地域が取り組む教育改革 横浜サイエンスフロンティア高校・開校へのカウントダウン
横浜市立横浜サイエンスフロンティア高校が2009年4月、開校します。横浜市が進める公立高校再編と教育改革のシンボルとして船出する同校の開校に至る経緯や今後の教育内容について、開設準備室長(校長予定者)の佐藤春夫氏にインタビューします。
時代が求める「サイエンス」を学校づくりの軸に
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建設中の校舎は明るく開放感のある設計が特徴。太陽光発電の採用、自然光を取り入れる工夫など、環境面にも配慮している。鶴見川に面した場所には、生徒がくつろげるラウンジも設置する。 |
近年、特に都市部を中心に、公立高校が私立校に遅れを取っているとの指摘があります。横浜の場合は周辺に有力な私立校も多く、市立中から県内私立高へ進学する割合が23%に上るなど、市立高校は厳しい競争に晒されています。こうした状況を受け、市では平成12年度から10カ年計画で市立高校の再編を進めていて、新校設置はその総仕上げと位置づけられているんです。
税金で学校を設置・運営する自治体には、市民に満足してもらえる公立校の選択肢を提供する責任があります。横浜サイエンスフロンティア高校が、保護者や中学生の多様なニーズに高い水準で応える「選ばれる学校」になること。それは、公立高校全体の復権にもつながるでしょう。
さらに市では、本校で培った21世紀の学校づくりのノウハウを他の市立高校へ波及させ、将来的には小中学校にも広げていくというビジョンを描いています。小中に比べて高校は数が限られているので、さまざまなリソースを集中的に投資して短期間で改革しやすいという利点があるのです。すなわち、横浜サイエンスフロンティア高校は、地域全体の教育改革のパイオニア的な役割も担っていると言えます。
すでに始まっている学校説明会は毎回満員で、新しい学校への期待や関心の高さを実感しています。私たちとしては、この盛り上がりを意欲のある生徒の確保につなげたい。高い意欲を前提に、入試5教科+内申書重視、内申書重視、入試3教科重視の3タイプの生徒を取って、どのタイプの生徒がどれくらい伸びるのかといったことなどを見きわめながら、世界レベルの人材育成という目標に相応しい生徒像を探っていきたいと考えています。
教委のコーディネートで、地域の力と学校をつなぐ
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全教室にプロジェクターとLANを完備し、デジタル教材の活用もスムーズに。実験室20室、情報教室9室、CALL教室4室のほか、ゼミ室やe-learningに対応した自習室も備えるなど、学習環境が充実している。 |
学校づくりの過程で私たちが重視してきたのは、外部の人材や地域の教育機関、企業との連携です。
まず、和田先生の声かけで、ノーベル物理学賞受賞者の小柴昌俊先生や元文相の有馬朗人先生らに、スーパーアドバイザーに加わっていただきました。先生方には、学校の教育内容に関する提言や教師陣への指導をいただく一方、特に常任スーパーアドバイザーの和田先生には定期的に来校していただき、生徒たちにも直接お話をしてもらうことが決まっています。
加えて、大学の先生、研究機関や企業の研究者の方々を技術顧問とし、教師への指導や技術的なアドバイスのほか、授業にも参画してもらう計画です。燃料電池や新素材などを題材に企業の研究者が指導するスポンサー(寄附)講座の開講も決定しています。
校舎の設計・建設、開校後の維持管理に関しても、民間の力を活用する「PFI方式」を採用しています。これにより、多数の実験室や特別教室に大学院レベルの機材を揃える贅沢な環境ながら、既存の公立高校と同規模の予算で整備することが可能になりました。
思いを共有してくれる相手こそ学校の「応援団」
外部との連携づくりにおいて重要なのは、地域の力と学校をつなぐしかけです。この点に関しては、内田茂・開設準備担当部長が“プロデューサー”として大学や企業を繰り返し訪問し、参画を呼びかけてきた経緯があります。こうした教委のコーディネート力は、新しい学校づくりや教育改革を進めるうえで極めて大切な役割を果たしてきました。
高校と連携することは、大学や企業にとって優秀な学生や人材を確保するきっかけになります。しかしそれはあくまでも結果であって、根底にあるのは日本の将来に対する危機感であり、世界で活躍できる人材を地域の力で育てたいという思いなんです。
教育理念に共感し、長期間にわたって安定して関わってもらえる相手こそ、頼りになる学校の「応援団」だと思います。私たちの描いた青写真に沿って必要な場面で協力を求めることができるので、単発のイベント的な取り組みで終わらず、学習としての成果を上げやすいからです。
逆に、これだけの応援団がついているからこそ、そのサポートを活用する教師の力量が問われます。私は前任校の先生方に、「一人で教える時代ではない、組織をあげて教えていく時代である。すなわち、カリスマ的教師よりも、チームで生徒の教育にあたる方が成果が大きい」と常々話してきましたが、新しい学校でも状況は同じです。「組織」とは、学校内の連携であり、学校と外部の人材の連携でもある。これからの教師には、さまざまな人と知恵を出し合って授業をつくり、一緒に教えていくという発想が必要です。教師と学校にも、コーディネート力が求められているんです。
本物に触れる驚きと感動が、学びのきっかけに
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学校の前庭には、ニュートン邸にあったリンゴの樹や、メンデルが研究に使ったブドウの樹に由来する記念樹を植える予定。鶴見川の生態系も含め、サイエンスへの興味を刺激する素材を、身近な場所にちりばめている。 |
科学技術顧問による直接指導や、先端科学技術分野の実験などの「ほんもの体験」もそうですし、学習成果の発表で高い評価を受けた生徒は、企業の寄付金で海外研修に派遣するなど、がんばりたくなるような「ごほうび」も用意しているんです。
実験室には走査型電子顕微鏡やガスクロマトグラフ質量分析装置といった大学院レベルの専門機器が多数配置されるので、生徒のライセンス制度の導入も考えています。メーカーや大学の先生から生徒が講習を受け、十分に扱える技術が身についたら「免許証」がもらえる。やってみたい、触ってみたいという興味を刺激する工夫です。
さらに今後は、市のはまぎん こども宇宙科学館などと連携し、夏休みに子ども科学教室を校内で開催したいと思っています。こうした場で子どもを指導することは生徒たちの知識の整理にもなりますし、地域の子どもたちにサイエンスの魅力をアピールすることにもつながるでしょう。
夢を育む学校へ教育理念、教師の力、カリキュラムが教育の質を決める3本柱と考えますが、もっとも重要なのは教師の力です。いかに素晴らしい理念があっても、教師が力を尽くしてそれを実現し、結果を出さなければ意味がない。高邁な理想も実現されなければ絵にかいた餅にすぎない。スローガンだけでは教育は永遠に改善されないし、国民の期待に応えられない。だからこそ、保護者の関心の高い学力面も含めた結果を、初年度から追求していきたいと考えています。 しかしこの学校は、たんなる進学校ではありません。学校の基本構想の検討が始まった平成14年は、ちょうど中田市政がスタートした年です。市長は当時から、「難関大学を目指すだけの高校にはしない。将来ノーベル賞をとるような学者を育てて、横浜の子どもたちに夢を与えるような学校をつくりたい」と語っています。 最近は大きな夢や希望を持たず、「普通でいい」と考える子どもが増えていると言われます。「普通でいい、人並みで…」と考えると、どうしても積極的に人生の目的に意義を見出そうとする意欲に乏しくなると思われます。しかし、夢を持って前向きな姿勢で生きることが、何よりも子どもの能力開発につながるのです。子どもの夢や希望を育むことが、横浜サイエンスフロンティア高校の使命です。そのためには、我々教師も学校自体も、高い理想と夢を持たなければなりません。 私が積み重ねてきた教育法と経験をフルに活用し、先生方と知恵を出し合い、応援団の力も借りて、生徒たちの夢を実現し、次世代の子どもに夢を与えるような学校をつくっていきます。これだけ大規模な新しい学校づくりはほとんど例がありませんし、その初代校長の職は願って就けるものではありません。自分の人生を賭けて挑戦するには最高の仕事場だと思っているんですよ。 少子化や保護者・生徒のニーズの多様化を背景に公立校の再編が各地で進んでいるが、既存校の改良ではなく、新しいコンセプトの学校をゼロからつくる道を選んだところに、「教育のまち・横浜」の熱意を感じた。興味深いのは、人材や資金を集中的に投下して新規校をつくり、成果を他の高校から地域全体へ広げるという改革のアプローチだ。大規模なものより、コンパクトなもののほうが変えやすい。教育改革とは、「国」レベルではなく、「地域」という小単位で考えるべきものなのかもしれない。 取材・文:栗林俊晴/写真:柳田隆晴 ※写真の無断使用を禁じます。 |
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