2020.02.12
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学力格差に挑む~家庭・地域・学校にできること 学力格差全4巻 出版記念シンポジウム

2020年1月25日、学力格差について長年研究を続けてきた大阪大学大学院人間科学研究科の志水宏吉教授監修による書籍「シリーズ・学力格差」全4巻の出版を記念したシンポジウムが、大阪ユビキタス協創広場 CANVASで開催された。志水教授をメインゲストに迎えての基調講演とパネルディスカッションの模様をレポートする。

1.<基調講演>「学力格差という課題」

大阪大学大学院人間科学研究科教授
志水 宏吉氏

「つながり」の視点から、学力格差を考える

大阪大学大学院人間科学研究科 志水宏吉教授

大阪大学大学院人間科学研究科の志水宏吉教授が登壇し、講演がスタートした。まず、これまでの研究について、大阪大学の池田寛教授らによる「学力・生活総合実態調査」(1989年)をもとに、当時と同じ学校で同様の調査問題を使い、2002年に比較調査を行ったことを振り返った。この調査では、学力の2こぶラクダ化(二極化)と、貧困家庭の子どもが多くても学力が高い「効果のある学校」の存在を発見し、これが今日まで続く、学力格差をどう克服するかという研究へとつながっていったと述べた。

志水教授は「家庭、学校、地域における子どもたちと周囲のつながりの格差が学力に強く影響する」と解説。冒頭で述べた調査の中では低得点層が少ないという成果が出た学校に注目して、同校でフィールド調査を実施した。その結果、さまざまな人間関係のつながりによって「社会関係資本」が増え、学校生活を乗り切るのが難しい「しんどい層」を支えたことが見えてきた。また、昔は都市部と地方の地域格差が学力格差につながっていたが、2007年のデータでは該当しなかったため、他の統計データと突き合わせると、離婚率、不登校率、持ち家率との関連性が強かった。それが家庭、学校、地域とのつながりを意味すると考え、「つながり格差」として問題提起し、教育現場を改善したいとの思いで、大阪府教育委員会とともに子どもの学力を支える学校づくりのポイントをまとめた「スクールバスモデル」を考案。現在も情報発信し続けているという。

社会に格差を生む差別的な事象があるなら、それを正していく

続いて、志水教授は、自身が監修した書籍「シリーズ・学力格差」を学力格差調査の集大成として紹介した。国内外の研究論文をまとめ、国際学力調査のデータなどを再分析した『第1巻統計編 日本と世界の学力格差』、家庭の協力を得るという画期的な方法で、子育ての内情に迫った『第2巻家庭編 学力を支える家族と子育て戦略』、教育現場における学力格差の拡大・縮小のプロセスを追った『第3巻学校編 学力格差に向き合う学校』、学力格差に対する世界の取り組みについて現地調査した『第4巻国際編 世界のしんどい学校』の全4巻である。

志水教授によると、社会学的には、格差とは「個人」間の差異を扱うものではなく、例えば、貧困家庭に生まれ育った子どもとそうでない子どもの格差といった「集団」間の差異が問題だという。そして重要なのは、世の中が公正ならそのような格差は生まれないということ。「社会に格差を生む差別的な事象があるなら、それを正していくという考え方でいる」と志水教授。イギリスのブレア首相政権下で多大な予算を投じて実施された学力支援政策が功を奏した例を紹介し、「しかるべき予算と人員を投入しないと、大規模に学力向上を実現することは難しい。日本は、現場の踏ん張りでなんとか回している側面があるのではないだろうか」と指摘した。

現在、志水教授が委員を務める日本学術会議「排除・包摂と教育分科会」は、すべての市民に無償で高等学校段階までの普通教育を提供することを目指して活動している。「社会的な不平等や格差は、教育の力だけでは100%なくなりはしないとは思うが、できる限りのことをやっていきたい」と語った。

2.<パネルディスカッション>「学力格差の克服に向けて」

・学力格差に向き合う学校の取り組み(若槻 健氏:関西大学、コーディネーター)
・学力格差の実態把握(川口 俊明氏:福岡教育大学)
・家庭の教育戦略(伊佐 夏実氏:宝塚大学)
・世界の学校の取り組み(ハヤシザキ カズヒコ氏:福岡教育大学)
・教育行政の立場から(村田 かおり氏:兵庫県教育委員会)
・小学校長の立場から(山崎 一人氏:大阪市立小学校長)
・保護者の立場から(中村 泰久氏:X市小学校PTA)

学力格差への学校の取り組みで見えてきたこと

『第3巻学校編 学力格差に向き合う学校』

書籍「シリーズ・学力格差」で学校編を担当し、パネルディスカッションのコーディネーターを務めた関西大学の若槻健教授は、異なる2つの校区における学校4校を3年間、追跡調査したことを紹介。調査を通し、どのような取り組みに効果があるかではなく、取り組みを効果的にする条件は何かを考えるのが重要で、効果は、取り組み自体ではなく、学校の状況に依存していると確信したという。また、「家庭環境が厳しい子どもが多い “しんどい”学校では、学び合いや家庭・地域との協働が重視されていて、人間関係が不安定になると厳しい状態になることが確認できた」と若槻教授。

一方、学力格差への家庭の影響力は大きいが、教師の個別指導や周囲にいる仲間の力など学校の取り組みが効いて、学力を向上させたりドロップアウトせずに乗り切れたりすることや、低学年で学習習慣などを身に付けておくと、勉強が苦手な子でもその後やり切れる例を挙げ、「子どもたちがなんとか卒業できるよう、学校の先生や仲間がやっていることに注目する必要がある」と語った。

学力格差の実態把握のため、継続的な統計データを取ることが必要

『第1巻統計編 日本と世界の学力格差』

書籍「シリーズ・学力格差」で統計編を担当した福岡教育大学の川口俊明准教授からは、まず、日本の調査は子どもや学校を対象としたものが主で、他国では実施が当たり前となっている教員調査や保護者調査が日本ではほとんど実施されておらず、日本の学力研究は30年くらい遅れていると指摘があった。そのため、研究にはTIMSS(国際数学・理科教育動向調査)やPISA(OECD生徒の学習到達度調査)といった国際学力調査のデータを使用するという。

今回は、日本を含む10カ国の「PISA2009から2018における読解リテラシーの変化」や「PISA2018で移民を除いた読解リテラシーの平均値」について取りあげた。親の学歴や年収などの影響度を横軸、成績を縦軸に取ったグラフを用い、日本は比較的、親の影響が少ない反面、ドイツなどでは強く影響していると解説。また、他国は移民のデータを除くと学力が上がるが、日本は移民を含むデータがなく、移民を除いたデータを他国と比較すると、日本の学力が低いことがわかった。「このような実態を把握できているのか。実態を把握せずに対策してもうまくいかないと考える。日本でも継続的に調査しデータを残す必要がある」と問題提起した。

学力を支える家庭の教育戦略を探る

『第2巻家庭編 学力を支える家族と子育て戦略』

書籍「シリーズ・学力格差」で家庭編を担当した宝塚大学の伊佐夏実講師は、就学前と就学後の4年間、同じ家庭を追跡調査した。学力格差をテーマに家庭の子育てを分析することで、子育ての価値を一元化しかねないことなどを懸念し、研究の難しさを感じたが、「調査対象家庭でできていることを実現するための環境づくりや、学校・地域にできる子育て支援を考えるきっかけにしたい」と取り組んだという。

実際、学校との関係性において、小学校に入ると送迎が無くなるため、教師と保護者の接点が減って正確な情報が伝わらない問題点があることや、宿題の丸付けなど、家庭の協力を前提にしたものが当然のようにあり、対応できる家庭とそうでない家庭の差を際立たせることがわかってきた。一方、幼稚園の先生の勧めで読み聞かせをする家庭が多いことや、読書を推進する学校では子どもがよく本を読むなど、学校の働きかけが実を結ぶ例もあった。伊佐講師は「家庭と学校がコミュニケーションを取り、学校・地域または政策の面で家庭や子どもをどう支えられるのかを考えることが重要」と述べた。

世界の学校を見てわかること

『第4巻国際編 世界のしんどい学校』

書籍「シリーズ・学力格差」で国際編を担当した福岡教育大学のハヤシザキカズヒコ准教授は、国際班メンバーがヨーロッパと東アジアの7カ国を訪問し、自身はイギリスを担当したと述べ、各国の学力格差是正策について説明した。

それによると、イギリスではモニタリング(外部機関が学校を訪問して目標達成状況を評価する等)や個別指導、早期教育などに力が入れられており、生活支援など地域・民間団体・行政との連携を通じたさまざまな対策も実施されていることがわかった。「その徹底され具合が日本とは違う。例えばイギリスでは国レベルで学力格差のモニタリングを実施し、早いところは3歳児から調査が始まり、4歳から個別指導をするなど早期の介入が可能になっている。子どもへの対応の仕方などを学ぶ保護者向けプログラムを学校が提供したり、学校に保護者を支援するスタッフが常駐していたり、教育現場の対応が手厚い」とハヤシザキ准教授。また、イギリスだけでなく東アジアも含め、格差克服に役立つと思われるものには国を挙げて資金を出しており、その額は日本とは桁違いであると指摘した。

学校、地域などで連携しながら、学力向上に取り組む

教育委員会の取り組み

兵庫県教育委員会の村田かおり氏は「平成20年に中央教育審議会の中で学力の3要素、すなわち

  1. 基礎的・基本的な知識・技能の習得
  2. 知識・技能を活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力等
  3. 学習意欲 

が明確化されたことにより、数値目標を立てて学力向上を推進していけるようになったのではと思う」と述べ、兵庫県は学力推進の3本柱として、「児童生徒への支援」、「教員への支援」、「学習環境づくり」を掲げていることを紹介した。

兵庫県はエリアが広い分、地域格差もあるという。全国学力・学習状況調査を踏まえた分析を行い、中でも学力の底上げに注目し、子どもたちのつまずきの解消と個に応じた学習支援に力を入れている。例として、「ひょうごつまずきポイント指導事例集」の作成や、学びや成長を記録するものとして、子どもたち自身が書き込む「キャリアノート」の導入、教員OBや大学生らによる放課後の個別指導「ひょうごがんばりタイム」などの事例を挙げた。

「こども教室」が子どもたちの居場所になり、学力を伸ばせた

週1回2時間 ボランティアによる個別の日本語指導や学習支援を受けられる場所

大阪市立小学校の山﨑一人校長は、「いつも子どもたちとの“つながり”を大切にしてきた」とこれまでの取り組みを振り返った。外国につながりのある子どもが半数を占める小学校に赴任した際、赴任直後にフィリピン人のシングルマザーによる無理心中事件が起こり、入学したばかりの1年生の児童が命を落としたという。二度とこんなことを繰り返してはいけないと必死に授業改革に取り組んだが、学校の対応だけでは不十分だと感じ、地域のNPOと一緒に「子ども教室」を作った。

「そこに行けば信頼できる大人や気の許せる仲間がいると思えることで、子どもたちにとって子ども教室が本当の居場所になった」と山﨑校長。家庭環境が厳しく、小学生ながら将来の展望を失っていた子どもたちが、自信を持ち、特に非認知能力を伸ばしたのを目の当たりにした。「それと同時に、学内の学力の二極化が、子ども教室ができてから徐々に安定してきたことも確認できた」と語った。

保護者同士の「つながり」で生み出される「かけ橋」サポート

近所付き合いの希薄化を補完

学童保育の保護者会役員や小学校PTA会長を引き受けてきた中村泰久氏は、学力格差の克服に向けて保護者としてできることについて、子どもの学ぶ意欲を育むことが重要であり、勉強なら学習習慣、スポーツなら日々の練習習慣というように、「習慣づけ」が学ぶ意欲を高めると説明。ご褒美による動機づけで学習を習慣化させる効果についても紹介した。

また、保護者同士のつながりを子育てに生かすことができると述べた。自身の息子が地域のサッカーチームに入るにあたり、地域の保護者の紹介でチームの情報が得てどこのチームに入るか決めることができ、新たな交流が生まれた例を挙げ、「つながることで新しい人的ネットワークに参加でき、そこでまた習慣づけや意欲が生まれ、子どもにとってかけ橋と言えるサポートになる」と結んだ。

記者の目

個人的には教育に関してはやはり家庭の影響力が最も大きいのではないかとは感じているが、学校や地域と連携したサポートも必要であるし、それぞれにかかる負担の均衡性も大切ではないだろうか。家庭、学校、地域、そのどれか1つに依存していると、そこが疲弊してしまう。社会問題として、共働き家庭への負担や、働きすぎの教師への負担など、いろいろな要素があると思う。しかし、協力体制があることで、子どもたちにとって身の回りの環境の何かが欠けていても、他の要素で補うことができれば学校生活を乗り切っていける事例を聞くことができ、救われる思いがした。

取材・文・写真:学びの場.com編集部

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