教育トレンド

教育インタビュー

2003.01.07
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尾木直樹さん 学力低下を騒ぎ立てるより、どんな学力が必要なのか、を考えていくべき

「ゆとりの教育」から始まった「学力低下論争」は今も衰えることなく続いている。先月発表された、文科省による45万人の小中学生を対象にした学力調査の結果はさらにその論争に油を注ぐことにもなりそうだ。しかし、本当に現状のままでは子どもの学力低下は避けられないのか? さらに、21世紀に必要とされる学力は、これまでの学力と同じ定義で計っていいのか?

現場に根差していない「学力低下」論争

学びの場.com今回のいわゆる「学力低下」問題は、どんなところに特徴があるのでしょうか?

尾木直樹さん学力低下論争はこれまで4回あって、今回は5回目です。これまで4回の論争では教育現場の教師や教育学者が中心になっていました。それが第5期の論争では、これまでの論争に参加していなかった人たちが中心になっているということが大きな特徴です。つまり現場に根差していないんです。たとえば経済学部の学生が数学ができないといっても、それは当たり前の話です。経済学部を受ける生徒に数学を勉強しろという進路指導はしていませんから。ですから今回の議論は非常に歪んでいると感じます。  日本の知的な階層の理解度がこんなに低レベルだなんて、学力が落ちていること以上に危機だと思います。詰め込みをどんどんやれとか、小学校から難しいことをやっておけば中学になって楽だとか、それは東大に行くような人には当てはまるかもしれないが、99.9%そんなことをしたらつぶれて切れてしまいます。教育論がそれで成り立っているのは、日本をリードしている人はエリートだからで、庶民の子どもたちを理解できないんです。

学びの場.com現場に根差していない議論なのに、これだけ大きな話題になってしまった。

尾木直樹さんメディアが一気に広げたため注目されることになったんです。その点ではメディア、とくにテレビの責任も大きいと思います。教育の問題はみんな自分で経験していますし、親でもありますから誰もが思っていることがあって話せます。でもこの問題はみんなで謙虚に協同して丁寧に検証すべきなのが、すごく乱暴な議論になってしまった。  NHKから民放まで、今回ほど番組のディレクターと意見がぶつかったのは初めてです。実際に子どもの学力は低下していると思いますが、下がってもいい学力もあるわけですし、21世紀に求められる学力は何なのかということを論じないで計算能力だけ取り上げるのはおかしいと思います。

親の学歴信仰がまだ生き残っている

学びの場.comそれでも、子どもを持つ親としては、不安でしかたありません。

尾木直樹さん講演で、子どもの学力低下を不安に思うっている人に手を挙げてもらうと、8割ぐらいの人が手を挙げます。そこで「どうして学力が低下したと思いますか」と尋ねると「分数計算でつまずいていた」と答えるわけですが、「去年もつまずいてたんじゃない?」と聞くと「はい」という。なにか子どもがつまずくと、4月から始まったカリキュラムや5日制と結びつけて考えるわけです。  私自身は、もう学歴社会は終わってしまったから、親も学歴信仰をやめて、それよりは、充実した生き方のできる子どもになってほしいというのかと思ったら、意外に学歴信仰はまだ残っているんです。ですから学歴に関してはまだまだ歴史的なターニングポイントにあると思います。

反対側にぶれすぎた学力観

学びの場.comそれでは議論の発端になった新しい学習指導要領についてはどう思われますか?

尾木直樹さん新しい学力観では、関心、意欲、態度がいちばんに置かれています。これまで常識的に「学力とは何か」といえば、記憶力と理解力に重点がおかれていました。つまりペーパーテストで計れるものです。ところが前の学習指導要領では、それを新しい学力観に替えるということを高々と謳っています。それで現場の教師は驚きました。どうやって採点するかわからないから、挙手の回数まで記録するのがはやったんです。

学びの場.comつまり、重点が移ったからこれまでの学力は低下して当然だと……。

尾木直樹さんこのような新しい学力観に変われば、これまでの学力が低下するのは当然です。それに学歴社会が崩壊したから、モチベーションが高まらない、ということもあります。バブルが崩壊してから大企業もつぶれるし、食品偽装の問題もあったし、大人のモラルは崩壊しています。昔だったらうんと勉強すれば東大に入れて大蔵省とかに入って幸せになれるという考えが通用しました。でも今は、そういった安定したイメージは持てない時代になってしまった。だから勉強することの新たな意味付けを子どもたちに提示しなくてはいけないのに、それができていない。

学びの場.comそうなると「生きる力」にも問題があるんでしょうか?

尾木直樹さん学力の定義は、国際的なレベルでいえばアチーブメントです。ただ日本の場合は人格の完成も目的になっています。これはいいとか悪いとかではなくて、それがうまく機能するようなシステムやカリキュラムを考えるべきなんです。だから日本の場合はアチーブメントという定義を守りつつ、その学力をどう生かすかという「生きる力」が重要になってくる。ところが文科省は反対側にぶれすぎ、基本の学力を捨ててしまった。放課後に勉強のできない子どもに教えると校長から「新しい学力観を理解していない」と指導を受けたりしたんです。教師としては「できない子には教えたい」と思うのに、「やってはいけない」と。

学びの場.comでは、現場の教師はどうすればいいんでしょうか?

尾木直樹さん教師ができるのは、目の前の子どもに責任を持つことです。つまり自分の子どもはどうなのか。子どもをしっかり観察すれば、なぜ子どもがつまずいているのか見えてくるはずです。

学びの場.comでは、この学力観の転換はうまくいったのでしょうか?

尾木直樹さん文科省が発表した45万人の学力調査結果は、前の学習指導要領が完全な失敗だったことを表しています。前回との同一問題で比較すると明らかに学力は落ちています。では、肝心の関心、意欲、態度はどうかというと、これも上がっていません。たとえば、英語では書く力が落ちていますが、これは「聞く・話す」ほうに重点を移動したのでしかたありません。ではコミュニケーションへの関心が跳ね上がったかというと、中学では学年が上がるほど大きく下がっています。

学びの場.comなんだか、また別の意味で不安になってきますね。

尾木直樹さんただ、「勉強は大事だ」と思っている小中学生は8割以上で、健全だと思います。これが「勉強が好き」となるとそれぞれ37%、18%ですから教える側の責任は重大です。大切だ、と思いながら好きになれないわけですから。総合的に見ると子どもたちは健康的だし、現状で頑張っていると思います。ですからもっと丁寧に学力低下のことを議論し、軌道修正するにしても極端にぶれるのではなく、丁寧に行きましょう、というのが結論だと思います。

尾木 直樹(おぎ なおき)

1947年生まれ。早稲田大学卒業、以後、海城高校、公立中学教諭、東京大学教育学部講師。現在は臨床教育研究所「虹」所長として日本の教育全般に対して批判を投げかけている。著書に『お父さんが叱れないわけ』『学校は再生できるか』『「学級崩壊」をどうみるか icon 』『「学力低下」をどう見るか』など多数。

取材・構成 /堀内一秀

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