2016.08.24
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JSL児童が学ぶ日本語学級の授業(vol.2) 小さな国際社会で学ぶ経験が児童も教師も成長させる ―豊島区立池袋小学校― 後編

日本語を母語としない子どものための学習支援である、豊島区立池袋小学校の日本語学級。「級友達と一緒に、日本語で授業を受けられるようになる」ことを目的に、JSL児童一人ひとりに合った授業を設計し、懇切丁寧な指導を行っていた。その細やかな指導と熱意には強い感動を覚えたが、同時に、学校側の苦労も心配になった。だが、北條覚校長は「日本語学級があってよかった」と、前向きにとらえている。後編では、「日本語学級がある良さ」について、北條校長と日本語学級担任の逢坂隆教諭に語っていただいた。

授業者に聞く

ここで学んだ経験を活かし、世界に羽ばたいてほしい

子ども達のおかげで、先生も鍛えられる

――「日本語学級があって良かった」と、校長先生はおっしゃいました。具体的に、どんな「良いこと」があるのでしょう?
東京都豊島区立池袋小学校 北條覚 校長

東京都豊島区立池袋小学校 北條覚 校長

北條校長(以下、北條) まず、教師の授業力アップにつながります。一人ひとりの発達段階や課題に合わせて、わかりや すい指導を行うのが日本語学級のモットー。ですから、通常学級の先生方も日本語学級を見学して、その授業展開や指導方法を参考にし、自分の授業に取り入れ ています。若手の先生が、逢坂先生に授業改善の相談を持ちかけている光景もよく目にします。
東京都豊島区立池袋小学校 日本語学級担任 逢坂隆 教諭

東京都豊島区立池袋小学校 日本語学級担任 逢坂隆 教諭

逢坂教諭(以下、逢坂) 在籍学級の担任の先生と、国語の単元計画や授業計画を一緒に検討することもあります。私も、日本語学級で得たノウハウを通常学級の先生方に伝えるようにしています。「こういう実践をすると、こういう力がつくよ」と。

――日本語学級があるおかげで、学校全体の授業力が向上しているのですね。日本語学級の先生方と、通常学級の先生方とは、横のつながりは強いのですか?

北條 もちろんです。日本語学級の授業計画を組むには、まずその子の在籍学級の授業計画を知らなければなりません。教師同士で話し合って情報交換し、その上で、一人ひとりの「日本語学級時間割確認表」を1週間前には立てます。

例えば、A君のクラスでは来週国語の授業でこの単元を 学ぶけど、皆と一緒に授業を受けた方がA君は伸びるか、それともまだ難易度が高いから日本語学級で指導を受けた方がいいか。それらを総合的に判断し、どの 児童が何曜日の何時間目に、どの日本語学級担任の指導を受けるかを決めます。そうやって決めた来週の「日本語学級時間割確認表」を在籍学級の担任に渡して います。

逢坂 日本語学級の担任が、児童の在籍学級に入ってサポートすることもあります。社会科で新聞作りをする活動では、日本語を書くのがまだおぼつかない子をサポートしたり、運動会の全体練習に付き添いで入ったりという風に。

在籍学級の担任は、大変だと思いますよ。様々な環境で育ち、日本語力も様々な子ども達に、算数や社会や理科をわかるように教えなければいけませんし、生活指導や給食指導、保護者対応も行わなければいけませんから。

北條 だからこそ、先生方は鍛えられています。外国から日本に来たばかりの子ども達は、勉強の面だけでなく、生活の面、言葉の面など、様々な不安を抱えています。そんな子ども達の様々な不安を和らげて、解消してあげるのも、我々教師の重要な役割です。

例えば、宗教的な理由から、特定の食材を食べられない 子もいます。これは、「好き嫌い」ではありません。その背景を教師がしっかりと理解し、他の子ども達にも理解を促し、食材を変えるなどの対応をとる必要が ある。先生方は、とてもいい経験を積んでいますよ。授業力だけでなく、指導力も伸びる。教師として、成長できる環境です。

――先生方にとっては、苦労も大きい分、成長できるというわけですね。

北條 実は私も昨年本校に赴任してきたばかりなのですが、カルチャーショックを受けました。カルチャーショックというとネガティブな響きがありますね……そう、新しい世界に来た! という期待感でワクワクしました。

赴任してすぐの頃、校庭でJSL児童同士がケンカを始 めたのです。外国語でやり合っているから、何を言っているのかわからない。ケンカの原因も、どっちに非があるのかわからない。「今までの指導方法では通用 しない、考え方を変えないと!」と、自分に言い聞かせました。本校の先生方にも、「今まで通用してきた指導方法は、ここでは通用しないと肝に銘じてくださ い」と常に言っています。教師として、人間として成長できる糧を、子ども達からもらっていると思います。

――逢坂先生は、日々の指導で苦労されたことはありますか?

逢坂 うーん、そうですね……(しばらく考えて)、子どもは一人ひとり違います。文化的な背景も違いますし、国民性の違いもあります。多様性の時代ですから、異文化の多様性を尊重しつつも、指導した方がいいと思ったことは指導しなければならない。ここの判断が難しいですね。

――例えば、どんな?

逢坂 中国から来 た子どもには、舌打ちをする癖があるのです。日本人にとっては、目の前で舌打ちされるととても心証が悪いし、誤解もされますよね。現実問題として、舌打ち をする度に、友達が減っていくでしょう。日本で学校生活を送る上では、この癖はとても不利。これは直した方がいいと判断し、本校では指導しています。1か 月もあれば直ります。

北條 日本人から見ると「あれ? なぜだろう?」と違和感を覚えることは、やはりあります。しかし、そんな時は、なぜそうなのか、背景や子どもの置かれた状況をしっかり理解した上で、どう対応すべきかを判断し、学校として統一された指導を行っていくことが大事だと思います。

子ども達も成長している

北條 もちろん、教師だけではありません。日本語学級があることで、子ども達も良い経験を積んでいます。本校児童の約 3割は、日本語を母語としない児童達。本校はもう「小さな国際社会」です。児童達は、国際社会で生きるとはどういうことかを、この年で経験しているので す。これはとても貴重な、得難い学びですよ。

――日本人の児童は、外国出身の児童と、どう接していますか?

北條 全く意識せずに接していますよ。「あの子は外国人だから」といった、偏見や先入観は全くない。同じ池袋小の友達として、付き合っています。

時には、子ども同士ぶつかることもあります。でもそれ は、相手が外国人だから衝突するのでありません。一人の人間として対等に接しているから、遠慮せずに意見を戦わせることが起きるのです。国際社会って、そ ういうものですよね。異なる文化で育った相手と、時には協力し、時には意見や価値観を戦わせて、仕事をし、生活していく。

外国人だと意識していないのは、我々教師も同じ。日本語学級と通常学級の区別はしていませんし、意識もしていません。私達教師にとっては、同じ池袋小の子どもです。

嬉しいことに、PTAや地域の方々も、そう考えてくれ ています。この界隈は地域のお祭がとても盛んで、毎年かなり盛り上がるのですが、外国人児童も地域社会に溶け込んで、お祭りに参加しています。PTAも地 域の方々も、国籍に関係なく、「池袋小の子ども」「この街の子ども」として、接してくれています。とても温かいし、ありがたいですね。

――とてもいいお話ですね。池袋小の子ども達には、どんな大人になってもらいたいですか?

逢坂 国と国との 架け橋になってほしいですね。本校の子ども達は、他国の友達と一緒に生活し、他国の文化に日常的に触れ、他国の友達をたくさん作ります。自分の国と相手の 国の両方を知っているからこそ、国と国をつなげると思います。できれば世界を舞台に働いてほしいですね。特にJSL児童は、この年ですでに世界に飛び出し ている。その経験はとても貴重ですし、大きな強みになるはず。本校で学んだ経験を、活かしてほしいですね。

その時、偶然、中国出身の6年生が、校長室にやってきた。昨年の2学期に来日した時は、日本語が全くできない状態だったが、わずか10か月で、メキメキと上達したそうだ。校長先生に許可をいただき、話を聞いてみた。

児童 最初は不安だった。日本語を全然知らないし……日本語を喋れないからいじめられるのではないかと……でもそんなことなかった。今は日本の友達ができて、とても楽しいです。

――日本語学級は好きですか?

児童 大好き! 先生が優しいし、とてもわかりやすい。だから、とてもやる気が出ます。

――ちなみに好きな教科は?

児童 算数、社会、理科が好き! 日本語の授業も大体わかるようになったし。来年は中学校だけど、不安は全くないです。日本人の友達がたくさんいるから。

――将来の夢は?

児童 アメリカの大学に行って、アメリカの歴史を勉強したいと思っています。

――海外留学ですか! すごいですね。不安じゃないですか?

児童 ないです。だって、今も海外で学んでいるし(笑)。

北條校長は、話を聞き終えた児童を「ありがとう」と見送ると、
「日本の子どもも外国出身の子どもも、私にとっては同じ池袋小の子どもですが」
と、再度断った上で、こう語ってくれた。
「JSL児童のたくましい姿を見ていると、日本の子どもも頑張れよ! と思いますね。本校のような環境で育った子ども達が、これからの新しい世界を作ってくれるだろうと、期待しています」。
記者の目

池袋小の校長室の扉には、日・中・英の3か国語で、「校長室」と書かれている。聞けば、学校行事の案内も、3か国語で発行しているそうだ。まさに、ここは「小さな国際社会」なのだと実感する。
今後、日本にやってくる外国人児童の数は、もっと増えていくだろう。日本語の指導が必要な児童が在籍する学校も増えていくだろう。読者が勤務する学校、読者の子どもが通う学校にも、外国人の児童が転校してくるかもしれない。その時、学校教育は何をなすべきか。そのヒントが、池袋小の実践に詰まっていると感じた。

取材・文:長井 寛/写真:言美 歩

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