2024.02.12
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ネットワークの仕組みを視覚的に捉えよう(後編) 情報科目の変遷と課題

日本では2003年度から高等学校で教科「情報」の授業が始まり、20年が経過した。2022年度からはプログラミングを含む「情報Ⅰ」が共通必履修科目となり、2025年1月に実施される大学入学共通テストでは新教科として「情報」が追加される。学習指導要領が改訂される度に取り扱う範囲が広く深くなっていく「情報」を、学校や教員はどのように指導しているのだろうか。
今回は愛知県立小牧高等学校の「情報Ⅰ」の授業を取材した。後編では、授業者の井手広康教諭へのインタビューを紹介する。

ネットワークは特に教えるのが難しい

井手広康教諭

―ProtoSim(プロトシム)の開発に携わった経緯、工夫した点を教えてください。

井手広康教諭(以下、井手) 「情報Ⅰ」が始まって2年目になりますが、よく注目されるのは情報デザイン、プログラミング、データの活用の3つで、ネットワークも大切な単元ではあるのですが、陰に隠れてしまいがちです。目に見えない概念的な話なので教えづらいなと感じていました。

ProtoSimはネットワークに限らず、「情報の授業で活用できる教材を作る」という研究の一環で開発されたシミュレータ教材です。私が学会の仕事で大阪大学の白井詩沙香先生とご一緒させていただいたこともあり、開発メンバーとして声をかけていただきました。シミュレータはまだ完成されたものではないですが、クリックするだけで具体的な通信データの中身を見ることができ、視覚的に捉えられることが大きな利点だと思います。

私はシミュレーションを授業で取り入れることを想定しながら「どのように見せたいか」「どのような画面だとわかりやすいか」という部分を軸に提言させてもらいました。具体的には「フタを開ける」ボタンを押したときのデータの見え方や、データが階層を移動するスピードを教師側で調節できるようにする、などです。

―情報の授業づくりで、重視していることは何ですか。

井手 生徒自身が考える、生徒同士で協働的に取り組む時間を極力とるようにしています。授業では毎回席替えして隣同士でディスカッションする時間や、一人ひとり資料を作成し隣の人に発表する機会を設けています。主体的に発言したり、考えたり、表現したりすることで理解も深まると思うので、授業では私が話す時間をなるべく短くするよう心掛けていますね。

時間があれば、グループごとにLANケーブルを使って小規模ネットワークを構成するという実習なども取り入れたいと思っています。

教科「情報」の変遷

「情報Ⅰ」が共通必履修科目になったことによる変化

情報科の科目の変遷

―情報の教科が新設されて20年が経ちますが、学習内容や生徒たちの反応に変化はありますか。

井手 学習指導要領が10年ごとに改訂されるので、2003年に情報の授業が始まってから2回の改訂が行われました。私は2009年から教諭となり、第1回の改訂前から情報を教えていますが、明らかに学ぶ内容が広く深くなっているのを感じます。その一方で授業時間数は変わらないので、生徒も教師も負担は増えているのではないでしょうか。

これまでは重点的に学ぶ部分は教師の裁量に任せられていたのですが、2022年4月からは「情報Ⅰ」が共通必履修科目となり2025年からの大学入学共通テストにも取り入れられたことで、私をはじめ多くの教員の意識は高まっていると感じます。特に「情報活用能力の育成」は国も力を入れていく必要があると言及しているので、情報の授業はこれまでよりも重要なポジションに置かれているように思います。

生徒たちの反応は、昔よりも楽しんで取り組んでいる印象を受けますね。情報を学ぶ目的に「身の回りの事象から問題を発見して解決する」ことが掲げられていて、情報で学んだ内容を世の中に結びつけて考える力を養わなければなりません。そのため、教師たちは生徒の経験やこれから経験するであろう事象に関連づけながら、他人事ではなく自分事として考えてもらうために、さまざまな工夫をしていることもその背景にあると思っています。生徒の反応を見ながら教師が創意工夫を凝らしてきた結果が表れているのではないでしょうか。

―ネットワークの単元以外にも、特に教えるのが難しいと感じる分野はありますか。

井手 「情報Ⅰ」が必修になり、新たに加わった「情報デザイン」「プログラミング」「データの活用」の分野は不安が大きいです。これまで長年情報を教えていた教師も教えたことがない、また自分自身が大学時代に学んでいない人が多いと思います。学ぶ内容も広いので教科書をなぞっていたら間に合わないですし、家庭学習を取り入れるなど授業で工夫しないと難しいと感じています。

生徒のプログラミング学習への意欲を高めるために

―井手先生は2023年2月に「情報Ⅰにおけるプログラミング言語の選択が大学入学共通テストの解答に及ぼす影響」という論文を発表されていますが、この研究について教えてください。

井手 2021年度に行った実践をまとめた論文です。クラスごとに異なるプログラミング言語(4種)で授業を行い、大学入学共通テストの解答に及ぼす影響を比較する目的で行いました。

授業で用いたプログラミング言語は以下の4つです。

  • Python
  • JavaScript
  • VBA
  • Scratch
クラスごとに異なるプログラミング言語を用いて同じ内容の授業を実践し、最後に大学入試センターが2021年3月に公開した大学入学共通テスト「情報」サンプル問題(第2問)を全員に解答させました。

サンプル問題の解答結果や事後アンケートの結果を分析したのですが、プログラミング言語による有意差は出ませんでした。授業に対する楽しさや難易度、プログラミングが難しいと感じるポイント、サンプル問題の平均点など、どの項目でも差はありませんでした。

また、ARCS動機づけモデル(※)に基づいて16項目のアンケートをとったところ、2つの項目(下記)の数値が特に低いことが分かりました。

  • プログラミングが自分自身や将来と関係があると思えるか
  • プログラミングを学んだことで自信がついたか

生徒たちに意欲的に取り組んでもらうにはどうすれば良いかと考え、今年度は4つのプログラミング言語の特徴や用途を伝えたうえで、好きな言語を生徒一人ひとりに選択させて授業を行いました。具体的には、50%の生徒がPython、12%の生徒がJavaScript、14%の生徒がVBA、24%の生徒がScratchを選びました。一つの授業で4つの言語を混在しながら進めて、最後には授業で学んだことを生かして自由にプログラムを作って発表する機会も設けました。このアンケート結果などはまだ分析中ですが、手応えとしてはとても良かったと感じています。

※ARCS動機づけモデル:教育現場におけるデータ分析と研究結果をもとに提唱された、学習意欲向上を目的とした動機づけのモデル。注意、関連性、自信、満足感の4つを学習意欲を高める要素と捉えている。

―今後、授業で挑戦したいこと、取り入れたいことを教えてください。

井手 私は情報処理学会が開催している中高生情報学研究コンテストの審査員を務めさせていただいておりますが、授業でもこのコンテストのようなものを最終目標に置きたいですね。自分で課題を設定して情報の授業で学んだことを踏まえながら研究し、最後に研究結果をまとめて発表する。大学でいうと卒論のような取り組みをしてみたいなと考えています。生徒の自主性を伸ばしながら楽しく学べる環境をつくるために、できることはどんどん取り入れていきたいと思います。

記者の目

高校生が「情報Ⅰ」の授業で高度な内容を幅広く学んでいることに驚かされた。情報の知識はもちろん、データの活用や問題設定・解決のプロセスを考える力は、現代では必要不可欠な能力とも言えるだろう。井手教諭の授業には、こうした能力を伸ばしながら意欲的に取り組ませる工夫が多く見られた。

取材・文・写真:学びの場.com編集部

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