教育トレンド

教育インタビュー

2011.03.15
  • twitter
  • facebook
  • google+
  • はてなブックマーク
  • 印刷

的川 泰宣 「はやぶさ」プロジェクトを語る。

全員がミッション達成を最優先、そこに真のチームワークが生まれた。

的川泰宣さんはJAXA技術参与・名誉教授であり、小惑星探査機「はやぶさ」プロジェクトのメンバーとして現場を見守り続けてきました。また、「宇宙教育の父」とも呼ばれ、宇宙をキーワードに、子どもたちが育つ家庭・地域の絆を深めようと、日本各地の学校教育・社会教育の現場と連携する活動を続けています。そんな的川さんに「はやぶさ」成功の鍵となった"真のチームワーク"について語っていただきました。
「はやぶさ」イメージ画像2点とも(C) JAXA 無断使用を禁じます。

宇宙を視座に、地域全体での子育て意識を高めたい

学びの場.comJAXAを定年退職されてからNPO法人「子ども・宇宙・未来の会(KU-MA)」を立ち上げ、「宇宙の学校」を開催されています。きっかけは何だったのでしょうか。

的川 泰宣1990年代半ば頃から、殺人や暴力、いじめなどの事件が頻発し、子どもが育つ家庭環境に問題があるのではないかと考えるようになりました。学校教育は学 習指導要領に沿った体系的な学習を主に行うので、家庭を軸にした教育活動は社会教育としてやっていく必要があると考え、JAXA在職中は宇宙教育センター を設立しました。退職後は自分がずっと関わってきた宇宙のことを介して家庭、そして地域に、絆を深める働きかけをしようと思いました。KU-MAは、子ど もと宇宙を愛する大人が協力し、子どもたちを取り巻く環境を変え、共に豊かな未来を築こうというものです。

学びの場.com「宇宙の学校」ではどのような活動をしているのですか。

的川 泰宣宇宙の学校といっても、宇宙科学者養成の学習ではありません。種子、虹、色など“宇宙に包括される”身近な素材や現象を活用して、子どもの好奇心・冒険心・匠の心を育み、“命の大切さ”に気づかせていくことをコンセプトにしています。
 具体的には「親子教室」。「ワサビでアメをつくろう」とか「石けんふねであそぼう」などの工作や実験に親子で取り組み、家族の絆を深める機会をつくります。何かを親子一緒に行う、ということがとても大事だからです。

 また、地域の体育館などを会場に行う「スクーリング」では、何組もの親子が集まって、少し大がかりな実験や工作などをします。工作に戸惑っている親子に隣の親子がコツを教えるなど、出会いの場、大人たちの結束、地域のつながりなども生まれているようです。
 対象年齢は主に小学校低学年。高学年になると親離れが始まりますし、私自身もそうだったのですが、人は自分の人生の指針のようなものが、小学校5年生頃に出来上がることが多いので、その前段階がよいと考えたからです。
地域全体での子育て意識が高まれば、学校を支えることもできると思っています。最近、自分の子どもさえよければ、という親の増加が危惧されているので、社 会全体で子どもを育てていこうという姿勢がとても大事ではないかと考えます。子どもの健全な成長には、家族や社会、国というそれぞれの単位でのチームワー クが重要なのではないでしょうか。

真のチームワークは高いミッションの共有から生まれる

学びの場.comチームワークは、学校経営、学級経営など、どの組織経営においても大きなテーマだと思います。的川さんもメンバーだった、はやぶさのプロジェクトチームもチームワークがあったからこそあれだけの偉業を達成できたのでしょうか?

的川 泰宣そうです。ただ、はやぶさのチームワークはそれまでの他のチームワークとは多少質が異なりました。よくあるのは、心の広いリーダーがいて、何かうまくいったら飲みにいってまた活力を養う、というタイプでしょうね。はやぶさのプロジェクトマネージャーである川口君は、決して包容力を特長とする人ではなく、どちらかというと大変鋭い、頭のよい天才タイプ。彼の「世界で初めて、探査機を小惑星へ飛ばして着陸させ、地球に帰還させる」という非常に高いミッションを遂行することを全メンバーが確実に共有し、絶対に成功させたい、という思いを持っていたことがチームワークの根源でした。
 川口君は先輩が何か提案を持ってきても、違うと判断すれば「あ、それはだめです」と言うことができる。相手を立てる、というのではなく、判断基準は正しいか否かだけ。最初は怖い人と恐れていた若手メンバーも、そうした川口君の姿勢を見て、だんだん「あ、このリーダーは、正しい意見を言えばきちんと採用してくれるんだ」ということがわかり、年齢に関係なくいろいろなアイデアを出すようになっていったのだと思います。

学びの場.com日本人の多く、特に組織に属している人の中には、上司の言ったことは絶対、という風潮が強いと思いますが、川口さんはそうではなかったのですね。

的川 泰宣そうです。だからこそメンバーはミッション達成のためという純粋な思いでさまざまなアイデアをぶつけることができ、結果的にあれだけの成果が出せたのだと思います。
ある時、川口君と、イオンエンジン担当の国中君との意見が食い違った時がありました。はやぶさの姿勢制御のコマが故障し、ガスジェットも故障して、探査機がくるくる回転するというトラブルに陥ったため、イオンエンジンを噴いてくれと川口君が言ったら、「今の状態でエンジンを噴いたら、姿勢を安定させた頃には帰還のためのエネルギーは残らなくなる」と国中君は主張した。でも川口君は「帰還させるためには姿勢を安定させなくてはならない」と。どちらの言い分も正しいわけです。お互いそれを承知だったでしょうから、困ったなあと思っていたでしょう。そしたらそこに、もっと若手の舟木君が、エンジンのもととなるキセノンという物質を出す場所について、二人とまったく別の場所を提案したのです。「ここから出せば、使うエネルギーも少なく、問題が解決できるのでは」と。その瞬間二人とも「そうだ! それだ!」と飛びつきました。
 普通、いい大人が議論していたら意地になって、自分たちより若い人の声なんてなかなか受け入れないかもしれません。しかし、彼らは舟木君の提案がミッション達成に一番近いことがすぐにわかった。ミッションの遂行が最優先だということを、どのメンバーも非常によく理解していたことがよく表れた例です。
 人によっては、わきあいあいとしているチームのほうがチームワークもできやすいと考えるでしょう。その点、はやぶさメンバーは皆仲良しというわけではなかった。だから理想的なチームとは僕は言いませんが、でも強いチームであったことは確かです。

ミッション達成のため「切腹覚悟のルール違反」

学びの場.com高いミッションを共有することが、それほどまでに強いチームワークを生むのですね。

的川 泰宣そうです。そして、その共有が各メンバーの技術力を最大限発揮することにも結びついていきました。2003年の打ち上げ後、はやぶさはさまざまなトラブルに見舞われ、そのたびに最善の解決法を考えて対処しました。が、打ち上げから6年後、「もはやこれまでか」と思うほど困難な状況に陥りました。
 はやぶさには、イオンエンジンが4つ取りつけてありましたが、その全てが壊れてしまったのです。この時は、川口君が記者会見で「今後も復旧の努力は続けますが、恐らくだめかと思います」と、初めて弱音を吐きました。

学びの場.com4つともエンジンが壊れてしまったのに、2010年6月にはやぶさは帰還しました。どのように対処されたのですか?

的川 泰宣4つのエンジンは全て、イオンの出口と中和器が対になっている形でした。ABCDのエンジンは、それぞれ異なった壊れ方をしていて、Aはイオンの出口が、Bは中和器が壊れていた。すると、イオンエンジンの担当の国中君が先ほどの記者会見の後、川口君のところにやってきて、「AとBの生きている部分を組み合わせれば、一つのエンジンになるのでは」と言ったのです。川口君は「すごくいいアイデアだけれど、それにはAとBのエンジンがつながっていないとだめだ。それぞれ独立している今の状況では無理」と答えました。すると国中君が「実は言いにくいのですが、つなげてあるんです」と言ったのです。設計上、すべて独立していることになっていましたから、川口君はびっくりしましたが、理由を聞かず「つないであるんだね。じゃあテストしてみよう」と、国中君と一緒にすぐにテストをして、動くことを確認。これで地球に帰還できる道が拓けたのです。

学びの場.com国中さんはいつ、エンジンをつないでいらしたのですか?

的川 泰宣その後、ぽつぽつと彼が話してくれたところによれば、実はもともとエンジンは3つの予定だったのですが、軽量化に成功したので1つ余分に付けることができた。その時点で皆安心していたのですが、国中君は「いや待て、4つ全部がだめになることもあるのではないか」と考えるようになったのです。打ち上げ数日前からは、全部のエンジンが故障する夢まで見るようになってしまったと。彼ははやぶさの計画が始まる20年以上前からイオンエンジンの研究・開発をしてきた。だからこのはやぶさ計画には彼の人生がかかっていたのです。
それでいろいろ考えて、イオンの出口と中和器の、片方ずつが生きているということが起こるかもしれない、その場合は各エンジンをつないでおけば対処 できる、と思いついたのです。それで、一緒に開発してきたメーカーの堀内君に、打ち上げ数日前にエンジン同士をつなぎたいと打診したのですが、「だめで す」と即答された。すでに計算しつくされて組み立てられていますから、新たにエンジンをつなぐとなると、連結部分の重さが加わり軌道にも影響が出るからで す。国中君も「そうだよなあ」と思い、一度退散する。
 でも翌朝、ほとんど重さのないダイオードという物質でつなぐというアイデアが浮かびました。それで堀内君に話したら、彼 も感情移入があったのでしょう。「うーん。ダイオードだったらなんとかなるかも」ということで、二人でエンジン以外の部分に影響が出ないかを徹底的に調べ た結果、特になさそうだとなりました。
 ただ、想定外の事故が起きた時にはどうするのか、「その時は130億円(プロジェクトの全予算)を二人で持つんでしょうか」と……。でも、4つ全部だめになったらもうこれしか方法はないということで、恐らくは二人だけの秘密でつないだのです。

結果的にこの二人の判断がはやぶさ帰還に結びついたのですが、川口君はつい最近まで絶対に褒めませんでしたよね。これは重大なルール違反でしたから。皆が自由にルール違反を始めてしまったら、ミッションは成り立たないので。

学びの場.comルール違反が結果的に、はやぶさ帰還という世界初の成果をもたらしたということですね。

的川 泰宣そうです。ただ、ルール違反ではありましたが、国中君と堀内君にとっては“切腹覚悟のルール違反”だったと思います。エンジンに関しては国中君が一番詳しい。だから自分にしか救えないのだという自負もあり、さらに人生がかかっているからやらざるを得なかった。エンジニアの執念です。
 ミッション達成が最優先である、ということの強さは、そのミッションを救うためであれば、切腹覚悟で違反もする、という人材を生み出してきたこともあったと思います。また、世の中のブレイクスルーというのは、こういうルール違反から発することが多いというのも事実です。

学びの場.comチームのためなら切腹も辞さない、というのは日本人の精神性ならではの美学のようにも感じます。

的川 泰宣そうですね。日本人はミッション達成のために自分がチームの中で何ができるかを考え、動くことができる人種なのかもしれません。サッカーのワールドカップやアジアカップでの日本代表チームの活躍も、チームが勝つことをただ一つのミッションとした結果だったのだと思います。
 私は教師の経験がないのでわかりませんが、学校でも子どもたちが理解しやすい、でもレベルの高いミッションを設定できれば、子どもも教師も親も一緒になって、強いチームワークが生まれるのではないでしょうか。たとえば「通学路のゴミをなくそう」でもいい。このミッションは、達成できれば地域のためにもなるし、人に喜んでもらえる経験もできますから。リーダーの資質も重要ですし、フォロアーの意識も大きく関わる。全員が命がけで取り組むくらいの心意気を持つ時に、子どものみならず、子どもの教育に関わる人皆が成長するという、大きな成果を上げることができるのではないかと思います。

的川 泰宣(まとがわ やすのり)

1942年2月23日広島県生。1970年東京大学大学院工学研究科航空学科専攻博士課程修了。東京大学宇宙航空研究所、宇宙科学研究所、宇宙航空研究開発機構(JAXA)教育・広報統括執行役、同宇宙科学研究本部対外協力室長を経て、現職。この間、ミューロケットの改良、数々の科学衛星の誕生に活躍し、1980年代には、ハレー彗星探査計画に中心的なメンバーとして尽力。1996年からの「はやぶさ」プロジェクトでは広報を担当。2005年には、JAXA宇宙教育センターを先導して設立、会長となる。2008年6月NPO法人「子ども・宇宙・未来の会」(KU-MA、クーマ)を設立、会長となる。日本の宇宙活動の「語り部」であり「宇宙教育の父」とも呼ばれる。【現職】JAXA技術参与(教育・広報担当)。NPO法人「子ども・宇宙未来の会」会長、日本宇宙少年団副本部長、東海大学教授、日本学術会議連携会員、JAF(国際宇宙航行連盟)副会長、国際宇宙教育会議日本代表。

インタビュー・文:菅原然子/写真:言美 歩

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

pagetop