寺本 潔 小中高の各段階で観光教育を
探究学習と人材育成

玉川大学名誉教授の寺本潔氏は、現在沖縄県名護市にある名桜大学の特任教授として講義や研究に携わる傍ら、国内各地で出張授業を展開するなど、小中高生を対象とした観光教育にも力を入れています。少子高齢化や若者の都会への流出が進むなか、これからの地方振興のカギは観光にあるとの認識のもと、将来観光産業で活躍する人材を育てるには若いうちからの意識付けが不可欠との考えからです。寺本氏が本来専門とする地理学との親和性もきわめて高く、探究学習の題材としても有効な観光教育の今と未来について伺いました。
観光教育とは

観光教育とは何でしょうか。その魅力やまちづくり学習との違いも含めて教えてください。
観光教育は「観光を題材にした教育」です。また、観光客を受け入れる側の人材を育成する取組も観光教育といえます。旅行会社など観光に直接関わる人だけでなく、食材を提供する農業や水産業、さらに交通など観光教育は非常に裾野が広いですね。まちづくり学習は、自分たちの町をより活性化させるためにどんな方策が必要なのか、そのプランを考える資質を育てるわけですが、観光以外の分野も対象としています。
2012年に日本地理教育学会に観光地理教育研究グループを立ち上げるなど、観光に注目したきっかけを教えてください。
世界各国の風土や地域資源、それらの特色を学ぶのが地理学ですから、観光産業の中核となる教科・科目が地理であることは間違いありません。地理学や地理教育は、観光教育を主導できる科目です。
もう少し具体的に言うと、地理教育でたとえばある地域の特色を把握させるとします。その良い部分はイコール観光の魅力なのです。したがって、地理学と観光教育は親和性が非常に高いわけですね。
観光現象を複眼的、多角的な思考力を磨く題材に

沖縄県では、保護者の仕事も観光産業が多いなど、他地域よりも子どもにとって身近な印象ですか。
沖縄県内で出張授業をやってきた経験からすると、沖縄の子どもたちにとって観光は身近だと思います。
ただ、沖縄の魅力について子どもたちの認識は、まだ表面的な気がしてなりません。毎年1000万人を超える観光客が来ている、しかも約9割はリピーター。「なぜですか」と子どもたちに聞くと「海がきれいだから」という答えが多く返ってきます。しかし、それだけで人が何度も何度も来るわけはありません。つまり、沖縄の子どもたち自身が、沖縄の本当の価値にまだ気づいていないのです。
そこを気づかせる意味でも観光教育は大切です。複眼的、多角的な思考力を磨く題材としても観光教育はうってつけです。だから、沖縄でこそ観光教育を花開かせたいと考えています。
お国自慢でなく、観光現象を題材にした問題解決学習とするためのポイントを教えてください。
観光現象を題材にした学習は「隣の県にはこんなに観光客が来ているのに、なぜうちの県には来ないのか」という素朴な問いが出発点になります。そして「隣の県は何が魅力なのか、うちの県には何が足りないのか」と思った瞬間に課題解決学習が始まるのです。
他者の視点でお国を眺めるという点が、お国自慢学習との最大の違いですね。
人材流出防止のためにも、小学校高学年くらいから観光人材育成を

総合的な学習(探究)の時間で取り上げる場合の、社会科、英語、キャリア教育、防災教育などと連携した展開例を教えてください。
社会科には地理、歴史、公民の3分野ありますが、いずれも観光題材を扱う教科内容があります。英語については、英語で観光案内してみようとか、英語でインバウンドに説明する観光地図を作ってみようとか、地域の魅力を紹介するときに使わせると伸びます。主語をはっきり表現する言語という点でも観光教育に向いていますね。
たとえば、那覇市立松島小学校でゆいレール沿いの観光資源を英語で説明しようという授業をやったとき、小学6年生の女の子が喜んで取り組んでくれました。「なんでそんなにうれしそうにやるの」と聞いたら「将来CAになりたいからです」と、はっきり言いました。そうした意識の高い子が将来観光人材として活躍できるよう、まわりが気づいて観光について学べる機会を用意したいものです。
石垣市や中城村、那覇国際高校(SGH)など沖縄県内で出張授業をされています。加えて北海道や三重県鳥羽市などでも実践研究をされていますが、出張授業の依頼は、世界遺産のあるような地域からが多いですか。
観光教育は、まだまだマイナーな分野なので、依頼はこちらからします。選ぶ基準は、当然ながら観光の観点からして魅力のあるところがメインになりますね。たとえば石垣市。観光文化課の予算で立派なパンフレットも作っていただき「子ども観光学講座 in 石垣島2025」というイベントを行いました。これを雛型に長崎や旭川でも同様の出張事業を開催しました。
北海道の湧別町で中学生を対象に出張授業をやったときは、町の観光協会が制作したパンフレットを素材にオリジナルのワークシートを作って教材にしました。すると、観光パンフレットがこれほどの学びになるとわかって先生方が驚いていました。
北海道は、札幌以外の地域では若者の多くが都会に流出し、衰退の一途を辿っている状況で、これをなんとかするには観光しかありません。したがって、観光教育も待ったなしです。北海道第2の都市・旭川もそうした危機意識を持っていて、今年2月に「子ども観光学講座 in 旭川2026」と銘打って出張授業をさせていただきました。8月に、ホテル見学なども入れてバージョンアップした第2回を予定しています。
長崎市でも若者が毎年1500人くらい流出していて、市が危機意識を持っています。それで観光政策課が呼んでくださって出張授業をやりました。シビックプライドを起こすには観光教育が一番いいということで採用していただきました。
修学旅行を実践的な観光教育の場に

2022年に高校で地理が約50年ぶりに必修となりました。期待される効果を教えてください。
最大シェアの地理総合の教科書でも、観光に関するコアな部分はたった2ページです。観光教育は地理教育が主導していかなくてはなりませんが、これからですね。
例えば、地理の授業で時差を扱うときに、海外旅行と絡めれば観光教育になります。観光を入口にすれば地理の勉強も楽しくなると思います。
引率教員や保護者の負担、訪日観光客の増加などの面から、修学旅行を取り巻く環境が厳しくなっています。「これからの修学旅行」について、提案はありますか。
修学旅行は大きく変えられる可能性があります。同級生と楽しむ思い出づくりの旅、だけではない修学旅行が求められる時代になってきていますね。
そもそも、観光地に連れて行くので実践的な観光教育の場にできるわけです。泊まっている旅館やホテルスタッフのお仕事、バスガイドさんの仕事ぶりも見られるし、ホスピタリティに接することもできます。
つまり、お客さんを迎え入れる観光産業側の様子も目に入ってくるので、これからの修学旅行を観光産業側も探究させる観光教育の一環とすれば、学びの多い有意義なイベントになると思います。
「内向き志向」改善にも

イギリスの小学校1年生の教科書にある「バーナビー・ベア、ダブリンへの旅」に倣って、日本でも「韓国への旅」のような単元を設けてはどうかと提案されていました。インターネットで世界中の情報をリアルタイムで入手可能な時代になりましたが、学習指導要領へ旅育に関連した内容項目の提案はありますか。
「バーナビー・ベア、ダブリンへの旅」というのは、クマのぬいぐるみがひとりでアイルランド観光を楽しみ、両親にハガキを出すというストーリーです。したがって、これは出かけていく方の話ですね。
私も「韓国への旅」というのを提案してはいます。しかし、日本ではこうした単元の実現は難しいと思います。子どもがひとりで海外旅行なんか行けるわけがないのに、検定教科書に載せるなんてけしからんと横槍が入るのです。経済的な問題で海外旅行に行けない家庭もあります。
結果、いわば海外旅行力の弱い人になり「海外?めんどくさい、北海道でいいじゃん」となってしまうのです。政府もアウトバウンド促進を一生懸命やっていますが、そもそも外国に対する夢、興味、関心を育む教育がなされていないのが実情です。
今後挑戦したいことなどを教えてください。
前述の「子ども観光学講座」を全国展開したいと思っています。特に旭川でやったときは、旭川市を拠点に活動するアイドルグループ「ローワンベリー」のメンバーふたりが参加してくれました。その様子は動画がYouTubeにもアップされているので、ローワンベリーのファンがかなり見てくれているようです。
観光教育を「観光教育は防災教育と同じくらい大事だ」と広く認識されるようにするのが、私の夢であり目標です。旭川のケースなどはひとつのモデルになりうると考えていますので、その方向性も意識しつつ全国展開を図っていこうと考えています。
記者の目
お話を聞いて、国や地方自治体は観光立国・観光振興を声高に主張するものの、そのための教育には今ひとつ本腰を入れていない印象を受けた。日本の将来を支える観光人材の育成は喫緊の課題であり、寺本氏のような活動にもっとスポットが当たるべきだろう。寺本氏は、行政の手が回らない部分をなんとかしようと奮闘されている。出張授業の経費も、寺本氏自身が獲得した研究費から捻出したり、市の観光課の予算を使わせてもらったりしているという。観光は探究学習やキャリア教育、英語学習にも有効な題材なので、さまざまな教科の授業で活用されるようになることを期待する。

寺本 潔(てらもと きよし)
公立大学法人名桜大学 特任教授。
1956年熊本県生まれ。熊本大学教育学部卒、筑波大学大学院修了の後、筑波大学附属小学校教諭、愛知教育大学助手、助教授、玉川大学教育学部教授、東京成徳大学を経て2024年より現職。専門は、社会科教育学、観光教育、地理学。文部科学省学習指導要領作成協力者(社会:平成10年版、20年版)、中央教育審議会専門委員(社会)などを歴任。現在、日本観光振興協会 人材育成委員会委員、日本地理教育学会評議員、ちゅうでん教育振興財団評議員。主な著書は『観光教育への招待: 社会科から地域人材育成まで』(ミネルヴァ書房・2016年)、『教師のための地図活』(帝国書院・2017年)、『地理認識の教育学ー探検・地理区から防災・観光までー』(帝国書院・2021年)、『観光市民のつくり方』(日本橋出版・2024年)など。
取材・文・写真:学びの場.com編集部
※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。
ご意見・ご要望、お待ちしています!
この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)
この記事に関連するおススメ記事
「教育トレンド」の最新記事













教育ウォッチ
新刊紹介
教材紹介



この記事をクリップ
クリップした記事
ご意見・ご要望










