2008.05.15
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中学校-不登校-授業スタイル

東京都立港特別支援学校 教諭 川上 康則

中学校の授業を見せていただくことが多くなってきました。これまで巡回相談の依頼の大半は小学校からでしたから、ようやく中学校でも特別支援教育の視点で授業や学校環境をつくることの大切さに気づかれるようになってきたのかもしれません。

あらためて感じたのですが、中学校の授業の多くが「話しことば」中心の授業です。先生が話す時間が圧倒的に長く、生徒のことばを聞くことができる場面が小学校と比べると極端に少なくなります。

東京大学大学院教授の佐藤学先生は、ご著書「学校の挑戦 -学びの共同体を創る-」(小学館)において、「通常、中学校の授業研究というと、教材の内容の議論や教師の指導技術の是非が話題の中心になりがちである(同書p.148)」と考察されています。授業の巧拙にウェイトが置かれ、生徒の学びが成立しているかどうかが後回しにされる傾向が強いというのです。実際に、中学校の教室には、机にうつぶせになった状態で寝ているのか不貞腐れているのかわからない生徒が必ずと言っていいほど存在します。そして、この姿こそが学びの不成立状態だと認識してもらえることもなく、「放置」という教育的(?)な手立てを施されて1日の大半を過ごします。こうした中学校独特の学校文化が看過してきた生徒の学びのつまずきに対して、特別支援教育はどのようにアプローチすればよいのでしょうか。

1つのキーポイントとして、私は、「聞きとる力」の弱い生徒の見分け方をできるだけ具体的に示した上で、入学後できるだけ早期にその場面を見逃さないようにすべきだとお伝えしています。

話を聞きとる力が弱い生徒は、話が少しでも長くなったり、聞き逃しがあったりすると、すぐに姿勢が崩れます。「このページを開いて」といった指示を受けても周囲からワンテンポ以上遅れます。聞きながらメモをとるというのが難しく、また、手遊びや椅子傾け遊びなどが多いのも特徴です。重要な語句を復唱させる場面では、口がしっかり動きません。聞き返しが多かったり、ついさっき説明したばかりのことを再度質問してきたりする姿などは記憶の力が弱いために聞き取れていない証拠です。ぼんやりしがちで、「注目!」といった指示にすぐに顔を上げて先生に顔を向ける、なんていうことが難しくなります。「うまく聞き取れない」という経験を積み上げてしまうと、自信を失い、次第に積極性がなくなっていきます。

「失敗をして叱られたり、周りから笑われたりするぐらいなら、机にうつぶせになっていたほうがまだマシ・・・」と自己防衛的にふるまう生徒の気持ちに、少しでも気づいていただけたでしょうか。残念ながら、彼らには先生の話すことばのほとんどが届いていません。「この子は集中力がない」と嘆くよりもまず、自分自身の話が、生徒の集中持続時間を超過していないかを見直すことから始めるとよいかもしれません。「これぐらいできるはず・・・」、「こんなこと言わなくてもわかるはず・・・」という見方は楽観的すぎる、と言っても決して過言ではないと思います。

そうは言っても、前述のキーポイントとなる行動を示す生徒の数が非常に多いのもまた事実です。先生たちだけに、その原因を押しつけるわけにはいきません。生徒たちの「話に傾聴する力」の未発達さにも関心を向ける必要があります。

「相手の視線を追う」、「指さされた方を見て、指さした人を見る」、「相手と事物を交互に見る」といった言語獲得前(前言語期と言います)のコミュニケーション行動は生後9か月ごろから始まるのですが、この時期の前言語的な行動が育ちにくく、模倣やみたて遊びがうまくできない、見分けや見比べ、聞き取りなどの学習の前提となる土台がすっぽり抜け落ちているといった子が非常に多いと思います。これは子育てをめぐる環境の変化とも大きく関係していると思います。

例えばオムツ。最近のオムツはおしっこをしてもずっと快適なままです。不快を知らせようとする情動的な行動である「泣き」がなかなか出てきません。

テレビはどうでしょうか。映像・音声に加えてテロップが頻繁に画面上に出てきます。聴覚障害者にとっては情報収集を可能にする支援方法の一つなのですが、「情報が消えずに残る」環境がごくごく身近にある現代の子どもたちの「見て学ぶ」傾向はより一層強くなります。だから最近の子どもたちは「言い聞かせただけでは、入らない」のです。

こうした状態を、「発達の飛び越し」と呼ぶ人もいます。発達の基礎となる土台が育たないまま、話しことばや書き言葉を習得していく・・・。発達のアンバランスさを抱えた子どもがとても多いのが現状だと思います。

教育現場は、社会背景の変化を踏まえて、柔軟に自らのスタイルを変えていけるだけのしなやかさがあると信じています。子どもたちの「聞き取り」の力の未発達さを踏まえれば、当然のことながら「見せる工夫」をふんだんに取り入れた授業スタイルに向かうのではないかと思います。特に、中学校は不登校という喫緊の課題に対する明確な解決の手がかりを見いだせていません。思春期という心理的な成長も背景要因の一つかもしれませんが、私には、今の子どもたちに、これまで中学校が伝統的に用いてきた「話しことば」中心の授業スタイルが合わないということも大きな要因のように思えてなりません。小学校ではそうでもなかったのに、中学校に入って急に、先生の話が聞き取れなくて授業がわからない、面白くない、学校に行っても意味がないというケースが実はとても多いのではないかと推察します。

スクールカウンセラーさんの力だけで、不登校を改善することはとても難しいと思います。先生方一人ひとりが、授業を今の子どもたち向けにすることこそが、改善の糸口と言えるのではないでしょうか。

川上 康則(かわかみ やすのり)

東京都立港特別支援学校 教諭
障害のある子どもたちの指導に携わる一方、特別支援教育コーディネーターとして小中学校を支援してきました。教育技術の一つとしての「特別支援教育」を考えていきます。

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