画ならば『グーニーズ』や『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が公開された年である。日本ではバブル真っ盛りで夢あふれる頃。そんな時代に、南アでは堂々と人種差別が行われていたのである。 もちろんそんな誰がどう考えてもおかしな政策がいつまでもまかり通るわけがなく、80年代に入ってからは世界各国から多くの反発を受け、国際的な経済制裁を受けることに。かくして89年、南アの大統領に就任したデクラークはついにアパルトヘイト撤廃に向けて改革をスタートする。そんな混乱の中、90年に釈放されたのが反アパルトヘイト運動を行い、62年に逮捕されて収監されたネルソン・マンデラだ。この映画『インビクタス/負けざる者たち』はそんなマンデラが、南アフリカ共和国初の黒人大統領になったところから始まる。 なぜアパルトヘイトの象徴であるラグビー・チームを…確かに不当なシステムは撤廃された。でも長いこと行われていた差別はそう簡単にはなくならない。しかも南アにはびこる問題は人種差別だけではない。不況や失業、犯罪増加といった大きな問題もあったのだ。それらの問題解決にまず必要だったのは、国民の意識の改革。肌の色に関係なく団結する心。国家を統一していくには、何か大きなキッカケが必要だった。 そこでマンデラが思いついたのはスポーツによる意識改革。長らく国際試合から追放され、すっかり弱体化した南アのラクビー・チーム「スプリングボクス」を南アで行われるラグビーのワールドカップで勝たせようというのだ(開催国ゆえ自動的に出場が認められていた)。 ![]() ここで興味深かったのがスプリングボクスを取り巻く環境。たった一人の黒人選手を除き全員が白人男性のスプリングボクスのファンを名乗るのは、実は白人たちだ。そもそも南アでラグビーといえば白人が愛好するスポーツであり、どちらかといえば黒人層はサッカーの方が好きだったという。そんな状況だから南アの黒人層は、ラグビーの試合となるとスプリングボクスを応援するのではなく、むしろ敵対するチームを応援していたのだ。 例えばこんなシーンがある。衣料品を子どもたちにタダで配るシーン。最後に来た黒人の少年は自分の前に差し出された服を見て手が止まる。それはスプリングボクスの中古のシャツだったからだ。結局その少年は服をもらわずに立ち去り、服を配っていた白人女性は首をかしげる。すると横で一緒に衣料品を渡していた黒人女性が、「もし、あの子がそのシャツを着たら、仲間たちに殴られるだろう」と説明するのだ。 つまりスプリングボクス自体が長く続いたアパルトヘイトの象徴となっていたというわけ。だからこそ、南アの黒人たちは一刻も早くスプリングボクスの名もエンブレムも消したくてならない。そして実際に国家スポーツ評議会の場で、名やエンブレムを変えることが決定されるのだ。 理想の国家を築くには、まず“赦し”からだがその決定に待ったをかけた人物がいた。それはマンデラ大統領本人だ。人々はそんなマンデラの行為が理解できない。なぜなら彼はアパルトヘイト政策のために、27年間も収監されていたからだ。いつ殺されてもおかしくない状況を味わったマンデラが、なぜ自分をずっと苦しめてきたアパルトヘイトの象徴を変えようとしないのか……。それは、すべてマンデラの理想を実現するためだった。 マンデラの理想は“虹の国”。人種差別や区別がなく、みんなが手をとりあって理想の国家を築くこと。そのためにマンデラが大事だと語ったのは、自分たちに銃を向け、時には家族たちを平気で殺してきた白人たちを赦すことだった。同国の白人たちが愛しているラグビー・チームを消し去ったら、人種間の亀裂はさらに広がってしまうと考えたからだ。 ![]() こういう考え方は頭では理解できても感情的にはなかなか理解できないもの。敵を赦すのは難しいし、敵側からすれば自分たちが虐げてきた者たちに対する恐怖心はぬぐえない。映画の冒頭で、ある白人はマンデラが大統領になった状況に対し「白人の屈辱の時代の始まりだ」というが、そういう考え方は決して少数ではなかっただろう。政府の中にもマンデラが大統領になったことで報復などを恐れ、次々と荷物をまとめ自ら政府を去る白人たちが後を絶たなかった。 でもマンデラの“人間力”はハンパではなかった。その第一歩が自分を守るSPに白人を取り込んだという事実だ。このSPたちの描写も面白い。もちろん最初から黒人SPが白人SPとうまくいくわけがない。誰もがマンデラのように簡単には白人たちを赦すことなどはできないからだ。だからSPたちは車で移動する時も、黒人は黒人、白人は白人で乗り込む。黒人たちがマンデラのことを敬愛を込めて“マディバ”と呼ぶのに対し、白人たちは“大統領”とビジネスライクに呼ぶ。 しかしSPたちもマンデラと相対していくうちに、マンデラの人間としての素晴らしさに気づいていく。それまでの大統領はSPに対してモノのようにしか接してこなかったのに、マンデラはSPたちの家族のことを気にして声をかけるという点。両親や子どもたちは元気かねと。ちょっとした違いだけど、この違いは大きい。マンデラにとってSPたちは自分を守る盾ではなく、それぞれが大切な部下で大切な人間だからだ。 子どもたちと共にスポーツの楽しさに触れ、やがて…そう“人間力”はこんなちょっとしたことからも表れる。例えばどんなに理想論を説いて良い事を言い続ける人でも、朝起きた時に挨拶もまともにできないようでは信用できない。何に対しても素直に感謝の念を述べられない人も同様だ。実にさり気ない部分で“人間力”は問われる。特にトップに立つ人にとっては大切なことだ。そういう点でマンデラの“人間力”は本当に素晴らしい。選挙に受かりたい口実や、私服を肥やすためではなく、自分が掲げた理想を本当に成し遂げるべく尽力する。 しかしそんなマンデラも人間。実は、彼は家族とは仲良くない。国のために働くあまり、家族に対しては非情に見えるようなことを時にはしなくてはならなかった。映画はそういう部分にも触れながら進む。どんなに偉人とたたえられても、そういう人間的な弱みがあることをサラリと描く点が、本作の素晴らしさだ。SPたちが人種別に異なるクルマに同乗する様子などにより、決して声高でなく、けれども印象的にアパルトヘイトが遺したものと、それらがゆるやかに崩壊していく様を見せていく。そこに感動させられる。 ![]() そしてマンデラはスプリングボクスの主将を呼び、ワールドカップに勝つことを求めると同時に、チームのPRとして貧しい黒人の子どもたちがいる地区でラグビーのコーチをしろと指示する。ただでさえハードな練習がたくさんあるのにPRなんて……と最初は不満そうなチームメイトたち。だが純粋な子どもたちと真の意味でのスポーツの楽しさに触れ、自然と彼らの歓声が一つになった場所には「一つのチーム、一つの国」と書かれた看板が……。そして結果的にそんな草の根運動のような行為が、スプリングボクスに偏見を持っていた黒人たちの心を大きく変えていくことになる。 本作はそんな人種の壁の美しき崩壊と、スポーツ映画定番の“弱小チームがんばれ話”が見事に絡み合い、とてつもない感動を生む。別段、意味あり気なシーンではないのだが、最後の方でSPの面々が人種に関係なくクルマに同乗している姿を目にした時、ふと涙が出てしまった。しかもこれはすべて実話。人が人を赦し、互いにたたえ合い、ちょっとした優しさ、感謝といった心がけを持つことで、こんなにも世界はハッピーになれる。そんなことを感じさせられた傑作だ。
|
|
データ
監督・製作:クリント・イーストウッド/製作総指揮・出演:モーガン・フリーマン/原作:ジョン・カーリン/脚本:アンソニー・ベッカム/出演:マット・デイモンほか ストーリー
南アフリカ初の黒人大統領となったネルソン・マンデラは、乱れた国家を統一するために南アのラグビー・チーム、「スプリングボクス」の力を借りることにした。超弱小チームな彼らを強靱なチームにし、1年後のワールドカップで優勝を目指すためだ。そしてこのチームの活躍をもって、パラバラになってしまった南アを一つにまとめようとするのだが……。 文:横森文 |
|
||||










