2014.10.29
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不器用な子どもたち その2

東京都立南花畑特別支援学校 主任教諭・臨床発達心理士・自閉症スペクトラム支援士(standard) 綿引 清勝

  少し前の話になりますが、ある高校生の授業で運動有能感の調査をしてみたところ、授業の参加に抵抗がある生徒は、他の生徒よりも低い傾向が見られました。

 高校生にもなると、様々な学習の積み重ねから、学習そのものに参加が難しくなってしまう生徒を見ることがあります。運動に対する不安や抵抗感に対して、寄り添いながらその子にとっての運動の在り方を考えていきたいものです。

 さて、前回は発達性協調運動障害についてのお話しをさせていただきました。おおよそ6%と言われていますから、通常の学級でも40人だとすると2、3人はそのような可能性を有することが考えられます。

 この発達性協調運動障害とADHDが併存している状態を、北欧ではDAMP(Deficit in Attention Motor control and Perception)症候群と呼んでいます。だいたいADHDの方の55%にこのような問題があると言われていますが、DAMP症候群についてはつれづれ日誌の筆者である川上先生が過去の記事「社会の変化? 障害?」で詳しく説明してくださっていますので、そちらをご覧ください。

 ただ、当時はDSMーⅣが改定前で、広汎性発達障害と発達性協調運動障害の併存診断は行われないという表記になっていますが、現在のDSM-5になってからは併存診断が可能になったということは若干の表記の違いがあることを御理解いただければと思います。

 また、併存診断というと何か病気(疾患)のような印象を受ける方がいらっしゃるかと思いますが、自閉症やADHDなどは病気(疾患)という考え方ではなく、本人の特性と社会との間に摩擦が生じている状態という捉え方が大切です。

 

見落としがちな視点

 長崎大学の岩永先生(2012)は「感覚とか運動の問題は社会性の障害や行動障害のように目立ちにくいし、その問題が他の人が困ることにつながっていないことも多いので、周りの人たちにも気づきにくいんでしょうね」と、運動の問題が見落としがちな問題について言及されています。

 文頭で運動有能感の低い高校生のことに触れましたが、もしかするとこのような運動の不器用さに気付かれなかったことで、様々なつらい経験が、思春期になって「集団や体育が嫌い」といったつまずきにつながっていく一つの要因になっていくのではないかと感じます。

 

バレーボールの指導場面から

 バレーボールの部活動の指導場面で、スパイクが課題の子がいました。

 レフトポジションに入ると、右からのトスで飛んできたボールは右手で打ち、ライトポジションに入ると、左から飛んできたボールは左手で打っていました。

 ルールや指示は理解できる子だったので、利き手で打つよう指示はしていましたが、本人もわかっているけど指示通りにはできず、つらそうでした。

 何が難しいのか?

 どんな課題があるのか?

 

 色々と仮説を考えていくと、最初は利き手の問題かと思いました。

 確かに、そういった問題がないわけではないようですが、もう少し掘り下げていくと、どうやらボールを打つ動きだけでなく、ジャンプすることにもつまずきがあるようでした。

 一般的に、バレーボールのスパイクを打つ時は、助走をつけ、腕を大きく振ることで高くジャンプをする動作につなげていきます。しかし、A君の場合この腕の振りが動きの混乱のきっかけになっており、腕を下にさげることで腕の振りから身体を上に持ち上げてジャンプすることが難しくなってしまっていたようでした。

 また、ボールをミートして打つという技能についても、きちんと身についていない状態だったので、まずはジャンプせずにボールをミートする練習と、スパイクを打つ時には、腕を振らずに利き手を上げて、事前に打つ準備をしておく練習を行いました。

 しばらくすると、利き手を使ってボールを打つことができるようになりました。また、ジャンプしてスパイクを打つことができるようになりました。

 叩きつけるような強いスパイクではありませんが、その子なりのスパイクのフォームを覚えて、バレーボールが楽しめています。

 

本人なりの戦略を

  部活動では、試合に勝つことが大きな目標になることがあります。しかし、本来は「その活動を通して何を学ぶか」が最も重要なのではないかと考えます。

 確かに、競技スポーツとして競い合いの中で学ぶことはたくさんあります。一方で、成果を追及することで、過程の評価が見過ごされてしまうことがあるのではないでしょうか?

 今回の事例では、競技としてのバレーボールを追及するのではなく、その子なりのバレーボールの楽しみ方を大切にすることで、できなかったことができる喜びにつながったと言えますが、皆が同じ練習方法で、同じ技能を身に付けることが必ずしも正しいわけではないということを教えてくれたように思います。

 もし、試合に勝つことが優先されて、苦手なことを無理に繰り返せば、楽しむどころか辞めてしまうことだってあったかもしれません。

 誰のための活動なのか、主語を子どもにおいて考えていくことで、本人に寄り添った活動のゴールが見え、生涯スポーツにつながる態度や意欲が育っていくのだと思います。

 そして、そのような支援を積み重ねてくことが、運動有能感を高め、体育や運動が好きという子どもを育てていくのでしょう。

 

 

参考文献

岩永竜一郎(2012)、「もっと笑顔が見たいから 発達デコボコな子どものための感覚運動アプローチ」、花風社 

綿引 清勝(わたひき きよかつ)

東京都立南花畑特別支援学校 主任教諭・臨床発達心理士・自閉症スペクトラム支援士(standard)
東京都内の知的障害特別支援学校で中学部、高等部を経験後、現在は小学部の自閉症学級を担任。自身の実践を振り返りながら、子ども達が必要としている支援とは何かを考えていきたいと思います。

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