組織開発の「未来」の探求!?:対話はどうなる?サーベイは変わる?組織はどうなる?
働き方改革が叫ばれる昨今、再び「組織開発」が脚光を浴びている。既に、これまでの研究成果に基づき、ツールとして多くの企業や団体で採用されている手法ではあるが、これからの時代、これからの生き方に必要な組織開発のあり方については、あまり議論されていない。本イベントでは、「組織開発の未来」に焦点を当て、3名の研究者・実践者のリポートを中心に、参加者を交えた活発な意見交換が行われた。
【開催概要】
日時:2019年10月16日(水)13:00−17:00
場所:内田洋行 ユビキタス協創広場 CANVAS
主催:一般社団法人 経営学習研究所
協賛:内田洋行教育総合研究所・知的生産性研究所
【プログラム】
イントロダクション&主催者挨拶
1.いまさら聞けない組織開発の基礎知識
2.サーベイによる「見える化」型組織開発の「未来」
3.組織開発の「未来の舞台」~M&Aという新たな活躍の舞台~
4.現場への落とし込みワークショップ
イントロダクション&主催者挨拶
本イベントを主催した経営学習研究所は、「自ら学びたいと願う人が、学びを深める現場」として企業や組織の枠を離れて学びたい人を支援している団体で、様々な有志によりあらゆるテーマのイベントを開催している。
「組織開発の未来」をテーマにした今回は早い段階から予約が埋まり、100名以上の参加者で会場は満席だ。理事の板谷和代氏は「ただ話を聞いて終わるのではなく、参加者同士が対話をし、次に向けて活かしてほしい」と期待を述べた。
いまさら聞けない組織開発の基礎知識
齊藤 光弘(國學院大學 経済学部 特任助教/合同会社あまね舎代表)
組織開発とは?
今日の日本で組織開発が求められる背景
1.職場におけるダイバーシティの高まり
年齢、性別、国籍などが多様化し、働く上での価値観が多様化。
→それぞれが働きやすい職場を作り、仕事を通しての楽しみを見つけてもらうことの重要性が増す。
2.個業化、ITによるワークスタイルの変化
専門職に徹した業務や、ITの普及による在宅ワークが一般的になるなど、必ずしも対面を前提にしない業務の割合が増加。
→職場の中でのコミュニケーションをどうとるべきなのかが議論されている。
3.課題の複雑化によるステークホルダーの多様化
異なった価値観や目的を持ち合わせた複数のステークホルダーが協働し一つの課題に向き合う場面が増加。
→いかにそういったグループをまとめ上げるのかが課題として上がっている。
今まで組織開発といえば、ある程度“同質の”組織内における一体化や業務課題の改善の場面で用いられることが多かったが、現在では“多様な”価値観を持ち合わせた個人や組織間での活用が求められているのだ。
組織開発の歴史から読み解く、未来への展望
日本において1960年代に始まった組織開発は、70年代に一気に浸透したものの、バブル期以降、衰退期を迎えた。その背景には世の中の量的な需要拡大に追いつかず、組織間の対話よりも、トップダウンで行なわれた品質管理の改善や現場の業務改善など業務過程の抜本的な見直しなどが優先されたことにある。
そこからは組織開発にとって一時“冬の時代”へ突入し、製造業における現場の改善活動やトップダウン型の組織変革が行われるようになった。2010年代に入り今に至るまで、組織開発はブームとなり、様々な企業で組織開発推進の動きが見られている。
ここまで日本の組織開発の歴史を説明し、さらに齊藤氏は会場に投げかけた。
「現在の第二次組織開発ブームを、単なるブームに終わらせないためには、どんな取り組みを加えていく必要があるのかというのが、今日の場の“問い”です。組織開発というと人間関係を良くすることに変調しがちですが、事業戦略として結果を出すことに組織開発を“同期”させることが必要です。私達はどんな“問い”を大切にする必要があるのかを考えていただきたいと思います」
未だに同調圧力の強い日本の組織風土のなかで、一体どんな組織開発がふさわしいのだろうか。その視点を持って本日のセミナーに挑んでほしいと次の登壇者にバトンを渡した。
サーベイ型組織開発のこれから
中原 淳(経営学習研究所 代表理事/立教大学 経営学部 教授)
サーベイ型組織開発とは?
サーベイを使用しても、組織開発の基本的なステップはすでに斎藤氏が既出したものと変わらない。「1.見える化、2.対話、3.未来づくり」の3ステップだ。
ステップ1の「見える化」でサーベイを行い、組織の課題や事実を明らかにしていく。中原氏は「見える化」を氷山に例え、見える部分を「成果」、そして見えない氷山の下には、人間の関係性にまつわるものが並ぶという。
「やり取り、意思決定、手順、役割分担など……こういった人間の関係性は目に見えません。その氷山の下にスポットライトを当てていくことが組織開発であり、その手段としてサーベイを使います」と、組織開発をする上でのサーベイの位置づけを確認した。
また、サーベイで見える化されたものは、フィードバック(対話し、決めていく)をすることで組織開発の仕組みを回していく。しかし実際の現場では、調査はしたもののフィードバックミーティングが行なわれないことが多く、その場合の効果は低い。サーベイの結果について対話し意味づけがなされて初めて、組織開発が促されると念を押して説明した。
事例紹介:横浜市の小学校教員の80時間超えの労働時間を減らす
横浜市×中原研究所プロジェクト サーベイフィードバック
続いて中原氏は「サーベイフィードバックで、小学校教員の長時間労働をいかに減らすか」に取り組んだ横浜市とのプロジェクトを紹介した。横浜市内の小学校では1日平均11時間32分の勤務時間、残業は月に80時間以上だったという。そこで中原氏は、サーベイによって職場ぐるみで問題を見える化しながら、働き方を変えていくという組織開発からのアプローチを行った。プロセスの概要は以下だ。
[横浜市内の小学校に行ったサーベイ型組織開発のプロセス]
①教員に対する30問アンケート(サーベイ)の実施
②全市の平均と自校のデータを数値化して比較(グラフやデータ集計)
③リーダーを中心にフィードバックミーティングを行い、ワークショップを実施
④決めたことの実行
プロセスを実施するにあたり、中原氏は次のことが大切だと話した。「私たちはこういったプロセスの “やり方”を指導しました。ここで大切なのは、フィードバックミーティングの“やり方”です。先生方には30問のアンケート結果について話しあってもらうわけですが、リーダーとなる先生のデータ開示の仕方次第で、その後の対話や未来づくりが全て変わってしまいます。つまり同じサーベイ結果でも最終的に、“やる”学校と“やらない”学校は必ず分かれます」
組織開発を左右する、効果的なフィードバック方法とは
サーベイの結果ではなく、フィードバックのやり方や伝え方によって組織開発が大きく変わるとは驚きだ。「サーベイは“心理戦”です。心と心のぶつかり合いです」と断言する背景には、先生方の残業をなくすことに対する“罪悪感”があるからだという。
効果的なフィードバックミーティングにするためには、まずはねぎらいの言葉をかけ感謝を述べること。そして、「やめましょう」「減らしましょう」というネガティブワードを使わず、自己否定につながるような発言を避けなければいけない。
「今まで先生方が頑張ってきたことを無駄にせず、持続可能にしましょう。そのために何ができるでしょうか」この言葉一つでフィードバックミーティングは有効に作用する。サーベイと耳にすると、高度な分析が必要に感じる方もいるかもしれないが、大切なことはフィードバックの“やり方”であり、非常に高度な意識付けが鍵なのだ。
サーベイ型組織開発のこれから
テクノロジーの発展、IT化が進む中でサーベイによる「見える化」はより高度で、簡単なものになった。そこで疎かにしてはいけないのは「対話」だ。サーベイで見える化したものを、AIが分析をしてそのまま「未来命令」をし、対話のプロセスが抜けてしまうことも留意しなければならない。AIはデータを過去のパターンから分析して「命令」を作るだけであって、そこには理由が存在しないのだ。
「働き方を考える上で、対話から逃げてはいけません。自分たちの未来は自分たちで決める。そのときにサーベイを役立ててほしいと考えています」と中原氏は自身のプレゼンテーションを終えた。
この後会場では、中原氏から投げかけられた「組織の中での対話をどうやったら促せるのか、また組織の中での対話を阻害するものは何か」の問を投げかけ、ディスカッションの時間となった。
組織開発と対話の未来
永石 信(中京大学 経営学部 教授)
安心安全な場がなければ、対話を深めることはできない。
永石氏は対話について「その場に集まった人たちが、それぞれの現状を意味づけし、個人や組織が見てこなかった側面を味わい向き合い協働するベースを築き合うプロセス」と定義。さらに対話の目的について、問題を解決するためだけに対話をするわけではなく、どんなイシューを挙げても大丈夫という“安心安全な場”を創り上げることも大切」と述べた。
安心安全な空気感がない限り、何が問題なのかを語り合う上では、本質的でないことに問題の焦点が当てられてしまうかもしれない。問題解決も対話の目的ではあるが、その場にいる人が心を通わせて対話を深められる状態であることは必須条件なのだ。
組織開発担当者を、事業戦略を共に考えるパートナーに。
続いて永石氏は北米で発表された論文を紹介して未来についての課題感を述べた。まずは組織開発の実践者が高齢化し、今後この分野における人材が減少傾向にあること。コーチングや人事マネジメント領域の人材は流出が激しいのが現状だという。
また、経営トップは組織開発担当者について経営問題を議論するパートナーとみなしておらず、重要な意思決定の場に居合わせないことも多い。事業戦略の成果を出すためにも、組織開発担当者は経営トップと同じ目線で語り合えるパートナーとみなされることがとても大事なのだ。
組織開発の「未来の舞台」M&AにおけるPMI
齊藤 光弘(國學院大學 経済学部 特任助教/合同会社あまね舎代表)
組織開発の観点からみたM&Aの難しさ
PMI(Post Merger Integration)とは、M&Aで買収し、合併した組織の統合プロセスのことを指す。それぞれの企業文化が交わるには摩擦がつきものであり、M&Aの難しさだ。ここでは、そういったM&Aの課題に対し、組織開発がどのように役立てられるのかについて述べた。
最近では一般的になったM&Aという言葉は「合併と買収」の略である。その目的は新たな事業開発やノウハウの共有といったシナジー効果を期待するものであるが、実際にアンケートをとると「M&Aが成功した」と回答するのは全体の36%。齊藤氏は「私にとってこの数字は、もっと伸ばす余地があるのではないかと思っています」と見解を述べた。
ではなぜM&Aがうまくいかないのか、難しさのポイントは企業文化の相違や、被買収企業に対するマネジメント能力の欠如など、人的なものが目につく。被買収側社員は事実を受け入れるまでに心理的な葛藤を抱え、理解するまでには時間がかかるものだ。とはいえ、心理的で潜在的な対立構造は、時間が解決するものではない。社員一人ひとりの心理的なものが複雑に絡み合い、何年経っても埋めることのできない溝にまで発展しかねないのだ。
組織開発の観点を活用したPMIのポイント
齊藤氏は「カルチャーフィットが思った以上に重要です。能動的で意図的な働きかけをしていかない限りは、どんどんミスコミュニケーションが増えて、より対話しにくい状況になります」と、M&AにはPMIについて最初から考える必要があることを伝えた。
いち早く社員のストレスを取り除き、被買収側社員の抵抗感や疎外感といった“損”な気持ちを払拭する。そして何より大切なのは、買収側企業と被買収側企業にいかなる差があっても、互いの企業文化を持ち寄り、一緒に対話し「私たちの会社」として新しい組織の形を描くことであると、PMIの展望を語った。
現場への落とし込みワークショップ
結びの挨拶
本イベントに協賛し会場を提供した内田洋行の大久保昇社長は、経営者の目線で組織開発の重要性を語った。
「かつて少子化について議論が巻き起こったとき、『教育事業に未来はないのでは?』と新入社員に質問を受けたことがあります。私は『人が減ったら投資が増える。先進国は皆そうだ』と答えました。実際に文部科学省の予算はほとんど減っていませんし、家庭の教育費は増え続け、子ども一人当たりの投資額は増えています。日本の労働生産人口についても、2020年で頭打ちになることが予測されていますので、やはり一人あたりの生産性を上げることが重要になるでしょう。そのためには、教育投資や組織開発が不可欠です。経営者としての課題感はみなさんと一緒ですので、ぜひ日本の組織開発をみなさんと一緒に取り組んでいきたいと思います」
以上を結びの言葉とし、本セミナーは終了した。
記者の目
終始和やかに、会場を巻き込みながら活発な意見交換がなされているのが印象的なセミナーだった。教育現場でも長時間労働の見直しが叫ばれているが、実際にどれだけの学校が取り組めているのだろうか。今回の記事が、何か教育現場の働き方について見直すきっかけになり、生徒も先生も職員も全ての人が、居心地よく過ごすことのできる場になることを願っている。
構成・文・写真:学びの場.com編集部
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