2008.10.21
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理科離れをストップ! 物理実験を誰もが手軽に行える新装置・PDL(パーソナルデスクラボ)

理科離れが深刻化する中、千葉大学では机に載るほど小さい物理の実験装置を開発、学生一人一人が自ら体験できる独自の実験教育(パーソナルデスクラボ:PDL)を行っています。では、PDLによる教育方式とはどんなものか、そして高校で物理実験をほとんど経験していない学生たちに、どのような学習効果をもたらしているか、開発と実用化を進める千葉大学・音賢一さんと、内田洋行教育総合研究所・春名誠さんにお話を伺いました。

パーソナルデスクラボ(PDL)とは?

PDLとは? 一斉授業の限界を越えて

PDL(パーソナルデスクラボ)とは、机に載る小さなサイズの物理実験装置を使って行う、教育活動全体を指す言葉です。

 これまでの大学教育では、実験室に装備されている大掛かりな実験装置を使って授業を行うことが普通でした。しかしこの方法では、すべての学生が自分の手を動かすわけではなく、また受講人数も多いため、内容の定着には限界がありました。
 PDLでは、基本的に学生が一人一台の実験装置を使います。組み立てから学生自身が行い、間近で物理現象を観察することができるのが特長です。

取り組みのきっかけ 「理科離れ」を食いとめる

千葉大学では1994年から、物理系の教員が中心となって「実体験」重視の教育内容を検討し、PDL装置の開発と試運用を開始しました。高校まで、 ほとんど物理実験の経験がない学生たちに、科学の面白さを体験してもらうことで、“理科離れ”に歯止めをかけようと考えたのです。そこで、まずは磁場実験 や光の回折実験など、基礎的な物理実験をPDLで実現させることから始めました。

 理系、文系を問わず、社会に出ていく学生に「科学的なものの見方」や「科学に対する正しい理解」を教育することは大学の責任と考え、その教育効果 を最大限に引き出せるものとしてPDL装置の利用を進めています。この特長が認められて、2007年度より文部科学省の特色GPの支援を受けています。

開発のねらい 「机の上が実験室」を目指して

実験装置を小型化することで、「勉強机が実験室に早変わり」という環境を目指しました。たとえば光学実験装置は、従来の実験室据置型の装置の20分 の1の大きさ(A4サイズ)まで小さくすることができました。また、組み立て式の単純な構造なので、学生も仕組みが理解でき、一つの装置で、理系、文系ど ちらのレベルにも対応できます。

 また、PDLは一人一台の装置を使うことで教育効果を上げるものであり、一種類につき、最低でも100セットの実験装置が必要となります。一台当 たりの価格をある程度下げなければ増産は不可能なため、各部品などを厳選し低コスト化を目指しました。併せて、他のテーマのPDL構成部品を共用して使う ことで全体としてさらにコストダウンが可能です。

 実験装置の仕組みの単純化と低コスト化を実現した結果、一部分が故障しても、原因となる部品のみをすぐに取り替えることができるため、故障にも迅速に対応できるようになりました。

学生・教員の感想 大人数でも習熟度別対応が可能に

学生や教員からは様々な感想が寄せられています。

文系の学生には特に、実験前に行う身近な例での説明が好評です。例えば磁場実験であれば、お札も磁石にくっつくこと、逆にシャープペンシルの芯はS極にもN極にも反発してくっつかないことなどを、実物を見せながら説明するのですが、こうした現象を見ると「まだまだ知らないことがたくさんあると思った。もっと教えてほしい」と、授業に対し積極的な姿勢を持つようです。

 理系の学生からは「自分で組み立てからできて楽しかった」という感想が聞かれました。工学部の建築やデザイン専攻の学生にとっては、既存の装置を使ってデータをとるだけの授業は面白くないのですね。組み立てから行うことでより興味が増すようです。

 教員からは「PDLの授業では、立ち往生している人がすぐにわかるので、習熟度別の対応ができるようになり、よかった」という声が聞かれます。

千葉大学では高大連携を積極的に行っています。その一環でPDLの授業を受講した高校生は「教科書に出ていた現象が実際に手元で見られて、すごく面白かっ た」と言ってくれました。このようにPDLは高校生の授業にも活用できます。実際にいくつかの高校には大学からPDL装置を貸し出しています。さまざまな レベルに対応可能な装置であることが、ここでも生かされています。

今後の対応 より多くの人にPDLを

【表1】PDL使用実験種目

等電位線の測定
光の実験I(強度、偏光)
光の実験II(回折、干渉)
屈折率の測定
磁場実験
熱電子放出実験
ボルダの振り子による重力加速度の測定実験
弦の共振を用いた周波数の測定実験
音さの周波数測定実験
個体の比熱及び電子熱・熱容量の測定実験
共振回路の特性実験
金属の密度の測定実験
剛性率の測定実験
ダイオード、トランジスターの特性実験
リサージュ図形の実験
現在【表1】の通り、熱電子放出実験や振り子の実験など開発を進めているPDL装置があり、いくつかは平成20年度中に100台製作をするところまで実現させる予定です。また、それと同時進行で、比熱や金属密度の測定実験などのPDLの開発を行い、これらもなるべく早く実現できるようにと思っています。

 千葉大学では、今年度中に物理実験の授業を受講している1,100人の学生全員にPDLを体験してもらう予定です。今後は、国内の高校・大学、また海外の大学などにも貸し出しをして、できるだけたくさんの人にPDLを使って物理の面白さを体験してもらえればと思っています。

PDL実験装置例(磁場実験)

磁場可視化実験装置 美しい磁力線を、この目で観察できる!

磁界観察槽(平面型)

  • 磁界観察槽(平面型)

    サイズ:約15cm×15cm×2cm
    セット内容:鉄粉入りアクリルケース1、棒磁石2、白色板1 

  • 磁界観察槽(平面型)
日常生活では見ることができない磁場を観察するための装置です。
角型で透明の樹脂ケースの中に鉄粉とオイルが入っており、ケースを振って鉄粉を拡散させた後、磁石を乗せると二次元的に磁力線が観察できます。棒磁石が2本ついているので、組み合わせにより、さまざまな磁力線の形が観察できます。木製の机の上でも観察しやすいよう、白い板がついています。

ホール効果実験装置 起電力の変化がはっきり分かる!

ホール効果測定装置

  • ホール効果測定装置

    サイズ:約5cm×7cm×1cm
    セット内容:※ワニ口クリップ、テスター、乾電池は別です

  • ホール効果測定装置

電流に直交する方向に磁石を近づけると、電流と磁場の両方に直交する方向に電圧が起こり、これをホール効果とよびます。この教材は、ホール効果を定性的・定量的に測定することができます。

装置の中央部分にシリコンチップがあり、それが導線で電流端子(左右2個)と電圧端子(上下2個)につながっています。それぞれの端子にワニ口クリップをつなぎ、もう一端をテスターにつなぎます。左右端子に電流を流し、上下方向に現れる電圧を測定します。何もしない状態と、シリコンチップに棒磁石のN極・S極をそれぞれ近づけた状態での起電力の変化を測定します。

電流磁場実験装置 磁場の分布が一目瞭然!

電流磁場実験装置

  • 電流磁場実験装置

    サイズ:約15cm×20cm×4cm(プレート部分)
    セット内容:磁場発生コイル盤(ベースプレート、円形コイル)、ACアダプター、二次元磁場センサー、小型方位磁針10 

  • 電流磁場実験装置
円形コイルに電流を流すと、その周辺に磁場が発生します。磁場の強度や方位を測定し、電流と磁場との関係を学習できる装置です。磁場発生コイル盤は1cm方眼の入ったベースプレートと、円形コイルから成っています。

円形コイルはベースプレートに輪ゴムで固定します。磁場発生コイル盤とACアダプターを接続して電流を流し、コイル周辺に磁場を発生させます。電池ボックスとテスターに接続した二次元磁場センサーで磁場の強さを測定します。小型方位磁針を円形コイルの周辺におき、磁場の方位分布を見ることもできます。

磁場実験装置開発担当者の話

ミリ単位の勝負で、精度の高い装置づくりを実現

内田洋行教育総合研究所 春名誠 氏

内田洋行教育総合研究所 春名誠 氏

内田洋行教育総合研究所では、今回、磁場実験装置の開発にかかわりました。音先生をはじめとする千葉大学の先生方や、製作現場のメンバーとともに、アイデアを出し合い、PDLの理念である、低コスト、ダウンサイジングを実現すべく、工夫を重ねました。

 ホール効果実験装置と電流磁場実験装置の開発は初めてで、事例がほとんどないため、試行錯誤の連続でした。

 たとえばホール効果実験装置では、4本の導線を4ミリ×8ミリ程度の小さなシリコンチップの各辺にはんだづけしなければなりません。しかも特殊なはんだとはんだごてが必要でした。導線をシリコンチップのどの部分に、どのようにはんだづけするかによって、得られるデータの精度が変わってくるため、ミリ単位、またはそれ以下の細かい作業が要求されました。大学の先生からポイントをうかがい、それを私が製作現場のメンバーに伝え、実際に試作したものを持って大学に行き、性能を確認する、という作業を繰り返し、精度の高い装置を目指しました。

 電流磁場実験装置では、コイルの温度が上がりすぎて、コイルを保護するプラスチックが溶けたことがありました。これは大変と、コイルの巻き数を変えたり、コイルを固定するプラスチック素材を検討しなおしたりと、安全性を保てるよう工夫しました。

 私たちが最初にお話をいただいてから、装置が実際に出来上がるまで約半年。先方での構想段階からだともっと時間がかかったことになります。一見単純な装置に見えますが、かなり細かい部分まで計算しつくした構造のため、すべて手作りです。テストは最低でも3~5回行い、精度を上げています。

 これだけ小さい装置で物理現象が観察できるのは大変画期的です。高校生、大学生をはじめ、たくさんの方に利用していただければ嬉しいですね。

取材・文:菅原然子/写真:柳田隆晴

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