2008.11.27
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社会の変化? 障害?

東京都立港特別支援学校 教諭 川上 康則

学習面で偏りがある学習障害、行動面で課題があるADHD、対人関係面でつまずくことが多い広汎性発達障害(高機能自閉症やアスペルガー障害を含む)・・・。この3つの領域(学習・行動・対人)は、もはや特別支援教育の代名詞のように語られ、多くの学校で先生方が気にかけて下さるようになってきました。

その一方で、気にかけるべきポイントは他にもあるのではないか、とも日々感じています。通常学級の子どもたちを見ていて、私が最も気になるのは「運動・動作の不器用さ」です。発達性強調運動障害(DCD)という診断名がつくこともあるかと思いますが、手先の不器用さ、目と手の協調の困難さ、バランスや身体の動かし方の実感のなさ、などが原因で成功体験が積み上げられなかったり、失敗したあとの再挑戦意欲が乏しかったりする子どもたちのことを言います。麻痺があるわけではないのにとても不器用なのが特徴です。

横浜市中部地域療育センターの原仁先生は、北欧では一般的な障害概念になっているといわれる「DAMP症候群」という見方が、日本における発達障害の概念を整理するのに役立てられるのではないか、と説明しています。簡単に言ってしまえば、ADHDと発達性協調運動障害を併せた状態、不器用なADHDと表現することができます。注意や行動のコントロールに困難さがあると同時に、縄跳びが苦手といった粗大運動の不器用さ、プリントを折るときにくしゃくしゃになる、ボタンがなかなかかけられないなどの微細動作の不器用さが指摘されています。また、言語発達面のつまずきもあるようです。

ちなみに、広汎性発達障害の子の中にも不器用な子はたくさんいるのですが、広汎性発達障害の診断がつくと、発達性強調運動障害はつかないことになっています。このことが、かえって一般に理解されにくい状況を生み出しているのではないかと感じています。

診断をつけるまでではないにしても、こうした身体感覚が失われてきているのではないかといった問題は、これまでも様々な立場から論じられてきました。斎藤孝先生(明治大学)は、名著「身体感覚を取り戻す」(NHKブックス)の中で、日本人のトータルな傾向として、文化として積み上げてきた身体感覚が衰退の一歩をたどってきたことを強調しています。

特別支援教育的な視点、文化論的な視点、発達学的な視点、どの視点から見ても、最近の子どもたちの身体の使い方に警鐘を鳴らさざるをえない時期であることは間違いありません。身体意識は、対人的な距離の取り方(実際の距離の取り方だけでなく、心理的な距離の取り方も含めて)にも大きく影響しますから、昨今のニュースを賑わす「対人関係の希薄さ」とも強い関係があると言って間違いないと思います。社会心理学的な視点からも、あらためて子どもたちの身体の使い方に目を向けるべきだと言ってよいと思います。こうした喫緊の課題に対し、学校現場で直接的にアプローチできる場、それはやはり、体育(保健体育)なのだろうと思います。

つれづれ日誌の執筆者のお一人である、菊池健一先生(さいたま市立鈴谷小学校)は、全校的な学校研究の主題として体育を取り上げ、精力的に授業研究を進めていらっしゃいます。これまで述べてきた背景を踏まえると、全校で体育の果たす役割を取り上げることは非常に大きな意味を持っていると思います。菊池先生の情報発信を、単なる校内の授業研究の報告と受け止めるか、それともその意義を社会全体がどこまで見出せるか、今後も注目していきたいと思います。

川上 康則(かわかみ やすのり)

東京都立港特別支援学校 教諭
障害のある子どもたちの指導に携わる一方、特別支援教育コーディネーターとして小中学校を支援してきました。教育技術の一つとしての「特別支援教育」を考えていきます。

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