2024.08.19
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意外と知らない"学力調査のCBT化"(第1回) 小中学校対象の大規模調査事例

2018年に掲載した「意外と知らない"大規模学力テスト"」では、大規模学力テストの動向や実施運営上の課題・工夫等の他、当時のCBTComputer Based Testing)に関する動向にもふれました。その後、6年の時が経ち大規模学力調査はどうなっているでしょうか。
ここ数年を見るだけでGIGAスクール構想による1人1台端末の整備、文部科学省によるCBTシステム:MEXCBT(メクビット)の構築・運用開始、全国学力・学習状況調査のCBT化の一部開始、一部の地方自治体での学力調査CBT化の動き等めまぐるしい移り変わりを見せています。今回は、大規模学力調査のCBT化に係る近年の動きを、2024(令和6)年度6月頃までに実施された事例を中心に紹介していきます。

1 CBTとは

CBTは、Computer Based Testing(コンピューター・ベイスド・テスティング)の略で、頭文字を取りCBTと呼ばれています。漢字検定や英語検定をCBT方式で受験したという人も増えているのではないでしょうか。漢字検定は、結果も紙での検定より約1か月早く10日程度で受け取れるそうです。近年では、資格試験でもPBT(従来の紙によるテスト。Paper Based Testingの略)からCBTへ移行する動きが加速しており、例えば司法試験も2026年度からCBTで実施することが公表されています。

意外と知らない“大規模学力テスト”(第3回)」で紹介いたしましたが、今一度メリットを確認しておきたいと思います。

  • 試験会場・試験日等の柔軟な対応が可能
  • 問題用紙・解答用紙の印刷・保管・配送のコスト・手間を省くことが可能
  • マルチメディア(動画、音声等)や様々なツール(表計算機能等)の 利用等、多様な方法での出題・解答が可能
  • たくさんの試験問題を貯めた「問題バンク」やIRT(項目反応理論*)を用いることにより、異なる時、場所で、異なる問題を解いても公正に評価することが可能

*IRTについては、2023年に掲載した「意外と知らない"テスト理論"(第2回)」で解説していますので是非ご参照ください。

2 全国学力・学習状況調査のCBT化

2024(令和6)年7月8日に開催された文部科学省「全国的な学力調査に関する専門家会議」・「全国的な学力調査のCBT化検討ワーキンググループ(CBT化検討WG)」合同会議で、毎年4月に全ての小学校6年生・中学校3年生を対象に実施されている全国学力・学習状況調査について、2027(令和9)年度からオンライン実施に全面移行する方針が発表され、大きなニュースになりました。

2020(令和2)年5月に「全国的な学力調査のCBT化検討ワーキンググループ(CBT化検討WG)」で全国学力・学習状況調査のCBT化の検討が始まり、同年8月に「中間まとめ」、翌年2021(令和3)年7月に「最終まとめ」が発表されました。そこで示された工程に沿って、CBT化が進められてきましたが、全面移行の時期は今回の発表で初めて明らかになりました。

英語の「話すこと」は、まさしくPBTでは測ることができなかった技能で、初回の2019(平成31)年度はオフラインで実施し、音声データをUSBで回収しましたが、2回目となる2023(令和5)年度はオンラインで実施されました。

紙・オフラインでは、全国の小学校6年生、中学校3年生が同じ日の同じ時間帯に一斉に受検してきましたが、CBT(オンライン)化された部分については、アクセス集中を避けて複数日にまたがって実施されています。

CBT化の状況
小学校6年生(約1万9千校・100万人)
中学校3年生(約1万校・100万人)
2022(令和4)年 試行調査等
2023(令和5)年 試行調査等 質問調査と英語「話すこと」(1か月間にわたり、1日あたり500校・4万人程度が実施)
2024(令和6)年 質問調査(2週間で実施)
経年変化分析調査・保護者に対する調査(1か月半にわたり、対象校の半数約600校が実施)
質問調査(3週間で実施)
経年変化分析調査・保護者に対する調査(1か月半にわたり、対象校の半数約750校が実施)
2025(令和7)年予定 質問調査 理科(4日間で実施)と質問調査
2026(令和8)年予定 質問調査 英語(4技能全て・4~5日間で実施)と質問調査
2027(令和9)年予定 全て(国語・算数も全員CBTで実施) 全て(国語・数学も全員CBTで実施)

同じ問題だと、2日目以降は受検前に問題の内容を知ってしまう可能性もあるため、2023(令和5)年度の英語「話すこと」の正答率等は、1日目に受検した499校・41,966人の結果を基に推定された値が公表されました。

この問題を回避するため、2025(令和7)年度以降は、CBTとIRTを組み合わせて、異なる問題での実施が検討されており、「最終まとめ」では、「CBTを活用する意義」だけでなく、「IRTを活用する意義」も示されました。

IRTを導入することにより、一度の調査で多数の領域の問題を出題して幅広いデータを取得することや、今まで以上に細やかなフィードバックができること、年次をまたいだ学力の比較も可能となること等が期待されています。

一方で、IRTでは問題や、問題ごとの正誤が非公開となることで、間違えた問題の復習ができないという課題もあります。

3 学校現場のICT環境の課題

2でCBTは「アクセス集中を避けて複数日にまたがって実施」されると述べましたが、学校内ではやはり全クラス一斉実施が求められるため、学校現場のネットワーク環境も課題となっています。

GIGAスクール構想により、全ての小中学校に1人1台端末の環境が整備されましたが、高速大容量の通信ネットワークの整備の方はまだ完全とは言えないようです。2023年11~12月に文部科学省が行った調査によると、「当面の推奨帯域を満たす学校は2割程度。特に学校規模が大きくなるほど当面の推奨帯域を満たす学校の割合が少なくなる傾向」があるそうです。

帯域に問題が無い学校でも、アクセスポイントとの接続が不安定になりやすい席があったり、調子の悪い端末があったりと、不安要素が残るようです。2024年4月に出された「学校のネットワーク改善ガイドブック」等を参考に、全員が安心して実力を発揮できる環境にしていく必要があります。

4 地方自治体のCBT学力調査

文部科学省が実施する全国学力・学習状況調査がCBT化へ大きく舵を切る中、各地方自治体の独自の学力調査や、民間の標準学力調査にもCBT化の事例が見られるようになってきました。都道府県単位の学力調査を中心にいくつか紹介します。

①紙で実施してきた学力調査のCBT化

段階を踏んで全面実施へ

埼玉県では、2015年度から埼玉県内(さいたま市を除く)の小学校4年生~中学校3年生(約1050校・29万人)を対象に、「埼玉県学力・学習状況調査」を紙で実施してきました。IRTを用いているため、問題は非公開で、結果は点数ではなく、36段階の「学力のレベル」で表示され、6年間の「学力の伸び」を把握できるという特徴があります。

CBT化に向けて準備を計画的に進め、2021年度に試行調査、2022年度に予備調査・プレ調査(それぞれ10校程度)、2023年度は選択制(CBTを36市町村、PBTを26市町村が選択)で実施した上で、2024年度調査では全面的にCBTへの移行を実現しています。

「令和5年度 埼玉県学力・学習状況調査報告書」の工程表を見ると、児童生徒のICT活用能力の確認、学校の通信環境の確認、「学力の伸び」をCBT化後も継続して測定するための仕組みの構築等、紙からCBTへ移行するにあたり様々な観点を踏まえて準備を進めたことがわかります。

CBTならではの利点を活かした取組として、児童生徒に返却する個人結果票へ、問題領域ごとの解答時間や、県平均と比べて時間をかけた問題等の解答ログを用いた分析結果が盛り込まれています。紙で実施していた際には、取得できなかった指標です。

また、京都府では、1991年から京都府内(京都市を除く)の小学校4年生、6年生(約200校・各9000人。2013年度から、6年生は中学校1年生に変更)を対象に「京都府小学校基礎学力診断テスト」を、2002年度から中学2年生(約100校・9000人)を対象に「京都府中学校学力診断テスト」を2021年度まで紙で実施してきました。

2021~2022年度まで30校で試行・実証研究を行ったうえで、2023年度から「京都府学力・学習状況調査~学びのパスポート~」として、小学校4年生~中学3年生を対象に、全校でCBT・IRT方式の新たな学力調査が実施されています。

スピード感のある結果返却

山口県も、2013年度から小学校3年生(現在は5年生)~中学校2年生(各学年1万人)を対象に実施してきた「学力定着状況確認問題」を、2022年度からCBT化しました。児童生徒の発達の段階に応じた情報活用能力、デジタル読解力等の資質・能力の育成を図るため、カラーの図表を取り入れた問題や、動画を活用した漢字の書き順や英語の状況説明問題など、CBTの特徴を活かした問題が出題されています。

選択式・短答式問題はシステムが自動採点し、長文記述問題は教員がAIの補助を用いて採点することで、実施の1~2週間後に成績返却と、「やまぐちっ子の学力を育む検証・改善委員会」の提言にもある「CBTシステムの導入によるスピード感のある情報提供等」が実現されているようです。 

その他、2021年度~「愛媛県学力診断調査」、2022年度~「さいたま市学習状況調査」、2023年度~「みえスタディ・チェック」などもCBT化されているようです。「愛媛県学力診断調査」は、県が独自に開発した「えひめICT学習支援システム(EILS:エイリス)」上で実施されており、このプラットフォームは、学力調査だけでなく、定期テストや小テスト、ドリル等も行うことができ、ペンや指で画面上にメモもできるそうです。

②CBTならではの学力測定

教科等横断的な問題の学力調査

千葉県は、千葉県内(千葉市を除く)の小学校3年生~中学校2年生を対象に、これからの社会で求められる学力を想定した教科等横断的な問題の学力調査「ちばっ子学びの未来デザインシート事業」を実施しました。CBT化を前提に問題を作成し、2021年度は紙で約220校・1万8千人が、2022年度からはCBTで、2022年度は約7割の600校・15万人、2023年度は全校約960校・26万人が受検しました。

問題例が多数公表されており、中身を見てみると、カラーの図表や、パネルを用いた解答方法、動画の活用等、紙で実現できない(しにくい)CBTならではの問題を多数出題していることがわかります。

英語のスピーキング力や、読解力の強化に

広島県は、県内全域の中学3年生を対象に、英語「話すこと」の独自調査を実施しました。2022年度の予備調査を経て、2023年度は全校約240校・1万9千人が受検しました。

この調査では、1人1台端末のほかに、話すことの解答を吹き込むためのヘッドセットが必要となりましたが、全国学力・学習状況調査の英語「話すこと」調査で配布されたものを活用したとのことです。また、調査自体も文部科学省のCBTシステム:MEXCBTを利用しての実施であり、国の施策を有効活用して、英語力の向上を図っています。

また、新潟県燕市では、2021年度から、生涯にわたって学び続けるための土台となる「読解力」を育成する『「読解力」育成プロジェクト』の一環として、小学校6年生~中学校3年生を対象にCBTによる「リーディングスキルテスト」を実施しています。

このテストは「教育のための科学研究所」が提供するもので、複数の問題タイプから読解力を多面的に測り、つまずきの原因となる学習スキルの習得不足、基礎的な知識の欠落、気づかない不適切な学習行動といったさまざまな学習の阻害要因を突き止めるテストです。

受験者の解答に応じて、次に出題される問題のレベルが自動調節され、紙で同じ問題セットに全員が解答する場合より、読解力をより正確に診断することができるそうです。燕市では、このテストの結果を活用しながら、授業改善、家庭学習改善などに取り組んでいます。

5 国際調査PISA

OECD(経済協力開発機構)が、義務教育段階を終了した15歳を対象に、2000年から3年おきに実施している学習到達度調査(PISA・Programme for International Student Assessment)も、第6回目となる2015年からCBTに移行されています。2022年の調査では、81か国・地域の約69万人、日本からは高校1年生約6000人が参加しました。

各回の中心分野(2015:科学的リテラシー、2018:読解力、2022:数学的リテラシー)の公開問題のCBT画面と解説の資料から、表計算ソフトやシミュレーションを用いた出題もあることが分かります。

また、生徒の解答結果に応じて出題内容を変える「多段階適応型テスト」手法の一部導入などCBTの特徴を活かした調査となっており、前述のIRTの理論を用いた経年比較も実施されています。

6 まとめ

今回紹介した事例を振り返りますと、新型コロナウイルス感染症の流行により当初予定より加速したGIGAスクール構想による学校への端末やネットワークなどのインフラ整備が一気に進んだこと、文部科学省がCBTシステムであるMEXCBTを構築し運用が開始したこと、全国学力・学習状況調査でもCBT化への動きが具体的に進んでいること、自治体においても、今まで紙で実施してきたものに加え、紙では測ることができなかった能力の測定や指標を加えるなど進化したかたちでの事例も出てきており、今後日本全国でのCBT化への流れはさらに進むのではないかと考えられます。

次回は、今回少し文章中にも出てきた文部科学省のCBTシステム「MEXCBT」についてより掘り下げて紹介します。

構成・文:内田洋行教育総合研究所 主任研究員 櫻井 賢治

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