『ソング・サング・ブルー』 人生の素晴らしさを力強く謳いあげた大傑作

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は、かつて夢を追った男がニール・ダイヤモンドの歌まねで再起をかけ、人生のどん底から再び夢を追い求める物語。ある夫婦の数奇な運命の実話に基づく『ソング・サング・ブルー』をご紹介します。
トリビュートバンドとして成功していく夫婦

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トリビュートバンドという存在をご存知だろうか?
特定の著名アーティストやバンドへの敬意を込め、楽曲やパフォーマンス、衣装などのビジュアルまで再現する専門バンドのことだ。
それはコピーバンドというのではと思う方もいるだろうが、コピーバンドは主に技術向上や趣味の範疇で好きなミュージシャンの既存の曲を演奏するもの。対してトリビュートバンドは、対象アーティストへの愛を表現し、世界観を完全再現することに特化している。似て非なるものなのだ。もちろん日本の「ものまね」の観点とも違う。
実際、ビートルズやクイーン、レッド・ツェッペリンなどのトリビュートバンドの中には、世界的に活躍しているグループもある。想像もつかない奥深い音楽の表現の世界がそこにはある。

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『ソング・サング・ブルー』のヒュー・ジャックマン演じるマイクも、そんなトリビュート・バンドを率いることになる男性だ。
そもそもマイクは、もともと自分の音楽でミュージシャンとしての成功を夢見ていた。しかしその夢は叶わず、アルコール依存症にもなり、家族も失い、自分の人生を棒に振ってしまった。長い時間をかけて依存症は克服したものの、音楽方面では、誰かの“歌まね”でしかステージには立てない状況にあった。唯一の血を分けた娘アンジェリーナとも正直、あまりうまくいっているとは言い難い。つまりマイクは人生のどん底にあった。
そんなマイクに転機が訪れる。それが“ものまね”のステージに立っていた女性・クレア(ケイト・ハドソン)との出会い。
彼女の歌声やその存在感に惚れこんだマイクは、彼女とつきあうようになり、やがて2人はバンドを結成。そしてニール・ダイアモンドのトリビュートバンドとして活動を始める。
日本ではあまりニール・ダイアモンドの名はなじみがないかもしれない。でもニールはアメリカでは知らない者がいないくらい、有名なシンガーだ。
似せるのではなく、あくまでも自分たちが思う、自分たちのニールを表現しようと決め、彼らはバンドをスタートさせたのだ。
年齢を経ても恋すること夢を目指すことはできる!

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ここで面白いのは、おそらく音楽をやった人にしかわからないような高揚感だ。初めて互いの歌や楽器を合わせて、それが馴染んだ時の背筋がゾクゾクするような感覚が、この映画にはハッキリと記されている。
ヒュー・ジャックマンはもともとミュージカルなどを舞台でずっとやってきたし、ケイト・ハドソンは最近、歌手宣言をして、本格的に歌を始めていた。そんなふたりだからこそ、この音楽センスが合った時の高揚感を、表現として醸し出すことができているのだろう。
そんな高揚感と共に描かれるのが、2人の年齢の重ね方だ。
途中でクレアが「この年になってからの恋愛なんて、そうあるもんじゃない」というような言葉を、ふと漏らす場面がある。ティーン真っ盛りな大きな娘も、まだ12歳くらいの息子も抱えている彼女の毎日は、本当におばちゃんそのもの。
子どもたちを怒ったりする日常はいかにもパワーある母という感じ。かたやマイクにも大きな娘アンジェリーナがいて、ダメ父親というレッテルを貼られながらも、懸命に頑張っている。しかもアルコール依存症に再びはまらないよう、ちゃんとグループセミナーにも通い続けている。
そう、ふたりとも音楽という夢は持ち続けながらも、それだけでは食べていけないという現実をたっぷり味わってきている。酸いも甘いも体験してきて、それでもなお夢に向かって突き進もうとする姿が、観ているこちらを胸熱にさせてくれるのだ。
今回、ふたりの小じわまでがハッキリ見えるほどカメラが寄り、顔がスクリーンいっぱいに映しだされる(役者によってはNGを出したくなるほどのドアップ)。
でも、年齢を重ねたとしても、人はいつからだって仕事でも恋でも頑張ることができる。そのことを力強く教えてくれるのだ。
だからこそトリビュートバンドとして大人気を博し、本家ニール・ダイアモンドのコンサートに外れたファンがみんな観にきてしまうほどの成功を収めた2人の姿がまばゆいし素晴らしい。
映画とわかっていながらも、すごく応援したいという気持ちが湧き上がってくるのだ。本当に目の前で「推し」の成長を見ているような、そんな気分になってくるのである。
人生はあがいてあがいてあがくもの

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だが、映画はそこから思わぬ展開をし始める。
ネタバレになってしまうから具体的には言えないが、信じられないほどに2人は絶頂期からどん底へと突き落とされる。
こんなことがあっていいのか。神様はどこにいる!? と言いたくなるほどに。
そしてここまでどん底にきても、人はあがくものなのだ。
あがいてあがいてあがき抜いて。それでも頑張り続けたものにしか、成功というものは訪れないのかもしれない。幸せというものも。そんなことを感じさせてくれる。
こんな展開、ありえないと思うだろう。こんな脚本を書いたって、絶対、NGをくらうようなストーリーだ。けれどこれは“事実”。なぜならこの映画そのものが、あるドキュメンタリーをベースにして作られたものだから。
数奇な運命としか言いようがないが、それでも人間は命尽きるまであがいてあがいてあがくしかない。「生きる」ということは、みっともないくらいにあがくことなのかもしれない。
でもそれでも人間が生きることは素晴らしい。
生き続ければ愛を、笑いを、幸せを感じることができる。どうせいつかは誰もが死と向き合わなければならないのだから、それまではどんな状況であれ、生きることに精一杯あがき続けろ。そういうことを語ってくれる。
まるで両頬にビンタをくらうような衝撃と激励をもらえる作品なのである。
YouTubeなどで、この作品のベースとなったドキュメンタリーは見ることができる(ただし英語版)。
それを見れば、この映画がどれだけドキュメンタリーを、真実の物語を忠実に再現していたかがわかるはずだ。
でもそちらを見るより、まずは映画を観ていただきたいと思う。それはこの映画が自分の甘えた考えに、必ず喝を入れてくれるから。
もし落ち込んでいて、人生を投げ出したくなっている人がいたら、絶対に観ていただきたい。必ずこの作品はあなたを救ってくれるはずだ。手痛いビンタをくらうような気持ちになったとしても。「生きる」ことに前向きにさせてくれる、本当にワンダフルな作品。映画館で集中して見るべき一本だ。
- Movie Data
監督・脚本:クレイグ・ブリュワー
原作ドキュメンタリー:グレッグ・コース
出演:ヒュー・ジャックマン、ケイト・ハドソン、マイケル・インペリオリ、エラ・アンダーソン、キング・プリンセスほか
配給:ギャガ
絶賛公開中
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- Story
かつて夢を追い、音楽にすべてを捧げて生きてきたマイク。しかし今や、誰かの“歌まね”でしかステージに立てないというのが現実。それでもマイクは音楽に対してこだわりを持ち、情熱をくすぶらせていた。そんな彼の運命を変えたのは、同じ“歌まね”のステージに立っていたクレアという女性だった。
彼女もまたマイク同様、音楽への情熱を秘めた女性だったのだ。そこで2人は敬愛するニール・ダイアモンドのトリビュートバンドを結成。小さなガレージから始まった2人の歌声は、やがて街の人々の心を掴み、一目置かれるような存在になっていく。だがその矢先、突然の悲劇が彼らを襲うことに…。
文:横森文
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横森 文(よこもり あや)
映画ライター&役者
中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。
2022年4月より、目黒学園で戯曲教室を展開。
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