子どもたちのための働き方改革 横浜市管理職・主幹教諭研修「みんなの働き方フォーラム」
横浜市では、今年度の小学校教員採用試験の倍率が1.9倍であり、随時募集中の臨時的任用教員も思うようには集まっていない状況である。持続可能な学校教育のために、2017年度から人材マネジメント・人材開発・組織開発を専門とする立教大学の中原淳教授と、教員の働き方に関する共同研究に取り組んでいる。
2020年1月17日、1年目に行った働き方の実態や意識の調査と、2年目にモデル校で、3年目に86校に拡大して実践した「学校ぐるみの働き方改革」の成果を報告するとともに、教職員のこれからの働き方について考える研修が行われた。
部活顧問がやりたくて教員になったという月100時間以上の時間外業務をものともしない教員や、自分のために時間外業務を減らすのは罪悪感があるという教員たちの意識をどのように変えていったのだろうか。
- 横浜市の教職員の働き方に関する現状や課題を捉える。
- 自校の環境や組織を見つめ直し、これからの教職員の働き方について考える。
- データを活用し、みんなで決める働き方の研修を理解する。
【プログラム】
- 講義「働き方改革2.0 自分たちの働き方を、自分たちで決める」
- 講義・演習「研究データから見えた働き方改革の鍵」
「新任校長研修の内容・結果~<見える化×自己決定>型と、その推進のための研修~」 - シンポジウム「実践事例から考える働き方改革のポイント」
- まとめ「ご挨拶にかえて」
1.講義「働き方改革2.0 自分たちの働き方を、自分たちで決める」
立教大学 経営学部 教授 中原 淳 氏
なぜ「働き方改革」に取り組む必要があるのか。
組織経営サイドからの理由:人手不足の解消
日本生産性本部が実施した2018年度の新入社員を対象とした調査では、「残業が多いがキャリア・能力を高められる職場」よりも「残業が少なく、平日でも自分の時間を持て、趣味などに時間が使える職場」を望む回答が過去最高 (75.9%)となった。働き方に問題のある職場には若年層が集まらない。
出口での人材の流出を防ぐためには、育児や介護などの事情がある人が働き続けることのできる職場づくりが大切。全員労働参加型の社会をつくるために、残業を見直す必要がある。
働く個人サイドからの理由:「長時間」労働から「長期間」労働の時代へ
じゃあ、どうやればいいのか?
長時間労働は個人の努力では解消しない。職場ぐるみの取り組みが必要。
日本の平均労働時間は、世界トップクラスの年2000時間。残業の多くは職場や管理職など組織の要因で発生している。個人要因のトップは「残業代に生活が依存しているかどうか」だけであり、本人の努力不足では説明できない。書店には残業しないための仕事術や、時間当たりの生産性を高めるためのスキルなど、労働者の仕事術を高める書籍が並ぶが、中原氏は残業を個人の責任論とする風潮を危惧しているという。仕事のスキルを高めるほど、周囲から頼られ、仕事がより一層集中してしまうという皮肉な結果となる場合が多く、「長時間労働は個人の努力では解消しない。職場ぐるみの取り組みが必要」と断言した。
職場ぐるみで取り組むには、インタビューやアンケートなどによって調査し、分析結果をフィードバックすることで問題の解決に当たる組織開発の手法「サーベイフィードバック」が有効だという。「サーベイ=調査」した結果を、「フィードバック=見える化」することによって、問題意識を共有し、対話するきっかけをつくり、みんなで決める働き方へとつなげる。ポイントは下記の3つだという。
長時間労働の問題を解決するための3つのポイント
1. コピペしない民間企業や他校でやっている手法をそのまま取り入れてもうまくいかない。同じような小学校や中学校でも地域や規模が違うと環境や問題も異なり、そのまま当てはめてもズレが生じてしまう。
2. 時間に境界をつくるだけでなく、仕事を見直す
強制消灯やパソコンの強制シャットオフなど労働時間の上限を決めるだけでは根本的な解決につながらない。仕事そのものを見直す必要がある。
3. 自分たちの働き方は、自分たちで決める
働き方を「見える化」し、ワークショップやミーティングで議論を深め、意識を合わせて、働き方を自分たちで決める。自分たちで働き方を見直すことで、活動が継続しやすい。
研究データから見えた働き方改革の鍵
過労死ラインを超える教員が4割以上
立教大学大学院(中原淳研究室博士後期課程) 辻 和洋 氏
また、「定時に退勤することができない雰囲気がある」「業務時間を気にせず働いていた人物(先輩など)に影響を受けた」と答える教員は労働時間が長い傾向があり、長時間労働の文化が継承されていることを示す。長時間労働の文化を断ち切るためには、職場全体で働き方を見直す必要があることが分かる。
ここで実際に、会場の出席者がデータをもとに感想を話し合う時間をとった。「在校時間を労働時間とすると、確かに長時間労働かもしれない」「仕事が終わった瞬間に帰るのは難しい」「教員同士のコミュニケーションが不足している」「転職してしまった話も聞く」などと互いの状況を話し合った。
横浜市の取り組み~見える化×自分たちで働き方を決める~
新任校長研修を通じて時間外労働を月あたり平均5時間削減
帝京大学教職大学院 講師 町支 大祐 氏
サーベイフィードバックによる働き方改革を、新任校長研修(4月、6月、10月に実施)を通じて86校で実施。校長が研修で進め方を学び、校内で対話、実践するサイクルを繰り返すことにより、参加前と比べて時間外労働を減少させ、働き方の改善に前向きな雰囲気をつくることに成功した。
ツール | 内容 |
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働き方「見える化」システム | 校内のWebシステムを利用した「見える化」システム 30問程度の簡単なアンケートに答えるだけで、横浜市全体の平均と自分の学校の数値、年代別の意識の違いなどを自動的にグラフ化し、簡単に比較できる。 |
働き方改革推進DVD | 調査結果を報告するだけでなく、「先生、自分の子どもと遊んでいますか。先生としての幸せ、自分の幸せ、どちらもかなえられる働き方を考えてみませんか」と、子どもたちが教員に呼び掛ける内容となっている。 |
町支氏は「グラフやDVDによりデータをビジュアル化することで、現状を知り、対話の土台作りに役立った」と述べた。
シンポジウム:実践事例から考える働き方改革のポイント
「会議の短縮」「学校行事の見直し」「部活動の改善」
横浜市立小田中学校 池田 ゆかり 校長
同校で実施した事前のアンケートでは、ストレスを感じている教職員が88%と圧倒的に多く、若い世代は「柔軟な考え方ができにくい雰囲気がある」と考えていることが分かった。ストレスの要因としては「授業の準備をする時間がない」「振り返りをする時間がない」「新学習指導要領について学ぶ時間を持てない」など、常に時間に追われているように感じる結果だった。
そこで小田中学校では、校内に働き方改革のためのプロジェクトチームを結成。プロジェクトチームは未就学児のいる女性教員や部活動に熱心な教員、事務職員など、様々な立場のメンバーで構成した。このチームが中心となって準備し、7月に全教職員参加のワークショップを実施。全職員で出し合った問題点や改善案、要望を整理して改善計画をたてた。
会議については資料を読み上げる時間が長く、無駄が多いと感じている意見が大半だったため、会議資料に終了時間を記載して、必要な部分のみ説明し、タイマーを鳴らして時間を管理するようにした。会議のスタイルも、自由に意見を出しやすいテーブル会議に変更。人との距離感が近いテーブルではコミュニケーションも取りやすく、現在では会議は1時間で終了できるようになった。会議終了後には日ごろの気づきを振り返る姿も見られるようになり、時間を有効に活用できているという。
学校行事は、長年慣習的に続けられてきたものを中心に検討。学期末に向けて校務が立て込む11月下旬に、地域と学校の協働事業として行っている「スポーツ交流会」は、地域や小学校と協議した結果、教員の負担が減るように、交流会のあり方を見直しする方向になった。年末の「部活動対抗駅伝」についても、公道を走ることから安全管理について以前から不安の声があがっていた。職員の中には反対の声もあったが、安全な運営ができない状況は変わらないため、中止に至った。そのほか、部活動については日没時間にあわせて1月後半と2月前半の計4週間は下校時間を30分繰り上げることとした。
学年主任・教務主任への集中していた業務を若手教員に分散することで若手の教員のやりがいにもつながったと締めくくった。
※上記「スポーツ交流会」は、地域の方と、本来の「交流会」の目的はすでに果たせたという共通理解を得て、来年度より「廃止」になったそうである。
実現可能なことは早急に対処
横浜市立師岡小学校 川村 智子 校長
師岡小学校は児童数1,086人、職員数約60人の大規模校。教育に対する教員の熱意は高く、授業を大事にしている特徴がある。ただし事前のアンケートでは「業務を行ううえでのストレスを感じている」「仕事に不安を感じている」「仕事を辞めたいと思うことがある」「業務分担をし助け合う雰囲気がない」との回答が多く、川村氏は「私が思っていたイメージと、職員の本音が違っていてショックを受けた」と振り返った。
アンケートから浮かび上がった「時間外業務の意識が低い」「時間外業務を減らすことに罪悪感がある」「既存のルールに縛られ柔軟性がない」「非効率な会議が多い」などの課題を教員と共有し、改革に取り組んだ。既存の衛生委員会を活用してコアチームを結成。ワークショップでは、同じ経験年数ごとにグループを分けて話し合い、ポスターにして発表した。そのうえで、スピード感を重視して実現可能なことについては早急に対処。学校用グループウェアの導入、コ・ワーキングテーブル(共有テーブル)の設置、定時帰宅の声掛け、児童の定時下校の徹底、会議時間の記録を実施した。教材の共有ができていないという意見を受けた際には外部講師を招いてレクチャーしてもらい、整理整頓にも意欲的に取り組んだ。非常勤教員の机を活用したコ・ワーキングテーブルはミーティングや教材研究などに使われ、初任者を指導する時間が増えるなど、職員室が協力し助け合う雰囲気になったという。
改善をその場限りのものとしないため、今後は長期的な改革として、行事や会議の精選、アウトソーシングのための予算計画などに取り組み、働き方改革を継続的に進めるとした。
働き方改革は子どもたち、次世代のため
今回の働き方改革のプロジェクトで最初に手応えを感じたのはいつですか?
コーディネーターの中原氏が「今回の働き方改革のプロジェクトで最初に手応えを感じたのはいつですか」と質問すると、池田氏は「初めは先生たちにどうやってアンケートを依頼しようかと、顔色をうかがう感じだった。その空気が変わったのは、校内でワークショップをしたときだった。「午後の授業は無しにする」「部活顧問は保護者にやってもらう」といった発言も出て、いろんな意見を自由に出せる雰囲気が生まれ、みんなで働き方に対する意識を共有できた」と答えた。「働き方改革の仕事が増えた」と言われるのではないかと思っていたが、逆に「校長先生、頑張ってるね」と声をかけられるという。
「教育学部を目指す学生が減っている、子どもたちのなりたい職業のランキングベスト10にも先生が入らない、そういった事実から気づきを得た教員も多かった。データで知る現実が、自分たちの学校につながり、危機感を持ったことが改善に向けて大きな力となった」と振り返った。
川村氏は「職員会議の時間を初めて設定したときに、予定時間より早く終了することができた。結果が出た瞬間は、みんなで喜びを感じ、やれるかもしれないと感じた。なるべく早く達成感を得ることが大事」と振り返った。
当初「自分自身が子どものためには時間をかけて働くことは仕方がないという意識があった」と語る。「教師は大変だけどやりがいのある仕事だから仕方ない」と考える教員の意識が変わったのは働き方改革「推進DVD」を見たことがきっかけだった。初めは残業を減らすことに消極的だった教員たちも、「校内の教員全員がいっぱいいっぱいの状況で1人倒れたら、子どもたちに必要な授業を提供できなくなるかもしれない」「自分の働き方をモデルにしている後輩や、自分ような先生になりたいと言って教員を目指している教え子が長時間労働で体を壊してしまうかもしれない」と、子どもたち・次世代のためにも、今の状況を変えなければいけない、本気で考えなければという意識が共有できたという。
まとめ「ご挨拶にかえて」
日本の社会人は世界一「学ぶ時間がない」
記者の目
子どもたちの指導や教育にやりがいを感じている教員が多い印象で、単純に労働時間を短縮することができない問題を感じた。子どもたちが社会に出たときのために、教員を目指す若者の未来のために長時間労働の改善に取り組む姿勢を見せるのも教員らしさの表れだ。中原氏の「働き方を見直して、働く期間を延ばそう」という言葉が示すように、人生100年時代を完走するために健康で学びながら働く時代がきている。横浜市では今後、働き方「見える化」システムと、働き方改革推進DVDを用いた「学校ぐるみの働き方改革」の実践を全510校へ拡大する予定である。
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構成・文・写真:学びの場.com編集部
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