教育トレンド

教育インタビュー

2026.03.09
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栁澤靖明 学校財務から見える教育の課題(前編)

「隠れ教育費」と学校備品化

憲法第26条第2項には義務教育は、これを無償とする。」と書かれている。しかし現実には、「無償」なのは公立学校の授業料、教科書代に限られており、給食費や教材費、修学旅行費、制服代など、学校生活にはさまざまな費用がかかり、保護者の負担は決して小さくない。また、多くの学校には「経費精算(従業員が業務のために一時的に立て替えた費用を、会社が後から払い戻す手続き)」の仕組みがないため、公費で賄われるべき費用を、教員が自腹で負担している実態もある。

今回は、公立学校を取り巻くお金のリアルを探るため、埼玉県公立中学校 事務主幹で、「隠れ教育費」研究室チーフディレクターとして情報発信を続ける栁澤靖明氏に話を聞いた。前編では、公立学校で実際にかかっている教育費の実態と、その背景について詳しく見ていく。

公費・私費負担の“グレーゾーン”

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学校生活でかかる費用の負担者は、公費・保護者負担・教員の自腹などがあるわけですが、どのような基準で決まっているのでしょうか。

栁澤靖明氏(以下、栁澤)

学校でかかる費用は、大きく「公費」と「私費」に分けられます。公費は税金を原資とし、法律によって負担の仕組みが定められています。例えば、義務教育費国庫負担法では、教職員の給与などについて国が3分の1を負担すると規定されています。また、学校教育法には、「学校の設置者は、その設置する学校を管理し、法令に特別の定のある場合を除いては、その学校の経費を負担する。」と、学校の設置者、つまり自治体が学校運営に必要な経費を負担することが定められています。

本来は設置者負担ですべて賄うのが理想ですが、実際には予算が十分とはいえません。そこで導入されたのが「受益者負担」という考え方です。給食のようにお腹に入るものや、ドリルやテストなど家に持ち帰るものは、子ども自身が直接利益を受けるので、保護者が負担するという整理で、義務教育にかかる部分は東京都を皮切りに各自治体へ広がっていきました。

ただし、学校教育における受益者負担は法律で定められた制度ではなく、これまで中央教育審議会「答申」や都道府県教育長協議会「研究報告」の議論の中で整理してきた、いわば”慣例”的な「論理」に近いものです。

さらに、公費と私費の分け方は各自治体が定める「公費・私費負担区分」(要綱や内規が多い)に基づくため、何を公費にし、何を私費にするかは自治体ごとに異なります。その結果、判断が分かれる“グレーゾーン”も生まれます。例えば、調理実習の食材費などは、公費にする自治体もあれば、私費として保護者負担にしている自治体もあるのが実情です。

さらに、教員が教材や備品を自費で購入する、いわゆる“教師の自腹”も起きています。私たちが行った「教職員の自己負担額に関する調査(2022年度間・1,034人回答)*」では、子どもにあげるご褒美シールのような少額のものから、部活動の審判資格取得費用、大会送迎用の車までさまざまなものを、必要に迫られて教員が”自腹”で購入している実態が明らかになりました。

*詳細は『教師の自腹』(東洋館出版社)参照

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教員が、保護者の未払いや教材などの費用を立て替えたとき、どのように精算するのでしょうか。

栁澤

結論から言うと、制度上、教員が立て替えたお金を後から精算することは、原則としてできません。(もちろん、保護者の未払いなどが回収されれば精算は可能です。)

教育活動は基本的に公費で行われていますが、その公費を現金として学校内で扱うことができない仕組みになっている場合が多いからです。地方自治法上、「支出負担行為(購入を決める手続き)」と「支出命令(支払いの手続き)」という二段階の手続きを経て、支払いが可能になります。購入の決定権と支払いの権限が学校と教育委員会に分かれている場合や学校に両方の権限がない場合も多いため、学校だけで手続きが完了しません。

「資金前渡制度」も、事前に申請が必要ですし、お寺の拝観料などにしか適用できないことが多いです。民間企業なら領収書があれば後から精算できますが、学校では同じようにはいきません。

物品から教育活動を見直す

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教員が授業で使用する物品を公費で購入する場合、どのような手続きになるのでしょうか。

栁澤

一般的には、前年度の1~2月頃に作られる年間指導計画に基づき、年度末から年度初めにかけて教員が必要な物品を申請し、事務職員と協議のうえで決定していきます。私は、PDCAサイクルに加え、「R(リサーチ)」と「B(ベースづくり)」も意識して運用しています。

“R(リサーチ)” では、4月中旬頃までに全教科主任に「どんな授業をしたいのか」「どんな教材が必要か」をヒアリングし、目的や使い方まで含めて一緒に検討します。

例えば、同じ理科の実験でも、そのときの学習指導要領が重視しているポイントや、子どもの実態に合わせて、教師がやって見せる場合もあれば、生徒が1人ずつ行う場合もあり、必要数は変わってきます。年度途中で、グループで行う計画だったけれど、ペアに変更したいので、薬品を追加購入できないかといった相談を受けることもあります。

また、「ケント紙(表面がつるつるした白い厚紙)がほしい」と申請があっても、「何に使うのか」「ほかのもので代用できないか」と用途から確認し、必要性を精査していきます。漫画を描くための「イラストボード」をセット教材ではなく、板目表紙と上質紙を貼り合わせて代替してみたこともあります。購入計画が決定したら、数社から見積を取り、発注します。2月頃から職員会議で振り返りも行っています。「今年買った教材は有効だったか」「代替品で問題なかったか」「来年度も必要か」と費用対効果を検証し、次年度の計画に反映させます。

また “B(ベースづくり)” では、職員会議や研修を通してお金の話題を日常的に共有し、学校全体で学校財務を考えられる土台を整えています。教員の初任者研修で教育財政領域(学校財務など**)も担当しています。

**詳細は「ヤナギサワ事務主幹と考える──学校とお金の話」(学事出版のコラム)を参照

保護者負担を減らす「学校備品化」の動き

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保育園に比べると、小学校では保護者が購入して用意するものが多くありますが、大人になっても使うのは裁縫セットくらいです。タブレット端末を長期休暇中に自宅に持ち帰っていることを考えると、ピアニカの本体、書き初め用のセットなども貸与にすることはできないのでしょうか。

また、逆に、プログラミング教材などを学校の備品として購入したくても、「技術科の教材は保護者負担」というルールがあり、1人1個購入してもらうには高すぎるので使うのを諦めたといった話も聞きます。

栁澤

先ほども触れた「受益者負担」の考え方から、個人が所有し、家庭に持ち帰って使う教材は、原則として私費、つまり保護者負担が推奨されています。

ただ一方で、その流れは少しずつ変わってきています。2025年6月に閣議決定された「骨太方針2025(経済財政運営と改革の基本方針2025)」には、「学用品の学校備品化を進める取組周知」が明記されました。文部科学省からも「学校における補助教材及び学用品等に係る保護者等の負担軽減について」という通知が出され、算数セットや彫刻刀、裁縫セットといった、これまで家庭で購入してきた教材を学校の備品として整備し、共有で使う動きが示されています。

当校でも、備品化できるものがないか洗い出しを進めているところです。10回くらいしか着ないのに5000円かかる柔道着は、公費で120着揃えました。美術の資料集も40冊購入したことがあります。社会科のハンドブックも歴史・地理・公民と揃えました。

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「明日、持ってきてください」と突然言われる工作材料や、13×17マスといった指定のマス数のノートは、「小1の壁」の一つでもあります。学校で用意することはできないのでしょうか。

栁澤

公費に余裕があれば、学校で用意することも可能ですが、ノートは1年間で1教科2冊使う子もいれば、3冊使う子もいるので、私費になりやすいです。探して購入する手間を考えると、教材費で全員3冊購入してもいいという保護者もいるかもしれません。

工作材料は、学校側が一歩踏み込んで工夫する必要がある場合もあります。例えば図工の授業で空き箱が必要な場合、購入した専用の箱ではなく、家にある空き箱からインスピレーションを得て何かを作ることが学びのポイントです。そのため「家から持ってきて」となるわけですが、家庭によっては空き箱がなかったり、わざわざ買って結局使わずに捨ててしまったりすることもあります。ペットボトルを持っていくために、中身を捨てるという話もあります。

そこで僕が提案しているのが、「ワクワクボックス***」という仕組みです。年度初めから呼びかけておき、保護者会のときなどに各家庭から集めて、学校に保管しておけば、子どもは好きな箱を選び、自由に発想を広げることができます。大切なのは、子ども自身が材料を見つけ、どう展開するかを考えることです。「ワクワクボックス」があれば、家庭の負担を減らしながら、授業の目的も達成できると思います。

***詳細は『隠れ教育費』(太郎次郎社エディタス)参照

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保護者の負担額が高い制服や給食、部活などについて、主な課題を教えてください。

栁澤

制服については、標準服が実質的に制服として強制になっている点が課題の一つだと感じています。例えば、埼玉県では制服は中学校からが一般的ですが、他県では小学校の段階から着用しているところもあります。小学生は6年間で大きく成長するため、買い替えの回数も多く、家計への負担がかさみます。

転校した場合は、通常買い直すことになりますが、運動や儀式にふさわしい服装といった目的から考えれば、前の学校のジャージや制服でも特に問題ないでしょう。

このように、制服の有無は地域ごとに異なり、その結果、差が生じています。したがって、僕個人としては、なぜ制服が必要なのかをあらためて検討し直すべきだと考えています。

学校評価として保護者アンケートに「学校は制服やシューズなど、学校指定品について適切(費用面・物品面)な対応をしていると思いますか」といった財務の項目も入れると、保護者の意見が聞きやすくなります。

給食は、小学校の98%、中学校の90%で実施されています。調理のための設備や光熱費、人件費は公費、食材は私費となっていることが多いでしょう。現在、食材部分の無償化が進められていますが、これは当初教育ではなく、子育て支援や少子化対策の予算から出ていました。今後は文部科学省予算=教育として進みそうです。無償になるのはいいことですが、質の低下や残してはいけないという圧力になるのではという懸念もあります。

Webサイトや講演で教育費の実態を伝える

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「隠れ教育費」研究室を始めたきっかけや、活動内容について教えてください。

栁澤

一番大きなきっかけはコロナ禍です。それ以前は講演や研修に呼んでいただくことが多く、自分たちの考えを直接発信できていました。コロナ禍でそうした機会が一気になくなってしまって、そこで、「隠れ教育費」研究室を立ち上げました。現在は僕と福嶋(千葉工業大学 福嶋 尚子 准教授)が中心となり、数名のメンバーで活動しています。

活動内容としては、コラムの執筆や情報発信をはじめ、講演や取材対応などを行っています。Webサイトではコラムを無償で公開し、多くの方に読んでもらえる形にしています。最近では、講演の機会も徐々に以前の件数に戻ってきました。

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後編では、事務職員の仕事の内容や、働き方改革による変化など、その実態に迫ります。

栁澤 靖明(やなぎさわ やすあき)

埼玉県公立中学校 事務主幹/「隠れ教育費」研究室チーフディレクター

埼玉県の小・中学校に20年以上事務職員として勤務。「事務職員の仕事を事務室の外へ開き、教育社会問題の解決に教育事務領域から寄与する」をモットーに、教職員・保護者・子ども・地域、そして現代社会へ情報を発信している。研究関心は、家庭の教育費負担・修学支援制度。具体的には、「教育の機会均等と無償性」「子どもの権利」「PTA活動」などの研究をライフワークとしている。若手事務職員の交流を目的に全国学校事務ユースCommunity〈いちごの会〉を主宰(2011年~)。

著書に、単著『事務だよりの教科書』(学事出版2023年)、『本当の学校事務の話をしよう』(太郎次郎社エディタス2016年)【日本教育事務学会「学術研究賞」受賞】、共著『学校事務職員の実務マニュアル』(明治図書2025年)、『教師の自腹』(東洋館出版社2024年)、『隠れ教育費』(太郎次郎社エディタス2019年)【日本教育事務学会「研究奨励賞」受賞】、『保護者負担金がよくわかる本』(学事出版2015年)など。

取材・文・写真:学びの場.com編集部

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