2008.03.11
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

高大接続テストの目的 背景に高校改革を迫る中教審大学分科会

現在の大学入試において推薦入試やアドミッション・オフィス(AO)入試は大きな位置を占めている。これに対して中央教育審議会大学分科会の「高校と大学の接続に関するワーキンググループ」(以下、接続WGと呼称)はこのほど、推薦・AO入試の一部が「学力不問」入試となっていると批判し、学力検査や「高大接続テスト(仮称)」などを実施するよう求めた提言をまとめた。背景には、大学教育の質の低下に対する強い懸念がある。だが、ことは大学入試や大学教育の改革だけでは済まないようだ。

中教審WGが推薦・AO入試に学力検査導入を提言

 昨年春の大学入試状況は大学関係者の間で大きな注目を集めた。文部科学省の学校基本調査の結果によると、昨年春の現役高卒者の大学等進学率は51.2%と史上初めて5割を突破した。高校卒業者の2人に1人がストレートで大学等に進学する時代となり、日本の大学教育はマス化(大衆化)からユニバーサル化(普遍化)に移行したと言ってよいだろう。

 さらに、日本私学振興・共済事業団の調べによると、私立大学入学者全体のうち一般入試による入学者の割合は49.6%と5割を切ったことが明らかになった。私立大学入学者の半数以上が、ペーパーテストによる学力検査を受けないで入学しているというわけだ。国公私立大学全体の入学者で見ても、一般入試56.7%、推薦入試35.7%、AO入試6.9%、帰国子女・社会人など特別選抜0.6%となっており、推薦・AO入試による入学者の割合は年々増加している。

 推薦・AO入試の増加の原因は、推薦入試で一般入試より早く学生を確保するという大学の生き残り戦略だ。しかし、大学全入時代に学力検査のない推薦・AO入試が増加すれば、大学生の質が低下することは当然の成り行きだ。

 このため、大学教育の質の保証を審議している中教審大学分科会学士課程小委員会の中に設置された接続WGは、人物重視の選抜をするはずの推薦・AO入試が実質的な「学力不問」入試になっていると批判し、推薦・AO入試の志願者にも大学入試センター試験や個別の学力検査などを課して、大学教育を受けるのに必要な基礎学力があるのかどうかを判定すべきだという提言をまとめた。

 これに呼応するように九州大学、筑波大学など一部の国立大学が「一般入試で入った学生より成績が低い」という理由でAO入試の廃止を決定するという動きも出ているが、学生確保に悩む大学の多くは提言を受け入れないだろうというのが大方の見方だ。文科省が私立大学の入試方法にまで介入するとも思えなので、難関大学や有名大学は推薦・AO入試にも学力検査を課し、そうでないところは従来通り「学力不問」入試を続けて、大学の二極化がさらに拡大すると指摘する大学関係者もいる。

高大接続テストの狙いは調査書に代わる「学力担保」

 さて、ここまではマスコミなどでも報道されているので、ご存知の方も多いだろう。だが、大学教育の質の保証がテーマであるはずのこの問題は、大学教育や大学入試の改革だけで終わらず、高校教育の在り方をも巻き込んだ議論になりそうなのだ。

 日本の大学全体で見ると、学生の学力低下が批判されながらも一定の質を保っていたのは、大学入試の選抜機能が「入口管理」の役割を果たしていたからだ。しかし、実質的な大学全入時代を迎え、既に大学の約6割が何らかの形で学生に補習教育を実施している中で、接続WGは「入試の選抜機能が大学の入口管理にもたらしてきた効果が従来ほど期待できなくなっている」と認めた上で、「各高校は、『大学全入時代』を迎え、これまで入試の選抜機能が高校教育の質保証にもたらしてきた効果が従来ほど期待できなくなっているという認識を持ち、大学入試を過度に重視した状況に陥らない高校教育の確立」が必要であると提言している。

 簡単には言えば、大学入試による学生の質の保証が難しくなってきたので、高校でもっとしっかり学力を身に付けさせてほしいということだ。中教審WGは「選抜から相互選択へ」という考え方を打ち出し、高校の指導改善、大学入試、大学における初年次教育という三段階を通した大学生の質の保証を構想している。

 このような事情を踏まえた上で、中教審WGが提言している「高校・大学が協力してAO・推薦入試や高校の指導改善に活用できる新しい学力検査」であるところの「高大接続テスト」を見ると、単なる推薦・AO入試用の基礎学力テストという以上の意味が込められているのではないかと思えてくる。つまり、「高大接続テスト」は、推薦・AO入試のためというよりも、大学教育を受けるのに必要な力があるかどうかを判断する「学力担保」措置としての意味の方が大きいのではないか。

 実際、中教審初等中等教育分科会の会合で「高大接続テスト」について説明した接続WGの委員は、学校間格差の大きい高校の調査書に代わる学力判定資料として広く活用できるというメリットを強調している。

 実質的な大学全入時代に突入し、もはや大学だけで学生の質を確保することが困難になってきたので、送り出す側である高校にも教育の質の確保を求めるというのが、大学関係者中心に構成されている中教審大学分科会の認識だと言ってよい。ところが、中教審WGの提言を受けた中教審初中教育分科会の会合では、初中教育関係者や教育学者らから「低学力の学生を合格させているのは大学の責任だ」「教育の質の低下を心配するなら大学自身が厳格な成績評価をすればよい」「大学に入学させることだけが高校教育の目的ではない」などと一斉に反発する声が上がり、事実上、接続WGの提言を突き返してしまった。

背景には大学の国際評価基準づくりが

 ところで、なぜ中教審大学分科会は、初中教育分科会の反発が十分に予想できたのに、高校教育の質の確保にまで踏み込む必要があったのだろうか。恐らく、大学の生き残りをかけた学生獲得競争の中で、学力不足を理由に志願者を不合格にすることが現実問題として困難な大学が少なくないからというのが本音だろう。

 さらに、文科省が危機感を募らせているのが、経済協力開発機構(OECD)などによる大学教育の国際評価基準づくりの動きだ。もともとは大学を自称して「ニセ学位」を販売する「学位工場」(ディプロマミル)の対策から発案されたものだが、人材のグローバル化により各国の大学の教育成果を保証する仕組みが必要になってきたことが背景にある。このまま大学の質の低下を放置していれば、日本の大学教育が国際的信用を失い、ひいては日本の国際競争力の低下にまでつながりかねない。

 質の悪い大学は潰れていくという市場原理で、大学教育の質はある程度保てるという見方もあるが、高校卒業者の半数以上が現役で大学等に進学する時代に、市場原理に任せたままで大学全体の質を維持、向上させるのは極めて難しい。となれば、現在は中教審でも大学分科会と初中教育分科会が反発し合っているものの、いずれは大学教育の質を国際的に保証するため、高校教育の改革が不可避となってくるだろう。

 それは、従来から繰り返し議論されてきた大学入学資格試験の創設で大学進学者数を絞るのか、それとも「高大接続テスト」のように受験科目以外の科目も一生懸命に勉強させるような仕組みをつくるのか、あるいは高校教育を複線化して普通教育と5年制一貫などによる職業教育に分けるのか、さまざまな方法が考えられよう。いずれにしろ、今後の高校改革は、高校ではなく大学からの要請によって始まることになるのではないだろうか。

構成・文:斎藤剛史/イラスト:あべゆきえ

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

ご意見・ご要望、お待ちしています!

この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)

pagetop