2024.09.03
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自分の学びを舵取ることができる学習者の育成 北海道教育大学 未来の学び協創研究センター 寄稿 vol.3

国立大学法人北海道教育大学は、GIGAスクール構想推進拠点の一つとなるべく2020年10月1日に「未来の学び協創研究センター」を設立しました。また、同年12月23日に株式会社内田洋行と包括的事業連携を結び、次世代における子どもの学びの質の向上を目指し、仮想と現実を組み合わせたハイブリッド型授業の研究や教材開発などを通じて、次世代の教育を提案、推進しています。

「学習コミュニティ研究部門」「アクティブラーニング授業開発部門」「教職キャリアデザイン研究部門」の各部門から取組を紹介いただいています。vol.2から間が空きましたが、vol.3をアクティブラーニング授業開発部門長の北海道教育大学教職大学院の川俣 智路(かわまた ともみち)准教授に寄稿いただきました。

「個別最適な学び」と「協働的な学び」の一体的な充実が全国の学校で取り組まれている中で、特に注目を集めている学習環境デザインの枠組みがアメリカのCASTが提唱する「学びのユニバーサルデザイン(Universal Design for Learning, UDL)」です。学びのユニバーサルデザイン(以下UDL)は、柔軟な学習を支える環境を実現し、障害や多様な背景も含む全ての子どもたちを主体的な学習者として育てよう、という理論的枠組みです。近年日本では、「個別最適な学び」と「協働的な学び」の一体的な充実の実現の文脈から、学習支援の文脈から、共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システムの構築の文脈から、それぞれ注目を集めています。

未来の学び協創研究センターでは、このUDLを日本に導入し正しく活用されることを目指して、「UDLラボ」を2023年10月に立ち上げ活動しています。本稿では、学びのユニバーサルデザインとはどんな理論的枠組みか紹介し、本センターのUDLラボの実践や活動を紹介します。

1.学びのユニバーサルデザイン(UDL)とは?

UDLの枠組みを開発したCASTは、学習が成立するときの脳の働きを3つのネットワークに分けて説明しています。それは認知のネットワーク(”何を”学習するか)、方略のネットワーク(”どのように”学習するか)、そして感情のネットワーク(”なぜ”学習するか)です。たとえば新しい漢字を覚えて使えるようになりたいとき、まずその漢字がなんと読んで部首がどんな形で、全体はどういう構造になっているかを認知する必要があります。そして、それを見て覚える、書いて覚えるなどどのような方法で学ぶかを決める必要があります。その際に、いくら漢字の構造がわかり練習の仕方がわかっていても、”やる気”がおこらなければ取り組むことができません。漢字を使って大人のような文章を書きたい、テストで良い点を取りたい、将来漢字が書けないと困るから、その学習を”なぜするか”ということが明確にならないと学習はうまく進められないでしょう。

UDLでは学習がうまくいかないときに、この“何を”、”どのように”、”なぜ”学ぶのかのどこかに、もしくは複数のネットワークが機能していないと考えます。そして、学習環境を見直すことで、ネットワークが機能して学習に参加し達成できるように働きかけ、こうした取り組みを通じて、学習者自身が学びを舵取れるように育成すること(学習者が学びの舵取りができるようになる力をUDLでは学習者エージェンシーと呼びます)、それがUDLが目指している最終的なゴールとなります。

私が2013年にアメリカのUDLを実践している学校で撮影した写真をもとに、少し例を見ていきましょう。写真1から写真4は、算数の計算をする際に方法を調整している様子です。写真1は紙に図を描きながら、写真2は書き直しが可能なものに繰り返し、写真3はふたりで協力して円の中心の数字と外側の数字の計算を実施し、写真4はデジタル教材を使用しています。算数の計算方法を理解し流ちょうにできるようになるためには様々な方法がありますが、ここでは図示しながら、繰り返し実施する、計算の法則に気づきやすい、即時フィードバックがある教材を用意し、児童は興味関心ややりやすい方法を選択して学べるような学習環境を作っています。こうしたことが継続的にできる学習環境によって、自らの学びを調整できる、主体的に学べる児童に育てていくのがUDLの実践になります。

  • 写真1

  • 写真2

  • 写真3

  • 写真4

このようにUDLでは様々な学び方や教材の選択肢(UDLではこれをオプションと呼びます)を、子ども自身が必要なものを考えながら選んで学習を進めていきます。そのため教室は写真5のように、さまざまなオプションが用意され子どもたちが利用可能になっています。子どもたちがオプションを選ぶ際に学びのゴールやなぜ学ぶかに沿って選べるように、写真6のように授業の初めに“私は〜できる” の形で記されたGOALとWHYが提示されるのもUDLの特徴の1つです(これはデジタルデータとして生徒に配布されたものです)。また、写真7は”un homework”という名前で、家庭学習をするかしないかも子どもが選択できるようになっているものです。家庭学習の候補が5つ挙げられていて、子どもたちは自分に必要であるもの、やってみたいものを自分で決めて宿題を実施することができます。 

  • 写真5

  • 写真6

  • 写真7

このように、UDLの枠組にはいま日本で推進されている「個別最適な学び」と「協働的な学び」を教室で実現する具体的な方法とアイデアがたくさん含まれています。UDLはまさにいま学校現場で求められているものであると言えるでしょう。UDLの詳しい説明はUDLラボのウェブサイトから視聴することが可能です。また、具体的な実践は後述する、「個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実のための指導の手引き」の連載からぜひご覧下さい。

2.未来の学び協創研究センターでのUDLへの取り組み

UDLは提唱されたCASTがあるアメリカではもちろんのこと、近年では日本でも実践を試みる教員が増えてきています。未来の学び協創研究センターでは、このUDLを日本に導入し正しく活用されることを目指して活動してきました。2021年7月から2023年3月まで、北海道教育大学未来の学び協創研究センター、新潟市教育委員会、株式会社内田洋行によるUDL実践に関する共同研究を実施し、NEW EDUCATION EXPO’23にて報告しています。本研究では、UDLを実践した学校において、学習適応感の上昇、全国学力状況調査の結果の約5ポイントの上昇、PC・タブレットなどのICT機器をどの程度授業で使用しましたかという質問に対して「ほぼ毎日」と回答した割合が全国平均を60ポイント上回る、など多くの成果が得られています。

また、アクティブラーニング授業開発部門の活動の一環として「UDLラボ」を2023年10月に立ち上げ活動を始めました。UDLラボでは、UDLの最新の理論や実践報告を共有するワークショップ「MEET UDL」の開催を始め、ウェブサイトにてUDLに関する翻訳されたガイドラインやツール、UDLに関するイベントや実践の報告、論文、記事等が閲覧できるようになっています。今後は地方自治体や学校での実践導入の共同研究、PLC(Professional Learning Community)の運営なども実施していく予定となっております。

3.「個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実のための指導の手引き」の連載について

未来の学び協創研究センターUDLラボでは、さらにUDLの枠組みを生かした「個別最適な学び」と「協働的な学び」を教室で実現する具体的な方法とアイデアを発信するために、この学びの場.comにて「個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実のための指導の手引き」と称した連載を、2024年9月より掲載することとなりました。本連載では、「個別最適な学び」と「協働的な学び」を実際にどのように実践するか、ICT機器の活用方法、実践がうまくいかなかったときの対応方法など、すぐに現場で活用できる考え方が掲載される予定です。先に紹介した、新潟での共同研究の話題も掲載予定です。現時点での連載内容は次の通りです(予定は変更する場合があります)。

9月 連載第1回「多様な学び方を生かして児童が自分で調整しながら最適に学ぶ(仮)」
キーワード:個別最適のための選択肢(オプション)、自己調整、個別最適による動機づけ

10月 連載第2回「学びの“目標”と”なぜ”を明示して児童がその日の目標に向けて意欲的に学ぶ(仮)」
キーワード:GOALとWHY、苦手・得意への対応、協働による動機づけ、ICTによる協働

11月 連載第3回「児童の自身の学びの振り返りを生かして個別最適で協同的な学習環境を作る(仮)」
キーワード:学びの振り返り、自己調整を身につける、自由進度、学びの不安軽減

12月 連載第4回「管理職として校内で個別最適・協働的な学びの観点から授業改善を実施する(仮)」
キーワード:校内研修、授業改善、学習することへのマインドセットの転換、学級経営

1月 連載第5回「単元の計画を踏まえて自分のペースで学べる児童を育てる(仮)」
キーワード:自己調整、個別最適のための選択肢(オプション)、協働による動機づけ

2月 連載第6回「学習方法や生徒同士の協働を生徒が自ら調整できるような学習環境デザイン(仮)」
キーワード:個別最適・協働的な学びの評価、中学校、自己調整、振り返り

3月 連載第7回「通級指導や特別支援学級における個別最適・協働的な学びを促す学習環境デザイン(仮)」
キーワード:個別最適による動機づけ、個別支援、特別支援教育

ぜひ連載に、そしてこれからの未来の学び協創研究センターのUDLラボの活動にご注目ください。

文・画像:北海道教育大学札幌校 准教授 川俣 智路

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