意外と知らない"21世紀型スキル"(vol.1)
「21世紀型スキル育成授業」を行うためにタブレット端末を導入というニュースを時々見かけます。では、"21世紀型スキル"とはどのような能力なのでしょうか。そして、どのように育成し、評価するのでしょうか。本コーナーでも2013年9月に「『21世紀型能力』とは何か」という記事で取り上げていますが、今回から4回にわたり、もう少し詳しく紹介してみたいと思います。
社会の変化スピードが速く、インターネットで誰でも膨大な情報を手に入れることができる現代に おいては、豊富な過去の知識よりも、次々に出現する新しい状況に対応して自ら考え判断し行動する能力を持っていることが、市民として生き抜くためにも、組 織としても国家としても必要となります。学校の授業はどのように変わっていくことが求められているのでしょうか。
第1回は、アメリカのSCANSリポート、経済産業省の「社会人基礎力」を参考にして、労働者として求められる能力について考えてみたいと思います。
社会人に必要な能力の見直し~「SCANSリポート」
21世紀型スキル」の基となる概念は、1992年にアメリカで誕生しました。
アメリカでは、1980 年代に製造業の国際競争力の低下が大きな問題となり、政府、議会、民間、学界などが協力して、その原因と対策についての調査が相次いで行なわれました。調 査結果を受けて、1991年4月、ジョージ・ブッシュ大統領のイニシアティブの下、「世界レベルの教育水準達成を目指す」という国家戦略が表明され、 1992 年に当時の連邦労働省長官の指導で、「必要なスキル獲得に関する労働省長官委員会」が「SCANS (The Secretary's Commission on Achieving Necessary Skills)リポート」を策定しました。その中で、今後50年、産業構造がどんなに変化しても必要になる職業能力を「基礎力」とし、五つのコンピテン シー(能力)と三つの基本スキルを職場で求められる能力として明確化すると共に、産学連携によりそうした能力を学校段階から養成していくこと等が提言され ました。
たくさんありますが、五つのコンピテンシー(能力)と三つの基本スキルを一つずつ紹介します。
<五つのコンピテンシー>
- Resources(資源配分能力)
:目的を達成できるように時間、お金、材料、場所、人材を配分する能力 - Interpersonal(人間関係能力)
:チームに貢献したり、人に教えたり、顧客を満足させるサービスができたり、リーダーシップを発揮したり、合意できるように交渉したり、多様な人々と働いたりする能力 - Information(情報収集・整理能力)
:情報を収集し、評価し、体系化し、維持し、解釈して伝えたり、コンピュータを使って処理したりする能力 - Systems(組織理解・設計・改善能力)
:社会や組織、技術の複雑な相互関係を理解し、観察して改善していく能力 - Technology(技術操作能力)
:コンピュータなどのツールを選び、適切な手順で使い、メンテナンスし、そのトラブルに対処する能力
<三つの基本スキル>
- Basic Skills(基礎スキル)
:マニュアルや指示書、グラフ、スケジュール表、リポート、手紙、フローチャートなどのドキュメントを読み書きするスキル
:実生活の中で整数やパーセントの概念を使って計算機を使わずに計算できたり、図表やグラフを使って数量を伝えたりするスキル
:話を聞く能力。聞き手や状況に応じて話すスキル - Thinking Skills(思考スキル)
:想像したり、情報を結び付けたりして新しい可能性などを創造するスキル
:リスク等を考慮して複数の選択肢から意思を決定するスキル
:問題を認識して原因を明らかにし解決するスキル
:想像するスキル(レシピを読んで、味を想像するなど)
:新しい知識やスキルを学び、新しい状況に対応するスキル
:ルールや原理の背景にあるものを推し量ったり、論じたりするスキル - Personal Qualities(人間的資質)
:責任感、自尊心、社会性を持つこと
:自己が持つ能力を正しく評価して、管理する資質
:決定や行動に際して誠実であること
どのように育成するのか
アメリカでこのような能力を育成するために小・中学校で行われている取り組みを紹介します。地域によっては高校の退学率が下がり、就職率が向上したという実績データもあるそうです。
人間関係能力育成授業の例としては、子ども達がぬいぐるみの取り合いをしている写真(紙芝居になっている)を見せて、ゆっくりと状況を説明しながら、このような状況になったときの解決策をクラスの中で話し合わせる授業などが行われているそうです。
また、毎週月曜日に「問題解決委員」をクラスで1名任命し、「問題解 決委員」は工事現場で着るようなユニフォームを着て、バインダーを持ち、児童の間で問題が起これば、まず問題解決委員に相談をするようにするという取り組 みをしている学校もあるそうです。委員になった児童は、自分で解決できる問題と、大人に相談する問題とを切り分け、相談内容と解決策をバインダーにある シートに記入して、1日の終わりに教師に提出します。この活動ではユニフォームを着た問題解決委員は得意気な様子で、教師は普段あまり発言をしない児童に この役をやらせ、自信をつけさせることにも役立っているそうです。
情報収集・整理能力育成授業の例としては、国語の授業で、意思決定の ステップ(選択肢を明らかにし、メリット・デメリットを見極め、選択する)を学んだ上で、野球観戦と両親から頼まれた弟の世話との間で葛藤する少年の物語 を読み、先に学習した意思決定のステップに沿って、物語に書かれた情報を整理する授業などが行われているそうです。
社会人基礎力とは
我が国においても2006年、1990年代のバブル崩壊期以降、人をじっくり育てる余裕をなく した企業からの学校教育に対する要求を受けて、経済産業省が大学で育成すべき能力として、「基礎学力」「専門知識」に加えて、次の三つの能力(12の能力 要素)からなる「多様な人々とともに仕事を行っていく上で必要な基礎的な能力=社会人基礎力」を定義しました。2008年からグッドプラクティスの表彰も 行っています。「ストレスコントロール力」などは、いかにも日本らしいのではないでしょうか。
- 前に踏み出す力(アクション)~一歩前に踏み出し、失敗しても粘り強く取り組む力
(1)主体性:物事に進んで取り組む力
(2)働きかけ力:他人に働きかけ巻き込む力
(3)実行力:目的を設定し確実に行動する力 - 考え抜く力(シンキング)~疑問を持ち、考え抜く力
(4)課題発見力:現状を分析し目的や課題を明らかにする力
(5)計画力:課題の解決に向けたプロセスを明らかにし準備する力
(6)創造力:新しい価値を生み出す力 - チームで働く力(チームワーク)~多様な人々と共に、目標に向けて協力する力
(7)発信力:自分の意見をわかりやすく伝える力
(8)傾聴力:相手の意見を丁寧に聴く力
(9)柔軟性:意見の違いや立場の違いを理解する力
(10)状況把握力:自分と周囲の人々や物事との関係性を理解する力
(11)規律性:社会のルールや人との約束を守る力
(12)ストレスコントロール力:ストレスの発生源に対応する力
1回目のまとめ
定義してみると、社会人には読み書き計算以外に非常にたくさんの能力が求められていることを再認識させられます。次回は「21世紀型スキル」の解説をしたいと思います。
参考資料
- 経済産業省「社会人基礎力に関する研究会『中間取りまとめ』(概要版)」
- 公益財団法人 生命保険文化センター「社会が必要とする力-『基礎力』-3」
- 「The SCANS Skills and Competencies: an Overview」 経済産業省「社会人基礎力」
構成・文:内田洋行教育総合研究所 研究員 江本真理子
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