2021.06.30
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学びと教育の未来を拡げる(後編) 三宅なほみメモリアルシンポジウム

後編では、パネルディスカッション③④、最終ブロックの3名によるコメントをレポートする。示唆に富み、熱意に溢れたシンポジウムの模様を記事上で追体験いただきたい。

パネルディスカッション③ 学びの未来を育てる行政の役割

授業研究を推進するリーダーの育成と環境整備が課題

  • 小出 和重 氏(埼玉県立川口北高等学校 校長)

  • 石川 薫 氏(埼玉県教育局 副部長)

  • 勝野 正章 氏(東京大学 教授)

  • 藤原 文雄 氏(国立教育政策研究所 部長)

このセッションでは、すべての人が教育の未来を育てる営みに従事できているか、その場のデザインはどう工夫できるかを、4名のパネリストが語り合った。

授業研究ネットワークの「埼玉県モデル」を全国へ、そして世界へ

学びのPDCAサイクルは、ローカルで積み上げ、つなげていくことで、「学習科学をみんなのものへ」という三宅なほみ氏の目標に近づく。その場のデザインには行政の関わりが不可欠である。その好例が、埼玉県とCoREFが共同でつくった、学び続けられるネットワーク。2010年から中核教員研修、初任者研修、管理職研修と、さまざまな研修を段階的に設置。協調学習を理解する若手の育成、若手を支える管理職の育成、プロジェクトの実践的・理論的なリーダー:マイスターの育成を実現し、それぞれが補完し合うネットワークを構築した。

当事者である埼玉県立川口北高等学校校長の小出和重氏は、「最初はわずか10校の参加だった。取り組みのたびに拡がっていった」と語る。「教育現場と行政、みんなが学び合う関係性をつくろう」という三宅氏の言葉に共感し、教育行政の立場でプロジェクトを立ち上げた。そして徐々にネットワークを拡大してきた。これにより、継続的な授業改善を実現し、みんなで教育の不易と流行を追い求める体制になっている。「このネットワークを勝手に『埼玉モデル』と呼んでいる。これを『ジャパンモデル』へ。そして世界へと発信してきた」と、これまでの取組を振り返った。 

「埼玉県モデル」拡大への3つの展望

埼玉県教育局県立学校部副部長の石川薫氏は、このモデルの先にある3つの展望を示した。1つは、協調学習を中心とした学習改善を、各学校が自走できるようにすること。そのため、マイスターを戦略的に育てていく。2つ目は、適切な学習評価の実現。高等学校では2022年度より新学習指導要領が示す新しい観点別評価がスタートする。協調学習の見とりの視点を学習評価に生かしたい。3つ目は、他の自治体との連携の強化である。現在、島根県と連携し、協調学習の研究を共同で進めている。この連携を活かし、教員だけでなく、ICTによって子どもたち同士の交流も行いたいと考える。また、この連携を他校種にも拡大し、学びの質の向上を目指している。

令和の時代の教師の学習観

これらの事例を受け、学校経営が専門の東京大学大学院教育学研究科教授の勝野正章氏は、「改めて教員が学び合えるネットワークの重要性を認識した」と語る。その一方で、2014~2015年にかけて、教員の学びのネットワークについて埼玉県教育委員会と共同研究したときに、教員同士のコミュニティづくりの難しさも痛感したという。同じ教員でもキャリアの差が40年以上あり、対等に学び合うという関係性を構築するにはかなりのハードルがあったためだ。「子どもの学習に対する考え方だけでなく、教師がどう学ぶのかという学習観も変えないといけない」と指摘。ヒントとしては、どう学ばせたいかという授業デザインをもとに話し合ったところがうまく機能していたという。そのような共通言語の必要性を示唆した。

教師に力を発揮してもらうための行政のリーダーシップ

国立教育政策研究所で初等中等教育研究部長を務める藤原文雄氏は、国の教育行政の方針について触れた。中教審の答申でも、これからの教育は学習科学等の実証的な成果に基づいていくことが望まれていることを紹介。また、学校や学校という枠を超えて授業改善を進めていく主体は、一人一人の教職員を置いてほかにないが、教職員の主体性を引き出し、支援する上では、教育長や校長など教育リーダーの不可欠であることを指摘した。マイスター制度を設置するなど「教育リーダーの育成に組織的に取り組んでいる点でもCoREFの仕組みは参考になる」とセッションを締めくくった。

パネルディスカッション④ ビジョン~学びと教育の向かう先を描く~

日本の民主主義、持続可能な社会の担い手を育てる

  • 合田 哲雄 氏(文部科学省 総括官・課長)

  • 石井 英真 氏(京都大学 准教授)

  • 畑 文子 氏(一般社団法人教育環境デザイン研究所 研究員)

これまでのパネルディスカッションで、子どもの学び、教員の学び、それを支える仕組みについて深堀りした。それを受け、パネラー3人がそれぞれの立場から今後の公教育に対するビジョンを示した。

教育基本法に立ち返って教師らしさを変えていこう

文部科学省で科学技術・学術総括管を務める合田哲雄氏は、2008年(平成20年)と2017年・2018年(平成29年・30年)の学習指導要領改訂に携わった。2008年の改訂では、知識・技能の修得・活用・探究が教育のテーマだったが、どのように子どもたちに実施すべきか具体的な手立てがない状態だったという。そのようななか、協調学習に出会えたことは幸運で、埼玉県の取り組みを「眩しい思いで見ていた」と語る。

2021年(令和3年)1月26日に出された中教審の答申「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して」では、これまでより踏み込んで「正解主義」や「同調圧力」への偏りからの脱却が謳われた。建設的相互作用を生む協調学習については、現在の同調圧力に満ち、分断した社会の構造を転換し、きしみを乗り越えるためにも必要と考える。それが、将来の日本の民主主義、持続可能な社会の担い手を育てることにつながると示唆する。教育基本法は、教育の目的を「平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成」と謳っている。その実現に向け、教師の役割をティーチングから、協調学習のコーディネーターやファシリテーター的なものへと変えていく。教員免許や教育制度のあり方についても、議論していくという。

知性と公共性の基盤としての協調学習

研究者の立場でビジョンを語ったのは、京都大学大学院教育学研究科の准教授である石井英真氏。現場で授業改善を軸とした学校改革に取り組んでいる。同氏は、建設的相互作用は未来社会のビジョンだと捉える。それを生むために、協調学習のように、知性や民主主義が溢れる場をつくっていくことが大切と示唆する。 

便利さや効率性が求められる現在、正解ややり方を手っ取り早く得させてくれない、民主主義やそれを支える知性は「まどろっこしい」と敬遠されがちだ。だからこそ学校が踏みとどまり、子どもたちに考え抜く経験をさせることが、社会のあり方を問い直す目を養う上で意義があると主張した。

また、多様化する社会で、快適さを求めるあまり、閉じた自己や社会になっていることを危惧。公教育の場で、異質なものや出来事、他者と、「痛み」を伴いながら出会うことの重要性を訴え、そこから新たな出会いや挑戦を楽しむ心を育んでほしいと述べた。 

勉強は受験のため、格差もやむなしといった世の中の風潮もあるが、公教育はそんな風に割り切れない。「いまの世の中の風潮も理想とされている社会像も大人たちが描いたもの。子どもたちは、大人を超えていく存在。その可能性を信じたい」と語った。

子どものすごさが見える授業を

埼玉県の高等学校の元教員で、現在は一般社団法人教育環境デザイン研究所で研究員を務める畑文子氏は、現場で培った38年の経験からの実感をもとにビジョンを語った。規模や学力がさまざまな学校に赴任するなか、協調学習に出会うまでは、なんの疑いもなく中間・期末テストに対応する授業を行っていた。そのような学習を子どもたちに植え付けてしまった反省があるという。

しかし、当時偏差値40の学校でも、協調学習を取り入れた授業は子どもたちが楽しそうで、その学びの萌芽を目の当たりにしてから思いが変わった。教師は、子どもたちが自分の中に「なぜ?」という空白をつくるのを待たなくてはならないと悟ったという。想定とのズレは、今後の授業に活かせばいい。それを繰り返して、子どもたちも教員も少しずつ進歩していくことが大切だと語った。

石井氏も、子どもの成長を見くびらないことだと強調。普段の授業ではわからないが、学校行事など子ども主体のイベントでは驚くほど力を発揮する子どもたちがいる。舞台に乗せると子どもは変わる。より善くいいものになりたいと子どもは思っているのに、しんどい学校でも進学校でも、授業中に子どもが活躍し、そのすごさを見せる機会が奪われてしまっていると指摘した。

合田氏は、現在の公教育の中で、教員は無意識のうちに大人を越えてほしくないと思っているのではないかと私見を述べた。しかし、それでも子どもたちは大人を越えていく。「私たちは、出藍の誉れを目指すべき」と主張した。

コメント: シンポジウムに寄せて

  • 二見 吉康 氏(安芸太田町教育委員会 教育長)

  • 大久保 昇 氏(株式会社内田洋行 社長)

  • 三宅 芳雄 氏(一般社団法人教育環境デザイン研究所 理事)

  • 白水 始 氏(国立教育政策研究所 副部長・総括研究官/一般社団法人教育環境デザイン研究所 理事)

子どもも教師も学び続ける「協調学習」を、さらに多くの市町へ

安芸太田町教育委員会教育長の二見吉康氏は、「2009年に安芸太田町の教育長に就任してまもなくの頃、東京大学の理事から『大学の研究知を、義務教育の実践に活かしたい。研究現場を大学から自治体に移していきたい』と紹介されたのが協調学習であり、三宅先生でした。」と、三宅なほみ氏との出会いを振り返った。

「先生は、子どもを見つめる目が教師よりも温かかった。『黙っている子どもも考えていないわけではない。話すだけ、書くだけで評価してはいけない』という言葉を今も思い出します。協調学習は、子どもはもちろん、教師も学び続ける場でした。その活動を発信することで、授業研究に貢献できたことに意義を感じます。最初は9市町村だった仲間も、19都道府県29団体まで増えました。今後も新たなCoREFで研究と実践を深め、さらに多くの市町に拡がることを願います。」

教育の目指す方向を示し、後押しいただいた

株式会社内田洋行社長の大久保昇氏は、「三宅先生との出会いは、今から25年前のシンポジウムでした。三宅先生は当社の教育機器を駆使して、大学で実施しているアクティブ・ラーニングをプレゼンしました。自社の製品がこれほど活用されていることに驚き、学習科学に基づく教育にも強く惹かれ、さらに貢献したいと思いました。」と振り返った。

「あのときは大学生の授業でしたが、今回の発表で小学生にも展開できていることに感銘を覚えています。明確な答えのない教育業界、先生には二度三度と進むべき方向を後押しいただきました。本日のシンポジウムも、今こそ我々も社会にインパクトを与えていく時期だと、改めて思うきっかけとなりました。」

なほみが追求したのは、生き方としての学問

一般社団法人教育環境デザイン研究所理事の三宅芳雄氏は、「本日のシンポジウムは、本当に楽しませていただきました。私は、なほみの夫ですが、皆さんのお話から、生前のなほみの知らない一面を知り、もしかしたらなほみの本質を皆さんのほうが理解しているかもしれないと感じました。」とコメントした。

「彼女が大切にしてきたのは、寄り添うという視点だったと思います。自分を決して優位にせず、一緒に生きる。その相互作用の中で同期していくことを目指していたように思います。これは、生き方としての学問ともいえるでしょう。なほみが目指していたもの考えながら、これからも新たな教育への挑戦を続けたいと思います。」

結び:今後に向けて

学習科学を、社会の問題解決に活かす

シンポジウムの最後には、今後のCoREFの活動についてアナウンスがあった。CoREFは、2021年4月より、教育環境デザイン研究所(呼称:Naomi Institute)にプロジェクト推進部門を設置している。今後はそこがプロジェクトのハブとなり、退職した教員の力も借りながら、学習科学を社会の問題解決に活かしていくという。同研究所理事で国立教育政策研究所初等中等教育研究部副部長の白水始氏は、 「協調学習が目指すのは、一人ひとりが『主体』となって学び続けること。その実現の手立てを探る授業研究は、民主社会を創る上でも役立つのではないか」と展望を語る。そのためにも、学びの見とり(評価)を軸として人はいかに学ぶかの科学(学習科学)を作って深めることに実践者、教育行政関係者、研究者、産業界などすべての人が協働して取り組み、次の実践を良くしていくコミュニティの発展が必須になる。これまで以上にさまざまな方とつながりながら、プロジェクトを発展、拡張させていきたいとシンポジウムを結んだ。

記者の目

シンポジウム冒頭に流れた、10年前に協調学習を取り入れた授業のビデオを、当時小学生だった子どもたちが振り返る映像では、そのビデオを見た途端、その内容を鮮明に思い出す様子が見て取れた。「みんなで考えるのが楽しかった」「自分から発言するようになった」という視聴後の感想から、主体的に学び続ける喜びが、確かに今も子どもたちの中に根付いていることを感じた。そして、互いに感化されるように拡がっていく学びは、三宅なほみ氏の手を離れ、教育者の間に拡がり続けている。シンポジウム後のアンケートにも、三宅なほみ氏との思い出や、改めてエネルギーをもらったという声が多く寄せられた。教育とは、後世に生き続ける遺産なのだと再認識した。三宅なほみ氏の偉大な功績を讃えたい。

参考

取材・文・写真:学びの場.com編集部

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