教育トレンド

教育インタビュー

2012.04.19
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

特別対談 UTプロジェクトが描く、
デジタル教科書の未来像

内田洋行と玉川大学の産学共同研究「UTプロジェクト」がスタートして、3年が経過した。本プロジェクトでは、「普通教室のICT環境のあり方」「新しいICT環境下での授業方法」と並ぶ3大研究テーマの一つとして、「デジタル教科書のあり方」についても、研究と開発を進めてきた。その結果、現在のデジタル教科書が抱える課題や、今後のあるべき姿も明らかになりつつある。今回は、UTプロジェクトを牽引してきた、玉川大学教職大学院教授の堀田龍也氏と、内田洋行教育総合研究所部長の青木栄太氏に、デジタル教科書の現状と未来像、そして今後の日本の教育が進む道について、あますことなく語っていただいた。

デジタル教科書元年、到来。

堀田 龍也 氏 玉川大学教職大学院教授

堀田龍也教授近年、教師が授業で使う指導者用デジタル教科書に、大きな注目が集まっていますね。

青木栄太部長デジタル教科書の市場は、今急成長しています。今から6年前は、デジタル教科書を出していた教科書会社は、わずかに1社でした。しかし、平成23年度に小学校の教科書が改訂されたのを機に、ほぼ全ての教科書会社が、デジタル教科書を投入しました。売れ行きも、6年前の倍以上。平成23年度は、“デジタル教科書元年”とも呼ぶべき節目の年になったと思います。

堀田龍也教授なぜこれほどデジタル教科書が普及し始めたのでしょう?

青木栄太部長主な理由は三つ考えられます。第一に、平成21年度から政府が推し進めてきた「スクール・ニューディール構想」でデジタルテレビなどが普通教室に導入され、デジタル教科書を授業で使えるICT環境が整ってきたこと。第二に、今年度から小学校で全面施行となった新しい学習指導要領が、授業でのICT活用をうたっていること。そして第三に、これが最大の要因ですが、日本の先生方は教科書を使った授業に慣れ親しんでおり、その延長線上で使えるデジタル教科書を抵抗なく受け入れていることが挙げられます。

青木 栄太 氏 株式会社内田洋行公共本部教育総合研究所部長

堀田龍也教授デジタル教科書と、従来からある紙の教科書はどこが違うのでしょうか?

青木栄太部長基本的には、教科書の紙面をデジタル化しています。それに加えて、教科書のまとめ箇所など教えたい部分だけを拡大表示する機能や、ペンで書き込める機能が搭載されていて、先生方にもよく使われています。
一方で、教科書にはない内容も盛り込まれています。たとえば理科なら実験動画。国語なら、朗読音声。算数なら、図形や立体を回転して見られるコンテンツなど。教科書と併せて用いれば効果的な学びにつながるであろうコンテンツを、デジタル教科書に盛り込む傾向が強まっています。

デジタル教科書の現状。“格差問題”とは?

堀田龍也教授デジタル科書が普及しているのは喜ばしいことです。しかし、教科書会社によって、デジタル教科書の質に差が出ているようですね。

青木栄太部長そもそも教科書会社にとって、デジタル教科書は専門外の分野です。IT関連の技術が必要ですし、紙の教科書や指導書と並行して開発を進めなければなりませんから、かなりの負担です。

堀田龍也教授多くの学校に教科書が採択されている大手の教科書会社なら、デジタル教科書に人員や開発コストを大きく割いても採算がとれます。しかし、採択数の少ない教科書会社は、デジタル教科書の購買層も限られるため、開発に力をかけられません。そのため、大手の教科書会社と中小の教科書会社とでは、デジタル教科書の質に差が出ています。

青木栄太部長どの教科書会社も、最低限の機能はデジタル教科書に盛り込んでいます。しかし、どうしても大手の教科書会社の方が、充実している傾向がある。特に、教科書には載っていない追加コンテンツの部分で、その傾向が顕著です。

堀田龍也教授これは、子どもにとって不幸な状況です。デジタル教科書を授業で使う機会は間違いなく増えていくのに、豊富な機能やコンテンツを持つデジタル教科書で勉強できる子どももいれば、機能やコンテンツが乏しいデジタル教科書を使わざるをえない子どももいる状態。これでは公平な教育を受けられません。

課題を解決する“リンク機構”とは?

堀田龍也教授この課題をどう解決すればいいか。そこでUTプロジェクトが着眼したのが、ネット上にあるデジタルコンテンツの有効活用です。インターネット上には、教材会社や公的機関などが開発・制作した画像や動画、データ集といった、副教材として使えるデジタルコンテンツが豊富にあります。この資産をうまく利用することで、デジタル教科書の格差を埋めようと考えたのです。そこで新たに開発したのが、外部コンテンツとのリンク機構ですね。これはどのような仕組みなのですか?

青木栄太部長デジタル教科書の画面上に設けた「外部コンテンツ利用ボタン(仮称)」をクリックすると、そのページに関連のあるネット上のコンテンツが別ウィンドウで自動表示される仕組みです。たとえば、理科のデジタル教科書で、天気について学ぶページの利用ボタンを押すと、ネット上にある「高積雲」「積雲」「巻積雲」などの画像がパッと表示されます。
ネット上のコンテンツに一つ一つリンクを張っているのではありません。それではリンク切れを起こしたり、新たに登場したコンテンツに対応できませんから。そこで我々は、デジタル教科書とネット上のコンテンツを仲介する「汎用メタデータ」を開発しました。
このシステムはまず、各デジタル教科書の何ページに、どのような内容が書かれているのかをリストアップ。次に、このページにはどんなデジタルコンテンツがあれば効果的かを検討し、キーワードなどを登録。さらにネット上を自動巡回し、デジタルコンテンツのリンクを収集し、データベース化します。そしていざ、デジタル教科書の利用ボタンが押されたら、これはどの教科書会社の、何年生の、何の教科の、何ページかを自動で判断し、最適なデジタルコンテンツを選び、リンクを開いて、別ウィンドウで表示するのです。
こう言うと、何やら難しい仕組みに聞こえますが、先生自身は何も難しい操作をする必要はありません。デジタル教科書上の利用ボタンを押すだけで、ネット上の最適なコンテンツが選ばれ、別ウィンドウで表示されます。ネット上の資産を、あたかもデジタル教科書の中にあるように、シームレスに活用できるのです。

堀田龍也教授このリンク機構を使えば、教科書会社の負担は軽減されますね。極端な話、教科書会社は紙の教科書をデジタル化することだけに専念できます。しかもこのリンク機構は、どのデジタル教科書でも使える利点があります。コンテンツに乏しいデジタル教科書でも、この機構を使えば、そのハンデを補えますね。

学習者用デジタル教科書の未来像

堀田龍也教授ここまでは指導者用のデジタル教科書について話してきましたが、今後は子どもが使う“学習者用デジタル教科書”の開発も重要になってきます。文部科学省が公表した「教育の情報化ビジョン」でも、一人1台のタブレットPCで学習者用のデジタル教科書を活用することがうたわれています。

青木栄太部長「学びのイノベーション事業」でも、タブレットPCで学習者用デジタル教科書を利活用する実証研究が進められています。ただ、現在研究されている学習者用デジタル教科書は、教科書の一部をピックアップしてデジタル化したもの。主に一斉授業の中で、子どもが練習したり、考えを深めたりする手段として用いられています。
しかし今後は、教科書そのものを全てデジタル化した学習者用デジタル教科書も必要になってくるのではないでしょうか。これがあれば、学校での一斉授業だけでなく、家庭での自学に使えます。

堀田龍也教授UTプロジェクトが開発しているリンク機構が、学習者用のデジタル教科書でも活きてくるでしょうね。

青木栄太部長学習者用デジタル教科書をタブレットPCで開いて予習や復習を行うとき、リンク機構で外部のコンテンツを利用できれば、自分で能動的に調べたり、考えを深めたりといった発展的な学習につながりますね。

新旧が共存した日本型の教育を目指す

堀田龍也教授デジタルとアナログをどう共存させるかも、今後の大きな課題です。学習者用デジタル教科書があれば、紙の教科書は不要なのか。一人1台のタブレットPCで行う個別学習と、従来の一斉授業をどう組み合わせるべきなのか。いま、盛んに議論されています。

青木栄太部長デジタルかアナログか二者択一ではなく、それぞれのよいところを見極めて、使い分けて共存させたいですね。古いモノだからと全て捨てるのではなく、いいところはしっかり残していくべきでしょう。

堀田龍也教授日本は、古いモノを捨てて一新したがる傾向があります。でも、古いモノにもいい点はたくさんあります。古いモノと新しいモノを上手に組み合わせて、日本ならではの教育を考えていくことが大事。今後もクリアすべき課題はたくさんありますが、一つ一つ研究と実践を積み重ねて、未来の教育を作っていきたいですね。

取材・文:長井 寛/写真:言美 歩

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

ご意見・ご要望、お待ちしています!

この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)

pagetop