2007.05.29
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

放課後子どもプラン最前線 品川区「すまいるスクール」実践ルポ

共働き家庭の増加や、子どもの安全が脅かされる事件が続いていることなどを背景に、子どもたちが安心して過ごせる居場所を提供する放課後対策の必要性が高まっている。国もこうした現状を受け、今年度から「放課後子どもプラン」のもと、学校施設を利用した居場所づくりを全国に広げようとしている。今回は、こうした放課後対策にいち早く取り組んでいる東京・品川区の「すまいるスクール」を事例に、活動の現状や今後の課題を探る。

放課後子どもプラン最前線 品川区「すまいるスクール」実践ルポ~学校を拠点とした新しい居場所づくり~

品川区立延山小学校「すまいるスクール」の一日

“群れて遊べる”もう一つの学校

自由に過ごせる居場所をつくる

 午後2時。授業を終えた子どもたちが、ランドセルを担いだまま「すまいるスクール」の受付に集まってくる。
 

 「○○ちゃん、今日は何時まで?」
 ここで帰宅予定時間を申告し、目印となる名札をつけて活動に移る。
 延山小学校の全校児童は361人。うち243人が「すまいるスクール」に参加登録している。
 「平日の参加児童は100人前後。今日は96人ですね」

岡本信子氏

 名簿をチェックしながら教えてくれたのは、品川区職員の岡本信子さん。「すまいるスクール延山」の運営担当者として、スタッフの配置から活動プログラムの立案、学校側との情報交換などを担っている。

放課後子どもプランとは?

~子どもたちの居場所づくりへ、文科省・厚労省が連携

 「放課後子どもプラン」とは、おもに各市町村の教育委員会が主導してきた「地域子ども教室」(文部科学省管轄)と、地域の児童館や公民館を拠点とする「放課後児童クラブ」(厚生労働省管轄)の2つを一本化し、放課後の子どもたちが安心して過ごせる場をつくる試み。放課後対策へのニーズに応えるため今年度からスタートした文科・厚労両省の連携事業で、原則として全国すべての小学校区(約2万3000カ所)での実施を目指している。
 具体的な展開としては、学校の空き教室を拠点に、子どもたちの放課後の居場所を確保。大学生や退職教員、地域ボランティアなどの協力も得ながら、遊びや勉強、スポーツ、文化活動、地域の人々との交流といった取り組みを充実させていく計画だ。
 「放課後子どもプラン」では市町村の教育委員会が運営主体となるため、学校が従来よりも積極的に活動に関わることが見込まれる。また、これまで地域子ども教室も児童クラブもなかった校区にも公的な放課後対策が広がることで、地域の子育て力の向上という効果も期待されている。
 なお、各地域での実施状況、申し込み方法などの詳細は最寄りの教育委員会まで。

【関連資料(厚生労働省Webサイト内)】
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007
/02/s0207-4.html

 この日は勉強会の予定はなく、工作教室が開かれているとのこと。さっそくプレイルームへ行ってみると、25人の子どもたちが、指導員のサポートを受けながら、父母への感謝の言葉を書き込んだメッセージクリップづくりに取り組んでいた。

 色紙を星型やハート型に切り、「ママおべんとうおいしかったよ」「いつまでも元気でいてね」といったメッセージや似顔絵を描き、スパンコールを貼って飾る。カードを挟むクリップは、岡本さんの知人が無償で提供してくれたものだという。

 隣のプレイルームでは、10人ほどの子どもたちが、ボードゲームやブロックで遊んだり、部屋の隅で絵本を眺めたり、思い思いに過ごしていた。

 この日は汗ばむほどの陽気。外でボール遊びに興じる子どもたちの歓声が響いてくるが、この部屋は静かだ。友だちと騒ぎたい子どももいれば、ひとりで静かにしていたい子どももいる。それぞれに過ごしやすい場所を提供するのが「すまいるスクール」のやり方だ。


学校も取り組みをバックアップ

 グラウンドに出た子どもたちは、野球やサッカー、一輪車などをして遊んでいる。砂場では、全身泥だらけになって穴を掘る子、掘った穴に水を流す子、黙々と砂団子をつくる子、「もっと水を持ってこい」と催促する子など、学年、男女を問わない遊び集団ができているようだ。

 「砂場はトラブルが起きやすいので、必ず指導員をつけて重点的に見ています。もう一人の指導員は、全体を見ながら子どもたちと一緒に活動します」と岡本さん。この日砂場を担当していた指導員は教員免許取得者で、勉強会では子どもたちの指導も行うという。

 「すまいるスクール延山」は品川区の直営校なので、岡本さん以外の12名のスタッフもすべて区の非常勤職員で構成されている。指導員の選考には実技試験も取り入れており、年齢や教員免許の有無によって区分し、日常の業務を役割分担している。
 子どもとふれあいながら安全面への目配りも求められるこの仕事は、誰でも務まるものではないし、地域ボランティアに頼ることもできない。「職員の安定的な確保が一番の課題」と岡本さんは言う。

 グラウンドの中央では、数人の子どもが指導員と一緒にリレーを始めた。スペースさえあれば、子どもたちは自分で楽しむ方法を見つける。
 「グラウンドと体育館を自由に使えることが、学童保育との大きな違いですね」
 放課後の学校施設は地域住民も利用する。グラウンドと体育館の利用については、「すまいる優先」の学校の方針を地域のスポーツ団体に理解してもらい、同校の関早稚子副校長が調整役を務めているそうだ。
 学校との協力体制の整備は、「すまいるスクール」の特徴の一つだ。

 岡本さんは職員室にデスクを持ち、生活指導の校務分掌の一員として職員会議にも参加。子どもの状態について、教員とも日常的に情報交換している。逆に、鈴木校長や他の教員が「すまいるスクール」を訪れ、放課後の子どもたちの様子を見ることも多い。
 また、「すまいるスクール」からのお知らせや申込書は、校長名で全家庭に配布している。一方で備品類は個別に管理するなど、分けるべき部分はきっちり区分されている。両者の管理と責任の線引きを明確にすることが、協力体制の基本だ。


子どもも親もつながる場所へ

 岡本さんは、「すまいるスクール延山」の運営担当者になる前は、地域の児童館などで20年以上も学童保育活動に携わってきた。
 それだけに、「学童保育がなくなる」ことについては複雑な感情を抱いている。
 「最初は、子どもたちが学校のなかでどこまで弾けられるかなと心配していましたが、おおむねうまく切り替えができていますね」
 問題は大人だ。学童保育が「すまいるスクール」に統合されてから、保護者が活動に関わる機会が減った。
 「以前と比べると、保護者の顔が見えないなって感じたんです」
 このため「すまいるスクール」の活動内容を伝えるプリントをつくって毎月家庭に配布したり、子どもを迎えにきた親への声かけ、子育ての相談にも気軽に応じたりなど、日常的なコミュニケーションを図っているという。
 取り組みの成果もあって、土曜日に開催するテニス教室などでは、親子で参加して活動を手伝ってくれることが多くなった。プリントに「これが足りない」と書いた物品を提供してくれる保護者もいる。
 「子どもだけでなく、親たちもつながる場所にしていきたい」と岡本さん。
 身近な話し相手がいれば解消できるはずの小さな悩みが拡大し、家庭そのものが破綻する。学童保育の場でいくつもの家庭を見てきたベテランには、そんな思いがある。

 「先生、わたし帰ります」
 ランドセルを背にした女の子が声をかける。子どもたちから見れば、「すまいるスクール」の指導員はみな「先生」だ。
 「さようなら。気をつけて帰ってね」
 午後4時を過ぎると、こうして帰宅する子どもたちが増えてくる。それでも歓声は止まない。この日のグラウンドの利用時間は午後4時45分まで。時間ぎりぎりまで遊びたいのだろう。
 「あんなふうに、子どもたちが心おきなく群れて遊べる場所が、本当に少なくなりましたね」
 仲間がいて、自由な空間がある。都市の子どもたちにとって、そうした居場所は貴重だ。
 「子どもの気持ちに応えるプログラムをもっと充実させて、一人ひとりの興味が輝く場所をつくっていきたい」
 岡本さんは、子どもたちを見つめながらそう話す。

 

品川区「すまいるスクール」事業

「安全で有意義な居場所をすべての子どもたちに」

教育改革の一環としてスタート
 

栗原弘樹氏

学びの場.com(以下、学びの場) 品川区が進めている放課後対策「すまいるスクール」の概要についてご説明ください。

栗原弘樹氏(以下、栗原) 品川区では、教育改革の基本方針を定めた「プラン21」に基づく長期計画のなかで、「放課後児童の健全育成」を重点施策として取り上げています。放課後の子どもたちが安全で有意義に過ごせる場所をつくるというのがコンセプトで、これを具体化したものが「すまいるスクール」です。
 学校施設を利用し、教育委員会の管轄下で行う事業として、平成13年に小学校1校で試験的にスタートしました。平成16年には、それまで地域の児童館などで実施されてきた学童保育の機能を統合し、昨年4月からは40校の区立小学校すべてに「すまいるスクール」を設置しています。

学びの場 利用形態や活動内容はどのようになっているのですか。

栗原 細かい内容は各校で異なりますが、基本的には小学1年生から6年生までを対象に、放課後から午後5時(希望により午後6時)まで活動の場を提供しています。毎週月曜から土曜まで毎日実施しており、夏休みなど学校のない日は午前中から利用可能です。
 利用は年度ごとの登録制で、利用日と時間を書いた申込書を毎月提出してもらっています。子どもたちは授業が終わったら受付で名前と帰宅時間を申し出てから活動に入り、帰宅時も受付でチェックを受けて下校するというのが一般的なスケジュールです。現在、登録児童は40校合わせて約8000人(小学校児童総数は約1万人)。うち3割ほどが、ほぼ毎日利用しています。

 日々の活動では、「勉強会」「教室」「フリータイム」の3つを柱にしています。
 勉強会は、学校の授業のおさらいをする時間です。どの「すまいるスクール」でも学年・教科別に実施日を決めており(週1~2回、1時間程度)、月ごとに参加希望をとっています。
 具体的にはプリント教材を使って、おもに国語と算数の復習を行います。正規の教育活動ではないので、学校の授業を先取りして教えることは一切ありませんが、教員免許を持つ指導員が子どもを支援するなど、学習としての効果が上がるように配慮しています。

 教室は、週1~2回程度実施するイベント的な活動です。保護者など地域の人材に指導をお願いしていることもあり、バレーボールやバドミントンなどのスポーツから、パソコン、英会話、折り紙、生け花、茶道、工作、ダンスなど、各「すまいるスクール」ごとに特色あるプログラムが見られます。
 年間を通じた体系的な指導より、気軽に楽しみながら参加できることを重視した活動で、子どもたちが興味関心を深めるきっかけづくりとして意味があると考えています。

 3つめのフリータイムは、文字通り子どもたちが自由に過ごす時間。勉強会や教室のない時間はすべてフリータイムに当たります。
 活動場所を守る、危険な行為をしないといったルールに従っている限り、指導員が子どもに「これをしなさい」と指示することはなく、みんなで宿題をしたり、室内でボードゲームなどをしたり、グラウンドや体育館で友だちと遊んだりするなど、子どもたちはのびのびと過ごします。クラスや学年の枠を超えた友だち、指導員や地域の方々など大人たちとの関わりを通じて人間性を育む場ですね。
 もちろん、ここでも安全面には細心の注意を払っており、各活動場所には必ず1人以上の指導員を配置し、子どもを見守りながら一緒に遊ぶようにしています。

専有スペース・専任スタッフで活動を充実
 

学びの場 施設や人的な面での運営体制はどのように整備されていますか。

栗原 まず施設面ですが、空き教室などを利用して1、2部屋の専有スペースを全校で確保しています。このほかに、勉強会など毎日の活動では別の教室も使います。体育館やグラウンドの利用については、地域開放との兼ね合いを見ながら各校で調整するよう指示していますが、どの学校も放課後から午後4時頃までは「すまいるスクール」が使っているようです。

 スタッフ数は「すまいるスクール」の規模によって異なりますが、ほぼ4、5人~10人程度。全校に1人ずつ配置している区の職員が運営の中心となり、その他のスタッフは、民間委託または区の非常勤職員で構成しています。こうした人件費や備品代を含めた「すまいるスクール」運営費として、品川区では年間7億円あまりの予算を組んでいます。

学びの場 保護者からの反応はいかがですか。

栗原 これまで学童保育を利用されてきた保護者からは、一旦帰宅してから児童館などへ行かせるより、学校内に放課後の居場所があるほうが安心できるという声が多く寄せられています。子どもを見守る指導員の配置や、帰宅時の名簿チェックといった安心・安全面の取り組みもおおむね好評です。
 プログラム内容については、学力対策やスポーツ活動の充実などさまざまな要望があります。今後はこうした保護者のニーズも取り入れながら、地域ごとに特色ある活動を展開していくことが求められていると思います。

大規模化への対応、学校現場との連携が課題
 

掲示板

学びの場 「放課後子どもプラン」の実施も踏まえ、今後の課題については。

栗原 これまでは学校を拠点とする放課後対策は文科省、学童保育は厚労省の管轄だったため、品川区でも平成16年以前は、「すまいるスクール」は教委、学童保育は区の別部署と担当が分かれていました。
 「放課後子どもプラン」では、両省が連携して総合的な放課後対策に取り組むことになるので、今後は他の市区町村でも運営が一本化され、より円滑に事業推進できる体制が整うと思います。品川区はこうした組織づくりは先行しているので、各校での活動成果を取りまとめ、「放課後子どもプラン」の補助指定を受けることが当面の対応になります。

 今後の課題のひとつは、ハード面の制約です。登録率が平均8割で、そのうち3割が常時参加ですから、大規模校ともなると毎日100人以上の子どもたちが「すまいるスクール」にやってきます。多くの子どもたちが安全に過ごせる活動スペースと、十分な数の指導員をすべての学校で確保しなければなりません。
 また、学校との連携をより深めていくことも大切です。すでに家庭への情報提供や施設利用面で協力体制はできつつあるので、今後は両者が役割分担しながら学校教育の充実につながる取り組みも検討していきたいと思います。
 全校実施から1年余りですから、私たち行政も現場のスタッフたちも、まだ多くの部分で試行錯誤しているのが現状です。まずは現行の枠組みのなかで実績を積み重ねながら、よりよい運営体制のあり方や、「すまいるスクール」が目指すべき方向性を検討していく必要があるでしょう。
 「放課後子どもプラン」の策定でこうした取り組みは全国に広がっていくはずです。今後は各自治体とも積極的に情報交換しながら、子どもたちが安全で有意義に過ごせる居場所をつくっていきたいと考えています。


すまいるスクール活動内容
勉強会
教室
フリータイム
勉強会
勉強会は学年ごとに週1~2回、算数や国語の復習などをします。時間は約45分。
教室
地域の方々の協力でいろいろな特色ある教室を行っています(写真は茶道教室)。 
フリータイム
室内、または校庭や体育館で自分の好きなことをして過ごすことができます。 

記者の目
 「放課後子どもプラン」によって、学童保育が学校現場を拠点とした活動へと統合される。放課後対策が実施されていなかった「空白地域」がなくなることは、働く親にとっては心強いことだろう。しかし、「子どもたちは、授業中も放課後もずっと学校という場で、固定化された人間関係の中で過ごすことになる」と岡本さんは指摘する。本来自由であるはずの放課後や居場所が大人の都合で決められ、選択肢がなくなることは、子どもたちにとって幸せなことなのだろうか。子ども目線での発想も必要だろう。

(取材・文:栗林俊晴/写真:言美歩 ※写真の無断使用を禁じます。)

ご意見・ご要望、お待ちしています!

この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)

pagetop