2020.03.04
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「データに基づいて、選択せよ! 」統計的概念を用いてデータを読み解く(後編) 東京学芸大学附属世田谷中学校・峰野宏祐 教諭

中学校第1学年D領域「資料の活用」で、データに基づいて意思決定する場面の授業を行った東京学芸大学附属世田谷中学校の峰野宏祐教諭。

後編では、「資料の活用」領域における授業づくりのポイントのほか、来年から施行される新学習指導要領やアクティブ・ラーニングへの考え、また、AI社会における統計教育の意義などについて語っていただいた。

実践者に聞く

データの見方に模範解答はない

――今日の授業で使った資料は、峰野教諭がご自分でつくられたものですよね。資料を作成したりテーマを設定したりするうえで重視したポイントはありますか?

峰野宏祐(敬称略 以下、峰野) ストーリー性を重視しました。というのも、最終的に扱いたい「データに基づいて意思決定する」という場面では、実は文脈がないと判断しようがない部分があるからです。単に平均値がいいから、中央値がいいからという理由だけで決めることはできず、それこそ個人の主観だったり、熊田伊代さんがどんな人間なのかといったことまで加味したうえで選択をしていく必要があります。

たとえば、うさぎクリニックを選択したC班は、「熊田さんが軽い鼻炎であることから、早く診察にまわしてくれるのではないか」と予測していました。この解答には文脈がきちんと生きていると思います。

――確かにこの解答には熊田さんのストーリーが反映されていますね。一方で、多くの生徒が最終的に「パンダ耳鼻科」を選んだ理由が気になります。

峰野 それは次回の授業のテーマになると思います。今日の授業では時間切れで選択の理由まで詳しく聞くことができませんでしたが、どのデータが決定打となってパンダ耳鼻科を選んだのかを議論していくと、「どんなデータを根拠にみていくと意思決定がしやすいのか」という話につながっていくのではと考えています。

――授業の最後で、峰野教諭は「累積相対度数」の概念を使って解答を導き出したグループのホワイトボードを紹介していましたね。最終的には、累積相対度数から考える方向にもっていきたいという意図があったのでしょうか?

峰野 アイデアのひとつとして、累積相対度数という概念を用いたデータの見方をおさえる必要はあります。しかし、今回のケースの場合は、必ずしも累積相対度数で選ばなければいけないというわけではありません。また、累積相対度数で考えたとしても、選択が一致するともかぎりません。

うさぎクリニックとパンダ耳鼻科の待ち時間を累積相対度数で比較してみると、35分を境に逆転が起こっています。つまり、待ち時間が35分未満なら相対的に見てうさぎクリニックのほうが短いものの、35分を超えたらパンダ耳鼻科のほうが短くなるということです。

この時、リスクを回避する傾向のある生徒なら、待ち時間が35分以上かかった場合を想定してパンダ耳鼻科を選ぶかもしれません。このように、「データに基づいて意思決定する」という場面では、どうしても主観で選ばざるをえない場面があり、そこが統計を指導する上でのおもしろさであり、難しさでもあると思っています。

データの見方に妥当性があるかどうかを判断する

――生徒の主観で選択された解答に対して、評価を下すのは難しいと感じている先生方もいると思います。峰野教諭は、どのような点に留意して指導されていますか?

峰野 選択した理由に妥当性があるかどうかをちゃんと見ていくことが大事だと考えています。「〇〇だから△△を選ぶ」といったときに、〇〇には生徒の主観や価値観が必ず入ります。一方で、「平均値が大きいから△△のほうがいい」など、理由なくデータだけで語る生徒も多い。この時、平均値が大きいと何がいいのかという理由に妥当性があるかどうかを見ていくことで、その生徒が何を大事にした上でデータに基づいて判断しているのかどうかを評価することができると思います。

また教員は、生徒の解答の裏にかくされた文脈をわかっている必要があると思います。たとえとして、「水泳のA選手とB選手のどちらを出場選手として選ぶのか」という問題を考えてみましょう。A選手は安定していいタイムを出す選手です。一方、B選手は爆発的にいいタイムを出すことがある反面、ムラも多い選手です。この2人の選手のうち、ある生徒が「最大値が高いから」「最大値近くの累積度数が高いから」という理由でB選手を選んだとすると、その子は「リスクをとっていいタイムをとりたい」という一発勝負型の価値観をもっている可能性が高い。この“データの読み取り方の裏にある文脈”を抜きにして授業をしてしまうと、実生活のなかで使うことのできる生きた知識にはならないのではないでしょうか。

――生徒が実生活のなかで統計の知識を活かそうとすると、必要なデータを集めるスキルも必要になりますね。

生データの一部

峰野 実際にデータを集められるかどうかは別として、「必要なデータを集める」というところに視点がいくかどうかはすごく重要です。今日の授業でも、10分ごとの階級に仕分ける前の生のデータを用意していましたが、見たいという声はあがりませんでした。けれども本当は、生のデータがないとわからないことがたくさんあります。「どんなデータがあると考察が深まるか」といったことに批判的な目を向けていくことも重要だと思います。

また、先ほどの水泳選手の例でいえば、優勝できる目安の記録に関するデータがあれば、話が変わってきますよね。もしA選手のタイムの平均値が優勝できる目安のタイムを上回っていたら、多くの人はA選手を選ぶでしょう。一方、A選手のタイムでは優勝できる見込みがなければ、多くの人は勝負に出るつもりでB選手を選ぶのではないでしょうか。

実際のところ、多くのデータを提示しすぎると文脈がややこしくなるため、授業ではある程度シンプルに考えられるデータを見せる必要があります。ただ、「もし考察をもっと深めるならどんなデータが必要ですか」という発問を入れてみるだけでも、授業は変わっていくと思います。

生徒がもともと持っている統計に関する素朴な概念から授業をつくっていく

――中学校では来年から新学習指導要領の施行がはじまりますね。小学校では今年から新たに「データの活用」領域が新設されました。統計教育の低年齢化について、どのようにお考えでしょうか?

峰野 データの見方に対する需要が社会全体で高まっているのは確かでしょう。データサイエンティストのような仕事が東大生の間で人気だという話も聞きます。一方で、早期教育の良し悪しについては今後も精査していく必要があると考えています。

ひとつ私が危惧しているのは、方法の注入に終始してしまうことです。グラフの書き方や、平均値、中央値、最頻値などの代表値といった概念だけを詰め込んで、あとはとにかく活用させる。これでは、統計学習のなかで本当に学ばせたい見方や考え方が疎かにされる可能性があります。

私が大事にしているのは、生徒がもともと持っている統計に関する素朴な概念から授業をつくっていこうとする姿勢です。たとえば今日の授業でいえば、累積相対度数という言葉を導入する前から、自然にそういう見方をしていた生徒がいました。

まずは生徒が問題場面とじっくり向き合うことで生徒がもともと持っている統計的な概念を引き出していく。その後に累積相対度数というラベルをつけ、概念を広げていくのが理想的な流れだと思います。ただ、そのためには、適切な場面設定や発問、支援が必要になります。

――方法論に終始しない指導が大事だということですね。また、新学習指導要領では数学にかぎらず、アクティブ・ラーニングの視点から授業を改善していくことが求められていますが、アクティブ・ラーニングについてはどのようにお考えですか?

峰野 これから課題となるのは、アクティブ・ラーニングをどう捉えていくかだと思います。 今日の授業ではグループ学習というかたちをとりましたが、グループ学習をすれば自動的にアクティブ・ラーニングになるわけでもありません。

今日の授業でグループ学習を取り入れた理由はふたつ。ひとつは次の授業に向けて論点にしぼりにいくためです。もうひとつは、グループのなかで自分たちの意見を表現させる場をつくるためです。全体の場だと、意見が取り上げられるのは数人しかいません。だからこそ、グループ学習によって一人ひとりが自分の考えを説明し、アイデアを深めていくととともに、別の人間のアイデアを取り入れていくことで自分の財産としてほしいと考えました。

一方で、グループ学習をするときに起こる問題点については注意が必要です。「ひとつの問題を皆で解決しましょう」と言ったとき、引っ張る人間が自分の考えをつらつらと延べ、まわりの人がそれに同調するといった状況が起こりやすくなります。言葉のつよい子の意見が通りやすいという傾向は今日の授業でも見られましたので、そこは改善していく必要があります。

――改善策としては、どのようなアイデアがありますか?

峰野 役割分担をはっきりさせるというのがひとつの手だと思います。今日の場合は皆が同じ役割ではありましたが、「自分で考えたことをまず表明する」というのをひとつの役割としてもたせています。

また、グループの人数も大事だと思います。今日は35人学級での授業だったので、授業のなかで処理できるグループ数を考えて4〜5人のグループにしました。でも、4人以上だと話に入れない生徒がでてきやすい。ベストは3人だと考えています。

ペアも非常に有効だと思います。自分の考えを相手に伝えるという役割が必ずできるし、ペアで話し合っておくと全体討議にも入りやすくなります。

AI時代における統計教育の意義について考える

――最後に、統計教育について悩んでいる先生方に向けて、メッセージをお願いします。

峰野 私たち教員にとって大事なことは、統計教育によって生徒たちをどんな人間に育てていきたいのかを想像することだと思います。いくら平均値が求められるようになったり、度数分布表がつくれるようになったりしても、これらは今後AIがやる仕事になります。さらには重要な意思決定までAIがやってしまう時代がくるでしょう。

今後AIがどこまでできるようになるのかはわかりませんが、人間に残されている可能性がないとは思いません。たとえば、確率的な判断をする際に、人の行動心理といった“計算以外の余白部分”を考慮できるようになるというのは、人間に残された可能性のひとつかもしれません。

AI時代において、統計教育によって生徒たちになにを学ばせるかというのは、私たち教員にとって避けて通れない課題だと思います。将来的に生徒にどんな人間になってほしいのか、そしてそのために中学校段階でなにができるのだろうということを、現場の先生方にぜひ考えていただければと思います。

峰野 宏祐(みねの こうすけ)

東京学芸大学附属世田谷中学校数学科の教諭。数学を現実の世界のなかに活用して問題を解決していく「数学的モデリング」に関する研究を大学院生時代から精力的に行っている。『日本数学教育学会誌』(2017)に掲載された論文「変数を生成・選択する活動を軸にした『桜の開花予想』」の指導の再考」で日本数学教育学会「学会賞(実践研究部門・中学校の部)」を受賞した。

取材・文・写真:学びの場.com編集部

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