2022.04.11
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海外にルーツを持つ子どもたち(後編) 日本語教育・学習支援の専門家にインタビュー

前編では、YSCグローバル・スクールで実施された高校進学準備クラスの授業をリポートした。後編では、授業者の密山和香子さんと、多文化コーディネーターの今岡光枝さんに、YSCグローバル・スクールが提供するサポートや、学校での支援に対する提言などを伺った。

授業者に聞く

居場所支援としての役割

学習支援担当の密山和香子さん(左)と多文化コーディネーターの今岡光枝さん(右)

――YSCグローバル・スクールには、どのようなルートから入ってくる子どもが多いのでしょうか?

密山和香子(敬称略 以下、密山)学校に在籍している子どもの場合は、学校の先生や、スクールソーシャルワーカーの方などから連絡をいただくこともあります。また、当スクールの卒業生の兄弟姉妹であったり、保護者の知人を紹介されることも多いです。

――学校に在籍している子どもの場合、どのような理由で先生が連絡してくるのでしょうか?

今岡光枝(敬称略 以下、今岡)いろいろなケースがありますが、来日したばかりで日本語がまったくわからない生徒がいるので、まずは日本語の勉強を、というケースは多いです。また、おしゃべりはできても、授業になるとまったくわからないといった生徒や、反対に学校で全く話さないので、日本語がわかっていないのではないか、ということでつながることもあります。

たとえば、学校の先生が「学校でまったく話さないんです」と心配していた生徒がいました。こういったケースはめずらしいことではありません。けれども、そいういった子どもたちも私たちの前では、学校での出来事や好きなゲームやアニメの話など、たくさん話してくれます。また、当スクールにきたことで「友だちができた」「皆とワイワイ勉強できるのが楽しい」と話してくれる子も多いです。

――YSCグローバル・スクールが子どもたちの居場所になっているんですね。

密山 そうですね。中には不就学・不登校の状態にある子もいるので、日中の居場所としてのサポートも提供しています。また、オンライン授業「NICO|こども×にほんごプロジェクト」も、学習支援だけでなく、居場所支援の側面を持っています。

子どものための日本語教育支援の質と量は地域により格差が大きく、海外ルーツの子どもが少ない地域に住んでいる子どもは孤立無援の状態に陥りやすいです。元々そのような地域にも支援機会を広めるためにオンライン授業がはじまったのですが、コロナ禍以降は感染対策も兼ね、オンラインと対面利用の「ハイブリッド形式」で授業が行われるようになりました。オンラインで参加する子どもたちに一体感を味わってもらうためにも、録画ではなく、教室の子どもたちと一緒にライブで学んでいただくことにこだわっています。

高校進学、就労のサポート

――高校進学準備クラスでは、学習支援だけでなく、進路情報の提供や進路相談も行っているそうですね。具体的には、どういった形で進路サポートをしているのでしょうか?

今岡 都内には、来日3年以内の外国籍の子どもを対象とした「在京外国人生徒対象の入試」を実施している都立高校が8校あります。試験科目が、面接と作文(日本語もしくは英語)で、進学後のサポートもしっかりしているので、受験資格を持った子どもにはこの制度を使って高校に進学するよう勧めています。

密山 日本国籍の子どもや、来日3年以上を経過しており受験資格を持たない子どもには、比較的手厚いサポートがある学校や、海外ルーツの生徒が多い高校を紹介するようにしています。ただし、地方ではサポートのある学校へのアクセスに限りがあることも多いです。その場合は、夜間定時制高校に行く選択をする子もいます。夜間定時制高校の中には、実態として海外ルーツの子どもが多く通っているという理由で、日本語のサポートが行われている学校もあります。

――高校進学後は、どのような進路を選ぶ子どもが多いのでしょうか?

密山 日本人の子がそうであるように、海外ルーツの子も人それぞれで、大学や専門学校に進む子もいれば、就職する子もいます。ただ、正確なデータを確認したわけではないですが、YSCで多くの卒業生を見送った実感として、年々進学率は上がっている気がします。

――YSCグローバル・スクールでは、15歳以上の若者を対象とした「生活者向けプログラム」も用意されていますね。主に就労支援を行うプログラムかと思いますが、具体的にはどういった支援を行っているのでしょうか?

密山 日本語がほとんど話せない方には、まず日本語を集中して学ぶ約2ヶ月半のコースに入ってもらいます。日本語がある程度話せる方には、仕事の日本語コースを用意しています。例えば日本の職場での電話対応や、履歴書で使う日本語表現などを扱っています。また、仕事探しやキャリア相談などのサポートもしています。

今岡 日本語が話せても文字の読み書きができない人も多いので、ひらがな・カタカナの読み書きコースも用意しています。

――海外にルーツを持つ子どもの進路には、さまざまな困難や苦労がつきまとうと思います。一方で、海外にルーツを持つからこその強みや可能性もあると思うのですが、いかがでしょうか?

密山 複数の言語や文化に通じ、その橋渡しができる人として育つ可能性を秘めていると思います。一方で、海外ルーツの子だからといって周りの大人が過剰な期待を寄せたり、ある種のアイデンティティを押し付けたりしてはいけないと感じています。なにか特別なことができなくても、この国で暮らすひとりの人間として言語やルーツの壁で不当に排除されることなく生きていけるような社会になってほしいなと思っています。

切り離すだけでなく、みんなで一緒にできることを考えてほしい

――いまの日本では海外にルーツを持つ子どもに対する支援制度が整っているとはいえず、どのようにサポートすればいいのかわからない学校の先生も多いと思います。日本語教育・学習支援の専門家として、なにか提言できることはありますか?

密山 当スクールのような専門的な場所で、集中的に支援するのもひとつの手だと思います。ただ、海外ルーツの子ではなくても、発達障害の子や不登校の子など、さまざまな背景を持つ子どもをそれぞれの専門家に任せ続けることだけが、支援の手立てではないはずです。多様な子どもたちが一緒に学ぶことを「インクルーシブ教育」といったりしますが、切り離すだけでなく、みんなで一緒にできることを考えるのも大事なことではないでしょうか。

たとえば、海外ルーツの子に関しては、言語的な負荷をカバーするビジュアル要素を用いて表現する手立てを取り入れたり、先生がその子にも分かりやすい日本語の語彙で導入することで、他のみんなにも分かりやすくなることもあるのではないかと思います。

今岡 これは提言というより私の願いですが、海外ルーツの子を「外国人の生徒」「大変な子」として接するのではなく、同じクラスのひとりの人間として接してくれる人が増えるといいなと思っています。学校だけではなく、社会全体でも同じことがいえます。海外にルーツを持つ人を「何々人」として見るのではなく、同じ地域に住むひとりの人間として見てくれる人が増えれば、もっといい社会になっていくのではないでしょうか。

――ありがとうございました。

記者の目

日本社会はすでに多様な人々とともに歩む時代へ入ろうとしている。いまは教室に1人いるかいないかの存在であった海外にルーツを持つ子どももますます増えていくだろう。そのとき学校教育の現場では、日本の子どもと海外ルーツの子どもを切り離す方向にいくのだろうか。それともみんなで一緒に学べる環境づくりを行っていくのだろうか。それぞれにメリット・デメリットはあるだろうが、個人的には密山先生が提言したインクルーシブ教育の可能性をもっと考慮してもいいのではないかと思った。

取材・文・写真:学びの場.com編集部

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