教育トレンド

教育インタビュー

2002.04.02
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服部幸應さん 食を通じて、人を育てる

テレビのお料理番組でもおなじみの服部幸應さんに、食育の必要性や実際の授業での試みなどを伺いました。

「食」を通すと話が早い

学びの場.com服部先生は、ずっと「食育」ということを唱えていらっしゃいますが、それはどのような理由からなのでしょうか。

服部幸應さん私はずっと学校教育は「知育」「徳育」「体育」の3つに「食育」を加えるべきだと主張してきました。 うちの学校に入学してくる子どもたちは、それなりに料理に興味や関心のある子どもたちが多いのですが、そのような子どもたちでさえ、箸の使い方はめちゃくちゃです。 核家族化が進み、現在の日本は衣食住が乱れています。これまで1300年間にわたって、大家族制度の中で培われてきた家庭のしつけが、ここ2、30年で崩れようとしています。 いま、箸をきちんと持てない子どもたちがどれくらいいるか知っていますか。幼稚園から72歳までの日本人650人を調査した結果、4割が満足に箸を持つことができないのです。もちろんこれは平均値であって、年齢が下がるほど持てない割合は増えていきます。 学校の先生は、いましつけをしていません。しつけは家庭で、と言いますが、家庭ではしつけはできないのです。両親だって箸が持てないのですから。小中学校は、しつけに大切なときです。この時期をのがしてしまうのは、もったいないと思います。食を通すと話が早いのですよ。 1999年に、中国、アメリカ、日本で中学3年生にいろいろな調査をしました。その中で「先生を尊敬している割合」はどれくらいだと思いますか。実は、中国とアメリカがほとんど同じで80%くらい。アメリカの割合の高さが意外でしょう?それでは日本は……?20%ほどです。それでは「親を尊敬している割合」はどうだと思いますか。教師の割合とほぼ同じです。
これがなにを示しているかというと、日本の教育が間違った方向に向かっているということですよ。 家庭はしつけの場だったのです。それが崩れてしまっている。もう学校は「しつけは家庭で」とは言っていられません。学校だって、給食という場を持っているのですから。

子どもに背中を見せられますか

学びの場.comそれでは、実際に「食育」といったとき、どんな教育を指すのですか。また、それは学校でできるものなのでしょうか。

服部幸應さんまず第1に、どんなものが危険なのか、逆に、何を食べれば安全なのかを選ぶ能力です。おいしい物を作ることができる能力といっても構いません。 今から10年前、日本は農薬の消費量が世界一でした。そう言うと「アメリカのポストハーベストのほうが問題だったではないか」と反論される方もあるでしょう。確かに、日本ではポストハーベストはあまりしませんでしたが、作物を育てる途中で、農薬や窒素肥料などを大量に使っていたのです。つまり、「死の畑」から収穫していたのです。10年くらい前の話ですよ。そこからの反省で、いまは「無農薬」「無化学肥料」で作られたものがかなり出てきています。 第2に、しつけ教育です。箸が持てる持てない、それに、くちゃくちゃ食べる、ねぶり箸など、箸の持ち方、握り方がめちゃくちゃです。これをしつけとして教えるべきです。 しつけ(躾)とは身に美しいと書きます。エレガンスな立ち居振る舞い。教養人としては当たり前のことです。パソコンをやらせたらすごい、という人が箸ひとつ満足に持てない。バランスがとれていないのです。 そして第3に、人口問題、食糧問題、エネルギー問題、農業問題、それを取り巻く環境問題、リサイクル問題。これらを全部含んだのが食育です。

たとえば、日本の穀物の自給率は27%です。これは先進国の中では最低です。20%を切ると国として成り立たないとも言われています。米に野菜、肉、魚、果物などを合わせるとようやく40%。これはカロリーベースでの計算です。いまからわずか3、40年前は70%もありました。現在、イギリスが72%、フランスが136%、ドイツが98%、アメリカが127%と聞けば、どれだけ日本が大変な状況かがおわかりいただけるでしょう。
191カ国中、下から数えて25番目、米の備蓄が1年半分しかありません。経済封鎖にあったら、4200万人しか助からないのです。
それなのに、日本人はあまりにも危機感がない。
一方、残飯の量は世界一です。
料理した物を手付かずで捨てているのが7.7%、大根の葉っぱや魚の頭など、料理中に捨てるのが13%、宴会場から出ているのが16.3%です。世界人口62億8千万人のうち、日本も含めて豊かな食生活を送っているのは5億人。わずか9%です。8億3千万人が栄養失調で苦しんでいます。年間、1500万人が亡くなっていますが、これはすべて日本の食ゴミの半分で救えるのです。 このように見てくると、日本はいろいろな意味で危機的状況にあることがわかります。
こういう事実を教えることから、子どもたちには必要です。その前に、親に教える必要もある。
子供は親の背中、教師の背中を見て育ちます。いま、親も先生も背中を見せられない。基礎的なところでのしつけ、これを重点的に考えていくことがいかに大切かおわかりいただけるでしょう。

すぐにできる「食育」とは?

学びの場.com総合教育の中に食育を取り込んでみたい、という先生もいらっしゃるかもしれません。実際の授業での試みをいくつか教えてください。

服部幸應さん私は、いろいろな学校で、食育をしているのを見に行っているのですが、ある学校で授業参観日に「食育」の授業をしていました。この学校では栄養士が指導していました。 ある小学校では、クラスを5人ずつのグループに分け、寸劇形式をとっていました。「顔色、悪いね」「緑黄色野菜、食べていないからだよ」「緑黄色野菜って?」……と進んでいくわけです。「私、ニンジン、大っきらい」「えっ、ニンジン食べないと体に悪いんだよ」というふうに。寸劇が終わると、この寸劇を見ていた子どもたちから質問や意見が寄せられます。「そんなこと言ったって、僕、ニンジン食べられない」という子がいると、寸劇をやった5人が、「ハンバーグに、すりつぶしたものを混ぜたら?」などとアドバイスするのです。質問に答えられなくなると、それまでにこにこと黙って聞いていた栄養士が替わりに答えたりしていました。 6年生のクラスでは、「なぜサツマイモを食べるとオナラが出るのか」がテーマでした。サツマイモは体内で炭素と炭酸ガスに分かれます、というところから始まり、腸の長さは7m、とゴムホースを持ってきて、体の構造を調べて行くのです。そうすると、食べるものがどれくらい大切かがわかるようになる。おもしろい食育のプログラムがどんどんできています。 食を通じては、いろいろな授業ができると思いますよ。食べることだけ、給食の時間だけが食育ではありません。

農水省との懇談会で、「いま休耕田がどれくらいありますか」と聞いたところ、5%という返事でした。それを教育に解放してほしい、と頼んだのです。週に1度、授業で使わせてほしい、と。まず土づくりから始まって、稲や苗、タネを植える。2、3週間でできてしまうものもあります。数ヶ月かかるもの、半年かかるものもあります。みんなで育てることによって、ものを育む、生命体を育む、ということを学ぶわけです。自給率の問題だって、興味を持つようになります。
採れたての野菜をかじったら、それはそれはおいしいですよ。流通の問題も農薬の問題も勉強できるでしょう。 学校の先生方も、「人を育てる」という信念を持って、ぜひ「食育」に取り組んでいただきたいと思っています。

服部 幸應(はっとり ゆきお)

学校法人服部学園 服部栄養専門学校理事長・校長
昭和20年に永禄4年(1561年)から続く服部流割烹家元の家系に生まれる。「料理の鉄人」「SMAP×SMAP」「新・男の食彩」などのテレビでもおなじみの食の探求者。食育、料理を通じた地球環境保護の活動にも精力的に取り組んでいる。
著書に『食がこどもたちを救う』(集英社)、『食育のすすめ』(マガジンハウス)、『服部幸應の食材事典』(フジテレビ出版)などがある。

取材・構成=長橋 由理

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