2008.05.01
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まっちょこりん

東京都立港特別支援学校 教諭 川上 康則

ある自閉症スペクトラムの子ども、Aさんのお話です。通常学級に通っています。

年度始めの図工の授業で、先生は小さめの画用紙がクラス全体に行き渡ったのを確認し、こう指示を出されました。 「今から画用紙に自由に好きな絵をかいてください。ただし、テレビのキャラクター以外の絵にしてくださいね。」

スポーツ、家族、習い事、ペット、キャンプなどのイベント…、クラスの友だちは、先生の指示を受けて思い思いの絵を画用紙いっぱいに描き出しました。 Aさんもがんばって描き切りました。完成した絵のタイトルは「まっちょこりん 」。マッチョな感じのちょこりんという、自分の頭にパッと浮かんだキャラクターを描いたのです。

先生は、Aさんの障害特性について、一通りのことは頭の片隅に入れておいてくださっていたようです。「自由に」ではなく、「何を描きなさい」と具体的に指示したほうがよかったかもしれない、と深く反省されていました。 Aさんが描けなかったときのために、いくつかのヒントを用意してくださっていたようですが、Aさんは、指示を聞くなりすぐにかきはじめたので、見守り程度にとどめたそうです。 Aさんが、先生の指示の中で飛び付いたのは、「キャラクター」という言葉です。

もう一度、先生の指示を思い返してください。Aさんは、「自由にキャラクターをかく、テレビに出ていないキャラクターを自由にかく」と解釈したのです。 自閉症スペクトラムの人たちは、その特徴として、コミュニケーションや想像力のつまずきが指摘されています。でも、今回のようなボタンの掛け違いは、私たち大人であっても起こりうることです。

Aさんは、みんなとはちょっと違った指示の受け取り方をしましたが、決して間違いではありません。先生もそのあたりの事情がわかっているからこそ、みんなと同じように絵の出来栄えと、頭の中でしっかり考えて行動できたことを褒めることができ、また同時に、自分自身の指示が子どもによっては多様に解釈されかねないという事実を自覚し自省できたのです。

特別支援教育は、一つの教育施策、一つの制度かもしれません。そこに魂を込められるかどうかが、問われる時期に入りつつあると言っても過言ではないと思います。

(注:今回のケースは、事実を再構成してアレンジしてあります。)

川上 康則(かわかみ やすのり)

東京都立港特別支援学校 教諭
障害のある子どもたちの指導に携わる一方、特別支援教育コーディネーターとして小中学校を支援してきました。教育技術の一つとしての「特別支援教育」を考えていきます。

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