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教育インタビュー

2021.04.21
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山本幹雄 アクセシビリティリーダーの活躍で多様性の実現へ

社会全体のユニバーサルデザイン化に貢献

近年、多様性やダイバーシティという言葉が日常的に使われるようになってきている。しかし、多様性の推進のために何をすればいいのか分からない、という人も多いのではないだろうか。そこで重要になってくるのがアクセシビリティの向上である。アクセシビリティとは一体、どのようなものか。アクセシビリティリーダー育成協議会を通じて、全国でアクセシビリティに詳しい人材を育成している、広島大学アクセシビリティセンター・山本幹雄センター長にお話を伺った。

様々な分野で新しい可能性を開拓できる人材育成を

広島大学アクセシビリティセンター 山本幹雄センター長

学びの場.com

アクセシビリティとは何か、改めて教えてください。

山本幹雄(敬称略 以下、山本)

アクセシビリティとは、端的に言えばアクセスのしやすさです。文脈に応じて、学びやすさ、参加しやすさ、利用しやすさ、伝わりやすさ等、幅広く使われています。近年、多様な状況にいる多様な人をアクセス可能にするにはどうすればいいか、様々な場面で考えることの必要性が増しているのではないでしょうか。

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アクセシビリティリーダー育成協議会について教えてください。

山本幹雄

2004年にマイクロソフト株式会社と広島大学が、IT時代に重要性が増してくる概念である、セキュリティとアクセシビリティをテーマに協働活動をすることになり、その中でアクセシビリティの教育と人材育成のために発足したのがアクセシビリティリーダー育成プログラムです。

最初は広島大学の学生を対象にしていたのですが、文部科学省の「質の高い大学教育推進プログラム(教育GP。Good Practiceの略。)」というプロジェクトに応募して採用されたことをきっかけに、広島大学のプログラムをオープン化する流れになりました。障がいのある学生のサポートについて取り組みの進んでいる他大学などにも声をかけ、日本学生支援機構の協力も得て、2009年に設立したのがアクセシビリティリーダー育成協議会です。これにより、他大学の学生や教職員、社会人の方もアクセシビリティリーダーの資格を取れるようになりました。現在23大学が会員になっています。

アクセシビリティを学び、社会で活躍する

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アクセシビリティリーダーとはどのような人材ですか。

山本

アクセシビリティや多様性についての素養をもち、各々の専門分野で新しい可能性を開拓できる人材のことです。アクセシビリティの専門家を育成するという趣旨ではありません。大学生を対象に始まったプロジェクトなので、いろんな分野の勉強をしている学生がいます。アクセシビリティの知識をもつ学生たちがアクセシビリティリーダーとなり、社会に出て様々な分野で活躍していくことで、アクセシビリティや多様性への理解が広まり、社会全体のユニバーサルデザイン化に貢献できると考えています。

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アクセシビリティリーダー育成プログラムについて教えてください。

山本

育成プログラムは、第1教育課程と第2教育課程の二つに大きく分かれています。

第1教育課程はオンラインの教育課程で、修了すると2級のアクセシビリティリーダー認定試験を受けられます。協議会のeラーニングのシステムを利用し、導入編と基礎編をオンラインで学びます。導入編は大学の授業1コマ分、基礎編は6コマ分程度の内容で、確認テストで80%以上正答する必要があります。協議会から各会員団体(大学・企業・機関)に必要な数のアカウントを発行して、オンライン講座を受講してもらっていますが、各大学で用意されているe-learningシステムに講座を移植して受講いただくことも可能です。広島大学では、学内のe-learning システムにオンライン講座を移植して、全学生・教職員がオンデマンドで同講座を受講できるようにしています。

認定試験に合格するだけでなく、所属する大学や企業からの推薦があって初めてアクセシビリティリーダーとして認定されます。推薦要件は、会員団体毎に設定することができます。例えば第1教育課程の修了に加えて、推薦要件として、障害のある学生の修学支援活動を課している大学もあります。

第2教育課程は、アクセシビリティに関する30時間以上の支援経験と15時間以上のコーディネート演習で構成されます。各大学の教育課程がその水準を満たしているか審査があり、協議会の承認が必要となります。まずは30時間以上の支援経験。授業、研修、支援活動など大学によって内容は異なります。広島大学の学生の場合は「障害学生支援ボランティア実習A・B」の単位を取得することになります。意識・知識を学び、移動支援から点訳や手話、筆記通訳などの技術を身につけます。

15時間以上のコーディネート演習では、アクセシビリティに関するプランニング等を行う演習型の授業や研修が指定されています。 広島大学の学生の場合は、「現代アクセシビリティ研究」という演習型の授業の単位取得が課せられています。

企業の協力を得て、資格取得学生を対象とした、研修合宿(アクセシビリティリーダーキャンプ)も実施しています。コロナ対応のこともあり、昨年度からWebセミナー形式で実施していますが、例年は、2泊3日~3泊4日のスケジュールで合宿を行っています。

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アクセシビリティリーダーの活躍事例にはどんなものがありますか。

山本

資格取得学生の活動の場として、インターンシップがあります。富士通株式会社やマイクロソフト株式会社にインターンを受け入れてもらったこともありましたが、最近は、学内や地域でのインターンシップを行っています。広島大学アクセシビリティセンターでは、1級資格をもったインターンが学生スタッフの主力となっています。

また、地域インターンシップでは、大学がある地域の声に応えて、アクセシビリティリーダーを派遣しています。特別支援学校に通う高校生に勉強を教えたり、キャンパスのある東広島市の福祉事業の中で、障がいのある子どもが放課後に外で遊ぶのをサポートする活動を行ったりしています。

また、広島大学附属病院に長期入院する高校生を対象とした、個別学習支援もおこなっています。 高校生向けの院内学級がとても少ない事に課題意識をもっていた元校長先生からの照会をきっかけとして始まったプロジェクトです。東広島キャンパスからは少し遠いことや、病院内で学習支援を行うためには、予防接種等の感染症対策が必要であったり、派遣するリーダーにかぜ症状がある場合は派遣できなくなるなどの課題があったためコロナ禍になる以前から、オンラインでの学習支援も行っていました。現在はオンラインのみで学習支援を行っていますが、大きな混乱なく昨年度も対応することができました。

認定試験のアクセシビリティ

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アクセシビリティリーダー認定試験について教えてください。

山本

2級の認定試験はオンライン講座の内容から出題されます。択一式の問題が50問出題され、2019年度までは各大学を試験会場としていました。

1級の認定試験は択一式の問題50問に加えて、30分間の論述試験もあります。開始当初は面接試験もありましたが、面接試験に代わる形で論述試験が出題されています。択一式問題は1級の方が難しい内容になっていますが、合格率は1級の方が高いですね。2級を飛ばして、1級の認定試験を受けることも可能です。

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2020年度の認定試験はCBT(コンピュータを使った試験方式)で行ったということですが、変わったことはありますか。

山本

CBTによる試験では、各受験者の解答と採点結果データがすぐに出るので便利ですね。一番のメリットは、自宅からの受験が可能になったことです。試験監督をする職員の確保も不要になりました。試験は毎年12月に行われるのですが、インフルエンザの流行や積雪への対応、さらには地震による影響もあり難しい面がありました。

受験のオンライン化についてはカンニング等の不正防止という課題があったのですが、暗記型ではなく考えるタイプの試験なので、特に問題ないのではないかという流れになりました。コロナ禍の2020年の3月からCBT採用に向けての検討が本格的に始まり、オンライン化へと踏み切りました。実際、平均正答率や合格率がマークシートで実施した場合より上がるということもありませんでした。オンラインで受験しやすくなったことで、受験者が増え、むしろ下がったくらいです。

さらに、アクセシビリティ対応でもメリットがありました。ペーパー形式の試験では、介助や別途パソコン受験用の試験問題や解答用紙を用意する必要があったケースも、CBTでは自分のパソコンのブラウザに設定している文字サイズで表示したり、音声読み上げソフトを使ったりできるため、対応がスムーズで、特別措置申請の件数も減りました。

テスト中に操作方法が分からない、使用しているパソコンやブラウザのバージョンに対応していないといったトラブルが起きる可能性があるので、リハーサルの日程を設定し、マニュアルを配布して、受験者に動作確認と操作練習をしてもらいました。何件か不具合は起きましたが、CBTの問題ではなく自宅のインターネット環境の問題でした。初めてのシステムでいきなり試験を受けるのは不安なので、リハーサルがあってよかったという声が多く、来年度からも必要だと感じました。当日パソコンやインターネットのトラブルでフリーズして解答できなかったという受験者には、アクセスログを確認したうえで。追試験を行って対応しました。

学びの場.com

CBTシステムはどのように選んだのですか。

山本

CBTについて検討していた際にいろいろと調べ、CBTシステム「TAO(タオ)」を知りました。PISA調査などの実績もあり、たくさんある問題の中から受験者によって異なる問題をランダムに出題する機能もあるということで、利用を決めました。試験の日程は大学によって異なり、2日間設定している大学もあるので、試験問題を事前に知ってしまう受験者がいないようにすることは大きな課題でした。

また、広島大学では広島大学独自のウェブアクセシビリティ指針に沿って、アクセシビリティ対応ができるように努めています。アクセシビリティリーダー育成協議会でも、WEBコンテンツや採用するシステムについては、例えば、国際標準化機構W3Cが公開しているガイドラインWeb Content Accessibility Guidelines (WCAG) (日本ではJIS X8341-3『高齢者・障害者等配慮設計指針-情報通信における機器、ソフトウェア及びサービス-第3部.ウェブコンテンツ』)の達成基準への適合状況を検討しています。これは、利用している環境や端末、インターフェイス等、障がいのある人も含めた様々な利用者や状況を想定し、ウェブサイトをアクセシブルにするためのルールを定めたガイドラインとなっています。「TAO」は、この観点からも私たちの基準をクリアしていました。目立った混乱もなく、配慮が必要な受験者からも困っているという報告は受けていません。

早い段階からアクセシビリティの考え方に触れる機会を

学びの場.com

小中高でボランティアやダイバーシティについて授業を行うためのヒントはありますか。

山本

大学生向けの内容ですが、高校生でもオンライン講座を受けて2級の認定試験を目指すことはできるのではないかと思います。ただし、個人での申し込みは受け付けていませんので、学校単位になります。「会員」になると、年会費10万円で、何人でも受講・受験可能です。「協力団体」は年会費は無料で、1人8000円で受講・受験できます。小中高でも多様性やアクセシビリティを学ぶメリットはあります。実際に、小中高で教鞭をとる卒業生から、アクセシビリティやユニバーサルデザインの授業を行いたいので意見もらえないか?という問い合わせがあったこともあります。少し考えたり学んだりしたことがあるか無いかで、アクセシビリティや多様性に対する理解は大きく変わると思います。小中高で少しでもアクセシビリティについて学ぶことの意義は少なくないと思います。

オンラインでは特に、必要な情報をミニマムに取得して学習できるというメリットがあります。アクセシビリティを学ぶスタイルとして、オンラインは適しているでしょう。もちろん、オンラインだけでなく体を動かす対面の授業と組み合わせることでより理解が深まります。成長の早い段階からアクセシビリティに触れることで、社会全体の多様性に対する意識も向上していくのではないでしょうか。

記者の目

コロナ禍によるオンライン化の流れが生まれる前から、長期入院している高校生を対象とした家庭教師を派遣するための感染症対策としてオンライン化へ向けて動いていた話が印象深い。多様性という言葉が広く使われるようになった今、アクセシビリティについての意識を高め実践していく必要性がより高まっている。これからさらに、アクセシビリティリーダーの活躍の場が広がっていくのではないだろうか。

山本 幹雄(やまもと みきお)

広島大学アクセシビリティセンター・センター長。専門は、教育アクセシビリティ。広島大学で、障害のある学生のための修学支援(合理的配慮)やアクセシビリティ推進事業の企画・運営を行うとともに、アクセシビリティリーダー育成事業において、事務局運営や教材作成、認定試験運営などで中心的な役割を果たしている。また、教育のユニバーサルデザイン化推進に関わる地域連携ネットワーク「UE-Net」等の連携事業を企画・推進している。

取材・文・画像:学びの場.com編集部

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