2021.01.12
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先生は知らない。

ある方に子ども時代のエピソードを聞き、胸が苦しくなりました。

東京都内公立学校教諭 林 真未

僕は手のかからない子どもだった。

「親に暴力を振るわれることは度々あった。
きょうだいと差別されたことも。
家族旅行に行く際に、ひとり、家に取り残されてしまったことも。

だけど、学校ではそんなことおくびにも出さないで過ごしていた。
目立たない普通の子どもだったし、勉強がひどくできないわけでも、素行が悪いわけでもない。
先生から見たら、手のかからない「普通の」子どもだったと思う。」

その人はそう言いました。

もしも、服装の汚れやお風呂に入っていない様子があれば、
友だちに暴力を振るったり、先生に反抗したりすれば、
絶えずトラブルを起こしたり、勉強が手につかない様子があれば、

少なくとも、なにかしら他の子と違う様子があれば、
先生はその子を心配するでしょう。

けれど、家庭での苦しみを完璧に顔に出さず、ごく「普通」の子どもとして過ごされてしまったら……。

先生1人で、発達障害や、グレーゾーン、愛着障害などで手のかかる子も含め総勢30人の子どもの面倒を見ている慌ただしい日々のなかで、まったく問題のない子の被虐待を見抜くなんて、できそうにありません。

実際、その人は、長い学校人生の間、たった一度も、友達にも先生にもそのことに気づかれずに大人になり、今も社会人として、「普通に」暮らしているのです。

ただ、蓋をしている感情が溢れ出しそうだから、怖くて一生家族は持てないと思う……という彼に、私は、かける言葉も見つかりませんでした。

どんなに「普通」に見えても。

どんなに「普通」に見える手のかからない子でも、
もしかしたら、虐待に苦しんでいるかもしれない。
もしかしたら、親の過度の期待に一人耐えているのかもしれない。
もしかしたら、LGBTQであることを隠して、学校生活を送っているのかもしれない。
そして、先生はそのことを知らないまま。
圧倒的な無力感。
私たちは、親の次に、ずっと子どものそばにいる大人なのに……。

「知らない」ことを忘れない。

いったい、先生に何ができるのか。
先生は、子どもが全力で隠し通す事実を巧妙に見つけ出し、スーパーマンのように子どもを救うことができるのでしょうか。
ドラマの世界では可能なのかもしれないけれど、現実的に考えると厳しいものがあります。
たった1年の、1人:30人の関係なのだから、無理もないのだと言ってしまえばそれまでです。先生の仕事は勉強を教えることと言ってしまえばそれまでですが……。

でも、
ほんの少しでいいから、力になりたい。
もし、人知れず悩んでいる子がいたら、ほんの一瞬でいいから、羽を休ませてやりたい。
そう思うのは、「教師のサガ」ってやつなのでしょうか。
そのためには、
手のかかる子に引っ張られすぎずに、
「普通の」子も、どの子にも等しく、丁寧に。
それから、
教室にいるその子の姿がすべてではない、ということ。
子どもの家庭の中、心の中には、先生が知らないことがあるかもしれない、ということ。
そのことを絶対に忘れないでいよう、と思いました。


林 真未(はやし まみ)

東京都内公立学校教諭
カナダライアソン大学認定ファミリーライフエデュケーター(家族支援職)
特定非営利活動法人手をつなご(子育て支援NPO)理事


家族(子育て)支援者と小学校教員をしています。両方の世界を知る身として、家族は学校を、学校は家族を、もっと理解しあえたらいい、と日々痛感しています。
著書『困ったらここへおいでよ。日常生活支援サポートハウスの奇跡』(東京シューレ出版)
『子どものやる気をどんどん引き出す!低学年担任のためのマジックフレーズ』(明治図書出版)
ブログ「家族支援と子育て支援」:https://flejapan.com/

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